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あいつの好感度をあげるのは難しすぎる



「やっぱり俺には、あなたが必要なんですっ!」


 昼休み。

 生徒指導室に特別顧問の無式奏先生を呼び出すと、両手をつつみこむようにギュッと握りしめて助けを請うた。


「なんだ? ついにわたしの魅力に気づいて愛の告白か? だが断る。なぜならおまえは将来有望そうじゃないからだ。わたしはいい男をつかまえて、楽して生きていきたい」

「は? なに言ってるんですか? 俺はザコなおばさんに告白する趣味はないですよ」

「誰がザコだぁ! わたしはただ戦闘が苦手なだけだ! それとおばさんでもない。まだ二十代前半だ!」


 握りしめた手を振りほどくと、奏先生は眼鏡をくいっとあげて、ふんすと鼻息を吹いた。見た目は大人だが、仕草は子供だ。


「それで、愛の告白じゃないなら用件はなんだ? まだ昼飯も食べてないのに、貴重な昼休みを割いてわざわざ足を運んでやったんだぞ、さっさと言え」


 腹ぺこアピールをするようにお腹をさすりながら急かしてくる。ほんと、子供みたいだ。


「ほら、このまえの黒い怪獣の件の報酬、まだもらってないですよね? だからいま受けとろうかなって」


 奏先生はザコだが、両手のどちらかで触れれば発動している異能力を消せるというキャンセル能力を持っている。

 前回の件で俺は奏先生の手柄に貢献し、キャンセル能力で好感度表示を消してもらう算段だったが……肝心なところで先生は役立たずだったので、致し方なく一か八かのフラット作戦を決行した。

 あのときの借りを、俺はまだ返してもらってない。

 差し当たっては、今回の好感度表示は奏先生のキャンセル能力でぱぱっと片付けてもらっちゃおう。

 ふぅ~、楽チン楽チン。エロゲだったらストーリー短すぎんだろ、と苦情がくるレベルの短さだ。


「ダメに決まってるだろ?」

「え? ダ、ダメって……なんでですか!」

「なんでもなにも、前回おまえが『それならもういい』って言っただろうが。だからなしだ、なし。あっ、ちなみに今は解決してほしい案件とか何もないからな。リスクを負ってまで、わたしはおまえに能力を使ってやるつもりはない。詳しい事情は知らんが、困っているなら自力でどうにかしろ」


 シッシッと野良猫でも追い払うように手を振ってくる。

 こ、このポンコツ教師ぃ……。

 どうやら奏先生のなかでは、俺への借りはなくなっているようだ。かなりクズい。


「まったく、つまらんことで呼び出すんじゃない。わたしは現在、金の工面で忙しいんだ。おまえに構っているヒマはない」

「金の工面って……あぁ、闘技場での賭博ですか」


 確か生活費の半分を突っ込んだとかうそぶいていたが……。


「あの、ちなみに先月末はどうやって乗り切ったんです?」

「……友達に借金した」


 うわ~。


「ちょっ、なんだ、そのダメな大人を見るような目は?」

「ようなというか、まさしくダメな大人を見る目ですけど?」


 ぬぐぐぐぐっ、と歯噛みするダメ教師。仁美の言っていたとおり、こんな大人にだけはならないようにしよう。


「あぁもう! どこかにわたしをもらってくれる金持ちの男とかいないかなぁ! そんで豪遊しまくって贅沢な暮らしをして、死ぬまでぐうたらな人生を送りたいなぁ!」


 いきなり教え子の前で本音をダダ漏れにするんじゃない。ちょっと頭おかしいんじゃないかなって思っちゃうぞ。


「てか、本当に俺にキャンセル能力は使ってくれないんですか?」

「くどいな。ダメだと言ってるだろ? それより朝倉、どうだ? 手があいてるなら、わたしの借金返済に協力しないか? ゼロオリジンは使ってやれないが、まぁあれだ。協力してくれたら、缶ジュースの一本くらいはおごってやらないでもないぞ」


 死んだような目で奏先生を見ると、俺はお断りの旨を伝えて退室した。




 なんてこった。想像していた以上に奏先生はクズだった。俺の予定としては、昼休みが終わる前にはキャンセル能力で好感度表示を消してもらうつもりだったのに。本当ならもうエンディングを迎えてスタッフロールが流れていてもよかったのに。

 奏先生の協力を望めないなら、今回も自力でどうにかするしかない。

 となれば前回と同じく、ヒロインたちの好感度を同じ数値にするフラット作戦でいく。ヒロインの数が増えたぶん、前回よりも難易度は高いが、やってやろうじゃねぇか。

 成功に至るには、仁美、雛子、麗佳の三人の好感度はなるべくあげないようにしつつ、シズクの好感度をあげなきゃいけない。三人の好感度をあげればそれだけ差がひらいて、シズクの好感度が追いつけなくなってしまう。

 ひとまず、好感度が『0』のシズクをどうにかしなきゃいけない。

 メインヒロインである仁美は言うにおよばず、雛子や麗佳も俺にとっては大切な存在だ。あくまで後輩や友達としてだが、あいつらにも嫌われたくはない。

 シズクの好感度を一番高くして爆発を起こせば……なんて考えがよぎったが、却下する。

 ただでさえ嫌われているのに、また爆発を起こしたらどうなるかわかったもんじゃない。

 なにより、これまでさんざん苦しめられてきた好感度表示に負けたくない。

 今回だって、ハッピーエンドにしてやるぜ。


 

     ◇


 

 午後から異能者の生徒は特別授業だ。

 今回、俺が振り分けられたのは訓練場での能力制御。特別顧問である奏先生が見守るなか、各自で能力を発動させる。

 俺は『まとわりつく幻影ライアーコントロール』を使用して、表向きの能力である自分の幻影をいろんなクラスメイトに見せては消していた。

 そうやって適当に流しつつ、普通の体育の授業ではお目にかかれない女子の体操着をちらちらと観察する。

 って、違う。女子の体操着を見ている場合じゃない。女子の体操着は素敵だが、シズクの様子をうかがわなくてどうする。シズクの体操着じゃないぞ。ちゃんとシズク本人のことをウオッチするんだ。

 転校生ということもあって、シズクは周りから注目されていた。みんなシズクの能力に興味津々だ。

 まだ俺と仲良しだった頃、シズクは異能力なんて持ち合わせていなかった。まさか異能者になっていたなんて……驚きもあるけど、俺の知っているシズクじゃない別の誰かになったみたいで変な感じがする。

 そのシズクだが、右手に漫画本を握っている。その漫画のなかに登場するキャラクターを、なんと目の前に具現化させていた。

 あれがシズクの能力、『虚構からの来客サモンブック』だ。

 さっきシズクがそばにいる生徒に説明していたが、漫画やラノベなどの紙媒体から、キャラを召喚する能力らしい。

 召喚されたキャラはシズクの意思で動き、原作の攻撃方法などを再現できる。キャラの戦闘力はシズクのイメージに寄るところが大きいそうだ。

 ただシズクのサモンブックには、いろいろと制約がある。

 まず召喚には媒体となる本が手元にないといけない。本を手放せば、召喚したキャラは消えてしまう。

 ページの切れ端だけや、破けた本などからは召喚できない。媒体となる本は、破損がない状態じゃないといけない。

 加えて召喚できるのはあくまで本からのみで、ケータイやタブレットなどの電子書籍や、ゲームソフトのパッケージなどからは出せない。

 ちなみにアニメ原作やゲーム原作のキャラは、コミカライズされてないと召喚できないそうだ。つまり、エロゲやギャルゲーのキャラもコミカライズされてなければ召喚は無理ということになる。くっ、なんてこったい。

 しかもどんなキャラでも自由に出せるというわけではなく、能力者であるシズクが愛着を持っているキャラしか具現できない。

 キャラは何体でも同時に出せるが、同じ作品からは一日一体しか出せないので、同じキャラを立て続けに召喚することはできないらしい。


「ふっ、ランクCといったところかしら」


 麗佳は高慢な笑みをたたえると、勝手にシズクの能力を格付けする。堂々と中二発言をして、恥ずかしくないのだろうか? ないんだろうな、こいつは。

 麗佳は『創無刃ソードアルケミー』を発動させて、複数の日本刀を周囲に浮遊させていた。その安定した能力の状態を見て、女子たちは「さすがです、麗佳さま」と熱視線を送っている。あと男子が、体操着ごしの豊満なおっぱいに目が釘付けになっている。俺もふくめて。


「なんだかいろいろ弱点が多い能力ですね」


 雛子はにこやかに『聖光の輝きホーリーエナジー』を発動させて、光の玉を浮かべていた。

 相変わらず上だけジャージというあざとい格好をしているが、あざといとわかっていても我々男子は騙されてしまうものなのです。口元がにやけてしまうものなのです。男子とはなんと愚かな生き物か。


「自分の好きなキャラを出せるなんて、うらやましいです」


 おそらく仁美好みのかわいいキャラを想像しているのだろう、頬をだらしなくゆるめている。

 だけど『暗黒の呪縛シャドーハンド』を発動させているので、仁美の背後では二本の影の手が地面から生えてぶらぶらと海草みたいに揺れていた。その状況で笑っているのって、かなり不気味よ、ひとみん。

 それと仁美の体操着姿を見られるのはうれしい。胸はぺったんこだけど、今日も透きとおるように白いふとももと二の腕がきれいだ。胸はぺったんこだけど!

 闘技場での一件から、仁美は以前よりも異能力の発動にためらわなくなった。こうして能力制御の授業でも、自身の異能力を披露している。以前なら模擬戦闘のときに自分から降参を申し出ていたが、近ごろは相手にあわせて能力を使い、ちゃんと戦っている。といっても本気は出さず、相手にも怪我を負わせないように配慮しているが。ここ最近、模擬戦での仁美の成績は白星一色だ。


「友則さん。さっきからわたし達のことをじろじろ見てますけど、そんなに体操着の女子が好きなんですか?」

「ばっ、ちげぇよ」


 マッハで否定する。マッハに否定したのがいけなかったのか、仁美は頬を桜色に染めると自分を抱きしめるポーズをとって、俺からちょっと距離をとった。

 麗佳は「なっ!」と目を見開くと浮遊させた刀の切っ先をこっちに向けてくる。それは危ないからホントやめて。

 ……雛子のやつ、余計なこと言いやがって。にやにやとした笑顔からは悪意がにじみ出ている。あと、周りの女子の視線が急に厳しくなったように感じる。


「せ、先輩。今は授業中ですから、そういうことを考えるのは……」

「そ、そうよ! この不埒者! まさか、これまでも授業で顔をあわせるたびに、わたしを盗み見ていたんじゃないでしょうね!」

「だから違うって! 勘違いだ、勘違い! 俺はおまえらの能力の調子を眺めていただけだって。やましさなんて、これっぽっちもねぇから」

「先輩がそう言うなら信じますけど……本当ですよね?」

「正直に答えなさい。わたしの体操着を見て、ちょっとでもいやらしい気持ちにならなかったのね?」

「あぁ、そうだよ」

「そう。だったら次からは上下ともにジャージを着用するわ。まったくいやらしい気持ちがないのなら、問題ないわよね?」

「ごめんうそ。本当は結構いやらしい気持ちでおまえのこと見てた。特に麗佳のことは重点的に見てた」


 あっ、やべ。麗佳の体操着を見たくてつい本音が出ちゃった。俺ってばドジだな。

 ブッブ~と効果音が鳴る。仁美の好感度が『30→29』に下がった。ついでに視線にこもっていた温度も下がったように思える。


「ほ、ほら! やっぱりそうなんじゃない! 異能力を制御するための授業なのよ、もっと真剣に取り組みなさい!」


 柳眉をつりあげると、麗佳はバッと長い髪を弾くようになであげる。

 ピコンと音がすると、麗佳の好感度が『27→28』にあがる。

 ……なんであがったんだ? もしかしてこいつ、実はうれしかったりするのか? ていうかあがったら、こちらとしては困るんだけど? いや、下がったら下がったでショックだけどね。


「ぷっすすすす。欲望に正直になってよかったですね、友則さん。これで麗佳さんの体操着を守れましたよ。まぁ女子からの評価は下がったみたいですけど」


 あっ、ほんとだ。周りの女子の目が冷たいや。たぶんこの話題はすぐに他の女子にも伝播していくんだろうな。しばらくはヒソヒソ噂されちゃうんだろうな。ネットで陰口叩かれちゃうんだろうな。死にたいな。

 代わりに男子たちから温かな視線をそそがれる。俺らの夢を守ってくれてありがとうと、その感謝がひしひしと伝わってきた。

 ピコンと音が鳴ると、ぷっくくくと笑っている雛子の好感度が『25→26』にあがる。

 なんであがったのか詳しく聞きたい。俺が女子に軽蔑されるところがウケたからだとしたら、話し合う必要があるな。

 これからシズクの好感度をあげなきゃいけないってときに、滑り出しから最悪だ。

 ただでさえシズクは俺のことを嫌っているのに、さっきの会話が耳に入っていたらしく、罪人を咎めるような眼差しでこっちを睨んでいる。それもう幼馴染みがする目つきじゃねぇよ。

 うぅ、なんだか下腹部のあたりがキリキリしてきた。

 俺のことを嫌っているシズクの好感度は、おそらくあげにくい。かなりの難敵と見ていい。

 胸の奥から不安という暗い津波が湧き出してくるが、物怖じするな。自信を持て。もうガキの頃の俺じゃないんだ。ついこのまえ好感度表示の試練をクリアしただろ。一度クリアできたなら、二度目だってクリアできる。

 シズクのことも、エロゲヒロインみたいに攻略してやるぜ。

 己を奮い立たせると、シズクのほうに踏み出して、距離を詰めていく。

 さぁ、後は勢いで押し切れ。

 シズクのそばで立ち止まり、ごくりと唾を飲む。手汗にぬれた拳を握り、幼馴染みへと声をかけた。


「よう、シズク。おまえって昔は異能者じゃなかったよな? 一体いつ頃から能力に目覚めたんだ?」


 自分の口の動きに不自然さを感じながらも、どうにか最後まで言い切った。

 一秒、二秒と時間が経過していき、十秒待っても返事がこず、二十秒くらいから、あれおかしいぞとと考えはじめる。

 え……うそ? 無視? ねぇ無視されてるの? 俺いま無視されちゃってるのこれ?


「えっと……シズクさん?」

「何度も呼ばなくても聞こえているわよ。それと、軽々しく名前を呼ばないでもらえるかしら? あなたに名前を口にされると鳥肌が立つわ」


 もう家に帰りたい。帰って、優しく俺をつつみこんでくれるエロゲヒロインたちになぐさめてもらいたい。

 って、めげるな。まだ戦いは始まったばかりだ。メンタルはゼロになりかけているが、踏ん張るんだ。


「ええっと、それで異能力にはいつから……」

「さっきのわたしの無回答で、あなたに個人情報を教えたくはないということがくみとれないのかしら? 察しが悪いのね」


 わかるわけねぇだろ。つうか、話しかけるたびに辛辣な言葉があびせられるんですけど。どっかの怪しいお店みたいなんですけど。ぜんぜんうれしくないんですけど。俺にとってはご褒美じゃないんですけど。

 それにさっきからシズクはこっちを見もしない。俺の顔なんて視界に入れたくないってことか? 人と話すときはちゃんと目をあわせなさい。

 ぬぐぐぐぐっ、と口内で唸ると、なるべく怒りを表面に出さないようにして、次の話題を切り出す。


「ま、まぁ話したくないならいいや。それよりさ、漫画やラノベのキャラを出せるなら、あとで俺の好きなキャラとかも出してくれよ。紙のなかのキャラと対面できるとか、ほんと最高だよな」


 シズクは長い溜息をつくと、ようやくこちらを見た。見たといっても、それは氷を削って造った杭のような凍てついた視線だが。


「わたし、そうやって他人から漫画や小説のキャラを出してほしいとせがまれるのが大嫌いなの。はっきり言って迷惑だわ」


 しまった。どうやら地雷を踏んじまったみたいだ。くっ、セーブ機能があったら一つ前の選択肢に戻ってやりなおせるのに。

 余談だが、俺がシズクに召喚を頼もうとしてたのは、エロゲ原作の漫画キャラだ。それはそれで、嫌がられていたかも。

 能力の話題が厳禁なら、攻め口を変えよう。


「いや~、それにしてもおまえがあまりにもきれいになっていたから、最初は気づかなかったよ。ほんと、見違えるほど成長したな」


 これでどうだ! きれいだと言われてうれしくない女はいまい。これはもう好感度あがったな。ふははははは!


「そう。わたしもあなたに気づかなかったわ。できればずっと気づきたくなかったわ」


 うわ~い、存在そのものを拒絶されたぁ。そして好感度もあがらない。もう、泣いていいよね?

 精神的に追いつめられてダウン寸前だが、あと一手。何か打っておきたい。

 シズクとの思い出を探ると、とある一つのものが浮かびあがる。

 よし、これならいける。


「そういや、子供の頃はマジカルイチカってアニメが好きだったよな? あれってまだシリーズが続いてるけど、さすがにもう視聴してないのか?」


 シズクの細い眉が、ぴくりと動いた。はじめて反応らしい反応を見せる。

 もしかして、やったか? マジカルイチカこそが、好感度をあげる鍵だったのか? よっしゃ、これを足がかりにばんばん好感度をあげてやるぜ!


「子供じゃないんだから、もうそんな幼稚なものに興味はないわ。少し考えればわかることだと思うけれど?」


 ばんばん好感度をあげてやるぜ! ……のつもりだったけど、だめだったみたいです。


「もう馴れ馴れしく話しかけないでもらえるかしら? 空気を読んで、わたしのことを無視してくれるかと思っていたけど、期待したのが間違いだったわね。わたしがあなたをどう思っているのか、わかっているでしょ? だったら、それに見合った行動をとってちょうだい」


 うぜぇからもう話しかけるな、と冷え冷えとした声音で言われた。

 あかん、これめっちゃ嫌われとる。まともに会話すらしてくれない。

 これで好感度をあげろとか……無理ゲーだろ。

 子供の頃のシズクは泣き虫で、俺の背中にくっついてばかりいたのに、もうあの頃の面影はどこにもない。

 ここにいるのは、俺の知らない女の子だ。

 どうかあの頃のかわいいシズク、カムバック。




 傷ついた心を癒すため、ロリだった頃のシズクを夢想していたら、いつの間にか特別授業は終わっていた。

 シズクは俺に声をかけることもなく、他の生徒たちの流れに乗って、さっさと訓練場を立ち去ってしまう。


「友則さん」


 にっこり笑顔の雛子が、弾んだ声で話しかけてくる。その後ろには、仁美と麗佳の姿もあった。

 もしかして、落ち込んだ俺をはげましに来てくれたのか?


「このクソブタ●●●●ピーーーー野郎」

「おい、なんだよ急に! びっくりしたよ!」

「え? だってさっきシズクさんにボロクソ言われるとわかってて、何度も積極的に話しかけてたじゃないですか? あれってどういうプレイだったんです? よければわたしも協力しますよ。あっ、もち責めるほうで」

「あ、あれはそういうことだったのね! 自ら罵られに行って快楽を得ていただなんて……こ、この変態!」


 ブッブ~と音が鳴り、麗佳の好感度が『28→27』に下がった。


「誤解だ。あれはそういうことじゃない」

「そうです。友則先輩は、罵られて喜んだりはしません」


 おぉ~、さすが仁美。メインヒロインなだけはある。俺のことをよくわかってる。


「先輩は、おにいちゃんと呼ばれて喜ぶ人なんです」

「それはそれで、気持ち悪いわよ」

「ぶっちゃけ引きますね」

「それも誤解だ。俺はべつに妹好きじゃねぇから」


 本当は誤解じゃないけど。おにいちゃんって呼ばれてうれしいけど。さすが仁美。ほんと俺のことをよくわかってる。


「ええっと、そういうことを言いにきたんじゃなくて、その、真宮先輩と話して友則先輩が落ち込んでいるようなので、気になったんです」


 仁美は俺のそばに歩み寄ると、上目づかいになって小声でささやいてくる。


「あの、なにか悩んでいるようなら力になります。一人で抱え込まないでください」


 前回と同じく、仁美は俺が問題を抱えていることに感づいているようだ。

 一人で抱え込むな、か……。

 確かに、シズクは俺一人の手には負えない。一人では突破口をひらけない。

 ……協力をお願いするのも、一つの手だ。

 これまで好感度表示に対して一人で挑んできたけど、誰かを頼りたいと思ったのは初めてだった。

 好感度表示のことを打ち明けたら爆発が起きるかねないので話せないが、できるかぎりのことは教えよう。


「三人とも聞いてほしい。それで、お願いしたいことがある」


 俺は真宮シズクが幼馴染みだったこと。わけあって疎遠になり、今のような関係になったことを打ち明けた。

 説明を終えると、三人とも得心がいったように、表情から力を抜いていた。


「真宮先輩とは、親しい幼馴染みだったんですね。……よかったです」


 ホッと仁美は胸をなで下ろす。


「よかったって、俺とシズクをどういう関係だと思っていたんだ?」

「え、えっとそれは……」


 仁美はほんのりと頬を朱色に染めると、両手を組み合わせてモミモミしながら目線をそらす。


「もしかしてひとみん、友則さんとシズクさんがただならぬ関係だと思っていたの? ぷぷっ、そんなわけないじゃん。この童貞に恋人なんてできるわけないよ」


 うぐっ、と仁美は唸る。そうか、いらぬ誤解を植えつけていたのか。悪いことをしたな。

 あと雛子の「この童貞」という言葉は、何気にダメージもらっちゃったぞ。


「そ、そうね。友則なんかを好きになる女の子がいるはずないものね。真宮さんは、ただの幼馴染みにすぎないわよね」


 麗佳はご満悦な笑みを浮かべる。

「友則なんか」っていうフレーズは効いた。ちゃんと仁美には好かれているよ。ていうかおまえと雛子は俺を傷つけずにはいられない存在なの? そばにいるだけで自動的にメンタルを削ってくるの?

 涙を飲んで、心の傷を自分で縫うと、話を進める。


「それで、おまえ達にお願いしたいことっていうのはだな……その、俺とシズクの仲直りの手伝いをしてほしい」


 シズクと仲直りしたい。この名目でなら、好感度表示のことを隠したままシズクに近づける。

 それが本心なのかと問われれば、正直なところわからない。

 シズクは今でも大切な幼馴染みだと、断言はできなかった。

 けど、後悔はしている。

 まだガキだった頃の俺は、シズクとの関係修復を諦めてしまった。

 好感度表示のことをよく理解していなくて、うろたえるだけで、なにもできなかった。もしかしたら嫌われたあとでも、なにか状況を打開する方法があったのかもしれないのに、それなのに俺は、なにもできないまま諦めてしまった。

 それだけは、後悔している。

 なぜなら俺は、シズクのことが好きだったからだ。

 真宮シズクは、俺にとって初恋の相手だ。

 俺の……かつてのメインヒロインだった。

 そのシズクが、今は手が届く場所にいるのに、触れ合えないほどに心が隔たっている。

 こんなことになっているのは、ぜんぶ俺のせいだ。好感度表示という異能力がもたらした呪いだ。

 だからその呪いは、俺が解かなきゃいけない。

 ここにきて、ようやく理解する。

 無理して仲直りする必要はないだなんて、そんなふうに逃げちゃいけなかった。

 シズクの呪いを解くのは、俺のやるべきことだ。

 過去の絶望が目の前に現れたのなら、もう過去に負けちゃいけないんだ。


「友則先輩が真宮先輩との関係修復を望んでいるのなら、ぜひ力になります」

「おもしろそうなので、わたしも付き合いますよ」

「ふっ、完璧美少女であるこのわたしにかかれば、仲直りなんて容易なことね」


 三人とも、協力することを表明してくれた。

 みんな戦闘能力だけはやたらと高い。まっとうな戦いなら、この三人がそろえば無敵だ。だが、シズクとの関係修復にはどう働くかわからない。

 それでも応援してくれる人たちがそばにいるだけで、勇気づけられた。


「あぁ、よろしく頼む」


 一つの誓いを胸のなかに立てる。

 今回の好感度表示をクリアした暁には、今度こそ仁美に交際を申し込もう。

 交際を申し込んで仁美ルートに入ってイチャラブしまくろう。

 おぉ~! なんだか想像しただけでやる気がみなぎってきたぜ!

 よっしゃあああああ! やってやるぜええええええ!


「……あの、先輩。どうしてわたしをまじまじと見ながら、ニヤついてるんですか?」


 はっ! しまった! つい欲望が顔に出てしまった!


「あれは百パーいやらしいことを考えてましたね。やっぱりわたし、友則さんに協力するのやめようかな?」

「わたしも気力が削がれてしまったわ。さっきの話は白紙に戻していいかしら?」

「ごめんなさい! ほんとごめんなさい! だからどうか、みなさんの力を貸してください!」


 情けなく鼻水を垂らしながら泣きつくと、ヒロインたちは引きながらも協力すると約束してくれた。

 もうプライドもへったくれもねぇな、俺。


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