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この手がはなれないようにするために



「柊さまあああああああああああああああ! お願いしゃあああああああああああす!」


 夏休みも終盤に差しかかった八月の下旬。蝉時雨が鳴り響く昼下がりの公園で、俺はベンチに腰掛けている女の子に土下座をしていた。

 炎天下にも関わらず、焼けるように熱い地面に両手をついて額をこすりつける。ぐりぐりとこすりつける。

 幸いにも周りに人目はなく、あったらヒソヒソとささやかれるくらいには全力で地べたに額を密着中だ。

 なぜこんなことをしているかって? 

 それは昨日の朝、目覚めた俺の頭のなかに新たな好感度表示が出現していたからだよ。


『カウント:7 氷室仁美:50 王月将美:0 黒峰クオン:0』


 これが昨日の時点での好感度表示。

 一日たっているので、現在は残りカウントが『6』になっている。

 今日は月曜日なので次の土曜日が終わればカウントは『0』になり、好感度が一番高いヒロインに爆発が起きて俺は嫌われてしまう。

 それまでに、どうにかしないといけない。

 どうにかしないといけないのに……仁美の好感度がいつの間にか『50』という圧倒的な数値にまで上昇していた。もう爆上げである。

 どうしてここまであがったのか? 

 それはあれだ。付き合いはじめたからだな、うん。もう手だってつなげるようになったし。ほんと幸せ。

 仁美から好かれるのは超絶うれしいけど、好感度表示に関しては頭をかかえずにはいられない。

 仁美以外の二人にいたっては、一ヶ月前に知り合ったばかりなので、好感度が『0』なのも頷ける。ていうか残り数日で二人の好感度を仁美と同じ数値まで引きあげるなんて無理ゲーだ。フラット作戦を実行するのは至難である。

 奏先生は、もう俺にキャンセル能力を使ってくれないし、早乙女さんも今回は好感度表示に名前が載ってないので、前回のようにリベリオンミラーで爆発を跳ね返すことはできない。

 となれば、残る手段は一つ。

 他者の異能力を封印できる柊を頼るしかない。

 それに柊に能力を封印してもらえば、もう二度と好感度表示が出現することはなくなる。永遠の安らぎを手に入れられる。これまでの一時しのぎの解決とはわけが違う。柊さえいれば、ポンコツ教師も下ネタメイドもいらないんだよ。

 ということで俺は、夏休みに突入すると町中をうろつきまわり、柊を発見しては突撃。俺の好感度表示を封印してくれと頼みに頼みまくった。だが、どんなに誠心誠意をこめて頼んでも、毎回笑いながらマッハで断られてしまう。

 そんなことが一ヶ月くらい続き、いよいよ新たな好感度表示が出現した俺は進退きわまり、ついにはDOGEZAを敢行する次第となった。

 中学生くらいの女の子に対してこんな情けない姿をさらすなんて、傍目からすれば一種の変態プレイに見られかねない。だけどもうなりふり構っていられないのだぜ。


「お兄さん、顔をあげて」


 柊はふわふわとした綿飴のようにやわらかい声で語りかけてくる。

 言われたとおり顔をあげると、ベンチに腰掛けた柊は、あどけないスマイルを浮かべていた。

 ちなみに柊は下にショートパンツをはいている。スカートじゃないのが残念。もしもスカートだったら、このポジショニングからだとばっちし見えていた。

 え? なにが見えていたかって? そんなの決まってんだろ、パンツだよ、パンツ。

 いや、別にパンツが見たくて土下座をしていたわけじゃない。俺は誠心誠意をこめて、土下座をしていただけだ。だが柊がスカートだったら、俺はもっと本気で土下座をしていただろう。あ~、パンツ見てぇ。


「何度頭を下げられても、ダメなものはダメだよ」


 毎度のごとく、柊は笑いながら好感度表示を封じることを拒否してくる。


「ぼくの異能力、『封印の鍵(アイディアルエンド)』については前に説明したとおりだからね」


 はじめて俺の好感度表示を封印してくれるように頼んだとき、柊は自分の能力について詳細を教えてくれた。

 柊は対象に触れることで、相手の異能力を封印できる。既に外部に放たれた能力の効果は消せないが、触れられた対象は能力を発動できなくなる。

 一度能力を封印した相手は、柊の手でも封印を解除することはできない。

 そしてここからが重要なのだが……。


「ぼくのアイディアルエンドは、百回しか使えないんだ」


 そう、柊の異能力は珍しいことに、使用回数が定められている。

 その数は百。


「このまえ風使いを生み出していたお姉さんに使ったので、九十九回目になるからね」


 つまり、柊が異能力を使えるのはあと一回だけ。

 あと一回……一人だけなら、異能力を封印することができるということだ。


「そもそもぼくがこの町に連れてこられたのは、いざというときにクオンの異能力を封印するためだよ。もっとも、それはぼくがお姉さんの異能力を勝手に封印しちゃったせいで、予定が狂ったんだけどね。調和機構の偉い人たちはお冠みたい。まぁそこは将美さんがうまく取りなしてくれているけど」


 柊は両脚をぷらぷらしながら語る。

 地面に膝をついている俺のポジションからだと、白くて細い足がよく見えます。


「王月さんもそうだけど、おまえも調和機構のルールをあまり重視していないんだよな?」

「うん。ルールを重視していたら、風使いを生み出していたお姉さんの能力を封印したりしないよ」


 柊のように他者の異能力そのものに干渉できる存在を、調和機構では封印者と呼んでいる。

 その封印者と呼ばれる連中は、特定の条件を満たしていなければ相手の能力を封印することを許可されない。

 だけど柊はルールに縛られていないので、柊さえその気になれば、俺の好感度表示を封印することができる。

 柊には悪いけど、俺のためにルールを破ってもらいたい。


「それでもぼくがお兄さんの能力を封印することはないよ。アイディアルエンドの最後の一回を誰に使うのかは、もう決めてあるからね」


 にっこりと微笑みながら、柊は俺を助けるつもりがないことを明言する。

 柊が最後に異能力を封印する相手……それはおそらく黒峰のことだ。そのためにこの町に来たと、さっき言っていた。

 その黒峰はどういうわけか仁美を狙っている。しかも今回の好感度表示に名前が載っているので、悩みのタネでもある。


「あっ、ちなみにお兄さんの彼女を使って、ぼくのアイディアルエンドをコピーするのはナシだよ。調和機構でも、封印者の能力を外部の者に手渡すのは厳禁とされているからね。いくらぼくがルールを軽んじているからって、さすがに調和機構を敵に回すのはごめんだよ」


 そういえば、その手があったな。言われてみてはじめて気がついた。

 仁美のコピー能力で柊のアイディアルエンドをコピーすれば、俺の問題はすんなりと解決する。その代償として、調和機構との対立はまぬがれない。俺も仁美も平穏な生活から遠ざかってしまう。

 柊の封印能力だけでなく、奏先生のキャンセル能力や早乙女さんのカウンター能力を仁美にコピーさせるという手段もある。

 だけど仁美は、他人の能力をコピーすることを嫌悪している。

 仁美の嫌がることを強引にやらせて問題を解決しても……その先に明るい未来はない。

 俺が求めているのは、仁美と一緒に笑って過ごせるハッピーエンドだ。

 ハッピーエンドを迎えたいなら、仁美のコピー能力を頼るわけにはいかない。


「それにぼくが手をかさなくても大丈夫だよ。間に合うかどうかは……正直言って微妙だけど」

「どういうことだ?」

「確証がないから、教えてあげない」


 てへっ、と柊は舌を出して笑う。

 なんだよちくしょう、かわいいな。撫でくりまわしたいぜ。

 ……って、萌えてる場合じゃない。またしても柊に断られてしまった。土下座したのに断られてしまった。

 でもまだ諦めたわけじゃないぜ。なんとしてでも、柊には俺の好感度表示を封印してもらう。じゃないと、今回ばかりはクリアできそうにない。


「とりあえずお兄さん。いつまでも地べたに座ってないで、立ったら」

「あぁ……そうだな」


 このポジションからだと、ショートパンツからのびた白くてほっそりとした太ももをじっくり観賞できるのに……。名残惜しい。あぁ、名残惜しい。

 涙を飲んで、スローモーションのようにゆっくりと腰を持ちあげる。グッバイ、太もも。

 俺が立ちあがったことで、視線の高さが逆転すると、柊は上目づかいになって明日の天気でも尋ねるような何気ない口調で聞いてきた。


「ねぇ、お兄さん。学校って楽しい?」

「学校か? まぁ楽しいヤツは楽しいし、楽しくないヤツは楽しくないんじゃないか? 俺は仁美やみんながいるから楽しいけど」


 雛子にからわかわれたり、麗佳に偉そうにされたりして、イラッとすることもあるけど、ていうかイラッとすることばかりだけど、それでも楽しいと呼べる場所だ。


「柊はあんまり学校が楽しくないのか?」

「さぁ? わかんないな。ぼくは学校に行ったことがないから」

「学校に行ったことないって……マジか?」

「うん、マジ」


 さらりと、とんでもないことを告白してきたな。


「ぼくだけじゃなくて、クオンもそうだけど、物心ついたときから両親がいなくて、調和機構のなかで監視されながら育ってきたんだ。基本的な教養はそこで身につけたよ」


 家族。そう呼べる存在が、柊やクオンにはいないようだ。

 寂しくないのかと聞こうとしたが……そんなわかりきったことを聞いてどうにかなるわけでもない。疑問の言葉を飲み込む。


「もしも学校に行くとしたら、お兄さんみたいに楽しい友達をいっぱいつくって、たくさん遊んで、いい思い出づくりをしたいな」


 えへへ、と柊は無垢な笑顔を浮かべる。


「おまえは人好きしそうだからな。友達だってすぐにできるだろ」


 こっちも笑い返すと、柊の頭に手を乗せた。さらさらとした髪の感触が、指の間からこぼれる。


「なに、この手?」

「まぁ……なんとなくだ」


 柊はいぶかしむように見上げてきたが、すぐにその目は細まり、なんだか意地の悪いものになる。


「ねぇお兄さん。ぼく、このごろ肩が凝ってるんだ」

「そうなのか?」

「うん、だから誰かに肩を揉んでほしいな。肩の凝りがほぐれたら、気が変わってお兄さんの頼み事を聞いちゃうかも」


 おいおい、まさか俺に肩を揉めと命令しているのか? 


「本当に俺の頼みを聞いてくれるんだろうな?」

「それはお兄さんのテクニック次第かな」


 むっ、年下の分際で生意気な。

 肩を揉めだって?

 そんな屈辱的な行為……やぶさかではない。ていうか無料で女子に触れられるとかご褒美じゃん。

 ったく、仕方ねぇな、という体裁を保ちつつ、内心ノリノリで俺はベンチの後ろ側にまわりこみ、柊のなだらかな肩に両手をぴたりと乗せた。

 ほんのちょっと親指に力をこめると、柊は「んっ……」と甘い声をもらして、背筋をびくりとさせる。


「お、お兄さん……けっこう、上手なんだね」

「これでもガキの頃はじいちゃんに鍛えられたからな。肩揉みには自信があるぜ」


 親指だけでなく他の指も使って強弱をつけつつ、粘土をこねくりまわすように、ほっそりとした肩に適度な刺激を与えていく。


「ひっぐぅ! お、お兄さん……そんな、ダメだよ、そこはっ……」

「なにがダメなんだ? 肩を揉めって命令してきたのはおまえだろ? おまえが言ってきたことだろ? だったらほら、遠慮するなよ」

「そ、それはそうだけど……っ、だけどそこは気持ちがよすぎて……」


 柊はほんのりと頬を上気させて熱っぽい吐息をこぼすと、許しを請うように、うるんだ瞳で見上げてきた。

 くっ、たまらないな、その顔つき。最高にそそられるぜ。

 俺は攻め手をゆるめることなく、ピアノの演奏でもするように、リズミカルに肩を揉み揉みしまくる。


「んっ! も、もうやめ……これ以上されちゃったらぼく、お、おかしくなっちゃうからっ……!」


 柊はとろけそうな表情で訴えると腰を浮かそうとする。だけどそうはさせない。両手に力をこめて、無理やりベンチに押さえつける。


「なぁに、今はまだ刺激に慣れてないだけさ。そのうち体が慣れてきたら、もっと気持ちよくなるぜ。そしたら今度はそっちから揉んでほしいって、ヨダレをたらしながらおねだりしてくるようになるからよ」


 ぐへへへへ、と下卑た笑みを浮かべる。

 知らなかったぜ。肩揉みが、こんなにもエロいだなんて。

 天国のじいちゃん。肩揉みのテクニックを伝授してくれてありがとう。あと、なんかごめんなさい。

 このまま俺の超絶テクによって、柊を快楽の果てまで導いてやる。そして俺の言うことならなんだって聞く、従順なペットのように手なずけて、異能力を封印してもらおう。

 よっしゃ。これで今回の好感度表示はクリアだぜ。

 おめでとう、俺。


「……先輩、なにやってるんですか?」

「えっ?」


 顔をあげると、両目を細めた仁美と、ニコニコ笑顔の雛子、そして柳眉を逆立てた麗佳が立っていた。

 ブッブ~という効果音が鳴ると、仁美の好感度が『50→49』に下がる。


「いや、違う。これはだな……」


 バッと慌てて柊の肩から手を離す。

 くっ、なんてこった。まさか仁美が公園を通りがかるだなんて、ついてないぜ。


「くすん。ひどいよ……お兄さん。やめてって言ったのに、あんなに乱暴にするだなんて。ぼく、はじめてだったのに」


 ちょっ、なにその反応? はじめてとか言うのやめて。肩を揉まれるのがはじめてってことだよね? その言い方だと、お兄さん別のニュアンスに聞こえちゃうよ。エロゲ的な意味に聞こえちゃうよ。

 目元の涙をぬぐう柊だが、唇は笑っていた。あっ、こいつ泣いてねぇな。


「先輩。どういうことなのか説明してください」


 ちょっぴり唇をとがらせて、仁美は詰め寄ってくる。かわいいので、もっと睨まれていたいと思っちゃう俺は、人としてどうなのだろうか?

 とりあえず落ち着こう。ここで下手に取り乱せば、余計な誤解を招きかねない。冷静に事実だけを述べよう。


「仁美、よく聞いてくれ。俺はただ、柊を快楽の果てに導いてやろうとしただけなんだ」

「先輩、真顔でなに言ってるんですか? よく聞いても言ってることはおかしいですよ」


 うん。俺もそう思う。

 ブッブ~と音がなると、仁美の好感度が『49→48』に下がった。

 さっきから仁美の好感度が下がりっぱなしだぜ。


「ひとみん、すぐに警察に通報したほうがいいよ。この公園にJCを狙う変質者がいますって」

「友則、そこに正座しなさい。首を斬って、楽にしてあげるわ」


 仁美だけでなく、雛子や麗佳も怒りをあらわにする。麗佳にいたっては俺を殺そうとしちゃってる。

 うぅ~、と前歯を噛みしめて唸りながら、俺は助けを求めるようにベンチに腰掛けた柊を見る。


「ふふっ、冗談だよ。本当は二人でじゃれ合っていただけだから。ね、お兄さん」

「お、おう。そうさ」


 ははは、と柊の助け船に乗っかるようにして笑う。

 だっていうのに、三人の表情は曇ったままだ。

 ん~、なんでだろう? 

 そりゃあ中学生くらいの女の子とじゃれ合っていたらムカつくよね。

 すぐに答えが出ました。


「たぶん三人とも、最近はお兄さんがぼくにばかりかまけているから面白くないんだよ」


 言われてみれば、近ごろは柊に好感度表示を封印してもらおうと躍起になっていた。他のみんなに構ってやれる余裕がなかった。

 そうか、それで三人とも不機嫌なのか。


「みんな、すまない。俺に会えなくて、寂しい思いをさせたな。でもこれからは、みんなとの時間にも配慮する。みんなに平等な友則くんでいるから、どうか機嫌を直してくれ」

「え? べつに友則さんに会えなくてもいいですけど?」

「凡人の分際で思いあがらないでちょうだい。あなたごときのモブ顔なんか見なくても、問題ないわ」


 だってさ、柊。

 雛子と麗佳から、それはもう冷たいリアクションをもらいました。予想していたよりも大切に思われてなかったよ。

 仁美だけは、雛子と麗佳を取りなすように苦笑している。


「どうやらあの二人は、あんまり素直じゃないみたいだね」


 柊は微笑みながら所感を口にする。

 素直じゃないか。その言葉の真偽はわからないが、俺が謝罪したことでさっきよりも空気がやわらいだのは事実だ。


「ところでお姉さんたちは、三人で仲良くお出かけ中なの?」

「あっ、はい。今日はわたしと立花先輩が雛子にちょっとした用事があって……」


 柊に尋ねられると、仁美は丁寧な口調で答える。

 年下相手にも、敬語なんだな。


「ひとみんと麗佳さんが寂しい夏休みを過ごしているだろうと思って、わたしが声をかけてあげたんだよ。わたしって偉いよね」

「べつに、寂しくなんてありませんけど?」

「そうよ。完璧美少女であるこのわたしは引く手あまたよ。それをわざわざ断って来てあげたんだから、感謝なさい」

「さすが麗佳さんです。せっかく人が誘ってあげたのに恩着せがましいことを言えるだなんて、尊敬します」


 三人の間で見えない火花が散っていた。

 こいつら、相変わらず仲がいいのか悪いのかわからないな。

 あと誰か足りないような気がすると思ったら、堀田ちゃんの姿が見えない。

 そういえば、夏休み前に補習が決まっていると泣いていた。仁美と遊ぶことができなくて、今頃は暗黒オーラを振りまきながら悲嘆に暮れていることだろう。


「お姉さんたち、仲がいいのは結構だけど、変なのがついてきてるみたいだよ」


 変なのって、なんだ?

 疑問に思い、柊の視線を追いかけてみると……公園の入り口に奇妙なものが数体ほど立っていた。

 漆黒のローブをまとった魔術師っぽい老人。

 鉄の鎧を身につけた戦士風の青年。

 顔立ちが瓜二つの、手に弓を握っている狩人のような二人の男性。

 緑の体色に、異様に大きな黄色い目をした、醜い容貌の小人が数匹。

 黒い鎧を装着して、手に剣を握っているガイコツの騎士が数体。


「なんだ……あいつら?」


 まるでファンタジーの世界から飛び出してきたような異質の存在が、現代の公園というミスマッチな場所に現れていた。


「またですか……」


 億劫そうに、仁美は溜息をこぼす。


「お兄さん、あれはクオンの異能力によって召喚されたキャラクターたちだよ。人の形をしているのもいるけど、実存する人間じゃない」


 俺の疑問を解消するように、柊が説明してくる。

 あの奇妙な集団は、黒峰の能力で作られた架空の存在らしい。


「わたしへの嫌がらせなのか、最近は外出するとよくあのコスプレしたような敵に襲われます。まったく、いい迷惑です」


 げんなりと肩を落として仁美は愚痴をこぼす。

 エンカウントするのは今回が初めてではないらしい。あと、コスプレって言うのはやめような。本当にそういう人たちに見えてくるから。コスプレイヤーの集団に襲われてるみたいだから。

 緑色の醜い小人たち……ゴブリンたちは口を開けると排水溝がつまったような濁った声をあげて、一斉に突撃してくる。

 やれやれとかぶりを振るうと、仁美は異能力を発動させた。


「『暗黒の呪縛(シャドーハンド)』」


 地面から二本の影の手が伸びると、先頭を走っていたゴブリンの全身にからみつき、動きを停止させる。

 先頭のゴブリンの背中に後進のゴブリンたちがぶつかると、さらに後ろのゴブリンが前のゴブリンにぶつかる。満員電車さながら次々とゴブリン同士が衝突して、突進がとどこおった。


「『暴竜の息吹(タイラントブレス)』」


 仁美は二つ目の異能力を発動。右手にブラックメタリックの巨大な六十口径の銃を具現する。

 がちり、と撃鉄を起こすと、空洞のごとき銃口をゴブリンたちに向けて、引き金を引いた。

 大口径が火を噴き、ボーリングのピンさながらゴブリンたちがまとめて吹っ飛び、蹴散らされる。

 間髪入れずに仁美は苛烈な銃火を弾けさせ、ゴブリンたちを粉々にしていく。

 ゴブリンは見た目がかわいくないので、バンバンやれるみたいだ。もうホント容赦がない。うちの彼女は見た目がかわいくない敵にはハードモードになれる。

 銃撃を連射していると、後方にひかえている二人の狩人が、弓弦に矢をつがえて仁美を狙ってくる。


「雛子、立花先輩」

「りょうかぁ~い」

「ふん、言われなくてもわかっているわ」


 雛子は指先からビームを、麗佳は宙に刀を具現化して、発射する。

 弓から矢が放たれるのに先んじて、ビームと刀が二人の狩人の肉体を貫く。血を流すことなく、二人の狩人は煙のように消えていった。

 以前とは違い、仁美、雛子、麗佳の三人はスムーズに連携をとれている。

 おまえたち成長したんだな……と運動部の監督さながら感慨に浸る俺は戦闘に関しては全くの役立たずなので、ベンチのそばで待機中。かなりみっともない。できるだけ仁美たちには早く戦闘を終わらせてほしいです。

 狩人に続いて次は黒い鎧を着たガイコツの騎士……アンデッドナイトたちが剣を構えて走り出す。ザコキャラのゴブリンよりも明らかに強いはずだ。見た目的にもレベルが高そうだし。


「ひな――」


 仁美が雛子の名前を呼ぼうとしたが、言い終わるよりも早く雛子の指先からマシンガンのごときビームの雨が連発される。アンデッドナイトたちは次々と風穴だらけになり撃破されていった。

 ゴブリンよりも強いのだろうが、雛子の前ではザコキャラも同然だったな。

 ていうかニコニコ笑ったまま、速攻でアンデッドナイトを倒しまくっている雛子が怖い。そんな雛子に、俺だけでなく仁美も唖然としていた。

 そういえば雛子は、オバケの類が苦手だったな。


「雛子。もしかしておまえ、あのガイコツが怖……」

「え? なに言ってるんですか友則さん? こんなときに冗談はやめてくださいよ。あんなガイコツが怖いとか、子供じゃないんですから」

「そ、そうか、悪かったな」


 だからニコニコ笑ったまま、こっちに指先を向けてくるのはやめてくれ。

 虚勢を張っているのは見え見えだが、今の雛子はなんか理屈の通じないシリアルキラーばりに恐ろしいので、言及はしないでおこう。

 そうこうしていると、次は鉄の鎧を身につけた戦士が麗佳に向かって走ってきた。

 フンと鼻を鳴らすと、麗佳は右手のなかに青光りする刀を具現化して握りしめる。


「いいわ。わたしとあなたの因縁、ここで決着をつけましょう」


 麗佳は凜々しい面持ちになると、右手の刀の切っ先を戦士に向ける。


「なんで宿命のライバルみたいなノリなんだ? あの戦士とは初対面だし、そもそも因縁とかなにもないよな?」

「バカね、友則。そのほうが盛りあがるじゃない」


 あぁ~、なるほど、そうか。

 ……ぜんぜんわからん。ドヤ顔でなに言ってんだ、こいつ。


「さぁ、来なさい。一撃で仕留めてあげるわ」


 ノリノリな麗佳は嬉々とした笑みを見せると、青眼の構えをとった。中二病が全開だ。

 肉薄してきた戦士を一刀のもとに斬り伏せようとするが、


「バン」


 横合いからビームが飛んできて、戦士の胴体を貫いた。


「なっ!」


 ビームに撃ち抜かれた戦士は、あっけなく消滅してしまう。

 麗佳は刀を構えたまま、しばし呆然とすると、鋭い眼差しで犯人を睨みつける。


「雛子さん、あなたどういうつもり? わたしとライバルの因縁の対決に水をさすなんて、エンターテイメントのなんたるかをわかってないわね! いい、主人公とライバルの決闘というのは作中でも一、二を争うほど盛りあがるシーンなのよ! それが始まる直前に、どうでもいいサブキャラが横からライバルを倒しちゃったら台無しじゃない! 読者からの苦情が殺到するわよ!」

「すみません、うっかり手がすべっちゃって。それと人を勝手にサブキャラ扱いするのは、どうかと思いますよ?」


 いつの間にかアンデッドを全滅させていた雛子は謝罪するが、ぜんぜん悪びれた様子がない。

 獲物を横取りされた麗佳は、興奮した野犬のように鼻息を荒くして怒りがおさまらないみたいだ。


「立花先輩、落ち着いてください。あんな戦士と立花先輩が戦ったところで、大して盛りあがりません。ぶっちゃけ、どうでもいいシーンです」


 こら、仁美。誰もが思っていたけどあえて口にしなかったことを言うんじゃない。麗佳がグヌヌっちゃってるだろ。

 三人が内輪揉めをしていると、敵陣の後方にいる漆黒のローブをまとった老人、魔術師が右手を光らせる。


「っと、やべぇ」


 戦闘には加わらないつもりだったが、咄嗟に『まとわりつく幻影(ライアーコントロール)』を発動させる。

 魔術師には、幻影の俺がジグザク走行で駆け寄っていくように見せた。

 俺の幻影に翻弄された魔術師は、狙いが定められずに右手をあちこちに向けると、やがて痺れを切らして光の玉を撃ってくるが、まったく見当外れの方向に飛んでいく。

 敵の攻撃をそらすことに成功したが……俺は違和感を覚えずにはいられなかった。


「きっちり見せ場はいただくわ」


 さきほど因縁のライバルと呼んでいた戦士を倒せなかった麗佳は、鬱憤を晴らすように右手に握った刀を投擲。投げつけられた刀は、引力に吸い寄せられるように魔術師の胸元に突き刺さる。

 魔術師は背中から倒れていくと、地面にぶつかる前に霧散して消滅した。


「ふっ、わたしの手にかかれば、どんな強敵であろうとこんなものよ」


 おまえザコキャラを倒しただけだから。苦戦の末にボスキャラを打ち倒したみたいなすがすがしい顔をしてるけど、それだけの仕事はやってないから。

 俺は短く息をもらすと、自分の右手に視線を落とす。

 さきほど魔術師に見せていた幻影……以前よりも明らかに発動時間が長くなっている。

 このごろ俺の能力は、どこかおかしい。なにがおかしいのか具体的には説明できないが、風使いの騒ぎのときに感じていた疑念は気のせいじゃない。

 俺の能力に……一体なにが起きているんだ。

 自身の能力に不審を抱いていると、仁美は雛子や麗佳と協力して、残っているゴブリンたちの殲滅に当たった。

 一分とかからずに、残っていた敵は葬り去られる。


「お姉さんたち、すごいね」


 ベンチに腰掛けたまま戦闘を静観していた柊は、微笑みながら賛辞を送る。


「完璧美少女であるこのわたしがすごいのは当然ね。もっと褒めていいわよ」


 麗佳は自信にあふれた笑顔を浮かべて胸を張った。なんて図々しいヤツだろうか。


「うん、お姉さんたちはすごいよ。だけどぼくの見立てでは、クオンのほうがもっとすごいかな」


 満面の笑顔だった麗佳の眉が、ぴくりと動く。

 柊……余計なことを。


「聞き捨てならないわね。それだとまるで、わたしがあの生意気な子供よりも劣ってるように聞こえるのだけど?」

「あっ、そんなふうに聞こえちゃった? ごめんごめん、べつにお姉さんたちがクオンよりも弱いとか、そんなことを言うつもりはなかったんだ」


 そんなことを言うつもり満々に聞こえたが、柊は笑顔でごまかしている。

 麗佳はムスッとしたまま腕組みをして、柊を睨みつける。


「えっと、その黒峰についてだけど、あいつの動向で知っていることはあるか?」


 なんだか空気が険悪になりそうだったので、俺は仲裁に入るように、黒峰のことについて話題を振ってみた。


「クオンは、そこのお姉さんだけじゃなくて、この町の一般の能力者にも魔物や戦士を差し向けて戦わせているみたいだよ」

「そうなのか?」

「うん。といっても本気の戦闘じゃないから、誰にも怪我はさせてないけどね。相手に『参った』って言わせたら、食事とか好物のドーナツを奢らせているって、将美さんから聞いたよ」


 食いつなぐために、異能力を使って一般の能力者とバトっているのか。話を聞くかぎりだと、お遊び程度の戦いみたいだから犯罪行為には当たらないし、被害も出てないようだ。あの歳で、たくましく生きているんだな。


「あの生意気な女の子の話はもういいですよね。それじゃあひとみんも麗佳さんも、明日からバイトの件、よろしくお願いします」

「バイト? おまえら、バイトするのか?」

「はい。雛子の紹介で、接客業のバイトをやることになりました」


 接客業ってことは、ファミレスやコンビニとかだろうか。


「よかったら友則さんも見にきてくださいね。あとからバイト先の住所をメッセで送りますから」


 にっこりと笑いながら雛子が誘ってくる。

 俺が行って仕事の邪魔にならないか心配だが、仁美が頑張って働いている姿は是非とも見てみたい。


「ふっ、たまには庶民の生活に触れることも上に立つ者として必要なことね。友則、わたしの働きっぷりを刮目して見るといいわ」


 麗佳が接客業をしているところか……ぜんぜん想像できないな。お客に対して失礼すぎて、一日でクビになりそうだ。

 なんにしても、仁美たちは夏休みを存分に満喫しているみたいだ。

 それはいいことだが、俺は好感度表示の問題をどうにかしなきゃいけない。

 柊が手を貸してくれないとなれば、別の解決方法を探すしかない。このままでは好感度がブッチギリでトップの仁美に爆発が起きてしまう。

 せっかく仁美と付き合いだしたのに嫌われてしまったら……間違いなくこれまでにないほどの深刻なダメージを受けるだろう。

 念のため、ヒロインたちの好感度を同じ数値にするフラット作戦を視野に入れておこう。

 でも、うまく行く気がまったくしない。前回も前々回もフラット作戦は失敗している。

 ていうかヒロインたちの好感度を同じ数値にするって、すげぇ難しいことじゃんね。あんなん狙ってても、なかなかできねぇよ。今回にかぎっていえば、仁美の好感度が高すぎるし。

 それでも準備だけはしておこう。無茶で無謀かもしれないけど、わずかでも可能性があるのなら、それに賭けてみる。

 今回の指針としては、仁美の好感度をなるべくあげないようにしつつ、王月さんと黒峰の好感度をあげていかなきゃいけない。

 改めて目的を明確化してみると、かなり難易度が高いことがわかる。

 今のところは、仁美の好感度を下げることに成功しているから順調といえるが、彼氏としては仁美の好感度が下がるのは悲しいぜ。


「お兄さん、なんだか気難しげな顔をしているね。お腹でも痛いの?」

「まぁ、胃はキリキリしているな」


 こちらの事情を察しているであろう柊は、楽しそうに笑いながら葛藤する俺を眺めてくる。

 おまえが俺の好感度表示を封印してくれたら万事解決なんだが……それもまだ諦めたわけじゃないぜ。


「友則さん、目つきが女子を狙う危険人物みたいですね」

「友則。やっぱり一度くらいはあなたを斬っておくべきかしら?」

「……先輩」


 なんだか三人から、あらぬ誤解を受けている。

 それと麗佳、一度くらいでも斬ったらアカンよ。死んじゃうよ。




 柊、雛子、麗佳の三人と別れると、俺と仁美は公園を出て、一緒に帰途についた。

 仁美の好感度をなるべくあげないように注意しつつ、夏休みの宿題のことや、お盆をどのように過ごしたかを話す。


「そういえば、このまえクラスの友達が言ってたんですけど」


 ふと、仁美は思い出したように話題を切り替える。

 もうクラスメイトとも打ち解けて、だいぶ友達が増えたみたいだ。堀田ちゃんが嫉妬の涙を流しているのが目に浮かぶぜ。


「なんでも未確認飛行物体を目撃した生徒がいるそうです」

「未確認飛行物体?」

「はい。お城が空に浮かんでいたとか」

「それは確かに未確認飛行物体だな。でも誰かの能力だと考えるのが妥当じゃないか?」

「わたしもそう思います」


 仁美はやわらかな笑みを浮かべて相槌を打った。

 ……かわえええ。できることなら思いっきりイチャイチャしたい。けど、そんなことしたら好感度があがってしまう。

 ちくしょう。せっかく夏休みに仁美と二人っきりだというのに、恋人らしいことがちっともできないぜ。エロゲの主人公だったら一夏の思い出作りをして、とっくにやることをやっちゃってるのに。

 この状況、拷問に等しいな。


「あの……先輩」


 仁美はちょっとだけ頬を色づかせると、ちらちらと上目づかいで視線をよこしてきた。


「どうした?」

「その…………ですか?」


 ごにょごにょ、と仁美はつぶやくが、あまりよく聞き取れなかった。ちなみに俺は一昔前の難聴系ラノベ主人公ではないので、普通に聞こえなかっただけだ。


「えっと、すまん。もう一回言ってもらえるか?」


 あっ、うっ……と仁美は口ごもってしまう。顔を隠すように、小さな拳を口元に当てると、つぶらな瞳をうるませて、ささやいてくる。


「そ、その……手を、つないでも、いいですか?」


 そんな俺のハートをぶち抜くほどの素敵なお願いごとをしてくる。

 どうしよう、困った。俺の彼女がかわいすぎて困った。

 もうギュッて抱きしめたいよ、ギュッて! でも、できない。できなんだ。好感度があがっちゃうからね! だから心のなかだけでギュッてしておこう! ギュッ!

 まさか仁美のほうから手をつなぎたがるなんて。いつもの俺なら一も二もなく快諾し、仁美のすべすべな手をつかみにいってるところだが……今は好感度表示が出ている。うかつに仁美の手を取れば、間違いなく好感度があがってしまう。

 ぐぅっ! 悔しさのあまり、目から血の涙があふれちゃいそうだぜ。

 仁美には申し訳ないけど、ここは心を鬼にして断ろう。


「いきなりこんなこと言ってごめんなさい。その、最近先輩と会えなかったからさびしくて……。やっぱり、こんな人通りで手をつなぐのは……だめ、ですか?」

「なに言ってるんだ。ダメなわけねぇだろ。俺だって、ずっと仁美と手をつなぎたかったさ」

「そ、そうですか。よかったです」


 ホッと胸を撫で下ろすと、仁美はこそばゆそうに微笑んだ。

 俺は手を伸ばして、仁美の白い手に触れる。

 久しぶりに手をつなぎ、温かくてやわらかい感触を堪能する。無骨な俺の手と違って、仁美の手は繊細なガラス細工のようにきれいですべすべだ。

 こうして触れ合っているだけで、幸せの成分が脳内を満たしていく。あまりの心地よさに昇天しちまいそうだぜ。

 ピコピコンと音が鳴ると、仁美の好感度が『48→50』にあがった。

 ……やっちまった。あんなにダメだと自分を戒めたはずなのに、やっちまった。

 前にも似たようなパターンがあった気がする。俺はなんて進歩のない男だろうか。これもぜんぶ、仁美がかわいいのがいけないと思います。

 えへへ、と仁美は無邪気な笑みをたたえている。この笑顔に抗うことが、はたして俺にできるだろうか。無理だ、できない。いや、まだ答えを出すのは早い。でも無理だってすごく思う。


「先輩? 元気がないみたいですけど……やっぱり手をつなぐのは嫌でしたか?」

「そ、そんなわけあるかよ」


 仁美と手をつなげて幸せなのは本当だ。せっかく下がった好感度がまたあがって元に戻ってしまったが、それでも幸せなのは間違いない。

 仁美はほんの少しだけ考え込むように沈黙すると、不安そうな面持ちで尋ねてくる。


「もしかして、またなにか困ったことが起きてるんじゃ……」


 鋭いな。いきなり核心を突いてきた。

 もしも仁美に好感度表示のことを打ち明けることができたなら……これまで何度もそう思ってきた。そうすれば、こんなふうに仁美を不安にさせることもない。

 弱音を吐露するように、つい甘えそうになってしまう。なにもかもぶちまけたくなる。

 けどダメだ。

 好感度表示のことを話したら、仁美に爆発が起きて嫌われてしまう。ここで仁美に甘えるわけにはいかない。堪えろ。堪えるんだ。自分の気持ちを押し殺せ。

 俺が好感度表示のことを仁美に打ち明けるとすれば……それは俺の抱えている問題が全て解決したときだ。

 一体いつになるのかはわからないが、いつかその日は必ずやってくる。俺はそう信じている。


「仁美、なにがあっても俺は乗り越えてみせる。だから、信じて待っててほしい」


 俺の言葉をどうとらえたのかはわからない。

 一瞬だけ仁美は気後れしていたが、すぐに微笑んで「はい」と頷いた。

 つないだ手に、ちょっとだけ力をこめる。

 この手がはなれないように、なんとしてでも好感度表示をクリアしてやる。



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