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ヒロインたちの力をかりて好感度をあげてやる



 残りカウントが『8』になった水曜日。

 昼休みになると、生徒たちが行き交う廊下の片隅に、俺とヒロイン三人は集まっていた。

 こうして女子三人が近くにいると、すごくいい香りがする。他の男子生徒たちの嫉妬の眼差しがこっちに集中してくるし、なんかハーレム系ラノベの主人公になったみたいだぜ。


「先輩。顔がだらしないような気がするんですけど?」

「え? いや、そんなことないぞ?」

「そうだよ、ひとみん。友則さんの顔はいつもだらしないよ。これがデフォルト」

「それ、フォローしているようでフォローになってないから。デフォルトでだらしなくないから。いつもはちゃんとしてるから」

「そんなことないですよ」

「そんなことあるよ」


 ケタケタと笑いながら俺をからかってくる雛子。

 一方、仁美は……うん、まだちょっと不審そうな半目だね。あんまりだらしない顔をしていたら怒られそうなので、表情を引きしめて麗佳を見る。


「ほんで、俺らをここに呼び出したってことは、なにか策を思いついたのか?」


 えぇ、と麗佳は昂然とした笑みを浮かべてうなづいた。


「名づけて、友達の友達は友達作戦よ」

「なに言ってんだ、おまえ?」

「友達の友達は、友達ということよ」

「そっか……わからん」

「やれやれ、これだから凡人は。理解力が足りないのね」


 麗佳は呆れたようにかぶりを振るう。ムカつくけど、我慢する俺って偉い。


「真宮さんのクラスメイトであるわたしを経由して、友則と真宮さんを引き合わせるという作戦よ」

「それならはじめからそう言えよ。俺の理解力が足りないんじゃなくて、おまえの説明不足じゃないのか?」

「言い訳なんて、男らしくないわね。恥を知りなさい」


 あっ、はい、そうですね。もう俺が悪いですね。話を早く進めたいので、そういうことにしておきます。


「作戦自体は悪くないと思うけど……その前に一応聞いておくが、おまえとシズクって友達なのか?」

「違うわ。軽く何度か言葉を交わした程度の仲ね」


 ババーンと擬音がつきそうなほど堂々と胸を張って答える。とても大きな胸を張って答える。って、おっぱいをガン見してる場合じゃない。


「どうしておまえ、そんなに自信満々なんだ? 前提としておまえがシズクと友達じゃなかったら、作戦が成り立たないだろ」

「問題ないわ。だってこれからわたし、真宮さんと友達になるんですもの」

「これからって、そんな簡単に友達になれるものなのか?」

「完璧美少女であるこのわたしが友達になろうと誘うのよ? 断られるはずないじゃない」


 その自信はどこからやってくるのやら。確かに麗佳は校内の男女から尊敬の眼差しを向けられているし、裏では努力家なこいつのことを俺も高く買っている。

 でも知り合ったばかりのシズクと仲良くなれるかどうかは別問題だ。友達になるには、相性とかもあるだろうし。


「わたしだったら、ふつうに立花先輩から友達になろうと誘われたら迷惑ですけど?」


 仁美、やめたげて。天然でそんなことを言うのやめたげて。麗佳がグヌヌヌッてなってるから。その子、ほんとはおまえと仲良くなりたい子だから。


「ふっ、見てなさい。昼休みが終わる頃には真宮さんと気心の知れた仲になってみせるわ。そしたらわたしの勝ちね、仁美さん?」

「どうしてそれで立花先輩が勝ちになるのかわかりませんが、作戦とやらが上手くいくのならかまいません」


 優雅な微笑をつくる麗佳に、仁美は平板な声で応じる。


「ねぇ友則さん。麗佳さんの発言のすべてが盛大な前フリに聞こえるのは、わたしだけですか?」


 大丈夫、俺もそう聞こえてた。聞こえてたけど、フラグが立っちゃいそうだから黙ってた。もう雛子が口にしたことで、完全にフラグは立ってしまったが。

 俺たちは麗佳のクラスまで行くと、教室内の様子をうかがう。

 昼休みなので生徒の数はまばらだ。グループで集まって談笑したり、ケータイのゲームをやってはしゃいだりしている。

 そんな周囲の喧騒にバリアでも張るように、シズクは一人でぽつんと自席について読書をしていた。

 あれだな。わたしいま読書に集中しているから話しかけんなよオーラを振りまいているな。


「なぁ麗佳。シズクって、クラスで親しい友達とかできたのか?」

「女子とはたまに話しているみたいだけど、まだ友達と呼べる生徒はいないわね。だからわたしが友達第一号になってあげるのよ」


 なってあげるのよって、上から目線だな。友達の俺に対しても、こいつは上から目線だが。


「ねぇひとみん、シズクさんってクラスに友達がいないそうだよ?」

「どうしてそれをわざわざわたしに言うんですか? わたしだって、クラスに一人くらい友達はいます」


 仁美はぶすっと唇をとがらせる。

 その友達ってあれだよね。俺のことを嫌いになったあの子のことだよね。


「それじゃあ行くわ」


 麗佳はためらいもせず教室に踏み込んでいく。

 クラスメイトたちの視線が一斉に麗佳へと向けられた。それだけで、麗佳がクラスに影響力のある存在だというのがよくわかった。


「友則さん。ここから先は、絶対に笑ってはいけませんよ」


 そう忠告してくる雛子の顔はすでにほころんでおり、完全にこの状況を楽しんでいる。


「真宮さん」


 麗佳はシズクの正面にまわりこむと、名前を呼んだ。

 シズクは本から顔をあげて、色のついてないガラス玉のような感情の乏しい瞳で麗佳を見る。


「おめでとう。たった今から、あなたはわたしの友人よ。さぁ、感涙にむせび泣きなさい」


 なんちゅー誘い方だろうね。

 あれ、友達になろうとしてんだぜ?

 シズクはしばし呆然としていたが(そりゃそうなる)、おもむろに視線を落として読書に戻った。

 そして一言ぽつりともらす。


「遠慮しておくわ」

「なっ! わ、わたしと友達になりたくないですって? 完璧美少女であるこのわたしと!」

「友達はなるものではなく、自然となっていくものだと昔読んだ漫画に書いてあったわ。わたしもそう思う。もしも立花さんと自然に会話ができるようになったら、そのときは友達と呼ばせてもらうことにするわ」


 シズクはやんわりと断ったが、麗佳は屈辱を受けた貴族のように「ぬぐぅ」と顔をしかめていた。

 他のクラスメイトは気を使ってか、苦笑いしている。


「ぷぷっ、麗佳さんってサイコーですよね」

「絶対に笑ってはいけないと言ったおまえが、いの一番に笑ったな」

「真宮先輩からしたら、ぜんぜん笑えないことだと思います。わたしが真宮先輩だったら、まったく笑えません。だって立花先輩が友達になろうって言ってきたんですよ?」

「いや、仁美。そこは笑ってやってくれ。せめて笑ってやってくれ」


 ガチで困惑するのとか、一番相手を傷つける行為だから。

 シズクにふられた麗佳はすごすごと教室から出てくると、廊下にいる俺たちのもとまで帰ってきた。若干涙目だ。

 うっ……どう声をかければいいのかわからない。あんまりはげましたりしたら、めちゃくちゃ好感度があがっちゃうだろうし。


「なによ、その『どう声をかければいいのかわからない』っていう微妙な顔は? そんな余計な気づかいは無用よ! どうせ滑稽だと思ってるんでしょう? だったら笑いなさいよ! 笑えばいいじゃない! ほら、わたしを指差して好きなだけ笑えばいいじゃない!」

「ぷっははははははは! 麗佳さん、超ウケました、クッソおもしろかったです! ぷっはははははは!」

「よ、よくもこのわたしを指差して笑ったわねっ! 絶対に許さないわ!」

「えぇ~、だって笑っていいって言ったじゃないですか?」


 だからって本当に笑う奴があるかよ。麗佳の「笑えばいい」っていうのは「笑わないで」ってことなの。この子、そういう面倒くさい子なの。


「雛子さん、やはりあなたとは、白黒つけないといけないみたいね」

「ここでやるんですか? 先生に見つかったらややこしいことになっちゃいますよ? まぁわたしは構いませんけど」


 柳眉を逆立てる麗佳と、仮面のような笑顔を貼りつけた雛子が反目し、火花をバチバチ散らす。

 他の生徒たちも異変に気づいたようで、廊下がざわつきだした。

 いかん。こいつらまた闘技場のときみたいにガチバトルをおっぱじめようとしてやがる。一度始まったら、仁美が本気にならないと止められない。


「待て待ておまえら! こんなところでやりあったら、処罰はまぬがれないぞ!」


 思いきって、二人の間に体を割り込ませる。前回は止められなかったが、今回はまだバトルが始まってない。選択肢さえミスらなければ、まだどうにかできるはずだ。


「そこをどきなさい、友則! 生意気な後輩を教育してあげるわ! どかないのなら、あなたごと叩き斬るわよ?」


 ひぃぃぃぃ! どうしよう? どきたくなってきた。『どく』という選択肢があったらソッコーで選んじゃってる。そんな選択肢ないけど。


「あっ、友則さん。べつにどかなくていいですよ? 友則さんがスパッといかれるところ、わたし見てみたいです」

「そのセリフを聞いて、俺は全力で麗佳の味方をしたくなったよ」


 こいつはほんとに、一回きっちり大人に説教されたほうがいいな。それでも反省しなさそうだけど。

 震える膝でどうにか踏みとどまり、一つ息をもらしてから麗佳を見つめる。


「麗佳、冷静になって怒りを静めてくれないか? 友達である俺の顔に免じて」

「いやよ。なぜ友人Aのあなたごときのために矛をおさめなきゃいけないの? 身の程を知りなさい、この凡人」


 ……友達って、なんだろね?


「友則さんの顔に免じてって、ぷぷっ、ちゃんと鏡を見てから言ってください」

「顔面偏差値の話じゃねぇよ!」


 イケメンだったら二人を止められたということか! だったらイケメンに生まれたかった! このさい二人の喧嘩を止めるのとかどうでもいいから、イケメンに生まれたかった!

 あぁもう! 俺はガリガリと頭を掻くと、できるだけ冷静な声で麗佳に語りかける。


「えっとだな。確かに作戦はうまくいかなかったけど、麗佳の気持ちはうれしかったよ」


 びくりと麗佳は肩を震わせると、表情を色取っていた怒気が薄まった。


「うれしかったって、どういうことかしら?」

「そのまんまの意味だ。感謝してるってことだよ。おまえなりに俺のことをいろいろ考えてやってくれたんだろ? だったら俺はおまえを滑稽だなんて思わない。積極的にシズクとの接点をつくろうとしてくれて、ありがとうって言いたい」


 麗佳は失敗したけど、俺とシズクの関係を修復しようとがんばってくれた。そのことには感謝している。


「あっ……う、うぅ……」


 見る見るうちに麗佳は顔を紅潮させて、あちこちに視線をさまよわせる。


「ふ、ふん。わかればいいのよ、わかれば。せいぜいわたしに感謝することね。まぁ今回だけは、特別に怒りをおさめてあげないこともないわ」


 腕組みをしてプイッとそっぽを向くと、雛子への敵意を引っ込めてくれた。

 よ、よかった。どうにか止めることができた……。

 ピコピコンと音が鳴ると、麗佳の好感度が『27→29』になった。

 しまったああああああ! なるべくあげちゃいけないのに、あげちまったああああ! 俺のばかばかぁ! でもバトルシーンを阻止する方法なんて、他に思いつかないよぅ!


「やれやれ、友則さんが邪魔をしなければ、もうちょっと麗佳さんで遊べたのに」


 ブッブ~と音が鳴ると、雛子の好感度が『26→25』に下がる。

 なのに相変わらず雛子は仮面のようなニコニコ笑顔のままだ。好感度下がっても笑っているのとか、一番こぇよ。


「先輩……なんだか、立花先輩に妙に優しいですね」


 あっ、仁美がムゥと下唇を突き出している。このまえ告白したてホヤホヤなのに、他の女に優しくするのを見て、すねているようだ。これは好感度が下がったか?

 ピコンと音が鳴ると、仁美の好感度が『29→30』にあがった。

 あがった? えっ? どういうことだ? 好感度表示が故障したのか? だとしたらすごくうれしいけど。


「えっと、仁美。怒ってるのか……?」

「いい気分ではありません。でも……」


 力を抜くように口元をやわらげると、仁美は見ている者すべてが恋に落ちてしまいそうな微笑を花咲かせた。


「二人の争いを止めたのは、とても偉いことだと思います」


 仁美のかわいすぎるスマイルに、あやうく気を失うところだった。

 好感度表示が故障してなかったのは残念だが、仁美の笑顔を見れたので良しとしよう。もうほんとかわいい。さすが我が天使。抱きしめたい。

 雛子と麗佳が散らしていた火花がなくなると、周りで傍観していた生徒たちも溜飲を下げる。この二人の能力が衝突してたら、廊下は滅茶苦茶になっていただろうから、みんな避難しなきゃいけなかったな。


「麗佳さんの残念な作戦も予想どおり失敗しましたし、次はわたしの番ですね」

「あなたいま、予想どおりと言ったかしら?」

「あれ、ちゃんと聞こえてませんでしたか?」

「おい、おまえらいい加減に」

「二人ともいい加減にしてください」


 ピシッと仁美が言い放つ。俺の声にかぶせて言い放つ。

 麗佳は唇を曲げて黙り込み、雛子は「はぁ~い」と生返事して喧嘩をやめた。

 あれね。俺よりも頼りがいがあるというか威厳があるというか、主人公っぽさとかがあるよね、うちのメインヒロイン。


「えっと、それで雛子も何か作戦を考えてきたのか?」


 とりあえず雛子の話を聞いてみよう。早くしないと昼休みが終わってしまう。


「はい。わたしの口から、友則さんのいいところをシズクさんに伝えるんです。それでシズクさんに、ゴミクズである友則さんを見直してもらうんですよ」


 確かに他人の口から「あいつってすごいよ」って言われたら、なんだか真実味があるように聞こえるよな。あとゴミクズって、さらりと言ったな。

 作戦そのものはいい線を突いている。作戦そのものは。

 問題は……それを実行するのが雛子だということだ。


「おまえさ……」

「べつに変なことを言うつもりはないですよ、安心してください」

「俺の言わんとしていることを先読みしたってことは、変なことを言うつもりだってことじゃないのか?」

「疑り深いですね。いつもみたいにわたしを信じてくださいよ」

「いつも、おまえのことだけは信じてないぞ?」


 ひどぉ~い、と雛子はとぼけた笑顔で抗議してくる。


「まぁいい。おまえなりに何かやろうとしているのなら、ぜひやってくれ」


 それで失敗したとしても、やらないよりはマシだ。


「友則さんってば、チョロイですね」


 クスクス笑うと、雛子はちょっとだけ前のめりになって、あざとく敬礼ポーズをとってくる。


「それではわたくし、行ってまいります」


 きびすを返すと「失礼しまぁ~す」と明るい声で断りを入れて、先輩の教室だというのに臆することなく踏み込んでいった。教室にいた生徒たちが向けてくる好奇の視線など物ともせず、シズクの席まで歩いていく。


「こんにちは、シズクさん」

「あなたは、たしか……」

「はい。このまえ友則さんと一緒にいるときに、チラッと顔を合わせましたよね。一年の近藤雛子です」


 雛子が俺の名前を出すと、シズクは眉間に縦皴を刻んだ。遠くから成り行きを見守っていた俺、傷ついた。


「その友則さんのことで話があるんです。昨日シズクさんも特別授業に参加していたから知っているかと思いますけど、友則さんも異能者なんですよ」

「みたいね」

「はい。それでですね。友則さんってば」


 ここれで俺のことをほめて「へぇ~そうなんだ」とシズクに感心を持たせるわけか。頼むから上手くやってくれよ。


「めちゃくちゃ弱いんです」


 おいいいいいいいいいいいいい! なに言ってんだ! 事実だけど! 俺がめちゃくちゃ弱いのは事実だけど! ザコだけど! ぜんぜんほめてねぇじゃん!


「しかもついこの間まで、わたしをふくめ、いろんな女の子にこびへつらって、ちょっかいをかけてました」


 それも事実だけど! というか俺って傍から見たら、かなり残念な男だな。でもあれは好感度表示に振り回されて、仕方なかったんだ。

 雛子のやつ、案の定俺をほめるどころかディスってやがる。あれじゃあ、ますますシズクからの心証が下がっちまう。

 どうする? 思い切ってフォローに入るか?


「先輩、ここはわたしに任せてください」


 ハラハラしている俺を落ち着かせるように、仁美は両手で握り拳をつくって声をかけてきた。雛子のフォローに入ってくれるようだ。


「頼む、仁美」

「はい」


 仁美は「失礼します」と口早に言って教室に入ると、スタスタとシズクのもとまでまで向かっていく。そして雛子をギロリと睨みつけた。

 てへっ、と睨まれた雛子は笑う。え? なにその照れ笑い? 腹立つんですけど?


「真宮先輩。いま雛子の言ったことは忘れてください。友則先輩は悪い人じゃないです。確かに情けないところや、だらしないところもあります。女の子の弱みを握って脅したり、泣かせちゃったりもします。けど、悪い人じゃないです」


 あれ? おかしいな? 仁美はがんばってフォローしてくれているはずなのに、プラスよりもマイナス面のほうが働いちゃってるぞ。女の子の弱みを握って脅して泣かすって、それもう完全に悪い人だよね? その泣かせちゃった子って堀田ちゃんのことだよね? エロゲマスターZのことだよね?

 仁美も喋ってて自分のミスに気づいたのか、ハッとする。


「ち、違うんです! 先輩のそういった行動には、すべて理由があるってことです。他の女の子にちょっかいをかけるのも、おにいちゃんと呼ばせて喜ぶのも、なにか意味があるはずなんです」

「……おにいちゃん」


 うわっ。シズクがめっさ嫌そうな顔をしてる。

 実はおにいちゃんと呼ばせることには何の意味もないという真実は、伏せておいたほうがいいな。


「ひとみん、もう黙ったら? ひとみんが喋れば喋るほど、状況が悪化していくよ?」


 雛子|(元凶)に苦言を呈されると、仁美は「うぐっ」と口を閉じた。

 シズクは、さっきから教室の入り口で様子をうかがっている俺に気づいたようで、横目で睥睨してくる。その眼差し、まさにクズを見るごとし。

 シズクが向けてくる視線はかなり痛いが、このまま仁美と雛子を放置したら、もっとカオスになる。シズクにはもう話しかけるなと釘を刺されたが、律儀にそれを守っている場合じゃない。

 俺は冷や汗をかきながら教室に踏み込む。後ろから麗佳も一緒についてきてくれたので、多少はプレッシャーがやわらいだ。それでもシズクの目つきは厳しいままだし、クラスの女子の目も心持ち冷ややかだ。

 シズクの席までいくと、厳しい視線がダイレクトにぶつけられて胸のあたりが針で刺されているように痛んだ。


「あの、先輩。すみません。わたしなりに、がんばってみたんですけど」

「いや、気にするな。仁美の懸命さは伝わってきたから」


 申し訳なさそうに仁美は顔を伏せる。役に立つどころか足を引っぱってしまったことを反省しているみたいだ。

 さて、では元凶の話を聞こうか。


「おい、雛子。おまえ、どういうつもりだ?」

「なにがです?」

「なにがです、じゃねぇだろ。俺をほめるどころか、悪い点ばかりをあげつらってたじゃねぇか」

「あぁ、アレですか。実はですね、わたしの真の狙いは別にあったんですよ」

「真の狙い? なんだそれ?」


 ふっふふふ、と雛子は怪しい笑みをたたえる。


「わたしが友則さんの悪いところをあげれば、シズクさんがさっきのひとみんみたいに、逆に友則さんのいいところをあげてくれると思ったんです。で、そこから友則さんへの認識を改めさせようとしたんです」

「ほう、そうだったのか」

「はい。ただ誤算だったのは、役立たずなひとみんの妨害と、シズクさんがまったく友則さんのいいところをあげてくれなかったことですね」


 ダメじゃねぇかよ。

 役立たずの烙印を押された仁美は「うっ」と小声でうめくと、雛子に言い返すことはせずに、席についているシズクに向き直る。


「あの、真宮先輩。あなたはどうして、そんなにも友則先輩のことを嫌悪するんですか?」


 麗佳や雛子のように作戦は立てたりはせず、仁美はストレートに核心を突いた。その横顔は戦闘に臨むように凛々しい。


「幼馴染み……だったんですよね? 友則先輩とあなたは」


 知らない土地に足を踏み入れるみたいに、逡巡しながら仁美は尋ねた。

 尋ねられたシズクは……なんか物凄い目つきで俺を睨んでくる。俺とシズクの関係をばらしたことに、ご立腹みたいだ。

 シズクは読みさしの本を閉じると、こめかみに指を当てて吐息をもらす。


「氷室さんだったかしら? あなた、嫌いなものはある?」

「嫌いなものですか?」


 仁美は傍らにいるにっこり笑顔の雛子と、偉そうに腕組みをしている麗佳をチラ見した。

 なんでこの二人を見たのかは、言及しないでおこう。


「それが、どうかしたんですか?」

「嫌いという感情にいろいろラベリングして理由はつけられるけど、本質の部分ではシンプルにそれが気に食わない、というだけのことよ。わたしもそこの男が気に食わない。なぜ気に食わないのかと聞かれたら、それこそ理由はつけられないわ」

「つまり、真宮先輩はなぜ友則先輩が嫌いなのか、わかってないということですね」

「そうなるわね」


 とりすました顔でシズクは答える。

 そんなシズクを、仁美は許せないものでも見るように睨みつけていた。

 仁美の怒気を感じとったのか、シズクはうんざりしたみたいに肩を落とす。


「……なるほど。氷室さん、あなたそこの男のことが好きなのね?」

「なっ!」


 素っとん狂な声をもらすと、仁美は両目を限界まで見張る。


「違うのかしら? てっきりあなたがわたしに反感を抱くのは、そこの男への好意からだと思っていたのだけど?」

「そ、それは……うぅ……」


 仁美はのぼせたように耳を赤くすると、唇をもごもごさせて押し黙る。

 さすがにこんな大勢の目があるなかで、俺を好きだとは言えないようだ。ちなみに俺は、いつでもどこでも仁美を好きだと言えるぜ。

 それと、なんか雛子の笑顔が固くなって、麗佳の顔つきが険しくなったような気がする。どうか気のせいであってほしい。

 耳を真っ赤にした仁美はかわいいので、ずっと目に焼きつけておきたいが、これ以上は戦えそうにない。この話題はここで断ち切ろう。


「仁美、シズクが俺を嫌うのは仕方ないことだ。それはぜんぶ俺が悪いんであって、シズクにはなんの非もない」


 すべての原因は、俺の異能力、好感度表示にある。

 シズクを責めるのは、お門違いというやつだ。


「そうですね。ぜんぶ友則さんが悪いです」

「いや、待て。せめて理由くらいは聞け。いきなり全肯定はするな」

「えぇ~、友則さんの過去の自分語りとか、わりとどうでもいいですよ?」


 なんだろう。雛子のやつ、怒ってないか? 笑顔がいつも以上に作り物っぽいぞ。


「あの先輩、どうして先輩が悪いんですか?」


 まだ耳に火照りを残しつつも、仁美は気を使って質問をしてくれる。サンクス。


「すまない、悪いがそれだけはどうしても話すことができないんだ」


 下手したら好感度表示のことに触れて、爆発が起きかねないからな。きっぱり断っておく。

 ……ん? なんかヒロインたちが、すっごい呆れた顔をしているけど、どうしたんだ?


「あの、これって理由を聞く意味あったんでしょうか?」

「舐めているとしか思えないわね。しかも断るときのドヤ顔が見ていて殴りたいほど腹立たしかったわ」


 麗佳は切れ長の目を細めて突き刺すように睨んでくる。うっ、こいつもなんかご機嫌ななめっぽい。

 シズクはつまらなそうに、仁美、雛子、麗佳を順繰りに見ると、最後に俺へと視線を向けてきた。


「さっきから見てて思ったのだけれど、ずいぶんかわいい女の子たちに囲まれているのね。こんなにかわいい女の子たちと楽しく過ごせているのなら、今さらわたしと旧交を温める必要はないんじゃないかしら?」

「友則さんはもっとハーレムを拡大したいんですよ。この人はそういう男です」

「誤解をまねくような発言をするな。俺はハーレムなんて築いたつもりはねぇ。それに雛子と麗佳には、ほとんど罵倒しかあびせられてねぇよ」


 まったく、雛子が変なことを言ったせいで、周りの女子たちがヒソヒソと囁きあっている。ぜったい悪口だね。そして男子からはうらやましげな目で見られる。え? なに? おまえら女の子からキツイ言葉をあびせられたいの? ふつうに辛いよ?


「た、確かに先輩は女の子に対して異様に積極的になったりするときもありますけど、まっすぐな人です」

「友則。あなたまさか、わたしの知らないところで他の女の尻を追いかけてないでしょうね?」


 仁美は悪意はないが余計にシズクの評価を悪くすることを言っちゃうし、麗佳は眉を逆立てて詰問してくる。

 なんかいろいろ面倒くさいことになってきた。この三人に協力してもらえばシズクの好感度をあげらるかもと希望を抱いていたが、頭痛の種が増えただけだ。

 嘆息をつきそうになると、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。


「もう出ていってもらえるかしら?」


 わたしの前から消えてくれ、とシズクはすげない口振りで言ってきた。



     ◇



 放課後になると、俺と三人のヒロインたちは夕陽の差し込む空き教室に集まり、なにかいい案はないかを相談する。

 もう昼休みのときのようにさんざんな結果はごめんだ。次こそは、成功の見込みのある作戦でいきたい。早くしないとシズクの好感度が他の三人と同等になる前に、カウントが『0』になってしまう。


「シズクさんがどんなものに興味があるのか、それを知ることが攻略の鍵じゃないですか?」


 雛子にしては、まっとうな意見をあげる。


「なるほど、シズクの趣味を調べて、そこを重点的に攻めていくわけだな?」

「あっ、いえ。わたしが言いたかったのは、弱みを握って脅しましょうってことです。これでシズクさんは友則さんに従うしかありません。仲直りも大成功ですよ。少なくとも上辺だけでは」

「うん、やめようね。それどんな仲直り?」


 かわいい笑顔で、なに言ってるんだこいつ? 一瞬マジで引いたわ。


「えぇ~、いい案だと思うんですけど」


 ブーたれる雛子をよそに、俺は思考をめぐらせる。

 発想そのものは悪くない。シズクが好きなもの。それさえわかれば好感度はあげられる。

 小さい頃の記憶のなかで、シズクの好きなものといえば……真っ先に思い当たるものがあった。


「……マジカルイチカ」

「いきなりなんです、友則さん? 気持ち悪いです、離れてください」

「いや、アニメだよ、アニメ。知らないのか? マジカルイチカ?」


 マジカルイチカは子供向けに制作されたアニメーションで、コミカライズやゲーム化もされている人気の魔法少女シリーズだ。

 かくいう俺も子供の頃にハマった。主人公の女の子、イチカは弱くて一人では敵を倒せないけど、仲間と協力することでピンチを乗り切るシーンには何度も胸を打たれた。

 現在もシリーズは続いており、主要メンバーの入れ替えがあったりするので、もうキャラ総数がインフレを起こして凄まじいことになっている。

 俺はマジカルイチカについて、滔々と雛子に聞かせてやった。高校生なのに、後輩に子供向けアニメについて語ってやったんだぜ? せつないだろ?


「へぇ~、友則さんの説明を聞いたかぎり、くだらなそうですね」

「く、くだらなくなんてありません! マジカルイチカはかわいくて、一生懸命で、女の子たちの憧れなんです!」

「そうよ! マジカルイチカは愛と勇気と希望の物語なのよ! イチカたちが戦わなかったら、この世界は暗黒の力に支配されていたのよ!」


 仁美と麗佳が泡を飛ばして猛反論する。どうやらこの二人も、子供の頃にマジカルイチカにハマったようだ。あと麗佳はフィクションと現実の区別が微妙についてないっぽい。

 マジカルイチカは大半の女の子が通る道だから、むしろ知らない雛子のほうがマイノリティーだ。


「おまえ、マジカルイチカを見ないで育ったのか?」

「はい。わたしはどちらかといえば、男の子向けのアニメや漫画ばかり見ていましたから」


 どうりで知らないわけだ。

 余談だが、マジカルイチカは女の子だけでなく、大きいお兄ちゃんたちにもファンが多い。


「シズクも昔はマジカルイチカが大好きだった。でも、さすがにもうな……」


 特別授業で話を振ったとき、興味ないと冷たくあしらわれた。今と昔とでは、外見だけでなく趣向だって違う。大人に近づけば、それだけ夢中になれるものも変わってくる。

 俺だって、もうマジカルイチカシリーズは視聴していない。今ではもっぱら子供向けではなく、大人向けの魔法少女にばかり手を染めている。あっ、エロゲじゃないよ? ラノベや漫画やアニメでやってるダークな魔法少女だよ。なんでもかんでも俺とエロゲをつなげないでほしいね。


「あの、先輩。いいですか?」


 意見があるらしく、仁美は授業中に質問する生徒みたいに挙手をした。


「ひとみんは、喋っちゃだめ~」

「……先輩、いいですか?」


 あっ、無視した。雛子のことを無視した。

 ちぇっ、と雛子はつまらないそうに唇を曲げる。


「あぁ。言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってくれ」


 ありがとうございます、と口にすると仁美はあげていた手をおろす。


「もう真宮先輩はマジカルイチカが好きじゃないみたいですけど、真宮先輩の趣味趣向は彼女の異能力そのものが示唆しているんじゃないでしょうか?」


 言われてみれば、その通りだ。てか、なんですぐに思いつかなかったんだ。アホだな、俺。

 シズクの能力は漫画や小説からキャラを具現させること。その条件の一つとして、好きなキャラじゃないと召喚できないというものがあった。

 つまり……。


「漫画やラノベないし、コミカライズされているアニメやゲームこそが、シズクの好きなものってことか」


 そういうことです、と仁美は相槌を打つ。


「だったら、ちょうどいいものがあるわ。次の日曜日にアニメや漫画やゲームのコンテンツを取り扱う『クリエイトユニオン』というイベントが開催される予定よ。ひょっとしたらそこに、真宮さんの食指を動かす作品があるかもしれないわ。誘ってみましょう」


 そういえばそんなオタクイベントが近くであるって、ネットの情報で見かけたな。でもそのイベントって、エロゲ作品は置いてないんだよな。個人的にはそこまで興味はない。


「麗佳、おまえよくそんなイベントがあるって知ってたな?」

「当然よ。だってわたし、もともと行くつもりだったもの」


 そっか。行くつもりだったのか。どんな作品が目当てだったんだろうな? 中二かな? 中二だろうな、絶対に。


「とにかく、明日にでもシズクにイベントの話を持ち掛けてみるよ」


 事が上手く運べば、好感度がアップするかもしれない。

 よっしゃあ、活路が見えてきたぜ。




 雛子と麗佳と別れて、仁美と二人っきりの帰り道になると、好感度をあげないように注意しつつ無難な会話を交わして歩いていた。


「仁美ちゃん」


 にわかに後ろから声がしたので、振り返る。

 目元が隠れるほど長い前髪をした、地味だがかわいらしい顔立ちの女の子がいた。


「堀田さん、どうしてここに?」


 仁美は目を白黒させて、女の子の名前を呼ぶ。


「ふふ、仁美ちゃんを驚かせようと思って、こっそり帰り道を調べて、待ち伏せていたの」


 ……え? それって大丈夫なの? ストーカーってやつじゃないの?

 俺に劣らず、よっぽど仁美のことが好きなのか、堀田ちゃんの全身からラブラブオーラがほとばしっている。

 それに堀田ちゃんの喋り方は以前よりも砕けていて、仁美に対して気安いものになっていた。

 首をかしげる俺に気づいた仁美は、微笑を浮かべて説明する。


「堀田さんとは、あれからちょくちょく連絡をとっていたんです。そのときに、わたしがもう敬語を使わなくていいと許可しました。わたしのほうは相変わらず敬語ですけど、これはクセみたいなものなので」


 へぇ~、そっか。連絡をとったりしていたのか。

 ……俺の知らないうちに、二人の仲が進展しとる。

 ま、まさか仁美ルートに入る前に、二人の百合ルートが始まったりしないよな? 堀田ちゃんは俺のライバルになったりしないよな? わりと深刻な問題かもしれない。

 とりあえず、俺も挨拶くらいはしておくか。


「久しぶり、堀田ちゃん」

「…………は?」


 うわっ、馴れ馴れしく話かけてくんなよカスが、ってな感じで長い前髪の隙間から睨まれた。相変わらず嫌われっぱなしだ。


「えっと、堀田さん。そんなに先輩を邪険にしなくても」


 苦笑しながら仁美はフォローする。そのやさしさに胸が熱くなるぜ。これは恋だな。ぜったい堀田ちゃんには渡さねぇ。


「仁美ちゃんがそう言うなら、視界には入れておくよ」


 なに? 本当は視界にすら入れたくないの? 俺って堀田ちゃん目線の画面では消えちゃってるの?


「それで堀田さん。どうしてわたしを待っていたんです?」

「あっ、うん。仁美ちゃんに、伝えたいことがあって」


 さっまでの不味い料理を食べているような表情とは打って変わり、愛の告白でもするような幸せ満点の笑顔になる。

 まさかマジで仁美に愛の告白をしたりしないよな? 俺がいる前でそんなことしないよな? ドキドキしてきたよ。


「実は、近いうちに復学することになったんだ」

「ほんとですか? おめでとうございます」

「う、うん……」


 仁美はぱあっと明るい笑みを浮かべると、堀田ちゃんに歩み寄っていった。左手をのばして堀田ちゃんの手をつかみ、胸元まで寄せてぎゅっと握りしめる。

 堀田ちゃんの頬が鮮やかなさくらんぼみたいに染まる。

 ま、まぶしい! 二人の少女が仲むつまじく手を握り合っている光景がまぶしい! なんか、二人の背景に大輪の百合の花が咲き誇っているように見える! 


「その、最近は能力もだいぶ安定してきたから、たぶん大丈夫だと思う」


 ぽしょぽしょと堀田ちゃんは自身の能力が改善に向かっていることを告げる。

 レベルイエローと判定された堀田ちゃんは、調和機構の監視を受けて訓練を積んでいる最中だ。堀田ちゃんの口振りからすると、どうやら訓練は順調みたいだな。


「堀田さんが学校に戻ってきてくれる日が待ち遠しいです。クラスに堀田さんがいてくれたら、今よりもっと楽しくなります」

「わ、わたしも、早く学校に行きたいよ。こんなに学校に行きたいって思うのはじめて。ぜんぶ、仁美ちゃんがいてくれるおかげだよ」


 にっこりと微笑んで、二人は手をつないだまま見つめ合う。

 どうしよう? なんかもう完全に二人の世界みたいになっちゃってる。俺が入り込む余地がない。


「そうだ、堀田さん。今日は訓練お休みなんですよね? だったらこのあと場所を移して話しませんか?」

「ふぇ? えっ、あっ、そ、それはその……」


 ん? どうしたんだ? 愛しい仁美からの誘いだというのに、堀田ちゃんは後ろめたそうにキョドっている。てっきり飛びつくものだと思っていたが? ちなみに俺だったら一も二もなく飛びついている。なんだったら食い気味にダイブしちゃってる。


「もしかして、なにか予定でもあるんですか? でしたら無理にとは言いません」

「ち、違うの! 誘ってくれるのはとてもうれしいよ! できればわたしも行きたいよ! だけど、あの……」


 堀田ちゃんはうつむくと、むぐっと下唇を噛んだ。

 そして罪を告白するように、ゆっくりと口を開いた。


「……じ、実は、本当は今日も訓練がある日なんだけど……その、抜け出してきちゃった」

「……堀田さん」


 仁美が真顔になる。ぎゅっと力を込めて堀田ちゃんの手を握りしめる。

 さっきと絵面は変わってないのに、なぜだろう? もうまぶしくもないし、百合の花も見えない。警官と手錠をされた犯人みたいに見える。


「ち、違うの! 復学のことを仁美ちゃんに直接伝えたくて! それで、我慢できなくて……」

「気持ちはうれしいですが、訓練をサボっていい理由にはなりません」


 しょうがないですね、と仁美は出来の悪い妹の面倒を見るお姉ちゃんのように溜息をついた。だけどその顔には、ほのかな温かみもある。


「今からでも訓練に戻ってください。それで、調和機構の人に謝ってください」

「うぅ……でも、わたしの担当の人、とっっっても厳しくて」

「呼びましたか?」

「うおっ!」


 いつの間にか知らない女の人が背後に立っていた。

 びびって、つい上擦った声をもらしちまったぜ。


「で、出たぁ!」


 堀田ちゃんは前髪の隙間から覗いた目を大きくすると、雷におびえる小動物のようにぷるぷると震える。


「失礼ですね。人を怪物か何かのように」


 女の人はわずかに肩を上下させる。

 ショートカットの髪に、相手を萎縮させる鋭い目つき。冷静さを絵に描いたような麗しい目鼻立ちは大人の余裕を感じさせる。外見からすると、奏先生とそんなに年齢は変わらない。

 そして……デカイ。いや、そこまでデカクはないが、男の俺よりもちょっとだけ身長が高い。そんでもって黒のスーツをタイトに着こなしているもんだから、威圧感のようなものが放出されている。

 うん、そりゃあ堀田ちゃんもびびるよね。


「まったく、あなたは目を離すとすぐにゲームをしたがるか、ご友人に会いに行こうとするんですから」

「だ、だってぇ……」


 うるうると堀田ちゃんが涙目になる。

 女の人の発言からすると、頻繁に訓練をサボろうとしているみたいだ。あと堀田ちゃんがしたがるゲームって……エロゲだよね。

 女の人は小さくかぶりを振るうと、こちらに目を向けてくる。

 うっ、そんな日本刀を構えた剣術家のような鋭い眼差しで見られたら、足がすくんでしまう。傍らにいる仁美はまったく物怖じしてない。すごいなって思いました。


「はじめまして、堀田さんの教官を務めています、伊藤麻耶いとうまやといいます」


 伊藤さんは礼儀正しくおじきをして、自己紹介をしてくる。

 どうやらこの人が堀田ちゃんの監視役兼、能力制御の訓練をする調和機構のメンバーのようだ。

 同じ調和機構のメンバーでも、奏先生より断然しっかりしているように見えるのはなぜだろう? それはあの人がしっかりしてないからだ。なるほど。

「朝倉です」と俺が挨拶をすると、続いて仁美も「氷室です」と名乗った。

 俺らの名前を聞くと、伊藤さんは関心を持ったようにまぶたをわずかにひろげる。


「氷室さん、あなたのことはかねがね堀田さんから聞いています。というか堀田さんは、あなたの話ばかりします」


 でしょうね。堀田ちゃん、仁美のこと大好きだからね。

 仁美はどういう反応をすればいいのかわからないようで、苦笑している。


「それから、朝倉さんのことも」

「えっ? 俺ですか?」

「はい。なんでも数少ない同じ趣味の持ち主とかで」


 意外だ。堀田ちゃんが俺の話をしていただなんて。まぁエロゲ関連についてだろうけど。


「勘違いしないでください。たまたまぽろっとあなたの名前が少し出ただけです。深い意味はありません。麻耶さんも、余計なことは言わないでください」


 さすがエロゲマスターZ。すらすらとよどみなくツンデレっぽいセリフを並べてきた。もっとも、俺にデレることはこの先もないだろうが。むしろ仁美にデレデレだろうが。


「すみませんでした。では堀田さん、そろそろ訓練に戻りましょう」

「いやあああああああああああああああああああああ!」


 堀田ちゃんがホラー映画の登場人物ばりに絶叫する。

 訓練って、そんなに嫌がるほどキツいのか?


「やだやだやだやだ! もうあんなのはやだぁ! 調教されちゃうううううう!」


 こ、こら! 往来の場でエロゲみたいなことを言うな!


「泣き言は戻ってからいくらでも聞いてあげます。さっさと行きますよ」


 がしっと伊藤さんの手が、堀田ちゃんの肩に食い込む。


「いやああああああ! ひとみちゃああああああああん!」


 堀田ちゃんは泣き叫びながら友人に助けを請うが、


「堀田さん、訓練がんばってください」


 仁美は、それはそれはなごやかな笑顔で堀田ちゃんにエールを送った。


「では失礼します。さっ、戻りますよ」


 伊藤さんが引っぱると、固く結ばれていた堀田ちゃんと仁美の手がほどける。


「ひとみちゃああああああああああああああああああああああああああああん!」


 堀田ちゃんは最後まで友人の名前を泣き叫んでいた。飼い主に首輪を引っぱられる犬よろしく、伊藤さんに肩をつかまれて強引に連れて行かれる。


「伊藤さんがしっかりした人でよかったです。あれなら堀田さんも安心ですね」


 わんわん泣きながら引きずられていく堀田ちゃんを、仁美は微笑んで見送っている。友情のコントラストがここにあった。

 どう見ても堀田ちゃん的には安心できないだろうが、伊藤さんに任せれば異能力は安定させてくれそうだ。

 とりあえず堀田ちゃん……出番終了である。



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