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異能バトルは俺の専門外



 神社の境内に踏み込むと、ぱっと見ただけでも黒い怪獣が三十体以上はいた。

 鳥居をくぐるなり、無数の赤い瞳がこっちを向いてくる。

 脅かすだけで直接危害を加えてこないとはいえ、これだけの数がいたら危険だ。何かの拍子に、誰かが怪我をするかもしれない。

 それと境内にいるのは黒い怪獣達だけじゃなかった。少人数だが人間もいる。逃げそこねたのではなく、彼らは自らの意思でここにとどまったみたいだ。

 チャライ格好をした若いあんちゃんや、『祭』という文字が背中に刻まれたハッピ姿のおっちゃんが、炎や氷なんかの異能力を使って怪獣とバトってる。

 俺達以外にも、怪獣を放置しておけない豪胆な能力者がいたようだ。

 ていうか、俺らよりも先に異能力バトルを始めんなよとツッコミたい。


「あ~、一般の方々は危険ですので、すみやかに避難してくださ~い。でないと調和機構の権限でみなさんをいろいろ面倒な目にあわせないといけなくなりますよぉ~」


 奏先生は両手でラッパの形をつくると、やる気のない声で呼びかける。

 残っていた気性の荒い連中は、調和機構に逆らうのはまずいと踏んだようで、異能バトルを早々に切りあげると、そそくさと境内から逃げていった。


「ふっ、権力とはこうやって使うんだ」


 得意げに口の端をつりあげる奏先生。

 今日だけで、俺の先生に対する好感度はダダ下がりだ。

 一般人のいなくなった境内のなかを改めて見回してみると……黒い怪獣を操っている能力者らしき人物は見当たらない。

 遠隔操作か? もしくはさっき立ち去った異能者のなかにまぎれ込んでいたかもしれない。だとしたら、境内から追い出したのは早計だった。

 思考を回転させていると、黒い怪獣の視線が俺達に集中する。

 数体の怪獣が唸りながら歩み出てきた。


「さ、来ましたよ奏ちゃん。やっちゃってください」

「え? わたしか?」

「だって奏ちゃんは調和機構のメンバーで、わたし達の特別顧問じゃないですか。学生であるわたし達が、特別顧問である奏ちゃんを差し置いて戦うわけにはいきません。先陣を切るとすれば、それは奏ちゃんの役目ですよ」

「い、いや、しかし……」

「あれあれ、もしかして自信なかったりします? 特別顧問なのに何もできないとか? 触れればどんな異能力でも消し去るキャンセル能力は飾りじゃないですよね?」

「ぐっ……いいだろう。わたしの本気を見せてやる。どんな魔物であろうとも、それが異能力で造られたものなら、わたしに消せない道理はない!」


 バトル系ラノベの主人公みたいにキリッとした表情になると、奏先生は一人で怪獣たちのもとに突っ込んでいった。

 そのとき雛子が「ぷっ」と吹いたのを、俺は聞き逃さなかった。

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫びながら、奏先生は黒い怪獣との距離を縮めていく。

 ガアアッと複数の怪獣が一斉に口を開けて吠えた。

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫びながら、奏先生はUターンして俺達のもとに帰ってきた。


「あれ、めっちゃ怖いぞっ!」

「わかります。俺も今朝襲われたんで」

「なっ! わかるよなっ! あれ怖いよなっ! 立ち向かえるわけないよなっ!」

「奏ちゃん、いいからさっさと行ってきてください。後がつかえてますから」

「つかえなくていい! むしろわたしを追い越して行け!」

「いえいえ、そんな滅相もありません」


 うぅ~、と叱られた子犬のような声をもらすと奏先生は再び「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫びながら黒い怪獣たちのもとに突っ込んでいった。

 ガアアッと威嚇されて、ビクッと身をすくませるが、ヤケクソ気味に拳を振りかざす。

 黒い怪獣は異能力で具現されたものなので、当たりさえすれば消すことができる。

 そう、当たりさえすれば。

 スカッと先生の拳は空振りした。

 横に跳んだ怪獣に軽々とかわされた。


「くっ、なかなかすばしっこいな。だが、いつまで避けられるかな?」


 奏先生は不敵に笑うと、連続で殴りかかる。

 だが、どれも大振りな上にめちゃくちゃ遅い。

 黒い怪獣はダンスでも踊るように軽快なステップで、ひょいひょいと拳の連打を難なくかわしていく。


「このおおおおおお!」


 ぜんぜんヒットしないので頭に来たのか、とうとう幼稚園児が喧嘩でやるようなグルグルパンチになってしまった。

 そしてそれさえもかすらない。

 ぜぇ、ぜぇ、と息切れすると、ふらつきながら俺達のもとに戻ってくる。


「わ、わたしはやれるだけのことはやった。もう限界だ……。あ、あとはおまえ達に託したぞ……」


 ……ポンコツだ。使えねー。


「い、言っておくがな! キャンセル能力があるからって、ラノベ主人公みたいに無敵なわけじゃないんだぞ! 動く敵を殴ったり、敵の攻撃を防いだりとか無理だからな! わたしは相手がじっとしてないと拳を当てられないんだ! 敵の攻撃が飛んできたら、両手で防ぐ前に顔にくらってやらちゃうんだ!」


 今までキャンセル能力ってチートだと思っていたけど、運動神経がともわないと役立たずだな。この人みたいに。


「奏ちゃんで遊ぶのはこのへんにして、そろそろ掃除にとりかかりましょう」


 ようやくからかわれていたと気づいた奏先生はハッとすると、前歯をギリギリさせていた。

 それを尻目に、にこにこ笑顔の雛子は右手で拳銃の形をつくり。


「バン」


 と口にする。

 そしたら指先からSF映画の光線銃のようなレーザービームが発射された。

 夜暗を裂いて飛んでいった一筋の輝きは、黒い怪獣の顔面を撃ち抜く。

 小さな風穴を開けられた怪獣はゆっくりと傾いていき、地面に転倒すると、灰になって霧散した。


「バン、バン、バン」


 立て続けにビームが発射される。

 的になった怪獣たちは、次々と撃ち抜かれて消えいく。

聖光の輝きホーリーエナジー

 異能力によって生み出される特殊な光エネルギーを操るのが、雛子の能力だ。

 雛子は右手からビームを連射して、前方に立っている黒い怪獣を激減させていった。


「こっちからも来たみたいね」


 立花が左側に目を向けると、茂みのなかから新手の怪獣が飛び出して、ドッドッドッと足音を立てて迫ってくる。


「完璧美少女であるこのわたしの実力を見せてあげるわ」


 どこかの特別顧問と違って臆することなく、立花は藤色の着物をゆらめてかせて走り出す。

 先頭を駆ける怪獣と間合いが接すると、右手を突き出す。いつの間にかその掌のなかには青光りする日本刀が握られていた。

 斜め下からすくいあげるように鋭い光の軌跡が描かれる。怪獣の首がスパンと宙に飛び、頭も胴も灰となって消えた。

 続けて立花は手にした刀と一体になったかのような、流麗な身のこなしで斬撃を繰り出し、他の怪獣たちも斬り伏せていく。

 茂みがカサカサと揺れると、さらに新手の怪獣が出てくる。さっきよりも数が多い。


「ふん、まとめて串刺しにしてあげる」


 怪獣たちに向けて左手をかざすと、立花の目の前に五本の刀が出現する。


「いきなさい」


 主人の命を受けると、宙に浮いた五本の刀は弾丸さながらのスピードで斉射された。突風となった五つの閃光が走り、宣言どおり怪獣たちを串刺しにする。

 貫かれた怪獣たちが灰になると、柄を握る者が不在でありながら、浮遊した五本の刀は独自の意思を持つようにひとりでに剣舞を躍りだし、残りの怪獣も斬り刻んでいく。

創無刃ソードアルケミー

 切れ味の鋭い日本刀を具現して、それらを自在に操るのが立花の能力だ。


「まだ来るみたいですね」


 境内の右側に密生した木立からも怪獣が湧いてくる。

 仁美は現れた敵を、まっすぐに見据えた。


「本当にいいのか? 異能力を使うの、好きじゃないんだろ?」

「……けど、やります。もう決めましたから」


 こっちを振り返ると、仁美は儚げな笑みを浮かべる。

 無理をしているのが、ひしひしと伝わってきた。


「奏先生」

「え? あっ、な、なんだ?」

「ミケチヨをお願いします。絶対に落とさないでください」

「わ、わかった。なるべく落とさないように気をつける」

「なるべくじゃなくて、絶対にです。いいですか、命に代えても落とさないでください」

「あ、あぁ……わかった」


 こくこくと何度も頷いてミケチヨを受けとる奏先生。

 迫り来る怪獣たちとは別のところでピンチだった。念を押してくる仁美がガチすぎて怖い。そんなにあのぬいぐるみが気に入ったのか?

 仁美は徒手空拳になると、木立のほうからやってくる敵勢と向き合う。

 短く呼気を吐き出すと、全身にまとった雰囲気が一変した。

 常人とは異なる、強者ならではの凄気を放つ。

 境内の気温が下がる。この場にいる全ての者が、鳥肌が立ったに違いない。

 そして仁美は、魔法の呪文を唱えるように唇を動かした。


「『天使の礼装シルバーアーマー』」


 夜気を払うように白光が発せられると、仁美の外見に変化が現れる。

 華奢な身体は水色の浴衣ではなく、きらびやかな白銀のドレスをまとう。両手には白のオペラグローブをはめて、両脚には銀のブーツをはいている。

 あのドレスは装着した者の身体能力を向上させ、攻撃力やスピードを強化する。しかも鋼の鎧よりも頑丈なので防御力も高い。というのは前に仁美から教えてもらった情報だ。

 本物の天使かと見間違うほどに、美しい衣装を仁美がまとうと……異変が起きた。

 境内にいる黒い怪獣たちが、一斉に仁美のほうを向く。全ての赤い目が仁美に集中する。

 ガアアッという吠え声があちこちであがると、怪獣たちは仁美めがけて駆け出した。

 雛子や立花と交戦していた怪獣たちも、二人のことを無視して仁美を狙い出す。

 なんだ? どうなっている? どうして仁美にだけ敵意を向ける?


「おやおや、怪獣さんたちの様子がおかしいですね?」

「くっ、このわたしを相手によそ見をするだなんて、いい度胸じゃない!」


 度外視されたからといってこの二人が攻撃の手をゆるめるはずもなく、ビームを連射し、刀を飛ばして、仁美のもとに駆け寄ろうとする怪獣たちを灰に変えていった。

 一方、仁美は動じることなく木立から走ってくる怪獣たちを正視していた。


「『暴竜の息吹タイラントブレス』」


 二つ目の異能力を発動。

 白いオペラグローブをはめた右手に、ブラックメタリックのごっついリボルバーが出現する。

 あの拳銃は発砲時の反動がなく、細身の仁美でも撃つことができる。弾丸は自由に具現できて、無限に装填可能なので弾切れすることはない。

 がちり、と親指で撃鉄を起こす。

 六十口径の穴が穿たれた巨大銃を、正面から迫ってくる怪獣たちに向ける。

 狙いを定めると、引き金が引かれた。

 轟音が炸裂する。数体の怪獣がボーリングのピンよろしく、まとめて吹っ飛んだ。

 仁美は立て続けに引き金を引き、激しい銃火を散らして、残りの怪獣たちも木っ端微塵にしていく。

 まさにドラゴンの息吹さながらの破壊力を誇る銃で、正面の敵を蹴散らす。

 だが仁美を狙うのはそれだけじゃない。雛子や立花の攻撃をかいくぐってきた怪獣が、背後や側面からも殺到してくる。

 予備動作もなく、仁美はその場でくるりと手をつかわずに側転。突っ込んできた怪獣をよけると同時に、再装填した弾丸を叩き込んで粉々にする。

 次々と怪獣たちが群がるが、仁美は白銀のドレスによって強化された身体能力でアクロバチックに回避しつつ、破壊の弾丸を撃ち込む。

 仁美がバク宙して地面に着地すると、右斜め前方から大口を開けた怪獣が躍りかかろうとした。


「『暗黒の呪縛シャドーハンド』」


 三つ目の異能力を発動。

 怪獣の足下から二本の影の手が伸びてきて、首や胴にからみついて拘束する。

 怪獣はわめいて身もだえするが、逃れられない。

 シャドーハンドは力さえあればちぎることができるそうだが、あの怪獣には拘束を破るだけのパワーはないらしい。

 仁美はわめき立てる怪獣に照星を合わせ、銃声を轟かせて粉砕した。


「埒が明かないですね」


 続々と境内に湧いてくる黒い怪獣を見回すと、仁美は嘆息をもらす。

 地面から生えているシャドーハンドを消して解除すると、代わりに別の異能力を発動させる。


「『全てのわたしたちトゥルースリジョン』」


 幻でも見ているかのように仁美の姿がぼやけて二つに分かれていくと、本当に仁美が二人になる。

 まったく同じ外見をした仁美が二人いる。あれは、分身を生み出す異能力だ。

 実体をもった偽物なので、敵を攻撃をすることができるし、本物と同じ異能力を使うこともできる。

 逆にダメージを受けることもあるが、本物に影響することはなく死ぬまで動き続ける。

 ぶっちゃけあの能力は、俺のライアーコントロールの上位互換だ。

 俺の能力は相手に幻影を見せるだけだが、仁美のトゥルースリジョンはもう一人の自分を生み出す。あの異能力さえあれば、俺の能力いらねぇな。

 二人になった仁美は怪獣たちを睥睨すると、手にしたリボルバーを構えて、まったく同じタイミングで銃弾を発射。倍加した銃火によって、敵を撃ち消した。


無限の宝庫ミリアドカラー


 それが氷室仁美の異能力だ。

 相手が異能者ならば、肉体に触れるだけでその者が持つ異能力をコピーし、自分のものとして貯蔵する。

 貯蔵した異能力は自由に引き出せて、三つまでなら同時に併用が可能だ。なのでさっきはシャドーハンドを解除して、三つ目をトゥルースリジョンに切り替えた。

 仁美の異能力は単体で多様性を持ち、あらゆるコンボを発生させられる、まさに究極の一。

 どっかの特別顧問と違って運動神経もいいので、コピー能力を持ったラノベ主人公ばりに強い。


「ふっ、さすが仁美さん。ランクSの能力者と呼ばれるだけのことはあるわね」


 と、立花が聞きなれない単語を口にした。


「そのランクSっていうのは、なんだ?」

「決まってるじゃない。わたしが独自に考案した、異能力の格付けよ!」


 デ~ンと胸を張って豪語する。

 うわ~、恥ずかしい。こいつ中二病全開だ。

 ランクとかレベルとか勝手につくったとしても、そういうのは胸のうちに秘めておけよ。口に出すなよ。ほら、雛子が笑いを堪えてぷるぷるしてんじゃん。


「ちなみに、あなたは最底のランクEよ!」

「ぶっ殺すぞ!」


 って、いかんいかん。仮にも好感度表示に名前が載っているヒロインに、ぶっ殺すとか言っちゃだめだ。喧嘩してもぶっ殺されるのは俺のほうだし。


「ふっ、どうやら自分が凡人ということを指摘されて頭にきたようね」

「だめですよ、麗佳さん。友則さんが戦闘ではまったくの役立たずで、せいぜいできることといったら、わたし達の能力を説明するだけの解説役だなんて、そんな本当のことを言っちゃ」


 言ってねぇよ。しかも当たってるのが腹立つよ。

 こいつら二人、ほんときらいだわ~。

 しかし、戦闘で役立たずなのは事実だ。真面目な異能バトルは俺の専門ではない。

 かといって、なにもせず静観を決め込むつもりはない。戦闘中の今だからこそ、好感度をあげるチャンス。

 昔やった名作アドベンチャーゲームの戦闘パートで、好きなヒロインを敵の攻撃から庇えば好感度があがるシステムがあった。

 それと同じことをやる。大丈夫だ。あの黒い怪獣は脅かしてくるだけで、殺そうと襲ってくるわけじゃない。怪我はするかもしれないが、死にはしないだろう。かなり怖いけど、好感度を稼ぐためだ。やってやる!

 さすがの雛子や立花も、身を挺して自分を庇ってくれる相手には好感度をあげるだろう。

 すると調度いいところに、機敏な動きで雛子のビームをくぐりぬけている怪獣を発見。

 怪獣は仁美を目指して走っているが、進行方向に雛子が立っているので障害になっている。体当たりでもかましてどかすつもりだ。


「雛子、危ない!」


 ダッシュすると、雛子と怪獣の間にサッと割り込んだ。

 どうよこれ? かっこよすぎじゃね? 颯爽と現れて雛子も胸キュンしたんじゃね?


「どいてください」


 ドンと尻を蹴られる。「ぬぐおっ!」と前のめりに倒れた。

 そして俺に攻撃を仕掛ける予定だった怪獣は、雛子が撃ったビームによってあっさりと灰にされた。もっとがんばれよ。


「ぐぅぅ……雛子、おまえ俺を足蹴にしやがったな」

「すみません。目障りだったのでつい」


 にこりと微笑んで見下ろしてくる。

 なんて感情のない笑顔だろうか。俺はマゾではないので、興奮したりしない。

 蹴られた尻をさすりながら起きあがる。

 次は立花のほうに目を向ける。

 仁美を目指そうと走っている怪獣たちの前に、立花はわざわざ立ちはだかり、両手で握った刀と宙に浮遊した五本の刀を操って斬り伏せていた。

 浮いた刀の斬撃を巧みにかわしつつ、立花に肉薄しようとしている怪獣を発見。


「立花、危ない!」


 ダッシュすると、横から立花の体をヒシッと抱きしめる。

 今度こそどうだ! アクション映画の主役ばりに全身を使ってヒロインを守ったぜ! 立花も胸キュンだろ!


「なにするのよっ!」


 突き飛ばされると、パシンと思いっきりビンタされた。「ぶべらっ!」と姿勢が崩れて尻餅をつく。

 そして俺に攻撃をしかける予定だった怪獣は、立花の握った刀の一振りによって、あっさりと灰にされた。マジで、もっとがんばろうな。


「凡人の分際で高貴なわたしに触れようだなんて、無礼にも程があるわ!」

「い、いや、俺はおまえを庇おうとだな」

「そんなの当たり前じゃない。あなたごときの命よりも、わたしの命のほうが一万倍も価値があるわよ。守りたいなら、わたしに触れずに守りなさい」


 この女、どんだけ自己評価が高いんだよ。

 しかもビンタするとき左じゃなくて、右でやりやがったぞ。

 ケツを蹴られ、頬を叩かれて、もうぼろぼろだよ。心がな。

 ひりつく頬をさすりながら起きあがる。


「先輩、危ない!」

「え……」


 顔をあげると、前方から怪獣が猛然とこっちに向かってきていた。

 数秒もしないうちに、俺と接触する。


「しゃがんでください!」


 反射的に膝を折って伏せる。

 地響きのような銃声が頭上をすりぬけていき、俺の目前まで迫っていた怪獣が、紙くずみたいに粉々になる。

 放心したまま灰と化した怪獣の残骸を見つめると、遅れて思考が状況を理解する。

 カチコチになった体を起こして振り返る。

 二人いる仁美のうちの片方が、ブラックメタリックのリボルバーをこっちに向けて立っていた。


「今日助けられるのは、これで二度目になるな」

「先輩のことなら何度だって助けてあげます」


 屈託のない笑みを浮かべると、仁美は別の怪獣に銃口を向けて戦闘を再開する。

 ピコンと効果音が鳴り、仁美の好感度が『11→12』にあがった。

 なんでそうなるん? 今のぜんぜん意図してないよ? むしろ意図して助けようとした二人はあがらなかったよ?

 くぅ~。庇うのではなく、庇われるべきだったのか?

 でも雛子や立花は俺がピンチになっても助けてくれそうにない。どっちにしてもダメじゃん。

「おまえらー、いいぞー。がんばれ~」

 いつの間にか空気になっていた奏先生は、ミケチヨを抱いて境内の片隅にある岩陰に隠れながら声援を送っていた。

 特別顧問なのに、俺と同じで役立たずだな、あの人。




 数分後、ヒロイン三人が境内に湧いた怪獣を全滅させると、奏先生はケータイで調和機構に連絡を入れる。

 報告を終えて着信を切ると、レンズの奥にある瞳をこちらに向けてきた。


「ここいらに出現した怪獣は調和機構の戦闘部隊が殲滅したそうだ。もう警戒する必要はないが、まだどこかに潜んでいる可能性がある。帰り道には十分注意しろよ」


 抱いていたミケチヨを仁美に返すと、奏先生は鳥居をくぐって、さっさと境内から出て行った。生徒を安全に家まで送り届けるという気づかいは、どこにもない。


「それにしても、怪獣たちが見せた奇行はなんだったんでしょうね?」

「奇行って、怪獣が一斉に仁美を狙い出したことか?」


 はい、と雛子は首肯する。


「ねぇひとみん。なにか恨まれるようなことに心当たりはないの?」

「ありません……たぶん」


 あまり自信はなさそうだ。

 仁美はミリアドカラーという能力名が異名になってる上に、学内最強と讃えられるほどの能力者だ。よからぬ感情を抱く者もいるだろう。狙われたとしても不思議ではない。

 とするなら、怪獣を操っていた能力者は仁美を知る人物ということになる。

 誰だ? 学内の生徒か? いや、そうとは限らないか。学校の外にも仁美を知る人間はたくさんいる。

 頭をひねるが、能力者の正体は杳として知れない。

 でも、ちょっとだけその背中に近づいた気がする。

 まぁこれ以上は、こんな危険なことに首を突っ込むつもりはないが。今夜みたいなことが何度も続いたんじゃ身が持たない。やっぱり奏先生のキャンセル能力は諦めよう。


「ふん、どうせ狙うなら仁美さんではなくて、完璧美少女であるこのわたしを狙えばいいのに。犯人は何を考えているのかしら?」


 立花がまちがった方向に対抗意識を燃やしていた。


「敵の攻撃を受けたいだなんて、麗佳さんは立派ですね。被虐趣味の方々が聞いたらさぞ同調してくれることでしょう」

「誰が被虐趣味よ!」


 立花は異を唱えるが、聞きようによってはそう解釈できる発言だったぞ。


「では、わたし達もそろそろ帰りましょうか」

「そうね。もうここに用はないわ」


 雛子と立花は帰途につく。

 俺も仁美を連れて、家に帰るとするか。


「っと、その前に、友則さぁん」


 語尾にハートマークがつきそうなほど愛嬌たっぷりの声で呼んでくると、雛子はあざとく後ろ手を組んで、ぴょんぴょんはねながら近づいてきた。


「なんだよ?」


 またなにかからかってくるつもりか? こっちは疲れてるってのに。

 逃げようとしてもどうせ無駄だろうから、おとなしく聞いてやるけどよ。

 ほら、ドンとこい。


「さっきのこと、お礼を言っておきますね」

「……は?」


 え? え? お礼? どういうことだ?


「わたしに蹴られて倒れたときは最高にかっこ悪かったですけど、庇ってくれようとしたことはうれしかったですよ」


 嫌味をブレンドしつつも、雛子は感謝を述べてきた。

 立花も腕組みをすると、こっちにやってくる。


「わたしに抱きついたのは断じて許さないけど、庇おうとしてくれた気概だけは認めてあげなくもないわ。凡人にしては上出来だったんじゃないかしら?」

「なっ、あの高慢ちきな立花が俺に感謝しているだとおおおおおおおお! マジでどうなってんだ! 世界がバグったか!」

「誰が高慢ちきよ! 心の声が出てるわよ!」

「麗佳さん以外に高慢ちきな人なんて、いないと思いますよ?」

「っ、わたしだって感謝くらいするわよ。それが感謝に値する行いならね」


 だったらおまえ、普段からもっと周りに感謝しまくれよ。

 たぶん周囲にいる人達は、みんなおまえに気を使っているそ。

 ピコンと二つの効果音が重なって鳴った。

 雛子と立花の好感度が『0→1』にあがる。


「あっ……」


 胸にグッとくるものがあった。

 それが喜びだとわかると、全身にじわじわと充足感が広がっていく。


「よっしゃあああああああああああああああああああ!」


 ……つい衝動に任せて叫んでしまった。

 やば、三人とも呆然としている。


「どうしたんですか友則さん? いきなり近所迷惑な行為をして?」

「お礼を言われただけでそこまではしゃぐだなんて、わたしよりもあなたのほうが変よ?」

「先輩。もしかしてさっき頭をぶつけたんじゃ?」


 ヒロイン達、どん引きである。やっちまったぜ。

 だけど叫ばずにはいられない。

 ようやく、ようやく雛子と立花の好感度をあげることができたんだ。

 まだまだ仁美とは差があるけど、一歩だけ目標に近づいた。雛子と立花の好感度をあげるのは不可能じゃないってことが証明された。うれしいに決まってる。


「ま、まぁ、ちょっと個人的な事情があってな……」


 不審がる三人から顔をそむけて、はぐらかす。

 こういうとき、好感度表示のことを説明できないのは不便だ。


「なるほど、そういうことですか。友則さんが女子からお礼を言われただけで、えっ、こいつ俺のこと好きなんじゃね? とはしゃいでしまうほど童貞をこじらせているのはよくわかりました」

「うん、おまえなんもわかってねぇよ」


 童貞はこじらせてるけども。

 立花は「なるほど」と納得しなくていい。

 顔を赤らめてうつむく仁美はかわいい。


「けど、すみません。わたしは友則さんのことをそういう目では見てませんから。友則さんはただのゴミクズ……じゃなかった学校の先輩です。だ、だから、勘違いしないでよねっ!」

「最後だけツンデレっぽくしても、ゴミクズの部分をなかったことにできると思うなよ?」

「わたしに関していえば、今日はじめてあなたの存在を認識したばかりよ。異性としては論外ね」


 それは偉そうに言うことではない。

 何回も顔を合わせているのに覚えてないって、俺に対して失礼だな。


「いけない、いけない。友則さんが童貞をカミングアウトするから、つい話し込んじゃいました」


 カミングアウトはしてない。おまえが勝手に見抜いただけだ。


「それじゃあ、わたしはこれで」

「わたしも失礼させてもらうわ」


 雛子はバイバイと手を振って行ってしまう。

 立花はちらりと俺を見ると、ただ見ただけで言葉をかけることなく境内から出ていった。

 好感度が一つあがったせいだろうか?

 あの二人のことを、ほんのちょっとだけかわいいと思ってしまった。

 ……いかんな。あの二人のどちらかには、嫌われなきゃいけないのに。


「……先輩」


 ぼんやりと雛子と立花がくぐった鳥居を見つめていたら、グイッと強めに袖を引っぱられて体が傾いた。


「わたしたちも早く帰りましょう」

「あっ、うん」


 仁美はおもしろくなさそうな顔で急かしてきた。



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