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ずっとあんたを探してたんだ



 俺の在籍する明栄めいえい高校には、異能者もそうでない者も一緒に通っている。

 お互いを差別することは厳禁とされており、俺らの世代では異能者もそうでない人間もそばにいるのは普通のことなので打ち解けているが、昔は対立があったそうだ。今でも異能者を快く思わない老人なんかいたりする。

 多感な時期の若者が集まっているので、校内では能力を使った小競り合いが起きることもままある。異能力で他人を傷つけるのはご法度だが、校内での喧嘩くらいなら見逃されている。もっとも、そういった連中はきちんと教育的指導を受けさせられるが。

 今日の午後からの授業は、異能力を持つ生徒は特別授業を行い、異能力を持たない生徒は通常どおりの授業だ。

 異能者専用の特別授業は、自分の能力の制御、危険な能力者に襲われたときの対処、それから倫理観の大切さなんかを説く座学などがある。

 学年合同で行われ、そこから何組かに分けられる。

 今回俺が受けるのは模擬戦闘だ。

 これは訓練なので、例外の一つとして異能力を人に向けることが許されている。無論、やりすぎてはいけないが。

 広大なグラウンドには、体操着やジャージ姿の男女が集められていた。通常の体育では男女別々なので、特別授業をうらやましがる一般の男子生徒は多い。マジ役得だ。


「おまえら、ちゃんと準備運動をしておけよ」


 短めの髪を後ろで結った、眼鏡のよく似合う美人の女性が生徒達に呼びかける。

 無式奏むしきかなで。調和機構から派遣された特別顧問だ。

 調和機構というのは、暴走した異能者を監視したり、異能力で悪事を働く者を捕らえたりする機関のことだ。世界中に支部があり、世の中の秩序そのものと言っていい。

 異能力を持った犯罪者を幽閉する隔離施設も管理しているし、異能力の研究なども行っている。異能力専門の組織だ。

 メンバー全員が異能者で構成されており、優秀な人材なら未成年でもメンバーになれる。

 成人メンバーのなかには、特別顧問として異能者がいる学校に派遣される者もいる。異能力を持つ子供達に能力の扱い方や、道徳などを教えて監督するのが仕事だ。

 うちの学校にも四月から新しい特別顧問が何人か着任した。奏先生もその一人だ。

 準備運動を切りあげると、俺はどうやって雛子と立花の好感度をあげようか思考を巡らせる。

 真っ先に思いついたのは、ラッキースケベだが……あれはリアルでやっちゃいけない。それは過去に確認済みだ。

 やった相手に嫌われるだけでなく、周囲からの非難もあって評判はガタ落ち。しまいには学校に親を呼び出される。冗談抜きで、やめといたほうがいい。


「先輩、しっかり準備運動をやらないと怪我しちゃいますよ」


 同じ授業を受けている仁美が、小走りで近づいてくる。

 ……体操着だ。体操着を着た仁美がいる。

 うむ、今日も健康的なふとももと二の腕がむき出しになってて、よきかな。


「先輩、わたしの話を聞いてますか? ……なんだか、微妙に視線がいやらしいんですが?」

「いやいや、別にやましいことなんて考えてませんよ」


 敬語が仇となったのか、仁美はありもしない胸を庇うように両腕で自分を抱きしめて、ちょっとだけ俺から離れた。

 半目で睨まれたのは悲しいが、好感度に変化がないことから悪い印象は与えてないようだ。

 仁美のことをちらちら見ているのは俺だけじゃない。他の男子たちも見ている。ルックスが最高にいいからな。みんな気になるようだ。


「ふっふっふっ、模擬戦が楽しみね、仁美さん」


 立花は笑いながらやってくると、仁美にはない胸を張ってくる。体操着につつまれた豊満な二つのふくらみがやわらかそうに揺れた。

 さっきまで仁美をちら見していた男子たちが、一斉に立花を凝視する。

 俺も立花に、もとい立花のおっぱいに目がいってしまう。おそるべしおっぱい。一瞬にして男共の視線を釘付けにしやがった。


「うぐっ……!」


 立花の揺れるおっぱいを目にした仁美は、クリティカルヒットをもらったようにたじろいだ。

 圧倒的な戦力差に、ダメージを負ったようだ。


「ん~? どうしたのひとみん? 変な声だしちゃって」


 どこから湧いてきたのか、上だけジャージというあざとい格好をした雛子が、仁美の背後から現れる。


「……いえ、ちょっと喉がつまっただけです。他意はありません」

「へぇ、そうなんだ。だったら堂々と胸を張ればいいのに。麗佳さんに負けないように、堂々と胸をね」


 やけに胸というワードを強調してくる。なんてやな奴だ。

 仁美の拳が小刻みに震えている。殴ったとしても、悪いのは雛子だと俺は主張するぞ。


「では、そろそろ模擬戦を開始する。学年は関係ない、戦いたい奴がいれば言え。いないならわたしのほうで勝手に組み合わせを決めるぞ」


 奏先生の声を聞くなり、立花の目がきらんと光った。


「わたしは仁美さんを指名するわ!」


 朝と同じく、立花はビシッと仁美を指差す。


「ん? そうか? 氷室はそれでいいか?」


 こくんと仁美は一も二もなく頷いた。

 あ~、仁美の無機質な顔からするに、どんな結末になるのかが見えてしまったが。


「ふっふっふっ、ついにこのときがきたわね。わたし達の決着をつけるときが」


 一人だけめっちゃ息巻いてる奴がいるので、口にはできないな。


「立花と氷室はグラウンドの中央に行け。他の者は危ないから下がっていろ」


 生徒達は引き潮のようにわらわらと退いていき、二人から距離をとる。

 模擬戦とはいえ、校内トップクラスの能力者同士の戦いだ。そばにいるのは危険……と何人かの生徒は思っている。

 俺もだらだらと、一応みんなの波にまぎれて引いていく。


「先に言っておくわね。手加減はしないわよ。全力で叩き潰しにいくから、あなたも全力できなさい」

「そうですか」


 中央で向かい合う二人。立花は闘気を燃えあがらせているが、仁美は淡々と流していた。


「それでは始め」


 奏先生が首にぶらさげたホイッスルをくわえてピッと鳴らす。


「いくわよ!」


 右手で顔を覆うという謎の仰々しいポーズを見せると、立花は顔から右手を離して能力を発動しようとする。

 だが、それに先んじて仁美は一瞬で決着をつけにきた。


「降参します。わたしの負けです」


 小さく挙手をして、仁美が敗北を申し出る。

 しーん、と水を打ったようにグラウンドが静まり返った。

 手に汗を握って二人の戦闘を見守っていた生徒達は面食らい、俺と同じくこの結末を予期していた生徒達はやっぱりかと溜息をついていた。


「は……」


 そしてこのなかで一番状況を理解してない立花は、かすれた声をもらすと。


「はああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 学校の隅々にまで行き渡るほどの絶叫を響かせる。


「ど、どういうつもりよ! まだ能力を見せてもいないじゃない! 熱く燃えたぎる異能力の応酬をしてもいないじゃない! それなのに降参するだなんて!」

「いえ、戦いたくないので負けを認めたんです」

「っ……あなたねぇ!」


 眦を決して立花は詰め寄ろうとするが、無表情の仁美を見て冷静さを取り戻したのか、一転して余裕の笑みをつくる。


「そう、なるほど。わたしに惨敗して無様な姿をさらすのが怖かったのね。その前に逃げたのは賢明な判断よ」


 ぴくりと仁美の眉が動く。うわぁ、怒ってる。

 仁美はムッとして言い返そうとするが、固い何かを飲み込むように感情を自分のなかに落とし込んで堪えた。


「立花先輩がそう思うのなら、そういうことにしておきます」


 ぐぬぬぬぬ、と立花は歯噛みする。

 仁美が挑発に乗ってこなかったのが悔しいようだ。もうさっきまでの余裕の笑みはどこにもない。


「では氷室の負けだな。ったく毎度毎度、おまえは模擬戦をちゃんとやるつもりないだろ?」


 奏先生はかぶりを振るうと、クリップボードのシートに勝敗を書き込む。


「もぉう、だめだよひとみん。授業は真面目に受けないと。麗佳さんをフルボッコにしてプライドをへし折ってあげれば、あの人も少しはまともになるのに」


 グラウンドの中央から戻ってきた仁美を、雛子は人差し指を立ててメッと叱りつける。

 正しいことを言っているようで、立花に喧嘩を売っていた。


「雛子には、関係ないよ」


 仁美はぷいっとそっぽを向く。口調もいつもの敬語ではなく、砕けたものになっている。

 それを雛子はニンマリと見つめていた。……こいつは悪魔か何かなのかな?

 異能力が嫌いな仁美は、異能力で戦うことも嫌っている。

 さっき奏先生が愚痴ったように、模擬戦の授業では毎回自分から降参を申し出ている。実際に戦えば百戦百勝だが、決して戦おうとはしない。

 それなのに困っている人がいたら、放ってはおけないんだ。今朝俺を助けてくれたみたいに、誰かが困っていたら嫌いな異能力を使ってでも助けようとする。

 不器用だ。誰もが憧れる、英雄的な存在になれるだけの資質を備えていて、性格も良心的なのに、肝心の異能力だけは好きになれない。自分で自分を縛っている。

 もっと上手に自分を騙せたら楽なのに、根が真面目だからそれができない。

 不器用な生き方をしている。


「次は近藤。それから堀田ほった


 奏先生が、次の模擬戦の組み合わせを口にした。


「今度はわたしの番ですね。よぉし、がんばるぞ~。二人ともちゃんと応援しててね」


 えぇ、と仁美は生返事をする。

 いつもなら俺も適当に相槌を打つだけだが、ここは好感度を稼いでおこう。


「がんばってこい。応援してるぞ」

「ありがとうございます」


 にこりと微笑む。なのに好感度はあがらない。ちくしょうめっ!

 雛子が中央に駆けていくのと前後して、俺の傍らから「すみません」とか「失礼します」という弱々しい声が聞こえてきた。

 生徒をかき分けて、一人の女子生徒が出てくる。

 やけに長い前髪のせいで目元は隠れているが、かわいい顔立ちをしているのはわかった。でも花がないというかなんというか……地味だな。


「うぅ、よ、よりにもよって近藤さんが相手だなんて……」


 女子生徒は顔を真っ青にして、生まれたての子鹿みたいに膝をガクガクさせている。

 なるほど、この子が堀田か。

 わかるよ、その気持ち。あんな悪魔みたいな女の相手なんてしたくないよね。

 ガクブル状態の堀田ちゃんはなかなか前に踏み出せずにいると、俺の隣に立っている仁美に気がついて目を向ける。


「あっ、ど、どうも氷室さん……」


 ほんのりと頬を赤らめて、堀田ちゃんは会釈する。

 震える堀田ちゃんを見て、仁美もこの子が雛子の対戦相手だと察したようだ。


「模擬戦ですから、無理に勝ちにいくことはありません。リラックスしていけば大丈夫ですよ。……えっと」


 ちらちらと仁美が俺を見てくる。『この子の名前なんでしたっけ?』と聞きたいようだ。

 だが俺が助け舟を出すよりも先に、本人が答えた。


「ほ、堀田です。……氷室さんと同じクラスです」

「そ、そうでしたね。堀田さん」


 仁美は申し訳なさそうに苦笑する。

 同じクラスなのに、名前を覚えてなかったのか。いや、見るからに堀田ちゃんは影が薄そうだけどさ。


「とにかく、落ち着いてください。そうすれば一度くらいは雛子をギャフンと言わせることができるかもしれません。ぜひとも雛子をギャフンと言わせてください」


 仁美の声援には私情が混じっている。さっき胸のことをいじられたのを、根に持っているようだ。

 は、はい、と自信なさげに頷くと堀田ちゃんは雛子が待ち受ける地獄……じゃなかったグラウンド中央にとぼとぼと歩いていった。

 その背中には、どことなく哀愁が漂っている。


「雛子さんのお手並み拝見といこうかしら」

「……おまえ、いつからそこにいたの?」

「たった今よ」


 俺の隣にたたずむ立花は、なぜか偉そうだ。

 うげぇ、と仁美が顔をしかめる。よっぽどウザいんだな。

 仁美や立花と同じく、能力でいえば雛子も学内トップクラスに入るが、成績はあまりよろしくない。

 というのも本人がふざけたり、手を抜いたりするからだ。その点はよく特別顧問に咎められている。


「堀田ちゃん、お手やわらかにね」

「こ、こちらこしょ……」


 噛んじゃったよ。堀田ちゃん噛んじゃったよ。にこにこ笑顔の雛子を前にして、完全に萎縮しちゃってるよ。


「では、始め」


 ピッと奏先生がホイッスルを鳴らす。


「ガースケ、出てきて」


 堀田ちゃんが右手をかざすと、カートゥーン風にかわいくデフォルメされたライトグリーンのワニっぽい生物が具現化される。身長は一メートルほどで、二本足で立っていた。


「あの子は具現化の異能力を持っているのね」

「……かわいいです」


 立花は真剣に堀田ちゃんの能力を分析し、仁美は頬をゆるめてガースケを見ていた。

 おまえのほうがかわいいよ、と言ってあげたい。


「ガースケ、やっちゃって」


 堀田ちゃんがガースケに命令する。


「バン」


 と雛子が口にした瞬間、指先から光線が発射された。

 光線は今まさに走り出そうとしていたガースケに直撃し、粉々に吹き飛ばした。

 音で表現するならピュッ、ボン! という感じだ。

 ほぼ一瞬で、決着がついてしまった。


「勝負ありだな。近藤の勝利だ」


 奏先生は戦闘終了を告げると、クリップボードにペンを走らせる。


「……ガースケ」


 悲しそうに呟いたのは堀田ちゃん……じゃなくて仁美だ。あのワニのこと、よっぽど気に入ってたんだな。


「ふぅ、どうにか勝てたよ。予想以上に堀田ちゃんが手強くて、すっごく焦っちゃった」


 瞬殺されたショックで放心している堀田ちゃんに、圧勝した雛子は満面の笑みで話しかける。本物の悪魔だな。

 雛子はにこにこ笑ったまま、ズーンとどす黒いオーラをまとった堀田ちゃんの背中を両手で押して、俺らのもとまで連れてきた。

 できれば引きとりたくない。よそに持っていってほしい。


「ははは、ガースケ弱かったですよね? まるで、わたしみたいでしたよね?」


 やめて! そんな死にそうな目で自虐的なこと言わないで! こっちまで気が滅入っちゃうから!


「そうね。ザコだったわね」

「おぉぉぉぉぉぉい! もっと言い方ってもんがあんだろ! 弱ってる人間にトドメ刺してどうすんだよ!」

「事実を言ったまでよ。その子が雛子さんと比べて遥かに劣っているのは明らかじゃない。自分の弱さを卑下するヒマがあるなら、気持ちを切り替えて強くなる方法を考えるべきね。ま、わたしみたいな天才なら、努力なんてしなくてもいいのだけど」


 こんなときまで立花は自慢げに鼻を鳴らしてくる。

 ここで口論しても好感度をあげにくくなるだけだ。突っかかるのはよそう。


「あぁ、そうかよ」


 立花との会話を打ち切ると、堀田ちゃんに向き直る。

 うっ……どす黒いオーラが暗雲のように立ち込めている。かなり話しかけづらい。


「相手が悪かったな。しょうがねぇよ。雛子に勝てる能力者なんて、校内にも何人いるかわからないんだし。こんなんでも一応はトップクラスの異能者だからな」

「友則さん、何気にわたしのことディスってますね」


 雛子が口をはさんでくるが、スルーする。


「そ、そうですよ。そんなに強くない相手に負けるよりも、すごく強い相手と戦って負けたほうが、自分を納得させやすいです。どうせ負けるなら、強い相手に瞬殺されてよかったじゃないですか」


 仁美は一生懸命はげましているつもりなのだろうが、余計に傷口をえぐっていた。

 ますます堀田ちゃんは「うぅ」と涙目になる。


「え? あっ、その……」


 あわあわと仁美は両手を振って混乱する。


「わたしも……氷室さんみたいに強い力がほしいな」


 ぐすん、と鼻をすすって堀田ちゃんはささやいた。

 仁美は困ったように曖昧な笑みを浮かべる。

 その笑みは、これまで何度も浮かべてきたものなんだろう。堀田ちゃんみたいに、仁美の力をうらやむ生徒は多い。


「大丈夫だよ。堀田ちゃんはとんでもない能力者で、わたしを手こずらせた相手だって、明日学校中に吹聴してあげるから。そうすれば事実はさて置いて、とりあえずみんな堀田ちゃんは凄い人だって注目するようになるよ。よかったね、毎日毎日みんなからジロジロ見られるよ」

「や、やめて。お願いだから、そんなことしないで」


 必死に泣きつく堀田ちゃんを、雛子は満足そうに見ている。どんだけ意地悪なんだよ。

 それから他の生徒達の模擬戦もいくつか行われていくと、


「朝倉」


 ようやく俺の名前が呼ばれた。


「それと赤城あかぎ


 対戦相手の名前も呼ばれる。

 なんてこった。堀田ちゃんほどではないにしても、俺もかなりくじ運が悪い。

 ショートカットの髪に、眠たそうな目をした端正な顔立ちの女子がグラウンドの中央に出てくる。

 赤城ほむら。

 俺と同じ二年生だ。

 赤城は遅刻や無断欠席、深夜外出など、素行に問題のある生徒だ。授業もまともに聞いてなくて、よく居眠りをしているらしい。なので学業の成績は下位だ。教師からの心証は悪く、頻繁に生徒指導室に連れて行かれている。

 有り体に言えば、不良というやつである。なので一部の生徒からは敬遠されているが、一部の生徒からは秘かに慕われている。特に女子。立花と同じく、憧れの目で見られているそうだ。

 個人的には不良は怖いので、赤城さんとはあまり関わりたくないです。


「赤城先輩は、わたしと同じ具現化の異能力を持ってますけど、わたしなんかとはレベルが段違いです。なんたって赤城先輩は、闘技場で選手登録されるほどの実力者ですから、わたしなんて比べるのもおこがましいです」


 劣等感まるだしの解説をありがとう、堀田ちゃん。

 闘技場というのは、異能者同士の戦いを催し物にしている施設のことだ。

 赤城は若くしてそこで戦う選手をやっている。ゆえに一般学生とは実戦経験の数が違う。


「ふん。異能力を見世物に使うだなんて、彼女には矜持がないのかしら? せっかく天から授かった力なのだから、もっと崇高な使命のために使うべきよ」


 赤城が闘技場で戦っていることが気に入らないのか、立花は腕を組んで眉を逆立てる。

 別に悪いことをしてるわけじゃないんだから、自分の異能力を何に使おうが自由だと思うがな。

 調和機構だって、闘技場で能力を使って戦うことを認めているわけだし。

 ……なんて、好感度のことを考慮したら、うかつには言えないな。

 俺と立花って、いろいろ考えが合わない。

 さて、相手を待たせるのも悪いし、俺もそろそろ行きますかね。


「友則先輩、ファイトです」

「あんなヤンキー、友則さんの実力を持ってすれば一発ですよ、一発。ぷっすすすすす」

「その一発って、一発でやられるってことよね?」


 まともに応援してくれるヒロインは、仁美だけだった。

 やっぱり俺は、おまえのルートに行きたいよ。


「朝倉先輩も瞬殺されたらわたしと一緒ですね。ふふ、ふふふふふふ」


 堀田ちゃんが怖い。暗黒オーラをみなぎらせて、不気味な笑みを浮かべる堀田ちゃんが怖い。

 中央まで歩いていき、距離をとったまま正面から赤城と向き合う。

 無気力な顔つきをしているが、威圧感のようなものがある。なんだか、気圧されてしまうな。


「では始め」


 ピッとホイッスルが鳴る。


「ん? もういいのか?」

「あっ、はい。どうぞ」


 同じ二年生なのに、つい敬語になってしまった。やっぱヤンキー怖いわ。


「そうか。じゃあ来い、クロキチ」


 名前を呼ぶと、赤城の右隣にソレが具現した。

 漆黒の体毛に覆われた、見上げるほど大きな、全長三メートルはある巨獣だ。ぶっとい丸太のような四本の脚は、強靭な筋力と敏捷さを備えていて、鋭利な爪が生えている。

 百獣の王を何倍も凶悪にしたような相貌に、二つの赤い瞳。大きな口からは剣のような二本の牙が覗いている。尻には細長い尻尾が生えていて、先端が黒い毛玉みたいになっている。

 これが赤城の能力、『凶気の使い魔へルビースト』。

 堀田ちゃんと同じく、空想の魔物を具現する異能力だ。

 具現した魔物がダメージを受けて回復するまでにかかる時間は、能力者の力量による。赤城の具現したこの魔物は、手足を失っても翌日には完全に治っていると、前に他の生徒が話しているのを耳にしたことがある。

 ていうか、こえええええええええええええええええええええっ!

 なにこれ? 超デカイよ! 俺食い殺されちゃうんじゃない? 見てるだけでチビりそうなんですけど!

 それとせっかくかっこいい外見してんのにクロキチなんて名前にすんなよ! もっと中二センスを活かした名前にしろよ!


「あれは……かわいくないですね」


 がっかりした仁美の感想が聞こえてくる。

 そうだね。かわいくないね。俺もガースケみたいにかわいくて、弱っちいのがよかったよ。


「クロキチ」


 赤城が顎をしゃくる。

 クロキチは大口を開くと、割れ鐘のような咆哮を轟かせた。

 ひぃぃぃぃぃぃ、こわいこわいこわい!

 咄嗟にライアーコントロールを発動。クロキチには俺が左側へ逃げていったように幻影を見せる。

 思惑どおり、クロキチは何もない左方向へと突進していった。

 よし、いまだ。

 具現した魔物を使う異能者の弱点は、異能者そのものにある。

 いくら魔物が強くても、異能者さえ押さえてしまえばこっちのもんだ。

 再びライアーコントロールを発動。今度は赤城に、俺の幻影が正面に立っているように見せた。その隙に本物の俺は、背後へと回り込む。

 正面に注意を向けている赤城の背中は無防備そのものだ。あとは組み伏せるだけでいい。

 躊躇せずに飛びかかる。

 赤城の肩をつかんで押さえつけようとしたら、右腕が引っぱられた。両足が地面から浮く。ぐるりと視界が回転して、背中に衝撃。げほっ、と口から咳がもれる。

 気づいたら、青空を見上げていた。

 どうやら赤城に投げ飛ばされて、地面に倒れたらしい。背中がひりひりする。

 誰だよ、異能者そのものが弱点だなんて言ったの? 


「クロキチ、戻ってこい」

「え? ちょっ」


 首をもたげると、既に巨獣の影が俺に被さっていた。

 至近距離で見るクロキチ、マジ怖すぎ。金縛りにあったように手足が動かない。


「やれ」


 ご主人様の命令が下ると、クロキチはぶっとい前脚をお手でもするようにべたんと俺の腹の上に乗っけてくる。


「ぎゃふっ!」


 胃が圧迫されて、変な声が出た。


「勝負ありだな」


 奏先生の声がかかる。

 赤城は俺の腹に前脚を乗っけているクロキチを消すと、近づいてきて手を差し伸べてきた。


「わりぃな。うっかり強めに投げちまった。痛かっただろ?」

「あっ、いえ。怪我とかはないんで平気です」


 手をつかんで引っぱり起こされると、相変わらずの敬語対応をしてしまう。

 んじゃあな、と赤城は踵を返してグラウンドの中央から離れていった。

 観戦していた生徒達は赤城が近づいてくると、道をつくるように割れていく。

 引っぱってもらった右手をしばし見つめる。

 もしかして、いい人なのかな? そうだとしても怖いことに変わりはないが。

 俺も踵を返して、みんなのところに戻る。


「いや~、白熱した戦いでしたね。笑いをこらえきれずに思わず吹き出しちゃいましたよ」

「地べたに這いつくばるさまは、凡人らしくてお似合いだったわよ」

「ふふふふ。朝倉先輩も、わたしと一緒だ……」


 雛子と立花がムカつく出迎えをしてくる。

 そして暗黒オーラをにじませて微笑を浮かべる堀田ちゃんが怖い。


「先輩、大丈夫でしたか?」

「あぁ、負けちまったけどな」

「勝敗は気にしてません。怪我がなくてよかったです」


 仁美は胸を撫で下ろすと、やさしく笑いかけてくれる。

 あぁもう、結婚したいな! 早くひとみんルートに入りたいよ! なのに他のどうでもいいヒロイン二名の好感度がぜんぜんあがらないよ! くそっ!

 それからしばらく他の生徒達の模擬戦を眺める。

 授業が終盤に差し掛かると、仁美がそっと身を寄せてきた。うわっ、すげぇいい香りがする。


「あの、先輩。今夜のお祭りですけど、待ち合わせ場所はどこにします?」


 そういえばまだ決めてなかったな。

 ……いや、待てよ。これってチャンスじゃないか?

 やっぱりお祭りに行くのはやめておこうと言って、あえて一度立てたフラグを折れば、かなり仁美の好感度を下げられるはずだ。


「先輩? どうしたんです?」


 汚れのないつぶらな瞳で見上げてくる。

 無理だ! できん!


「いや、なんでもない。それより待ち合わせ場所は、駅前とかでいいんじゃないか?」

「わかりました」


 守りたい、この笑顔。

 とてもじゃないが、約束を反故にして傷つけることなんてできない。そんなことできる奴がいたとしたら、そいつは人間じゃねぇ。


「え? え? もしかして友則さんとひとみんもお祭りに行くんですか? わぁ、奇遇ですね、実はわたしも行くつもりだったんですよ」

「ふっ、模擬戦では仁美さんと決着をつけられなかったものね。いいわ、今夜のお祭りで決着をつけましょう!」


 えっと……なんでこいつら、さも当たり前のように一緒にくる気まんまんなのん?


「あなた達のことは誘ってません。わたしは友則先輩と行きたいんです」


 くぅ~、うれしいこと言ってくれちゃってもう! 俺も仁美と二人っきりで行きたいよ!

 だが好感度のことがある。このどうでもいいヒロイン二名も連れていかなきゃいけない。

 お祭りイベントを発生させれば、こいつらの好感度だってあげられるはずだ。


「べつに一緒でもいいんじゃないか? 人数は多い方が楽しいだろ」

「……先輩がそれでいいのなら、かまいませんけど」


 仁美はちょっぴり下唇を突き出す。

 ブッブ~という効果音が鳴る。仁美の好感度が『8→7』に下がった。

 ぐはっ、と血を吐きそうになる。

 覚悟はしていたが、実際に仁美の好感度が下がるのを目の当たりにすると、かなりきついな。

 体操着姿をいやらしい目で見るのは許されても、二人っきりで行きたがっていたお祭りを台無しにしたのはアウトだったか。

 でも雛子と立花の好感度さえあがれば、ダメージを負っただけの価値はあった。


「というわけで二人とも、一緒に来てもいいぞ」

「わたしが行くと言ってるのだから、行くに決まってるじゃない? いちいちあなたの許可をもらうつもりはないわよ、凡人」

「友則さんの分際で、偉そうですね」


 ……好感度があがらない。わざわざ俺が仁美の好感度を下げてまでしてやったのにあがらない。

 ふつう一人のヒロインの好感度を下げる選択肢を選んだら、他のヒロインの好感度はあがるべきだ。

 どんだけお約束から外れてんだよ、こいつら。


「おっ、そうだ。よかったら堀田ちゃんも……」


 堀田ちゃんも誘おうとしたが……どこにもいない。


「堀田ちゃんなら、さっき気分が悪いとかで保健室に行っちゃいましたよ。一体どうしたんでしょうね?」


 どうしたもこうしたも、おまえに瞬殺されたのがショックだったとしか考えられねぇよ。

 影が薄いので立ち去るときもぜんぜん気配を感じさせないな、堀田ちゃん。忍者か?

 やがて全ての模擬戦が終わると、奏先生のもとに生徒が集合する。


「少し早いが、本日の授業はこれで終了だ。解散していいぞ」


 気がゆるむと、生徒達は軽口を交わして校舎に戻っていく者と、グラウンドに残って話し込む者に分かれる。

 俺はさっさと自分の教室に戻ろうとするが。


「奏先生の能力って、どんなものなんですか?」


 雛子がそんなことを聞いたので、気になって足が止まった。

 何人かの生徒も興味があるようで立ち止まっている。

 そういえば着任から一ヶ月、まだ奏先生の異能力は目にしたことがないな。


「なんだ、知りたいのか?」

「はい。教えてもらえれるならですけど」

「わたしの能力は特に隠すようなものじゃないから、かまわんぞ」


 奏先生は眼鏡のブリッジをくいっとあげると、周りにいる生徒達を見回した。

 そしてまだ残っている仁美に白羽の矢を立てる。


「氷室。わたしに向かって異能力を撃ってみろ」

「お断りします」


 ところが先生からのお願いを、仁美はマッハで拒否する。


「異能力を扱う授業は終わりましたし、特別顧問でも生徒に能力の使用を強制する権限はないはずです」


 仁美は頑なな姿勢を見せる。こりゃあ何を言っても首を縦には振らないな。


「ほう、わたしに口答えするか? おもしろい。どちらが立場が上なのか、ここではっきりさせておく必要があるようだな」


 レンズの奥にある両目を細めると、奏先生は毅然とした態度で仁美を睨む。

 そして……。


「では立花。わたしに能力を使ってみろ」


 折れた。特別顧問なのに、生徒に睨み合いで負けた。どちらが立場が上なのか、これではっきりしたな。

 この人、見た目はいかにも出来る女なのに、なかみはへっぽこなのか?


「いやよ。なぜわたしの力をそんな下らないことのために使わなければいけないの?」


 仁美に続いて、立花まで拒否する。

 いいじゃんか、使ってやれよ。おまえ仁美と違って異能力が嫌いなわけじゃないんだろ? 下らないなんて言われちゃったせいで、先生がグヌヌヌってんじゃん。


「で、では、近藤でいい。わたしに」

「わかりました」


 先生が言い終わる前に、雛子は指先からビームを発射する。

 ピュンと飛んだ光は、先生の頬をぎりぎりかすらない位置を通過していった。


「あ、危ないだろっ! ゆっくり飛ばせ、ゆっくり! 当たったらどうする!」

「え? 当てるんじゃないんですか?」

「ゆっくり当てろ!」

「注文が多いですね」


 慌てふためく先生の反応をおもしろがるように雛子は笑うと、指先から光の玉を発射する。

 今度は注文どおり、スロー再生のようにふわふわとゆっくり先生のもとに飛んでいく。

 近づいてきた光の玉に向けて、先生は右手を突き出した。

 右手と光の玉が接触すると……俺は目を見張った。

 光の玉が、消えてしまった。


「これがわたしの異能力、『虚無への還元ゼロオリジン』だ」


 さっきまでの動揺しまくった醜態をなかったことにするように、先生はクールに自分の能力を見せつけるが、もういろいろ手遅れだ。


「発動した他者の異能力を両手のどちらかで触れれば消去する。あくまで発動した異能力を消すのであって、異能者が保持する能力そのものを消し去って、なんの力も持たないただの人間にすることはできない」


 奏先生の異能力。それは、俺がずっと探し求めていたもの。

 キャンセル能力だった。

 先生の異能力があれば、俺の好感度表示も解除できる。

 そう思ったときには地面を蹴っていた。

 一直線に、奏先生のもとまで駆け寄る。


「俺は……俺はずっと、あなたのことを探していたんですっ!」


 ぎゅっと光の玉を消した右手を両手でつつんで握りしめる。


「いきなりなんだ? 愛の告白か? しかし年下というのはちょっとな。それにおまえはあまり有望そうじゃない。どうせ結婚するなら、もっとがっぽり稼げる男と結婚したい。わたしが将来楽するためにな」

「は? なに言ってんですか? 俺は年上のおばさんに告白する趣味はないですよ?」

「おば……。わたしはまだ二十代前半だ!」


 好感度表示の解除をお願いするはずが、なぜか先生にキレられてしまった。




 詳しいことは放課後に話すことになったので、HRが終了すると俺は奏先生の待つ生徒指導室に足を運んだ。


「お願いします! なにも聞かずに、先生のキャンセル能力を俺に使ってください!」

「おまえの事情を聞くために、わざわざここで待っててやったんだぞ? なのに話せないとはどういう了見だ?」

「ごもっともです! ごもっともですけど、話したくても話せないんです!」


 俺の能力は他人には口外できない。

 中学の頃に親しかった女子に好感度表示のことを説明しようとしたら、爆発が起きてしまった。しかも相手は俺の言ったことをぜんぜん信じてくれなかった。

 好感度表示に名前の載ってない人や、能力が発動してない時期に他人に話したらどうなるのかは、なにが起きるのかわからないから、怖くて試したことがない。

 この好感度表示の能力は、俺にも把握しきれてない部分がたくさんある。

 だから親にさえも、好感度表示のことは内緒にしている。

 奏先生には事情を一切聞かずに、キャンセル能力を使ってほしい。そうすれば好感度表示が消えて、仁美に嫌われることもない。一気に問題解決だ。

 革張りのソファーに腰を沈めた奏先生は値踏みするように俺を観察すると、吐息をもらした。


「おまえのその顔を見るからに、本気で切羽詰まっているのはよくわかった」

「それじゃあ」

「しかし問題がある」

「問題?」

「特別顧問は個人的な感情で能力を使って、生徒の私生活に干渉してはならない。調和機構の規定でそう決められている。特にわたしは能力が能力だからな、厳命を受けているわけだよ」

「そんな……。さっきは雛子の異能力を消したじゃないですか?」

「あれは私生活に影響をおよぼすほどのことじゃない。だが、おまえの場合はかなりデカイ問題なんだろ?」


 うっ……。確かに好感度表示は私生活に影響しまくる。とりわけ人間関係への影響は甚大だ。


「だから無理だ」


 きっぱり断られた。

 せっかく希望の光をつかんだと思ったのに……それはつかむことのできない幻の光だった。ぬか喜びさせやがって。


「とまぁ、教師としての建前はこのくらいでいいだろ」

「どういうことですか?」


 奏先生は腕組みをすると、ふっふっふっと唇を曲げて小物臭のぷんぷんする笑みを浮かべる。


「使ってやらないこともない、ということだ」

「ほ、本当ですか!」

「あぁ。ただし使用したのが調和機構にばれたら、わたしも糾弾はまぬがれない。それなりのリスクがある。なのでこちらの出す条件をクリアしたら使ってやる」

「条件?」

「近ごろ巷を騒がせている黒い怪獣の件は知っているか?」

「えぇ、まぁ」


 今朝、エンカウントしたからね。


「なら話は早い。調和機構でも小規模ではあるが、その怪獣について調査を行っている。ところがなかなか能力者の尻尾がつかめなくてね。もしもおまえが能力者を特定することができたなら、こっそりわたしに教えろ。そしたらゼロオリジンを使ってやる」

「いやいや無理でしょ? プロでも見つけられない能力者を特定するとか」

「そうか。だったらこの話はなしだ」


 ぐっ……キャンセル能力を使えば先生も相応のリスクを負うことになる。

 無条件でこちらの要望を聞き入れてはくれないか。


「黒い怪獣の能力者を特定して、それで先生にどんなメリットがあるんです?」

「あるに決まってるだろ。手柄を立てたことになるんだからな。調和機構のわたしに対する評価があがる」


 なんともまぁ、私欲にまみれた汚い大人の見本のような理由だった。


「手柄なら自力で立てればいいじゃないですか? 先生にはそのラノベ主人公みたいなキャンセル能力があるんだから」

「キャンセル能力があるからといって、調査能力があるわけじゃない。……それに、おまえだって見てただろ? グラウンドでの、わたしと近藤のやりとりを」

「えぇ。普通に雛子の異能力を消して……」


 いや、先生が消したのは二発目のふわふわした遅い光の玉だけだ。一発目に撃たれた高速ビームは消せなかった。

 ということは……。


「もしかして奏先生って……」

「な、なんだ?」

「………………ザコ?」

「誰がザコだぁっ!」


 ソファーから跳びはねて、大声で吠えてくる。

 あ~、うん。ザコだわ。その図星を突かれて全身をぷるぷるさせている反応はザコだわ。たぶん俺でも勝てるわ。


「わたしは人よりも戦闘が苦手なだけだ! そのせいで黒い怪獣の調査とか、危険な任務にはつけさせてもらえないんだ! 戦闘では役立たずだから同僚にかわいそうな目で見られているわけじゃないぞ!」


 かわいそうな目で見られてるんだ、同僚に。


「よくそんなんで調和機構に入れましたね? メンバーになるためには試験とかクリアしないといけないんでしょ?」


 試験内容は試験官によって異なるそうだが、どれも高難度の狭き門だと聞いている。

 それをこんなザコ……じゃなくて戦闘の苦手な人がよくクリアできたな。


「なにも試験をクリアすることだけが調和機構に入る方法じゃない。わたしのように希少な能力を持つ者は特例として試験をパスできる。……一度受けて、ふつうに落ちたが」


 おい、なんかいま後半ぽつりと真実がささやかれたぞ。


「つまり先生は、自分で手柄を立てられないから俺を利用しようとしているんですね? その交換条件として、キャンセル能力を使ってやると」

「そういうことだ」


 やり方がまわりくどいというか、せこいな。


「自分で言うのもなんですけど、俺って先生と同じザコですよ? そこまで期待できる能力者じゃないですけど」

「おまえはザコかもしれないが、わたしは戦闘が苦手なだけだ。決してザコじゃない」


 そこは絶対にゆずれないんだな。


「それに、わたしが期待しているのはおまえじゃない。おまえの周りにいる奴らだ」


 なるほど、仁美だったらどんなに厄介な異能者が出てきても、楽々と撃退してしまうだろう。

 それから雛子や立花のことも、俺の友達だと先生は勘違いしているみたいだ。

 そういえば、立花の家は雇っている使用人にも異能者がたくさんいると聞く。あいつの協力を得られれば百人力だ。


「で、わたしの出した条件だが、どうする?」


 すとんとソファーに腰を落とすと、奏先生は薄い笑みで問いかけてきた。



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