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俺が取り戻したもの


 残りカウントが『4』になった水曜日。

 本日は快晴で、最高のお出かけ日和だ。

 午後になると、学校があるときにいつも通っている登校道を歩いて、待ち合わせ場所である公園にやってくる。


「あっ、先輩」


 そこには水色のワンピースに薄手のカーディガンを羽織った、清楚な服装をした仁美がベンチに腰掛けていた。

 一秒でも早く仁美の姿を間近で見たかったので、ズダダダダッと猛ダッシュでベンチまで駆け寄っていくと、仁美はびくっと肩を震わせた。


「待たせたな、仁美」

「いえ、まだ待ち合わせ時間には早いですから……というか、そんなに全力疾走してこなくても」

「なに言ってるんだ! 仁美の姿が見えたんだぞっ! 全力で走るに決まってるじゃないか!」

「そ、そうですか。嬉しいですけど……その理屈はよくわからないです」


 たははは、と仁美は曖昧な笑みを浮かべるとおもむろにベンチから腰をあげる。

 やだ、若干引かれちゃったみたい。

 昨日約束したとおり、今日は俺と仁美と王月さんの三人で出かける予定だ。デパートでいろいろ買い物して、仁美と王月さんの仲を修復する。

 仁美には、昨夜のうちにケータイで連絡しておいた。てっきり断られるかと思っていたが、意外にも仁美は二つ返事で了承してくれた。

 しかもそんなにめかし込んで来ちゃってもぉう。俺のためか? それとも王月さんのためか? もしも後者だとしたら嫉妬しちゃう。

 周りに目を向けてみると、公園には俺たち以外は誰もいなくて閑散としていた。王月さんの姿も見当たらない。待ち合わせ時間までもう少しあるので、しばらくは来ないだろう。

 王月さんがやってくる前に、聞いておくか。


「仁美。答えたくないなら無理に答える必要はないけど、ぶっちゃけおまえは王月さんをどう思っているんだ?」


 仁美は目を見張ると、静電気でも流れたように身を強張らせた。


「どう、というのは?」

「おまえが、王月さんとどうなりたいかってことだよ」


 仁美はキュッと唇を結ぶと、顔をうつむかせる。

 数秒ほど押し黙ると、ポツポツと小さな声でつぶやいた。


「わたしは……将美さんと再会して、気まずいと思っています」


 王月さんがそばにいると、居心地の悪さを感じてしまう。それが仁美の正直な気持ちだ。その答えは、王月さんにとって残酷なものだろう。

 だけどまだ、仁美の言葉には続きがある。


「でも、将美さんはわたしの師でもあります。正義の味方やヒーローっていう、かつて抱いていた理想そのものです。だからわたしは……」


 胸の奥にある感情をしぼりだすように、仁美は苦しそうに一言一言をつむいでいく。

 そして本心を口にしようとした、そのときだ。


「おっ、友則。それに貧乳も一緒か」

「げっ……」


 振り返ると、公園の入り口に黒峰が立っていた。なんてタイミングで登場しやがるんだ、こいつは。

 黒峰は今日も安定してドーナツを右手に握っている。ドーナツは黒峰の基本装備なのだろうか?


「なんだそのリアクションは? わたしに会えて嬉しくないのか?」


 好感度をあげるためなら会えて嬉しいが、でもこのタイミングじゃない。どうしてよりにもよって、仁美が一緒のときにやってくるんだ。


「い、いや、そんなことはないぞ、俺はおまえと会えて嬉しい。それよりも、どうしてここにいるんだ?」

「このへんの公園はわたしがガキどもと遊ぶのによく使っているからな。たまにうろついているんだ」


 ふふーんと自慢げに鼻息を吹くと、黒峰は手にしたドーナツにあむりとかじりついた。

 ピコンと音が鳴ると、黒峰の好感度が『1→2』にあがる。

 おまえと会えて嬉しいという言葉が効いたみたいだ。


「友則先輩、なんであの子とちょっと親しくなっているんですか?」


 うげっ、仁美が湿っぽい目つきで睨んでくる。

 けど好感度は下がらないみたいだ。

 できれば仁美の好感度が下がって、少しでも黒峰との差をちぢめてもらいたいが……個人的にはホッとしている。やっぱり好きな女の子の好感度が下がるのは嫌だ。


「べつに親しくなんてないぞ。黒峰とは、このまえ少し話をしただけだ」

「友則はわたしにドーナツを奢ろうとしたり、異様に肩を揉もうとしてきたな。このまえは超絶テクで快楽の虜にしてやると言っていた」

「先輩……」


 ブッブ~と音が鳴ると、仁美の好感度が『53→52』に下がった。

 違うから。肩を揉もうとしただけで、実際には揉んでないから。そんな痴漢を見るような目はやめて。

 とりあえず仁美の好感度を下げることに成功した。これでまた一歩、フラット作戦を実行するのに近づいたわけだ。

 け、計画どおりだぜ……。


「ちょうどいい貧乳。軽く遊んでやるから、かかってこい」


 黒峰はニカッと八重歯を見せて笑うと、小柄な体から戦意をみなぎらせる。やる気まんまんだ。


「遠慮します。わたしはあなたと戦いたくありません。服が汚れるのは嫌なので。それと、人のことはちゃんと名前で呼んでください」

「なにぃ? わたしとのバトルを断るつもりか? 貧乳のくせに」

「貧乳かどうかは関係ありません」


 グギギギと黒峰は歯ぎしりをする。

 貧乳貧乳と連呼された仁美は眦をつりあげていた。


「おい、友則。おまえからもこの貧乳になんとか言ってやれ。わたしと戦えってな」

「先輩、あの子を説得してください。それとわたしが貧乳じゃないことも教えてあげてください」


 怒った二人に睨まれて、板挟みにあう。

 うぅ、どうしよう。なんかハーレム系の主人公みたいになってるよぉ。あと、仁美はしっかりと貧乳だよぉ。

 好感度表示のことを考慮するなら、黒峰の味方をすべきだ。黒峰の好感度をあげて、仁美の好感度を下げる。これが正しい選択だ。

 だけど……。


「黒峰、悪いが俺はおまえの味方にはなれない。仁美がおまえとの戦いを望んでないなら、俺はおまえと仁美を戦わせるわけにはいかない」


 俺は仁美の彼氏だ。好感度表示のことがあるからって、仁美が望んでない戦いをやらせるわけにはいかない。そんな取り返しのつかないことをしたら、恋人として顔向けできなくなる。


「先輩……」


 仁美は胸の前で両手を組むと、感極まったような声をもらして見つめてきた。

 ピコンと音が鳴り、仁美の好感度が『52→53』にあがる。

 ……せっかく下げた好感度が、あがってしまった。べ、別にがったりなんてしてないんだからね!


「なっ、と、友則、おまえわたしじゃなくて、その貧乳の味方をするというのか! わたしを裏切るというのかっ! ぐぅぅっ、し、信じていたのに……!」


 忠臣に裏切られた戦国武将よろしく、黒峰は顔をゆがませて目尻に水滴をにじませる。

 え? そんなに? そんなにおまえ俺のこと信じてたの? いつの間にそこまでの信頼関係を築いてたの? まったく覚えがないんだけど?

 ブッブ~と音が鳴ると、黒峰の好感度が『2→1』に下がった。

 こうなることはわかっていたが、好感度が下がるのを目の当たりにすると胸が痛むぜ。


「そっちがやらないっていうのなら、こっちから勝手にやるまでだ!」


 ガツガツガツと手にしたドーナツをヤケ食いすると、黒峰は双眸を凄めて、俺と仁美を睨んできた。

 まさかこいつ、ここで戦闘をおっぱじめるつもりか。


「いくぞ! 『わたしのなかの玩(ファンタジーワー)……ごほっ、ごほっ、ごほっ! えほっ! えほっ!」


 異能力の名前を叫ぼうとした黒峰だが、顔を真っ赤にして思いっきり咳き込んだ。

 勢いよく食べたドーナツが、喉につまったようだ。


「ものを食べながら喋るのは、危ないのでよくないと思います」


 仁美が冷静な口調で注意する。そのとおり。


「大丈夫か、黒峰。苦しいなら、なにか飲み物でも持ってくるけど?」


 げっほ、げっほ、と咳き込みながら黒峰は右手を突き出してくる。大丈夫だ、ということらしい。

 ふぅ、ふぅ、と呼吸が落ち着いてくると黒峰は口元をぬぐい、ちょっとだけ頬をむくれさせる。


「今のはナシだ。見なかったことにしろ。さすがのわたしも恥ずかしい」

「あっ、うん」


 脳内に強烈に印象づけられてしまったから、今さら見なかったことにするのは無理だが。


「いくぞ! 『わたしのなかの玩具箱(ファンタジーワールド)』」


 黒峰が異能力を発動|(テイク2)させると、銀色の鎧をまとった筋骨隆々の騎士と、白馬にまたがり鋭利なランスを手にした騎兵が、それぞれ一体ずつ召喚された。


「わたしの異能力は自分のなかに内包したファンタジー世界から、人型の戦士や魔術師、人外の魔物、その他にも武器や鎧などを召喚するものだ。調和機構内でも最大の火力を誇り、戦闘面では他者に引けを取ることはない」


 くっ……なんてこった。

 黒峰はバトル漫画定番の、なぜか敵キャラが自分の能力をドヤ顔でぺらぺら喋るという行動をしてくるが、さっきのドーナツを喉につまらせたシーンがインパクトありすぎて、能力の内容がぜんぜん頭に入ってこない。きっと凄い能力なのに、ドーナツのせいで台無しだ。


「いけ、おまえたち」


 黒峰が右手を振って命じると、騎士と騎兵は仁美に向かって突進してきた。


「しょうがないですね。先輩、下がっててください」


 仁美はやる気のない声で忠告してくると、『天使の礼装(シルバーアーマー)』を発動。身体から白光が発せられ、きらびやかな白銀のドレスをまとい、両手には白のオペラグローブをはめて、両脚には銀のブーツをはいた。


「『暗黒の呪縛(シャドーハンド)』」


 続けて二つ目の異能力を発動させ、騎兵のまたがる白馬の足元から影の手が伸びてきて馬身にからみつき、疾走を停止させた。


「『暴竜の息吹(タイラントブレス)』」


 さらに三つ目の異能力を発動し、右手にブラックメタリックの巨大拳銃を具現する。

 がちり、と撃鉄を起こし、身動きを封じられた騎士に照準を定めると、引き金を引いた。

 轟然と銃声が鳴り響くのとほぼ同時に、白馬の首が吹っ飛び、その背にまたがっていた騎兵も腰から上が木っ端微塵になる。

 騎兵が消失すると、仁美はすかさず走ってくる騎士に銃口を向けて次弾を発射。六十口径が火が噴くと、騎士は握りしめた長剣を振るう。長剣は砂糖菓子のようにあっさりと砕け散り、騎士は鎧ごと粉々に吹き飛ぶ。

 召喚された二体の戦士たちは、タイラントブレスの餌食となった。


「おまえ、少しはやる気を見せたらどうだ?」


 淡々と仕事をこなすように引き金を引いている仁美に、黒峰は苛立ちを募らせる。


「言ったはずです、わたしはあなたと戦うつもりはないと」


 本気でやりあうつもりはない。仁美は意思表示をするようにそう言い放つ。


「おまえが本気を出さないなら、意地でも本気を出させてやる」


 黒峰がより戦意を滾らせると、その小さな体から黒い輝きが発せられ、まがまがしさと神々しさを兼ね備えた闇色の鎧を装着する。さらに右手には勇者が持つような黄金の聖剣を、左手には魔王が持つような漆黒の魔剣を具現した。

 黒峰はわずかに腰を沈めて、大地を蹴る。砂塵が舞うと、瞬間移動でもしたように仁美との間合いを一気に詰めて、聖剣と魔剣を交差させて、斬撃を叩き込んでくる。

 仁美は咄嗟にブラックメタリックの銃身で斬撃を受け止めた。すると銃身に亀裂が走り、タイラントブレスが音を立ててバラバラに砕け散る。仁美は体ごと後方に吹き飛ばされる。

 仁美は眉間をしかめると、銀のブーツの靴底をすり減らしてブレーキをかける。こめかみから一筋の汗が流れて、細い顎の輪郭を伝ってこぼれおちた。


「まだまだいくぞ」


 黒峰は悪ガキのようにニヤリと口角をあげると、自身の周りにドワーフの戦士やエルフの魔術師、コボルトやオークといった魔物など、ファンタジー世界の住人を大量に召喚する。

 仁美は苦虫を噛み潰したような顔をするが、依然として本気で戦う姿勢は見せない。

 このままでは物量に押し切られてしまう。大量の魔物とかに自分の彼女がやられるところなんて見たくない。なんか陵辱系のエロゲみたいだからね。

 俺なんかじゃまともな戦力になれないけど、ちょっとでも仁美の助けになろうとライアーコントロールを発動しようとする。


「友則。余計な手出しはするな」


 俺の行動に目ざとく感づいた黒峰は、召喚されたドワーフやエルフ、そして魔物たちを総動員でこちらに差し向けてきた。

 ちょっ、やべっ! ていうか俺ピンチ! やだぁっ! 魔物にメッタメタにされちゃうのやだぁっ! 陵辱系のエロゲみたいにやられちゃう!


「友則先輩!」


 仁美が叫ぶと、その体からまばゆい極光の輝きが発せられた。

 仁美は新たなタイラントブレスを具現化する。それは一つではない。両手に二丁拳銃を握りしめる。

 二つのタイラントブレスが巨大化すると、口径を広げていき、大砲のごとき破壊兵器へと進化を完了させる。

 仁美は両手に握った馬鹿げた大きさの拳銃を、俺のもとに突進してくるファンタジー世界の住人たちに向けて、連続で引き金を引いた。

 地響きのごとき砲声が轟き、のべつ幕なしに凄まじい火炎が発射される。

 狙われたファンタジー世界の住人たちは爆撃に呑み込まれ、一体も残らず粉微塵となる。

 仁美はハッとすると、両手に握った巨大な破壊兵器を消した。ほんの一瞬とはいえ、公共の場で本気を出したことを気にしているみたいだ。確かに、さっきのは爆音は超うるさくて近所迷惑だったな。


「なんだ、やればできるじゃないか」


 黒峰は感心したように微笑む。

 対して仁美は、牙を剥くように敵意を放っていた。


「わたしを狙うのはかまいません。ですが、わたしの大切な人である友則先輩に危害を加えるようなら、わたしはあなたを許しません」


 仁美に大切な人だって言われちゃいました。

 どうしよう、シリアスパートっぽいのに照れちゃう。


「大切な人? おまえら、同じ学校の先輩と後輩なだけじゃないのか?」

「わたしたちは……つ、付き合ってますから」


 仁美は頬を赤らめて、俺たちの関係を打ち明ける。

 そうなの。俺たち付き合ってるの。恥ずかしがる仁美かわいい。


「付き合ってるって……恋人同士ってことか? おまえと友則が? ……貧乳、おまえ気でも狂ったのか? どうしてよりにもよって友則を選んだ? もっと他にも選択肢はあったはずだぞ」


 辛辣。クオンちゃんの俺に対する評価が辛辣。俺って、どんだけ低く見られてるの?


「だけど、そうか。おまえにとって、友則は大切なのか」


 ピコンと音が鳴ると、黒峰の好感度が『1→2』にあがる。

 好感度があがったのはいいが……黒峰はヘビを連想させるような笑みを浮かべて俺を見つめていた。

 背筋が粟立つ。恐怖という悪寒が、体中をまさぐるように駆けめぐる。捕食される側の動物の気持ちが嫌というほどわかってしまう。

 しかし硬直した俺の体は、一発の銃声によって解き放たれた。

 黒峰は瞬時に左手の魔剣を振るい、火花を散らせて、飛来してきた弾丸を叩き斬る。


「将美か……」


 黒峰の視線を追いかけてみると、アクション映画の主人公さながら格好よくタイラントブレスを構えた王月さんが公園の入り口に立っていた。

 時間通り、待ち合わせ場所に来てくれたみたいだ。


「クオン、わたしの任務はおまえを調和機構に連れ帰ることだ。おとなしくついてきてもらおうか」

「愚問だな。わざわざ答えのわかりきったことを聞くな。ほんと愚問だ。まったくもって愚問だ」


 愚問という単語を三連続で使う黒峰。愚問という単語が気に入ったらしい。わかるよ。俺も使いたいよ。なんか格好いいもんね、愚問。

 黒峰は装着していた闇色の鎧と、両手に握った聖剣と魔剣を消すと、仁美に視線を転じる。


「ここだと、わたしもおまえも思いっきりやれない。周りの住人を巻き込んでしまうからな。次は相応の舞台を用意してやる」


 悪辣な笑みを浮かべる黒峰だが、言ってることは平穏に暮らす人々のことを気づかう優しい言葉だった。なにこの子? 生意気なところはあるけど、もしかしていい子なの? ラスボスっぽいのにいい子なの?


「じゃあな」


 黒峰がその一言を発すると突風が起きて、砂煙が立ちこめる。

 数秒ほど目を閉ざして視界を奪われた。まぶたを開けると、黒峰の姿は見当たらない。仁美と王月さんが上を向いていたので、俺も同じように空をあおいでみると、黒峰が風をまとって浮いていた。

 黒峰は膝を折ってなにもない虚空を蹴るような動作を見せると、スーパーマンよろしく一面の青空のなかを高速で飛んでいく。

 ……パンツは見えなかった。もうちょっとアングルを調整してもらいたかったぜ。

 俺がパンツのことで悔しがっていると、仁美はシルバーアーマーとタイラントブレスを解除する。

 王月さんも右手に握ったタイラントブレスを消すと、こちらに歩み寄ってきた。

 そしてシニカルな笑みを仁美に向ける。


「誰かと連携をとることはできても、まだ誰かの異能力をコピーすることは恐れているようだな」


 指摘を受けると、仁美は怒りと苦しみを混ぜ合わせたような表情で王月さんを睨みつけた。

 王月さんは全く動じてない。すげぇな。傍らの俺なんて、もうガクブル状態なのに。美人なだけに、ひとみんは怒ったら怖いさも一入よ。


「他者の異能力をコピーする。それがおまえの能力の本質だ。クオンのファンタジーワールドをコピーして、さらに進化させて戦えば勝機は十分にあった。だというのにおまえは自らの能力を活用せず、可能性を閉ざしている。そんなことではクオンに勝てないぞ」

「将美さんに、わたしの能力をとやかく言われる筋合いはありません。もう将美さんはわたしの……」


 我に返ったように目を見開くすると、仁美はその先の言葉を口にせず唇を噛んだ。

 もう将美さんはわたしの教官ではない……そんなことを言おうとしたんだろう。俺の彼女は良識のある人間なので、寸前で思いとどまったようだ。雛子だったら迷わずに最後まで言い切っている。あいつ容赦ないからな。

 仁美が口にしようとしていた言葉を察しているのであろう王月さんは、余裕のある笑みを浮かべていた。仁美ごときになにを言われようとも平気だという態度だ。


「もうわたしが誰かの能力をコピーすることはありません。そもそもあの黒峰っていうアホみたいな子に勝ちたいとも思ってませんし」


 さらりと失礼なこと言ったな。いや、確かに黒峰はアホみたいな子だけども。


「強情だな。もっと大人になれ」

「将美さんだってオバ……いい歳して、子供みたいにわたしを挑発しないでください」

「いまおまえ、わたしのことオバさんだと言おうとしただろ?」

「だ、だから本当のことを言って傷つけないように、言い直したじゃないですか。お姉さんと言うには……もう将美さんは、時が経ちすぎてますから」


 時が経ちすぎてるって、仁美、それオバさんって言ってるのと同じだからね。王月さんの顔が、さっきよりも怖くなっちゃってるからね。

 今日は二人の仲を修復するはずだったのに、メイド喫茶のときといい、どうしてこうなるんだ。

 しょうがない。ここは俺の出番だな。

 第三者として、仁美の彼氏として、一肌脱ぐとしよう。


「二人とも。いがみ合うのはそのくらいにして、頭を切り替えていこうぜ」


 ニカッとさわやかなイケメンをイメージして笑いかける。

 ところが二人からは「余計な口出しすんな黙ってろよテメェ殺すぞ」っていう凄い目つきで睨まれました。


「オッケー、二人のことは、二人に任せる」


 降参するように両手をあげて、後ろに引き下がる。

 なぜかって? 心が折れたからだよ。あぁ~、二人とも怖い怖い。


「……先輩。すみませんけど、今日はわたし帰らせてもらいます」

「え?」

「そうだな。このまま仲良くお出かけなんてできるわけがない」

「ちょっ、待」


 呼び止めようとする俺の声を無視して、仁美は「失礼します」と頭を下げて公園を出ていった。

 王月さんも「ま、こうなると思っていたがな」と諦めたように破顔すると、仁美とは反対方向に歩いていって立ち去る。

 公園には、俺一人だけがぽつんと取り残された。

 本当ならこれから三人で出かけるはずだったのに……なんてこったい。



     ◇



 さぁ、仁美と王月さんと一緒にデパートにやってきたぞ。

 服飾コーナーを見てまわると、仁美と王月さんはお互いに似合う服を選んでコーディネートすることで笑いあっていた。美しい二人のいろいろなコスチュームを見ることができて眼福だ。

 フードコートを通りがかるとアイスクリームを買い、仁美と王月さんはお互いのアイスクリームを一口ずつ食べたりなんかして、彼氏の俺を差し置いて百合百合しちゃってる。もう大好物です。

 あぁ、今日は二人とデパートにやってきてよかったな。最初は仁美も王月さんもぎこちなかったけど、今ではすっかり打ち解けている。これも夏休みの思い出の一ページだ。

 ……というのが、本来の俺の予定表|(妄想)だった。

 現実はどうかって? へっ、仁美たちと一緒に来るはずだったデパートの近くにある噴水広場のベンチに、俺一人で寂しく座り込んでいるぜ。

 夏休みだから、周りを見渡せば男女でイチャイチャするヤツらや、友達同士ではしゃいでいる若者が目につく。

 くそっ、どいつもこいつも楽しそうにしやがって。本当なら俺だって、かわいい彼女と、美人なアラサーをはべらせて、リア充気分を味わえていたのに。

 ここで楽しそうにしているヤツら全員、真夏の蒸し暑さに焼き殺されないかな~。


「友くん?」


 名前を呼ばれたので顔をあげてみると、夏物らしい薄手のワンピースを着たシズクが立っていた。


「シズク……どうしたんだ、こんなところで?」

「さっきまで立花さんと春日部さんと一緒に、この近くのデパートで買い物をしていたんだけど、立花さんは家の用事があるとかで帰ってしまって、春日部さんは近藤さんから着信があるとおびえながらどこかに走っていったの。あの二人の相手をするのは、とても疲れたわ」


 仕事帰りのOLばりに、シズクは重たい溜息をこぼす。

 いつの間にか同じクラスの麗佳とも、仲良くなっていたんだな。

 そして雛子からの着信で走っていったという春日部の動向が気になるが、巻き込まれたくないのでスルーしよう。


「友くん、道行く人たちを呪い殺すような目で見ていたけど、どうかしたの?」


 どうかしたもなにも、まさしく道行く人たちを呪い殺そうと憎悪を振りまいていたところだよ。


「知り合いと出かける予定だったんだが、いろいろあってな。こうして一人でヒマしているわけだ」

「そうなんだ」


 シズクは小さく頷くと、考え込むように少しだけ顔を伏せた。顔をあげると朗らかな微笑を向けてくる。


「だったら、これからわたしとお茶でも」

「こんにちは、お兄さん」


 ハキハキとした声がすると、右腕にやわらかいものが寄りかかってくる。

 首を横に向けてみると、にっこり笑顔の柊が俺に体重を預けて密着していた。ドキッてした。女の子のやわらかさにドキッてした。柊から漂ってくる桃のように甘い香りにドキッてした。


「奇遇ね、朝倉くん」


 ゆったりとしたブラウスに膝下まであるスカートをはいたちはやが、人ごみのなかから出てきて、こちらに歩み寄ってくる。


「おまえたち、どうして?」

「今日は、お姉さんとデートをしていたんだ」

「えぇ、今日は柊ちゃんとデートをしていたのよ」


 柊は冗談まじりに「デート」と言ったようだが、ちはやはフフフッと笑っていてガチっぽかった。ていうかおまえら、一緒に出かけるくらい仲良くなってたのかよ。


「……朝倉くん、この二人は誰?」


 シズクは氷の息吹でも吹きかけるような冷たい声で尋ねてきた。俺の右腕にぴったりとくっついている柊を見る目が凍てついている。

 なんだかゾクリとするな。あと俺の呼び方が「朝倉くん」になっているのが何気に恐ろしい。


「えぇっとだな。この二人は」

「ぼくはお兄さんのご主人さまで、お兄さんはぼくの奴隷だよ。この前も気持ちいいくらい肩を揉み揉みしてもらったんだ。ね、お兄さん」


 ね、じゃないよ、ね、じゃ。シズクとちはやがびっくりしちゃってるだろ。


「友くん、どういうことなの?」

「朝倉くん、説明してもらえるかしら?」

「い、いや、ちょっと柊に頼み事があってだな、それを聞いてもらう代わりに肩揉みをしただけだ。やましいことは何もない」


 下心がなかったと言えばウソになるが、包み隠さずに真実を話しておく。

 シズクとちはやは腑に落ちないみたいだが、それ以上の言及はしてこなかった。ふぅ、ヒヤッとしたぜ。


「とりあえずあなた、朝倉くんから離れたらどうなの?」


 シズクに注意されると、柊は「はぁ~い」と生返事をして俺から離れた。

 右腕に当たっていた柊のやわらかさ……俺はそれを決して忘れないだろう。


「えっと、じゃあ紹介するが」


 俺は、シズクにちはやが中学時代の同級生で、柊が調和機構のメンバーであることを説明した。ちはやと柊には、シズクが同じ高校に通う幼馴染みであることを説明する。


「七星ちはやよ。よろしくね、真宮さん」

「えぇ、よろしく」


 ちはやが友好的な明るい笑みを浮かべて右手を差し出すと、シズクは不承不承といった感じで手を握った。

 その直後、フッへへへ、とちはやがニヤけると、シズクはゾゾゾッと総毛立ち、握っていた手を引っこ抜く。


「と、友くん……なんだかこの人、とても危ない臭いがするんだけど」

「よくわかったな。おまえの思っているとおり、ちはやは危ないヤツだ」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでもらえるかしら? わたしのどこが危ないっていうのよ?」

「女好きなところだが?」

「くっ、言うじゃない。いいわ、真宮さんと握手したこの右手はしばらく洗わないから」

「あなた……なにを言ってるの?」


 ちはやの異様な言動に、シズクが青ざめていた。

 ……ちはや、おまえってヤツは、大抵の女性には初見で驚かれちゃうのな。

 それからちはやは、積極的にシズクに話しかけることで、学校での過ごし方から、プライベートなことまで根掘り葉掘り聞き出そうとする。それをシズクは淡白な塩対応でいなしていた。奇妙な会話の攻防が繰り広げられている。とりあえずちはやは、美少女と話せてめっちゃ嬉しそうだ。


「あれからちはやの能力は、一度も発動してないんだよな?」


 隣に座る柊に、ヒソヒソと小声で話しかける。


「うん。ぼくのアイディアルエンドでお姉さんの能力は封印したからね。風使いを生み出すトラ猫は出てきてないよ」


 そうか。ちはやは平和な日常に戻れたんだな。


「お姉さんは、自分がどうしてお兄さんのことをあんなに嫌っていたのか疑問に思っているみたい。でもお兄さんの彼女さんが、そのことについては追及しないようにって釘を刺してきたそうだよ」


 シズクのときもそうだったが、ちはやにも仁美が裏で手を回してくれたようだ。苦労をかけるな。特にちはやは女好きだから会うだけでも疲れるだろうに、ほんと苦労をかける。

 肩の力を抜くと、改めてシズクとちはやに目を向けた。二人が話している姿を見ていたら、自然と頬がほころび、じんわりと胸に充足感がひろがっていく。


「お兄さん、どうしてあの二人を見て笑ってるの? 変質者みたいだよ」

「人を勝手に変質者呼ばわりするな」


 確かに美少女二人を眺めながら、温かい微笑みを浮かべてるヤツはプロの変質者だが。


「あの二人が、あんなふうに話しているのが、嬉しくてな」

「あの二人がって……どうして?」

「シズクも、ちはやも、一度は疎遠になった相手だから」

「それって……」


 柊は他者の異能力がどういうものなのかを認識できる。故に俺の好感度表示のことも理解しているはずだ。俺の言葉を聞いただけで、こちらの真意をくみとれるだろう。

 シズクとちはや、あの二人からは好感度表示がきっかけで嫌われていた。一度は関係を失うことになったけど、その失われた関係をこうして取り戻すことができた。

 その二人が、俺の見ている前で話している。嬉しくないはずがない。

 あの二人を好きになって、嫌われて、そのせいで一時期は誰かを好きになることすら臆病になっていた。それでも仁美への想いだけは止められなかった。

 あの雨の日、仁美と出会ったことで……俺の気持ちは走り出したんだ。

 でも、今回の好感度表示はクリアできないかもしれない。仁美だけが突出して好感度が高いので、このままでは仁美に爆発が起きて嫌われてしまう。

 もう大切な誰かを失うのはごめんだ。

 奏先生も早乙女さんも頼りにできない現状では、残された希望は俺の隣に座る少女だけだ。


「あの二人が、お兄さんの取り戻したもの……」


 柊は、幻にでも魅入られたかのように、シズクとちはやを凝視している。


「なぁ柊……おまえの能力で、俺の異能力を封じることを、もう一度だけ考え直してもらえないか?」


 ダメだよ、と即答されると思っていた。

 だけど、答えは返ってこない。

 柊は沈黙したまま、口を閉ざしている。


「そうだわ、これから三人でお茶なんてどうかしら?」


 思い悩んでいる柊を見かねたのか、シズクとの会話を打ち切ると、ちはやはこっちに向かって提案してくる。

 それはいいのだが三人って……一人足りなくないですかい? 


「わたしは朝倉くんが行くのなら、別に付き合ってあげてもいいわよ」

「むっ、しょうがないわね。じゃあ四人でお茶に行きましょう」


 あっ、一人足りなかったのって、やっぱ俺だったのね。知ってたけど。


「俺はべつにかまわないが……柊はどうするんだ?」


 質問を投げかけると、柊はツギハギだらけのぬいぐるみのような、ぎこちない笑みをつくった。


「うん、もちろんいいよ」


 憂いなんてこれっぽっちもない明朗な表情で柊は頷く。

 俺の好感度表示を封印してくれるかどうかについては、うやむやのままで、なにも答えてはくれない。

 それはつまり、好感度表示を封印するつもりはないということか……。

 柊は最後の一回である封印の能力を誰に使うのか、既に決めていると言っていた。

 俺がその誰かに取って代わることは、ありえないようだ。



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