このさきの未来も
「あの、先輩。……手、つないでもいいですか?」
真夜中の帰り道、雛子と麗佳と別れて、さぁこれから仁美と思いっきりイチャイチャするぞぉ、と意気込んでいたら、なんと仁美のほうから仕掛けてきなすった。
頬を色づかせて、恥ずかしそうにこっちを見上げてくる仁美はかわいい。
緊張しながらも積極的に切り出してくれたんだ。ここは男らしく、クールに応えてやらないとな。
「お、おう。い、い、いいぜ」
……ガチガチに声が上擦ってしまいました。
バカな。脳内シミュレーションでは完璧にクールな男を演じることができていたのに。理想と現実は、こうも違うものなのか。
えへへっ、と仁美は相好をほころばせると、左手を差し出してくる。
俺も右手をのばして、仁美の左手を握った。
手をつなぐのは初めてじゃないのに、まだ慣れなくてドキドキする。このドキドキを、いつまでも大切にしていきたい。
手をつないだまま、月が見下ろす夜道を、二人で足並みをそろえて歩く。
「わたし、自分の能力の見方が少しだけ変わりました」
つないだ手に、ほんのわずかな力をこめて、仁美は打ち明けてくる。
「それは、雛子や麗佳たちと協力できたことか?」
「はい。誰かの力を盗むのではなく、誰かから力を託されて、一緒に戦うことができる。それをあの二人から教わりました。肝心の教えてくれる人が、雛子と立花先輩というのは残念でしたけど」
できることなら、もっとまともな人格の持ち主に教えてほしかったのだろう。
でも、仁美と肩を並べられるあの二人でなければ、仁美の考えに影響をおよぼすことはできない。仁美と対等に渡り合えて意見できるのなんて、あの二人くらいだ。
「わたし、相変わらず自分の異能力は嫌いです。雛子と立花先輩から力を託されましたけど、他人の力をコピーすることには抵抗があります。……だけど、少しは好きになれました。もしかしたら、いつか自分の異能力を、心から好きだと言える日が来るかもしれません」
そんな日がくればいいな。
そしたら仁美は、今よりももっとたくさんの人たちに囲まれて、もっとたくさんの色鮮やかな笑顔を見せてくれる。
「……仁美」
名前を呼ぶと、仁美はこっちを向いた。
心臓の鼓動が速くなる。胸が張り裂けそうだ。
「おまえに話したいことがあるんだ。というか、話さなきゃいけない」
これまで仁美には、たくさん心配をかけてきた。だからこれまでの疑問を解消して、気持ちよく交際していきたい。
柊は言っていた。俺の異能力が進化したことで、厄介な効果は全て取り払われたと。爆発の効果が消えたように、好感度表示のことを他人に話しても、もう何かが起きることはないと。
仁美には、恋人として好感度表示のことを知っておいてもらいたい。
「俺の話を聞いてくれるか?」
勇気を出して問いかける。
仁美は唇を甘く噛むと、ゆっくりと頷いた。
好感度表示という、ろくでもない異能力。
これまでさんざん振りまわされて、嫌な思いばかりしてきた。何度もパニックにさせられたし、何度も精神をすり減らされた。あんなに激しく感情を揺さぶられるのは、もう二度とごめんだ。これからは他人の好感度に振りまわされないと思うとせいせいする。
なのに、この胸のなかにあるのは喜びだけじゃない。
大切な自分の一部を失ったような、むなしさを感じている。
もう一度、好感度表示に苦しめられた日々に戻りたいかと尋ねられたら、絶対に首を横に振るうはずなのに。
それなのに、むなしい。
きっとこのむなしさは……好感度表示が俺にとっての思い出だからだ。
仁美や雛子や麗佳や、他のみんなと過ごした日々に、好感度表示も組み込まれているからだ。
好感度なんてくそくらえだと思う。
人の気持ちは、そんな数字では計れない。
それでも、このろくでもない異能力とともに、みんなと歩んだ日々を、忘れることはない。
まちがいなくあの日々は、俺にとっての青春だから。
「先輩、話してください。どんなことがあっても、わたしは先輩から離れたりません。ずっと先輩のそばにいます」
仁美は、夜空に輝く星を集めても足りないくらいの、すてきな笑顔を咲かせてくれた。
「わたしはこれからも、ずっと友則先輩のメインヒロインでいますから」
まっすぐに仁美は気持ちを伝えてくる。
そして自分がなかなか大胆なことを口にしたと気づいたようで、頬を赤くする。
「えっと、今のはその……そういう意味ですから」
これからさきの未来も、ずっと俺と一緒にいてくれるということだ。
仁美は真っ赤になりながら想いを伝えると、俺の目を見てきた。
俺も仁美から目をそらさずに、見つめる。
ゆっくりと、仁美はまぶたをおろす。
俺は手をつないだまま、仁美のほうに向き直る。
もう、ためらうことはない。
左手を、仁美のなだらかな肩に乗せる。体を抱き寄せるように、仁美の顔に、自分の顔を近づけていく。
俺もまぶたをおろして、視界をふさいだ。
唇と唇が重なると、香ばしくてやわらかな感触がした。呼吸が止まり、頭のなかが真っ白になる。一生このまま、時間が止まってしまえばいいと思った。
どれだけそうしていたのかはわからないけど、どちらからともなく、唇を離す。
ぷはっ、と仁美は口をあけて空気をとりこむ。息を止めていたのは、俺だけじゃなかったみたいだ。
仁美はぼんやりとした表情で俺を見つめてくると、ほのかに唇をゆるめて微笑んだ。
幸福というものがあるのだとしたら、きっとこの瞬間のことをいうんだろう。
俺は世界中の誰よりも幸せだと、いまなら言葉にすることができる。
この夏の夜の思い出は、どれだけの時間が経っても忘れない。
永遠に記憶に刻まれるものだと、確信できた。
「わたし、先輩のことをもっともっと知りたい。誰よりも先輩のことを知りたいです。だから教えてください。友則先輩のことを」
「あぁ、俺ももっと自分のことを仁美に知ってほしい。そして仁美のことを、もっと知りたい。他の誰よりも、俺が仁美の一番であってほしい」
そして俺は、大好きな彼女に、好感度表示という厄介極まりない異能力について話すことにした。
厄介極まりない異能力だけど、仁美とこうして恋人になれたのは、あの力があったからだ。
だからそのことも忘れずに、ちゃんと伝えるとしよう。




