わたしの名前は……
「あの子猫の名前だけど、なにかいいのあるか?」
放課後の帰り道に、このまえ出会った天使のような新一年生の美少女と公園で落ち合う。今日は雨は降ってないが、晴れているわけでもない、あいにくの曇り空だ。
ちなみにあの子猫は、里親が見つかるまでうちで預かる予定だったが、もう完全に朝倉家に居着いてしまい、我が物顔でゴロゴロしている。両親も飼う気まんまんで、今さら手放すつもりはないようだ。
「わたしが名前をつけてもいいんですか?」
「もともとはおまえが見つけた子猫だ。好きにしてくれ」
子猫の名前をどうするのか、俺と両親で協議したが、誰も主張を譲らないという膠着状態におちいってしまい、一向に決まらなかった。なのでここは、最初に子猫を見つけたこの子に名づけ親になってもらおう。
少女は頭の中で思考の歯車でも回しているのか、しばらく黙り込む。やがていい名前をひらめいたらしく、ちょっとだけ目を大きくして、俺を見上げてきた。
「……ボタロウ」
「は?」
「ボタロウというのはどうでしょう?」
どうでしょうって……えっ、マジ? この子マジで言ってるの?
「変な名前だな」
「へ、変でしょうか? 自分ではその……かわいい名前だと思うんですけど」
どうやらこの子、ネーミングセンスに難があるようだ。
「ま、まぁいいんじゃないか、ボタロウで」
「いいんですか? 変だって言ったのに」
「変だけど、悪くない名前だ」
それに俺と両親が協議したところで、いつまでも平行線をたどりそうだしな。
「つうわけで、あの子猫はボタロウに決定だな」
めでたく、子猫の名前が決まった。
少女は自分のつけた名前が採用されたのが意外だったらしく、きょとんとしている。
「先輩って、変わった人ですね」
心外だな。これでもまともな人間のつもりだ。両親や友人たちにも、よく普通だねって言われる。つまり存在感がないということだ。くすん、悲しい。
あと、こんなかわいい女の子から「先輩」って呼ばれると、グッとくるよね。
「そういえばおまえ、有名人なんだってな。ミリアドカラーっていう能力の名前が、そのまま異名になるほどすごい異能者なんだって?」
少女はびくりと肩を震わせると、俺から距離をとるように一歩だけ後ろに下がった。
「どうして、それを……」
「あ~、友達から聞いたんだが……」
もしかして、聞いちゃまずかったか?
咲いていた花がしおれていくように、たちまち少女の表情が暗くなっていく。
「ごめんなさい……」
「いや、どうしておまえが謝るんだ?」
「だって、先輩も異能者なんですよね? だったら、わたしのそばにいるのは嫌なはずです。わたしは触っただけで、相手の能力を奪っちゃうんですよ? 大切な能力を、なんの苦労もせずにコピーしてしまうんです。そんな子の近くにいるのは、居心地が悪いはずです」
自身の持つ能力のことを語る少女の表情は痛々しげで、その顔を見ていたら気づいてしまう。
この子は、俺と同じなんだと。
俺と同じで、自分の異能力が好きじゃないんだと。
深呼吸を一つすると、離れた心の距離をちぢめるように、俺は一歩だけ歩み寄った。
「もしよかったらだけど、今度うちにあの子猫……ボタロウの様子を見にこないか? おまえがきてくれたら、ボタロウも喜ぶ」
少女はぽかんと口を半開きにすると、間抜けな顔のまま固まってしまう。俺の言葉を理解するのに、時間がかかっているようだ。
「どうして……先輩、わたしの話を聞いてましたか?」
「あぁ、聞いていた。だから言ってやる。能力のことなんか関係ない。おまえは、おまえだ。まだ出会って間もないけど、おまえが悪いヤツじゃないことくらいわかる」
空をおおっていた暗雲が晴れていくと、地上に太陽の光が差し込む。
暗い陰を落としていた少女の表情も、少しずつ明るくなる。
目の前の少女は、たったいま俺の存在を認識したように、まぶたを見開くと……小さな唇をゆるめて、日の光のような穏やかな微笑を浮かべた。
はじめて見せてくれた笑顔に、心音が高鳴る。胸がしめつけられて、苦しい。
……なんてこった。この感覚は知っている。前にも感じたことがある。
俺は、自分の異能力が大嫌いだ。あの異能力のせいで、誰かを好きになっても嫌われてしまった。だからなるべく、誰かを好きにならないようにしてきた。
そんな憂いを吹き飛ばしてしまうほどに、この少女の笑顔はまぶしい。
ていうかアレだ。勢いで家にまで誘っちまったよ。なかなか大胆なことをやっちまったぜ。
「っと、そういえばもう何度か会っているのに、まだちゃんと名乗ってなかったな。俺は朝倉友則っていうんだ」
胸の高鳴りをごまかすように、微妙に声を震わせながら自己紹介をする。
「朝倉友則……じゃあ、朝倉先輩ですね」
「そこは気軽に、友則って呼んでくれていいぜ」
「は、はい……友則先輩」
冗談のつもりだったんだが……少女は頬を桜色に染めて、本当に下の名前で呼んできた。
脇腹のあたりがむずむずして、胸を叩く心音のスピードがあがってしまう。
「わ、わたしのことも、下の名前で呼んでください。あっ、でもそのまえに、自己紹介しないと」
「いや、おまえの名前なら、もう友達から聞いている」
「それでも……言いたいんです。自分の口でちゃんと、先輩にわたしの名前を伝えたいです」
まるで一世一代の告白でもするように、少女は深く息を吸い込んで、ふーっと吐き出すと、水晶のような澄んだ瞳で見つめてきた。
そして、ゆっくりと唇が開かれていく。
「わたしの名前は……」
鈴の音のような、きれな声だった。
それが、俺が好きになった女の子の名前。
好感度表示という厄介きわまりない異能力があるから、誰かを好きになってはいけない。
いけないのに、それでも……。
それでも俺は、この女の子を、好きにならずにはいられなかった。




