お祭りイベントで好感度アップだ
お祭りというだけあって、日が暮れても人通りは絶えず、浴衣を着た若い女性がちらほらと目につく。
俺はラフな私服姿で、待ち合わせ場所である駅前に立っていた。
奏先生の出した条件は一応受けておいたが……ぶっちゃけ、どこの誰ともわからない能力者の特定なんて無理ゲーだ。
そんな危険なことに仁美や、ついでに他二名のヒロインを巻き込みたくない。
奏先生のキャンセル能力は諦めて、地道に雛子や立花の好感度をあげて爆発を起こし、あの二人のどちらかから嫌われよう。
そして俺は念願の仁美ルートに突入しよう。
当初の予定どおり、その方針でいく。
……今のところ、あまり順調とは言えないが。
実はもう一つの解決方法を思いつかなかったわけじゃない。
俺の好感度表示については伏せておいて、仁美の異能力を奏先生に使ってもらえばいい。そしたら問題は解決する。
だけどそれはできない。俺の都合で仁美が嫌がることはさせられない。そんな方法で問題を解決しても意味がない。
心置きなく仁美ルートに入るためには、やはり自力で解決すべきだ。
「先輩。お待たせしました」
仁美のことばかり考えていたら、本人が待ち合わせ時間よりも少し早めにやってきた。
横を向くと、俺の理想とする大和撫子をビジュアル化したような、薄い水色の浴衣を着た仁美がいた。
けど……なんだろう。仁美の顔はあまりうれしそうではないというか、ちょっとすねている。
「えっと、俺なにか気に障るようなことしたか?」
「さぁ、どうでしょう? まぁわたしは先輩と二人でお祭りに行くのを楽しみにしてましたけどね」
うっ……。そういえば俺のせいで二人っきりのお祭りイベントが台無しになったんだった。
「すまん。おまえの気持ちも考えずに、雛子と立花の同行を許可しちまって」
ぱちんと両手をあわせ、誠心誠意をこめて頭を下げる。
仁美は横目で俺を見てくると、肩を上下させて口元をほころばせた。
「素直に謝ってくれたので、許してあげます。あんまりネチネチしてたら、今夜のお祭りを楽しめませんから」
「おぉ~、仁美さまっ!」
「さまとか、やめてください。恥ずかしいです」
耳を赤くして、ぱたぱたと左手を振るう仁美。かわいい。
「あの、それでこれ……どうですか?」
仁美は恐る恐る両腕をひろげて、浴衣がよく見えるようにしてきた。
写真を撮って保存しておきたいほど素敵だが、耐えろ。ここで褒めてしまったら、また好感度があがっちまう。
「やっぱり変、ですか?」
うるりとした目で見つめられた。
「そんなことねぇよ! すげぇ似合ってる!」
仁美は頬を朱色に染めて破顔する。
「よかった。あんまり浴衣とか着たことないから、心配だったんです」
ピコンと効果音が鳴る。仁美の好感度が『7→8』にあがった。
……やっちまったぜ。
現実はなかなかどうして、思いどおりにはいかないな。ぜんぶ仁美がかわいいせいだ。
「待たせたわね。来てあげたわよ」
「べつに二人とも麗佳さんの登場を待ち望んでないと思いますよ?」
メインヒロインじゃないヒロイン二名も待ち合わせ時間から少し遅れてやってきた。
立花は藤色の浴衣を着て、アップにした髪に高価そうなかんざしを挿している。
雛子はひまわりのような黄色いTシャツに短パンという、俺とそんなに大差ない格好だ。仮にもヒロイン候補なんだから、浴衣くらい着てこいや。
とりあえず、好感度を稼ぐために褒めておくか。
「立花の浴衣姿、とてもきれいだな」
「完璧美少女であるこのわたしが浴衣をまとえば、輝くに決まっているじゃない」
褒められてしかるべきというように、立花は得意顔になる。
効果音もしないし、好感度もあがらない。
わかっちゃいたが、空振り感がハンパないな。
えっ~と、次はにこにこ笑っている雛子だけど……どうしよう? マジでこいつ、なんで浴衣を着てこなかったんだ? 立ち絵がなかったのか? 攻めにくいよ。
「おまえの私服って初めて見るな。なんだか新鮮な気分だよ」
「ありがとうございます」
にっこりと笑顔で返してくるが、好感度はあがらない。
表面上はすごく喜んでいるのに、内面の感情が微動だにしてない。おそろしや。
「全員そろったなら行くわよ。さぁ、わたしについてきなさい」
「さも当前のように仕切りだすなんて、さすが麗佳さん。リーダーシップがありますね」
立花が歩き出すと、ほがらかな笑顔をはりつけた雛子も続いていく。
俺と仁美は顔を見合わせると、くすりと笑って後を追った。
「そういえば先輩、グラウンドで奏先生の手を握って話し込んでましたけど、あれってなんだったんですか?」
「……ちょっと悩み事の相談に乗ってもらってたんだよ」
詳細を明かしたら爆発が起きかねないので、なるべく核心には触れないようにしておく。
「悩みですか……。それって、わたしでも力になれますか?」
「え? あっ、いや、そんな大したことじゃないっていうか、わざわざ仁美の手を煩わせるようなことじゃないから」
むしろ仁美に協力してもらっては困る。
ただでさえ好感度があがりやすいのに、これ以上あがりやすくなったら雛子や立花との差を覆せなくなってバッドエンド直行だ。
「そうですか……」
しょんぼりと仁美は視線を落とした。
くっ、話したくても話せないのが、こんなにも苦しいことだとは知らなかったぜ。
「ほんとに大したことじゃないから、そんなに心配しなくていいぞ」
フォローを入れておくと、仁美は微笑をつくって「はい」と言ってくれた。けど顔に差した影はぬぐえてない。
さっさと好感度表示の問題を解決して仁美ルートに入り、本当の笑顔にしてやりたいぜ。
商店街はきらびやかな電飾や提灯で飾りつけられて、多くの出店が軒を連ねていた。
たこ焼きやヤキソバを食べて腹を満たすと、俺たちは射的屋で足を止める。
「さて、どれにしましょうかね~」
雛子は空気銃にコルクをつめると、台の上に並んでいる景品を品定めする。
「よし、あれにしよう」
ほしい景品が決まると、雛子は銃口を向けた。俺に。
「……おい」
「なんです?」
「なんです、じゃねぇよ。危ないだろ。人に向けてはいけませんって、ちゃんと注意書きしてあんだろ」
「でもこれってほしい景品を狙う遊戯ですよね? わたし友則さんがほしいです。どうかわたしの愛を受けとってください、この弾丸と一緒に」
「うん。いらない」
俺がほしいのは好感度だ。そこにはおまえの愛も弾丸もなくていい。
「フラれちゃいましたね。しょうがないので、わたしはチョコレートを取って失恋の傷心をなぐさめることにします」
およよよ、とあざとい泣き真似をすると、雛子は空気銃を撃ってお菓子の箱を落とした。
「ふっ、こんな単純な遊び、完璧美少女であるこのわたしにかかれば楽勝よ。百発百中ね。いいえ、千発千中よ!」
店前で大声をあげて立花は空気銃を構える。
こいつは何をやるにしても、静かにできない子なのかな?
立花が狙っているのは、何十年も前に発売された古いゲームソフトだ。キャラメイキングをして、無限にダンジョンを探索するRPG。あんなのとって、ハードはあるのか?
「一撃で仕留めてあげるわ!」
引き金をしぼると、ポンと銃口からコルクが発射された。
スカッと外れる。
「ば、ばかな! このわたしが外したですって!」
昔の少女漫画の登場人物さながら、立花は白目をむいて驚愕する。
「つ、次こそは当ててみせるわ!」
新しいコルクをつめて撃つが、またしてもスカッと外れる。
その次も、その次もまたスカッと外れて、最終的には弾丸をすべて使いつくしてしまった。
「惜しいですね。もうちょっとでしたよ、もうちょっと」
さっきとったチョコレートをもぐもぐ頬ばりながら、雛子は応援する。
ちなみにぜんぜん惜しくない。立花の弾丸は全弾とも見当外れの方向に飛んでいた。
「もう一回よ!」
店主に小銭を渡すと、立花は再チャレンジする。
こんなことでムキになるなんて子供かよ。
その後もコルクを撃ちまくるが、ゲームソフトにはかすりもしなかった。
最終的に立花は空気銃をぎゅっと胸に抱いて白目をむくと、くはぁ~と口からエクトプラズムを吐いていた。完璧美少女は、こんな有り様にはならないと思う。
ポンと音がする。ゲームソフトにコルクが当たって台から落ちた。
「……え?」
少女漫画風の白目をしていた立花が、通常の顔に戻る。
見事にゲームソフトを撃ち落としたのは……空気銃を構えている仁美だった。
立花は悔しそうに細い眉を逆立てると、ちょっとだけ頬を赤くする。
「ふ、ふん、まさかわたしが狙っていた景品を落とすだなんてね、やるじゃない」
「そんなものはいりません。わたしがほしいのはあっちの猫ちゃんです」
「そ、そんなものですって!」
きぃーっ、と立花は唇を噛みしめる。
仁美には悪意がないからな。ある意味、雛子よりもタチが悪い。
仁美が必死になって狙っているのは、ゲームソフトの隣に置かれている猫のぬいぐるみだ。
ゲームソフトを誤射してしまったせいで、立花との間にいらぬ軋轢を生んでしまったな。
「次は外しません。猫ちゃんをゲットします」
凄腕のスナイパーよろしく、堂に入った姿勢で仁美は空気銃を構える。
今度は確実に落とせそうだ。
「そうそう、ひとみん。しっかり狙ってね。しっかり狙って、猫ちゃんを弾丸で撃ち抜くんだよ。きっと物凄いダメージを与えられるから」
「うっ……」
「ほらほら、どうしたの? ちゃんと狙わないとまた外しちゃうよ? 大好きな猫ちゃんがほしいんでしょ? ほしいならちゃんと、弾丸をぶちかましてあげないと」
天使のような笑顔で、仁美の心を揺さぶってくる悪魔が一匹ここにいた。
仁美は握った空気銃を震わせると……。
「で、できません! 猫ちゃんがかわいそうで、わたし撃てないです、先輩!」
涙目になって俺に泣きついてくる仁美。
それをほっこりとした笑顔で見ている雛子、マジ悪魔。
「しゃあないな、俺が代わりにとってやるよ」
「え? でも」
「いいから、遠慮すんなって」
仁美から空気銃を受けとると、狙いを定める。
ゆっくりと引き金をしぼって、発射する。
どうにか一発で猫のぬいぐるみを落とすことに成功した。
ほらよ、とゲットした猫のぬいぐるみを仁美に向けて差し出す。
「本当にいいんですか? 先輩がとったのに……」
「ほしい人が持っていたほうが、こいつだってうれしいだろ」
仁美はおずおずとためらいながらも、ぬいぐるみを受け取ってくれた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
結婚式で愛を誓う花嫁のように幸せいっぱいの笑みをたたえる仁美、マジ天使。
ピコピコンと効果音が鳴る。仁美の高感度が『8→10』にあがった。
ってなにやってんだ俺はああああああああああああああああああ! しかも好感度を二つもあげちまったあああああああああああああ!
「そうだ。この子に名前をつけてあげないと。え~っと、ミケチヨ。ミケチヨという名前はどうでしょう、先輩」
「あ、あぁ。いいんじゃないか……」
仁美は猫のぬいぐるみを両手でかかえると、「ね~、ミケチヨ」と赤ちゃんに話しかけるように笑顔で呼びかける。
その笑顔を素直に喜んで見られないのが、とても残念だ。
ていうか雛子と立花の好感度が『0』のままなのに、仁美だけ二桁になってしまった。
なんてこったい……。
射的屋から立ち去ると金魚すくいや、千本引きなどをして祭りを満喫する。
もちろん仁美の好感度をあげないように細心の注意を払いつつ、イベントをこなしていった。
逆に雛子と立花の好感度をあげようと奮闘してみたが……こいつらなにをやってもぜんぜんあがんねぇ。どうなってんだ?
人ごみのなかを先頭の立花はずんずん進んでいく。その後ろを、雛子が笑顔でくっついていく。
雛子の小さな背中を見ながら、俺と仁美は肩を並べて歩いていた。
「楽しいですね」
ミケチヨを胸に抱いた仁美は、穏やかな声でつぶやいた。
「異能力とか、そういうのとは関係ない、こんな時間がいつまでも続けばいいのに」
みんなと遊べてうれしいと、仁美は言っていた。
「普段は友達とかと、集まったりしないのか?」
「同じ学年では、まだ友達と呼べる人はできてません」
自嘲気味に仁美は笑う。
雛子……おまえ、友達じゃないってよ。
「クラスでは、それぞのれグループができあがりつつありますけど、わたしはなかなか声をかけてもらえませんね。わたし自身、周りとは距離を置いちゃってるところがあるんですけどね。たぶんみんな、わたしの異能力を警戒しているんだと思います」
「特別授業で他の一年生もいたけど、そんなふうには見えなかったぞ?」
「先輩もわたしと同じ学年になればわかりますよ。あっ、そしたらわたしもうれしいです」
「いや、さすがにダブるのはな」
どうやら仁美はいろいろ勘違いしているみたいだ。
俺の見たかぎり、一年生が仁美を遠ざけているのは最強なんて呼ばれる異能力があるせいだが、でもそれは敬遠しているというよりは、神聖視しているからだ。
誰だって憧れの人を前にしたら、緊張して話しかけづらいのと同じだ。
「友則先輩や立花先輩、それに雛子が気兼ねなく話しかけてくれるのはありがたいです。まぁ、友則先輩以外の二人はうざかったり苦手だったりしますけど、嫌いにはなれません」
「そっか」
二人っきりで祭りを巡るデートも楽しかっただろうけど、立花や雛子を誘って四人で来れてよかった。
仁美が、立花や雛子のことを嫌いでなくてよかった。
もしも二人っきりだったら、こんなふうに胸がぽかぽかする気持ちにはなれなかっただろう。
「……ん?」
ふと、足が止まる。
「どうしたんです?」
「いや、あそこに……」
視線を向けてみるが……もうそこにはいなかった。
「知ってる顔を見かけたんだが……どっかに行っちまったみたいだ」
「それは残念でしたね」
見失ったものは仕方ない。再び歩き出して、少し離れてしまった立花と雛子の背中を追いかける。
しばらく歩いていると、神社の鳥居が遠目に見えてきた。
「おっ、あれって奏先生じゃないか?」
「ほんとですね。お~い、奏ちゃ~ん!」
雛子が両手を振って呼びかけると、奏先生はこちらに気づいて歩み寄ってくる。
「どうもです、奏ちゃん」
「なんだ、その奏ちゃんというのは? 奏先生と呼べ」
「えぇ~、奏ちゃんは奏ちゃんでよくないですか? だってぇ、奏ちゃんごときに先生って敬称をつけるのは抵抗がありますもん」
ぬぐっ、と奏先生は苦虫を噛み潰したような顔になる。
特別講師が相手でも、雛子は容赦がない。
ふわふわビームしか消せない先生のザコっぷりを見て、完全に舐めるようになったな。
「それで、先生は一体なにをやっているのかしら?」
立花はいぶかしげに、奏先生をじろじろと観察する。
頭の側面には特撮ヒーローのお面をつけて、お好み焼きやイカ焼き、綿飴やリンゴ飴などを両手いっぱいにかかえて、お祭りを全力で楽しんでいる。
「見てわからないか? 生徒が問題を起こさないように見回りをしているんだ」
「わかんねぇよ。ふつうに遊んでいるようにしか見えねぇよ」
「こ、これはカモフラージュだ! 一般人に溶け込みつつ、辺りを警戒するという高等テクニックだ!」
いろいろ苦しい言い訳だが、これ以上ツッコむのはかわいそうなのでやめておこう。
「それより朝倉……おまえ、例の件については忘れてないだろうな?」
奏先生はすり寄ってくると、ひそひそと小声で尋ねてくる。
女の子っぽい香りを漂わせていた仁美と違い、この人からは食い物の匂いしかしねぇな。
「えぇ、まぁ、なにか手がかりをつかんだら報告しますよ」
ほぼ諦めているが、口先だけはやる気があるように振る舞っておく。
奏先生のキャンセル能力よりも、雛子と立花の好感度をあげるほうが堅実だ。
……そっちはそっちで苦戦しているが。
「そうかそうか」
にこやかに頷くと奏先生は俺から離れて、手に持っているイカ焼きにあむりとかじりついた。
「友則先輩、なんだか前のほうが騒がしいみたいですけど?」
仁美が上着の袖を引っぱってくる。
言われてみれば、ざわついているな。
背伸びして前方を覗こうとすると……次の瞬間、鳥居から大勢の人だかりが逆流してきた。ゾンビ映画で逃げまわる大衆さながら、物凄い勢いでこっちに押し寄せてくる。
「なんだ?」
咄嗟に仁美の手首をつかみ、混乱した人々の流れに巻き込まれないように脇へと移動する。
他の三人も同じように道の真ん中からどいた。奏先生だけはイカ焼きを喉につまらせてゲホゲホとむせていた。
目の前を人々が必死の形相で駆け抜けていく。まだ状況が飲み込めてない人は、俺達みたいに脇にどいたり、とりあえず流れに従って逃げたりしている。なかには誰かとぶつかって転ぶ人もいた。子供の泣き声も聞こえてくる。軽いパニック状態だ。出店で働いている人達は目を丸くして、その光景を眺めている。
「げぇほ、げぇほ! ……ん? 着信?」
咳き込んでいた奏先生は両手に持っている食べ物を地面に降ろすと、ズボンのポケットからケータイを取り出して耳に当てる。
先生は瞠目すると、上擦った声でなにやら話しはじめた。
「あの、先輩……もう握ってくれなくても大丈夫ですから」
「あぁ、悪い」
名残惜しくはあるが、仁美のほっそりとした右手首から手を離す。できればずっと握っていたかったよ。
仁美は照れ臭そうに俺から目をそらすと、肩をすぼめてミケチヨをぎゅっと抱きしめた。
ピコンと音が鳴る。仁美の好感度が『10→11』にあがった。
さっきのは、どうしょうもない。自分を許してあげようと思う。
奏先生は話が終わったようで着信を切ると、一度だけ咳払いをした。
ケータイをポケットにしまって、俺達に向き直る。
「噂になっている黒い怪獣が、あちこちで出現しているそうだ」
あちこちって……あの黒い怪獣は一体だけじゃないのか?
大量に出現させた怪獣を同時に操れるとしたら、それはとんでもない能力者だ。
黒い怪獣のことは立花も知っていたようで面食らっている。
雛子は相変わらずにこにこしたままだが、こいつは耳ざといので怪獣のことは既知しているだろう。
「すでに調和機構が動き出している。一般人はすみやかに安全な場所に避難するようにとの通達だ。そのうち戦闘部隊が駆けつけて、事態は収束するだろう」
調和機構の手にかかれば、騒ぎも数時間で収まるみたいだ。
「さっき鳥居の向こうからたくさん人が逃げてきましたけど……」
「朝倉の推測どおり、この先の神社にも黒い怪獣が出現したそうだ」
どうりでみんな一斉に逃げ出してきたわけだ。
「一応おまえらの教師として警告しておくぞ。危ないから神社にはいくなよ~(棒読み)。よし、ちゃんと注意したからな。これでいざってときに責任を逃れやすくなった」
理由がクズだった。
誰だよ、こんな人を特別顧問にしたの。
「わたしはここらの出店で働いている人や、まだ残っている人達に避難を呼びかけてから神社に向かうつもりだ」
奏先生は眼鏡のブリッジを押しあげると、俺に目配せしてくる。
……わかってますよ。可能性は低いが、神社に行けば能力者の手がかりがつかめるかもしれないってことでしょ。
「えっと、じゃあ俺もついていきます。先生一人じゃ心配ですから」
「おいおい朝倉。無理してついてくることはないんだぞ? まったく、そんなについてきたいのか? そんなにわたしが心配か? しょうがないな、そこまで言うなら連れて行ってやろう。やれやれ、生徒に慕われすぎるというのも考えものだな」
うぜえええええええええええええええええええええええ!
……とはおくびにも出さない俺、マジ偉い。
「力を授かった者として、この事態を放ってはおけないわね」
「あっ、じゃあわたしも行きます。おもしろそうなんで」
「おまえらも来るつもりか? 危ないぞ?」
「凡人にとっては危険でも、完璧美少女であるこのわたしにとっては恐れるに足りないことだわ。わたしってほら、天才だもの」
「友則さんと奏ちゃんが慌てふためく様を、ぜひともそばで見たいです」
こいつらはすごく頼りになるのに、すごく連れていきたくないな。パーティ編制を変えたいよ。
「仁美はどうする?」
「わたしは……」
一度だけ顔をうつむけて仁美は迷うが。
「……行きます」
一緒に戦うことを選択した。
「へぇ~、意外だね。てっきりひとみんは来ないかと思ってたよ。だってひとみん、異能力を使うの嫌いでしょ? 今日の特別授業でも使おうとしなかったし。無理についてくる必要はないんじゃないかな?」
「特別授業と今とでは、状況が違いますから」
雛子の挑発に苛立っているようだが、仁美は冷めた口調で受け流した。
戦うことが嫌いなくせに、困っている人がいたら、やっぱり放っておけないんだな。
「では行くぞ」
奏先生の号令に従い、まだ残っている人達に避難を呼びかけつつ、俺達は神社を目指した。