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ここでやらないで、いつやるんだよ



 堀田ちゃんを追いかけて、上階のひらけたエリアまでやってくる。

 泣き疲れて目元を赤くはらした堀田ちゃんは、床にへたりこんでいた。隣にはさっきの黒い怪獣が立っている。

 暴走した異能者は、精神を動揺させたり意識を奪えば能力が消える可能性がある。レベルイエローの堀田ちゃんになら、それが有効な手段だ。

 さっきのヒロインたちの異能バトルを目の当たりにして十分動揺しているが、あぁいった恐怖ではなく、もっと根幹から堀田ちゃんの心を揺さぶらないとだめだ。

 その術が俺にはある。そして堀田ちゃんを動揺させるには、こちらの真意を明かさずに実行しないといけない。

 間に合うかどうかはぎりぎりだが、堀田ちゃんの暴走を止めて、奏先生を見つけ出し、キャンセル能力で好感度表示を消してもらう。

 そのためなら、女の子の弱みを握って脅す卑劣な小物キャラだって演じてみせるぜ。


「堀田ちゃん」


 名前を呼ぶと、堀田ちゃんは身をすくめて、ぐずぐずになった顔をあげた。


「……なんだ、朝倉先輩ですか」


 ホッとする堀田ちゃん。

 えっと、これって喜んでいいのかな? それとも舐められているのかな? どっちにしても、堀田ちゃんがあの三人にびびっているのはよくわかった。


「堀田ちゃん、今すぐにその怪獣を引っこめて、暴走した能力を解除するんだ」

「そう言われても、これはわたしの意思でどうにかできることじゃ……」

「あくまで解除しないっていうのか?」

「いえ、ですからわたしの意思とは無関係にこの怪獣は出てきて……」

「だったらしょうがない。手加減はなしだ」

「朝倉先輩が、わたしの話を聞いてくれない……」


 しょんぼりとする堀田ちゃん。

 安心してくれ、あえて聞いてないフリをしているだけだ。


「堀田ちゃんが引かないっていうなら、あのことをみんなにばらすことになるが、いいのか?」

「あのこと……」


 身に覚えがあるようで、堀田ちゃんの顔色が変わった。


「ゲームショップ」


 その単語を口にすると、さあっと血の気が引いたように堀田ちゃんは青ざめる。


「俺と話していたときに、堀田ちゃんは体調が悪くなって抱えていた紙袋を落としたよな? 実はあのとき、紙袋のなかみが見えてたんだわ」

「なっ、あっ……」


 堀田ちゃんは長い前髪の隙間から覗いた両目を見開いて、口をぱくぱくさせる。

 あの紙袋のなかみ、知らない人が見たら、かわいい絵柄のパッケージだな、くらいにしか思わないだろう。

 だが、俺はあれがなんなのかを知っていた。知っていたけど、紳士のたしなみとして、追及しなかった。あっ、こういうのやるんだ、ってびっくりしたけどね。


「あれを購入しただけでなく、他のゲームと一緒にネットで紹介しまくっていただろ? なぁ堀田ちゃん……いや、こう呼ぶべきかな?」


 一拍のタメをつくって、睨みつける。


「なぁ、エロゲマスターZ!」


 堀田ちゃんを指差して、彼女の正体を暴き立てた。


「な、な、な、なんのことですか? ぜんぜんわかり、わかりません。そんな、破廉恥な名前で、わ、わたしがネットでエロゲを紹介しているわけが……」


 目があちこちに泳ぎまくっていた。

 なんてわかりやすい反応だ。


「だ、だいだいどうしてわたしが買っていたのが、え、えっちなゲームだって、わかるんですか? ま、まさかパッケージを見て、ネットで調べたんじゃ……」

「はっ! ネットで調べる? そんな手間のかかることはしねぇよ。する必要もないね。なぜなら俺も、あのあと堀田ちゃんと同じエロゲを買ったからなっ! 店舗特典のイラストカードつき初回限定版をゲットしたぜ!」


 ドーンとかっこよく決めたつもりだったが、堀田ちゃんからは「うげぇ」って顔された。いや、おまえだって同じゲーム買っただろうが。


「俺が購入したエロゲのタイトルは『異世界のきみに恋をする』。略して『いせ恋』だ。観客席で映画の話として振ったとき、他のみんなは無反応だったのに、ただ一人、俺の隣にいた堀田ちゃんだけがあわあわしてたよな! それエロゲのタイトルだよ、って焦ってたよな!」

「うっぐ……」

「それにブログだ。『いせ恋』を買った直後に学校の先輩とエンカウントしてガチでびびった、って書いてただろ? しかもその先輩は異能者で『俺は自分の異能力に不満があるからな』とかかっこつけてたwww、とも書いてただろ! なに笑い話にしてんだよ! 俺あのときかなり真剣に話してたんだぞ!」

「そ、その……ブログのことは知りませんけど、あのとき朝倉先輩は、確かにかっこつけてたと思います」


 ぬぐっ。自分がエロゲマスターZとは認めないくせに、俺のことはディスるのか。

 ここまで証拠を突きつけても知らばっくれるというなら、しょうがない。これを言うのは心苦しいが、涙を飲んで偽悪となろう。


「あっ、そういやブログで『いせ恋』のことを絶賛してたけどさ、一体どこが面白かったんだ、あのクソゲー」

「……いま、なんて言いました?」

「だから、あんなクソゲーのどこが面白かったんだって聞いてんだよ? 俺もプレイしたけど、あまりのクソっぷりにクリアする前にやめちまったぜ。キャラもシナリオも音楽も、ぜんぶクソだ。オールワンクソゲーだったな。金返せよって話だよ」

「クソゲー……『いせ恋』がクソゲー……」


 瘴気のような暗黒オーラを放出すると、堀田ちゃんはバッと立ちあがった。


「ふざけんなあああああああああああああ! 『いせ恋』は神ゲーだったろうがあああああああああ! すべての要素において完璧だったろうがゴラアアアアアアアアアアア!」


 普段の気弱な性格からは考えられないほど、迫力満点の怒号を張りあげた。

 思ったとおりだ。やっぱりエロゲは堀田ちゃんの琴線に触れるものだった。まぁ、あのブログを見ればエロゲへの愛情の深さは一発でわかるが。


「ふっふっふっ、認めたな! とうとう自分がエロゲをやってると認めたな!」

「はっ、ま、まさかわたし……ハメられた?」

「そうだとも! 全て俺の思惑どおりさ! これからもオススメのエロゲがあったらぜひ教えてくれよな、エロゲマスターZ!」

「やめてええええええ! その名前で呼ばないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 両手で頭をかきむしってヒスる堀田ちゃん。髪がぼさぼさである。


「さぁて、どうすよ? んん? エロゲマスターZさんよぉ。おまえがエロゲをやりまくってて、それをブログに載せていることをこの俺が学校中にばらしたらよぉ、どうなると思う? もう学校生活が終わるんじゃないかぁ? ぐへへへへへへっ」

「うぐっ……で、でも、そんなことしたら、朝倉先輩だって、えっちなゲームをしてることが、みんなにばれちゃいますよ」

「あぁ、そうだな。でもかまわないさ。俺はとっくに腹を決めている。同じ趣味の持ち主同士、エロゲコンビとして仲良くみんなから迫害されようぜ」

「うぅ……そんなコンビやだぁ」


 なんだろう。演技のはずなのに、ぞくぞくしてきた。

 こんなことしちゃいけないとわかっているのに、おびえた堀田ちゃんを追い詰めるのが楽しくなってきたぞ。

 っていかん! 目的を忘れるな! 

 これはあくまで堀田ちゃんを動揺させるための作戦だ。本当に陵辱系エロゲのキャラになってどうする?

 くだんの堀田ちゃんは動揺しまくりで、絶望のあまりしくしく泣いちゃってる。すんごい罪悪感が募るが、黒い怪獣は依然として隣に立ったまま消えてない。

 できれば手荒な真似はしたくなかったが、精神を動揺させてダメなら、意識を奪いとるしかない。見よう見まねではあるが、絞め技で落とそう。

 黒い怪獣は堀田ちゃんの命令をきかず、堀田ちゃんの意思とは無関係に主を守ろうとするだろう。なら、チャンスは一度きりだ。

 今度は躊躇しない。地を蹴って走り出す。

 えっ、と堀田ちゃんがこちらの動きに気づいた。

 同時に黒い怪獣がガアァと吠えて躍りかかってくる。

 いまだ。ライアーコントロールを発動。怪獣には幻影の俺が違う方角に逃げていったように見せる。

 怪獣は幻を追いかけて、右方向へと走っていった。

 邪魔者はいなくなった。あとは堀田ちゃんを絞め落とすだけだ。


「悪いな、堀田ちゃん」


 謝罪を口にして距離をつめる。

 手をのばして堀田ちゃんの体をつかもうとする。


「ガ、ガースケ!」


 堀田ちゃんが泣き叫ぶと、カートゥーン風にデフォルメされた小さなワニが召喚された。

 ガースケーは俺の顔面に向かって飛びつき、思いっきり爪を立てて引っかいてきやがった。


「っ! 痛てぇな、このワニ!」


 ドンッとしたたかに尻餅をつくと、顔にひっついたガースケをつかんで投げ飛ばす。

 ぬいるぐみみたいに軽いので簡単に遠くまで飛んでいき、地面にバウンドすると、くるくると目を回して消えた。弱っ。

 ちょっとした邪魔が入ったが、今度こそ堀田ちゃんを……。


「え?」


 起きあがろうとしたら、目の前にさっき幻影を追いかけていったはずの黒い怪獣が立っていた。

 それだけじゃない、堀田ちゃんが身の危険を感じたせいか、他にも五体ほどの怪獣が具現されて、ぞろぞろと俺を取り囲んでいる。

 うっそぉ~ん。なにこれ? 

 新しく出てきた五体なら、ライアーコントロールで一時的に遠くまでやれるが、連続で同じ相手には使えないので、たったいま戻ってきた怪獣は追い払えない。

 ……つまり、作戦失敗だ。

 あれだけ粋っておいてだめだったとか……かっこ悪すぎる。

 くそっ。すぐそこに堀田ちゃんがいるのに、なにもできないまま、好感度表示のカウントが『0』になるのを待つしかないのか?

 俺はまた、バッドエンドに行っちまうのか。

 このままだと、一番好感度が高い仁美から嫌われる。明日からはまともに口もきいてくれなくなって、冷たい目で見られるようになる。

 この一ヶ月、仁美と過ごした時間は楽しかった。本当に楽しかった。心の底から笑えていた。

 それも、ぜんぶなくなっちまう。

 がっくりと肩を落として、全身から力が抜けた。

 過去に二度も味わった絶望。その三度目がやってくる。

 今回も、ハッピーエンドには届かない。

 あと、もう少しだったのに……。


「先輩、まだ終わってませんよ」


 轟音が爆ぜた。目の前にいる黒い怪獣が、木っ端微塵に吹っ飛ぶ。

 振り返る前から、そこに誰が立っているのかはわかっていた。


「仁美……」


 それでも名前を呼んだ。

 白銀のドレスをまとい、黒いリボルバーを構えた仁美を見つめて名前を呼んだ。

 続けてリボルバーの銃口から火が吹くと、残り五体の怪獣もまとめて吹っ飛び、灰になる。


「仁美、堀田ちゃんを」

「はい!」


 瞬時にこちらの意図をくみとると、仁美は身体能力を強化したドレスの機能を十全に発揮し、ジェットエンジンさながらの恐ろしい速度で堀田ちゃんとの距離をゼロにした。


「『眠りへと誘う霧マインドイーター』」


 肉薄すると、オペラグローブをはめた左手から紫色の霧を発して堀田ちゃんの顔に触れる。

 相手を強制的に眠らせる能力のようで、堀田ちゃんはだらりと両腕をさげると、仁美にもたれかかるようにして倒れた。

 優しく抱きとめると、仁美は子猫でも扱うような慎重な手つきで堀田ちゃんを地面に横たえる。


「これで、暴走した堀田ちゃんの能力は解除されたはずだな」

「はい。調和機構もやってくる頃でしょうし、問題はないはずです」


 怪獣が残っていたとしても、あとは調和機構が処理してくれる。

 危険が去ったと知ると、仁美は白銀のドレスや手にしたリボルバーを消して私服姿に戻った。


「雛子と麗佳は、どうしたんだ?」

「あの二人なら、ステージの上でのびてますよ。たぶんすぐに気がつくでしょう」


 二人まとめてボコってきたってことか? 

 本気モードになった仁美さん、パないな。


「それより先輩、さっきのあれは……どういうことですか?」


 なぜか責めるような眼差しで詰め寄られる。


「あれって、どれだ?」

「で、ですからその……堀田さんと、え……えっちなゲームがどうとか」

「げっ、聞いてたのかよ? というか、いたのかよ?」

「はい。実はけっこう早めに来てたんですけど……その、行くに行けなくて」


 仁美は顔を赤らめる。俺と堀田ちゃんのエロゲトークが恥ずかしくて、介入できなかったみたいだ。

 なるほど、それで責めているのか。


「俺だって男だ、えっちなゲームくらいする」

「わ、わたしが怒っているのは、先輩がえっちなゲームをしていることじゃなくて、えっちなゲームを堀田さんがしていたことを脅迫したことです。それに、かわいいガースケを乱暴に投げてたし」

「あれは作戦だよ、作戦。堀田ちゃんの精神を動揺させるためのな。あと、ガースケを投げたのは正当防衛だ」

「先輩の作戦って……あんな最低なものだったんですか。事前に知ってたら、やらせませんでした」


 うっ、ジト目で睨まれる。

 確かに女の子を泣かせてしまって、最低な作戦だった。

 ズズズズズズズズーーーーーン! とすごい効果音が鳴る。

 仁美の好感度が『26→18』に下がった。

 おうっ、めっちゃ減った。かつてないほど俺の心に深刻なダメージが刻まれる。

 って、そうだ! 好感度だよ、好感度! 

 ズボンのポケットからケータイを出して時刻を確認する。

 爆発が起きる午前零時まで……げぇ、もう三分もねぇ! 


「仁美! 奏先生を知らないか!」

「知りません」


 唇をツンとさせて、そっぽを向いてくる。

 やだ、怒ってるみたい。


「あぁ、もう! どこに行っちまったんだよ奏先生! 逃げちまったのか?」


 生徒をおいてけぼりにして一人だけ真っ先に逃げる。あの人ならやるな。

 最後まで諦めずに探さなきゃいけないのはわかっているのに、もう足が動かない。

 刻々と迫る絶望に、膝が崩れてしまう。


「先輩? そんなに奏先生に会いたいんですか?」

「あぁ、すぐに会いたい。でないと、でないと、くそっ」

「えっと……」


 仁美は口元をもにゅもにゅさせると、気まずそうに頬を掻いた。


「あの、さっきのはウソなんです。本当はここに来る途中で、ロッカールームに隠れていた奏先生と会って、一緒に来たんですけど……」

「ほんとか!」

「は、はい」


 こくこくと仁美は頷く。

 先生は逃げてなかった。生徒を放置して身を潜め、自分だけ助かろうとしていた。ひでぇな。


「で、奏先生はいまどこに?」

「あ、あそこです……」


 右手を震わせて、仁美は申し訳なさそうに入り口のほうを指差した。

 そこには、俺が探していた奏先生がいた。

 いたが……なんかおかしいぞ?

 白目をむいて、口からよだれを垂らしながら、ぐったりと座りこんで壁に寄りかかっている。

 あれじゃあまるで意識が……ってまさか。


「仁美よ。なんだか奏先生が、気絶しているように見えるんだが?」

「その、道中で新たに出現した黒い怪獣たちに襲われて……」

「それで気絶したのか?」

「あっ、いえ。ぎゃあぎゃあ泣きわめいてうるさかったので、わたしがマインドイーターで眠らせました」


 ……そうか。予想以上に情けない理由だったな。

 つうか、やべぇよ!

 奏先生が起きないとキャンセル能力を使ってもらえねぇじゃん!


「おぉぉい奏先生! 起きろ! 頼むから起きてくれ! あんたがいないとだめなんだよ!」


 駆け寄って両肩をつかみ、激しく揺さぶる。

 ガンガンと後頭部を壁に打ちつけるが、目覚める気配はない。

 試しに先生の手を握ってみるが、好感度表示は消えない。やはり奏先生の意識が覚醒してないと、異能力は発動しない。


「起きてくれ、奏先生! いま役に立たないで、いつ役に立つんだよ! ほんといつ役に立つんだよ! このままだと、役立たずのザコのまま終わっちまうぞ! あんたそれでいいのかよ!」


 気合いを入魂するために、バシバシと連続ビンタをかますが、口から垂れたよだれが飛び散るだけで一向に目覚めない。


「せ、先輩。女の人の顔をそんなふうに叩くのは……」


 俺の暴挙に仁美がドン引きしていた。

 ブブブッブ~と音が鳴る。仁美の好感度が『18→15』に下がった。

 またしてもやっちまったぜ。


「言い忘れてましたけど、わたしのマインドイーターで眠らせたので、しばらくは何をしても目覚めないと思います」

「なっ……解除できないのか!」

「すみません」


 なんてこったい……。


「あの傷を治した能力で、起こしたりは?」

「セイクリッドギフトは人や物の傷を癒すだけで、失った意識までは回復できません」


 それもダメか。

 どうする? こうなったら仁美にミリアドカラーを使ってもらって、奏先生のキャンセル能力をコピーしてもらうか? 

 それはこれまで何度も頭を過ぎってきたことだ。

 けど、本当にやっていいのか?

 そこだけは、絶対に踏み越えてはいけない一線じゃないのか?


「先輩、大丈夫ですか?」


 仁美は心配そうに俺の顔を覗きこんでくる。本気で俺を、案じてくれていた。

 ……やっぱりだめだ。

 仁美は二度と他人の能力をコピーしないと決めている。

 その決意を、俺の都合で破らせちゃいけない。

 俺のせいで、仁美が傷つくところは見たくない。

 じゃあどうする? どうすればいい? 

 こんなとき、漫画やアニメやラノベの主人公ならどうする……。

 エロゲの主人公ならどうする……。エロゲなら……。

 そうだ、エロゲだ。

 後ろのほうで気を失っている堀田ちゃんを見る。

 エロゲマスターZのブログ。『いせ恋』の攻略ルートを読んでいたとき、疑問に思うことがあった。

 あれをやれば、はたしてどううなるのか。


『カウント:1 氷室仁美:15 近藤雛子:23 立花麗佳:23』


 これが現在のヒロインたちの好感度だ。

 やれないことはない。

 仁美がここにいるなら、やれないことはないが……なにが起きるかはわからない。一か八かの賭けだ。

 ケータイを見る。爆発が起きる午前零時まで、残り一分を切った。

 迷ってるヒマはない。決断しなきゃいけない。

 指をくわえて成り行きに任せるのか、それとも行動を起こすか。

 だとしたら俺は……後者を選ぶ。

 なにもしないまま、終わりたくはない。

 あとはやるだけだ。

 でも、どうすればいい? どうやればできる。

 仁美を見つめる。

 仁美は「どうしたんですか?」という顔で見返してくる。

 方法はある。とっておきの一撃がある。エロゲでも、そこは最大の見せ場だ。

 しかしそれは……かつて一度も叶ったことがない。

 二人の少女の顔が、脳裏にちらつく。

 俺が好きだった少女たち。俺を嫌いになった少女たち。

 俺が好きになった女の子は、みんな俺を嫌いになる。

 これまでそうだった。これからもそうかもしれない。

 仁美だって、例外じゃない。


「先輩」


 ぎゅっと、俺の両手をやさしく仁美の手が握ってくる。


「先輩が、なにを悩んでいるのかはわかりません。理由を話せないのも、わかっているつもりです。でも、本当に参っているのなら言ってください。わたし、先輩の力になりたいんです。先輩の元気のない顔は見たくないんです。先輩には、笑っててほしいから」


 胸の奥から熱いものがこみあげてくる。

 つないだ手から、ぬくもりが伝わってくる。

 馬鹿か、おれは?

 ここでやらないで、いつやるんだよ。

 未来のことを憂慮するなら、目の前にあるこの瞬間をよりよくすべきだろ。

 だったらやることは決まっている。

 ぎゅっと仁美の両手を握り返す。


「仁美、おまえは俺のこと、兄みたいに思ってるって言ったよな?」

「はい。今でもそう思ってますよ」

「そうか。うれしいよ。おまえにそんなふうに慕われるの。おにいちゃんって呼んでもらえたときは、とてもうれしかった。おまえみたいな妹がいてくれたら、毎日が幸せだ。けどな、俺はおまえを妹みたいだなんて思ったことは一度もないぞ。おまえに妹になってほしいとも思わない。だって……」


 仁美だけをこの目に映す。

 他のものはどうでもいい。いま俺にとって世界は、自分と仁美だけだ。


「誰よりも強いくせに、心は弱くて、異能力が嫌いで、正義の味方になりたがらない。なのに、決めるときはバシッと決める。すごいところも、かよわいところも、そういうのぜんぶひっくるめて」


 この胸の高鳴り、すべての想いをのっけて、ぶつける。


「俺はおまえが好きだ! 仁美のことが、大好きだ!」


 できた。告白できた。はじめてちゃんと、好きな女の子に、好きだと言えた。


「好きって……せんぱいが、わたしを?」

「あぁそうだ! 俺はおまえが好きだ! 好きで好きでたまらないんだよ! 毎日おまえと話せて、学校に行って、一緒にいられるだけで最高に幸せなんだよ!」


 仁美の顔が、見る見るうちに赤くなっていく。握りしめた両手が熱くなる。

 俺も顔が火照ってきて、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 今すぐ逃げ出したい。けど逃げない。仁美の手を握り続ける。

 そして、タイムリミットがやってきた。

 好感度表示のカウントが、ついに『0』になる。

 その間際、祝福のラッパを鳴らすようなファンファーレの効果音が、頭のなかで鳴り響いた。

 仁美の好感度があがったのを感じると……数値を確かめる前に、好感度表示そのものが消えてしまう。

 ……どうなった?

 過去二度にわたって俺を地獄に叩き落した爆発は起きたのか?

 それとも……。

 確かめなきゃいけない。

 目の前の仁美に。


「仁美」

「は、はひぃ!」

「俺のこと、嫌いか?」

「き、きらいなわけないじゃないですか! 先輩のこと、きらいになんてなれません! え、えっとその……」


 紅潮した顔のまま、やたらと視線をさまよわせて、握った両手をぎゅっぎゅっとしてくる。

 嫌われてない。仁美から、嫌われてない。

 ということは……。


「やった……俺はついに……」


 体の奥が震える。

 好感度表示。俺は自分自身の異能力に、打ち勝ったんだ。


「よっしゃあああああああああああああああ! やった! やったぜ、仁美ぃぃぃぃぃ!」

「ちょっ、せ、先輩?」


 感動のあまり、仁美の体を引き寄せて、思いっきり抱きしめた。

 仁美はわたわたと両腕を振るけど、離してなんてやらない。

 もう二度と、仁美を離さない。それくらいの想いが、胸中で渦巻いている。

 うぅ、と仁美は抵抗をやめると、なすがままになった。

 やわらかくて、ちっちゃくて、清らかな香りがする。

 心臓のドキドキが止まらない。もっとぎゅっとしたい。

 好きだと、もっともっと、言葉にできないくらいにもっと、たくさん伝えたい。


「……なにをやっているのかしら?」

「友則さんが、ひとみんにセクハラをしているんでしょうか? それともひとみんが?」


 一瞬にして熱が冷める。

 入り口のほうに目を向けると、しかめっ面をした麗佳と、にやつく雛子がいた。


「げっ、おまえら、どうしてここに?」

「わたしたちがひとみんと戦っているときに、堀田ちゃんと友則さんが通路口に入るのが見えたので、さっき目を覚まして追いかけてきました」

「それよりも、二人で抱き合ってなにをやっているの? ちゃんと説明してもらえるんでしょうね?」

「ち、ちがうんです、これはその……」


 するりと仁美が胸の中から抜け出す。残念無念。

 仁美は奇抜なダンスでも踊るように身振り手振りで言い訳をしようとするが、何も思いつかないみたいで、先輩たすけて、と困った顔で見てくる。


「えっと、あそこに堀田ちゃんが倒れているだろ? うまく暴走を止められたから、二人で喜びをわかちあっていたんだよ」

「えぇ~、本当かな? そのわりにはひとみんの顔が真っ赤ですよ? 現在進行形で」

「そうね。怪しいわね。仁美さんが真っ赤だし」


 負かされたのが悔しいのか、二人ともやけに仁美が真っ赤だということを指摘してくる。


「こ、これは熱いだけですから!」


 両手の拳をブンブン振るう仁美。

 まともな言い訳にすらなってない。


「それより二人に聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「なんですか?」

「なにかしら?」


 雛子と麗佳がこっちに向き直る。

 じんわりと手に汗がにじむ。かなり怖い。だけど聞かなきゃいけない。


「二人とも……俺のこと、嫌いだったりするか?」

「はい」

「好きではないわね」


 なっ……や、やっぱりだめだったのか! 

 俺の賭けは失敗で、この二人には爆発が起きてしまったのか!

 くそっ、これじゃあハッピーエンドとはいえないぞ。


「友則さんってば、そんなあからさまに落ち込まないでくださいよ。しょうがないですね、嫌いではないことにしてあげます」

「ふん。ま、せいぜい友人Aくらいには思っておいてあげるわ」


 あれ……爆発してない? 誰からも嫌われてない?

 もしかして今のは、冗談だったのか? 

 ということは……。

 成功だ! 俺は賭けに勝ったんだ!

 エロゲマスターZのブログで『いせ恋』の攻略ルートを見ていたときにひらめいた疑問。

 エロゲのハーレムルートに入る条件みたいに、ヒロイン全員の好感度を同じ数値にしたらどうなるのか?

 その結果は……爆発は起きず、誰からも嫌われなかった。

 カウントが『0』になる直前、仁美の好感度が雛子や麗佳と同じ数値まであがったんだ。

 ヒロイン三人の好感度を同じ数値にしたらどうなるのかわからなかったし、俺の告白で仁美の好感度があがるかどうかもわからなかった。そもそも仁美のあがった好感度が二人と同じ数値に並ぶかどうかもわからなかった。

 なにもかもが博打だったけど……自分から行動することでつかみとった勝利だ。不満なんてない。自分に誇れる勝利だ。

 ぐいっと、袖を引っぱられる。


「先輩……どうして二人にも、わたしと同じことを聞くんですか?」


 仁美の顔は真っ赤じゃなくなっていたけど、不機嫌なものになっていた。

 すまん。それは話せないんだよ。


「う……ん……って痛っ! 顔痛っ! 頭痛っ! なんか、めちゃくちゃ壁に叩きつけられて、殴られまくったみたいに痛いぞ!」


 眠っていた奏先生が目を覚ます。起きて早々騒がしい。


「あ~っと、先生。それはですね……あの黒い怪獣たちに襲われたせいですよ」

「ん? そうなのか? そのわりにはビンタされまくったみたいに頬がジンジンするぞ?」


 まさか本当にビンタしまくったとは言えない。


「……先輩」


 真実を知る仁美が半目になっている。

 もう好感度表示は消えたはずなのに、ブッブ~という幻聴が聞こえてきた。

 とりあえず先生には、堀田ちゃんの異能力が暴走していたことなどを説明する。


「なんてことだ……」


 話を聞き終えた先生は、泡を食っていた。

 黒い怪獣を操っていた能力者が教え子だったという事実に、ショックを受けている。


「くっ、つまり赤城の試合は中止になったってことだな! 賭け金はぜんぶ持ち逃げされたわけだ! あぁぁぁあクソッ! 今月の生活費の半分を突っ込んだのにぃ! どうすんだ! わたしは月末をどうやって生きればいい!」


 生徒のことじゃなくて、自分の金の心配だった。

 仁美と麗佳は憮然としており、雛子はクスクス笑っている。先生への好感度が明らかに下がったな。

 しばらく「ぐおぉ~」と唸っていた奏先生だったが、やがて平静を取り戻したのか、咳払いをすると、教師らしい真面目な顔になる。今さらそんな顔されても手遅れだが。


「堀田のことは、わたしから調和機構に報告しておこう。そのへんの面倒な手続きは任せておけ」


 この人、自分の手柄として報告するつもりだな。別にいいけど。


「それから朝倉、おまえには後で約束のものを渡さそう。よくやったな」


 能力者を特定した報酬として、ゼロオリジンを俺に使うつもりのようだが……。


「あっ、それならもういいです」

「なっ、いいとはどういうことだ!」

「問題はこっちで解決したんで、奏先生の手を煩わせる必要はなくなりました」

「なん……だと……」


 あらゆる異能力を消し去る両手を握りしめて、奏先生は悔しそうにふるふる震える。

 最後の最後まで、とことん使えないキャンセル能力だったな。

 それから数分後、床に横たわっていた堀田ちゃんが目を覚ました。


「わたしは……」


 上体を起こすと周りに視線をめぐらして、ヒロイン三人を見るなり、びくんと過敏な反応をする。よっぽど怖いんだな。

 黒い怪獣が一体もいないのを見てとると、異能力の暴走が止まったことを察したようだ。

 仁美は堀田ちゃんのもとに歩み寄っていき、やさしく語りかける。


「堀田さん、わたしの答えは変わりません。やっぱり異能力は、なくていいと思います。確かに強い能力があれば、より多くの人を救えますけど、それでもわたしは、普通の女の子のほうがいいです」


 雛子と麗佳との激戦を終えて、自らの戦う意義を見出してもなお、仁美は異能力をいらないと言った。

 堀田ちゃんは唖然とすると、じんわりと両目のふちに涙をにじませる。


「氷室さんの戦いを間近で見て……わかったんです。大きな力には、相応の苦労がともなうって。それを知らずに、わたしはただ自分の力を誇示したくて、力だけを求めていた。弱い自分が嫌で、変わりたいって思ってた。氷室さんみたいになりたいって……」


 ぐすんと鼻をすすると、堀田ちゃんは指先で涙をぬぐう。


「でも、どんなに強い力を得たとしても、わたしじゃ氷室さんにはなれない……。自分の力が暴走しておびえてたみたいに、たぶん心が潰れちゃう」


 強い力があるから、強いわけじゃない。

 強い力を背負うことで、人は強くなる。

 弱くても、力を背負えば強くならなきゃいけない。

 堀田ちゃんは、その重荷に耐える覚悟がないと認めた。


「氷室さん、わたし……これからも異能力のことで、氷室さんを妬んだりするかもしれない。でも」


 苦しみながらも精一杯に仁美を見つめて、堀田ちゃんは願いを言葉にする。


「わたし、氷室さんと仲良くなりたい。できれば、友達になりたい……」


 ずいぶん遠まわりをしてきたけど、堀田ちゃんはただそうなりたかっただけなんだ。

 仁美のことが気になっていたけど、異能力のことがあったせいで、素直に言い出せなかっただけなんだ。ある意味、麗佳と似ている。


「友達になれるかどうかはわかりませんが、堀田さんが仲良くしてくれるというなら、わたしに断る理由はないです」


 了承をもらうと、涙に濡れていた堀田ちゃんの顔に明かりが差した。


「そ、それじゃあ、これからよろしくお願いします! 仲良くしてもらえるなら、わたし氷室さんのことをなんて呼べば? 仁美さま? そ、それともお姉さま?」

「お姉さまはやめてください。同い年なので、ふつうに下の名前でお願いします」

「は、はい。……仁美ちゃん」


 名前を呼ぶと、堀田ちゃんはポッと頬を赤らめる。


「だ、だったら、わたしのことも、その……下の名前で……」

「わかりました。えっと……」


 仁美は堀田ちゃんの顔をまじまじと見ると……。


「すみません。堀田さんの下の名前って、なんでしたっけ?」


 あぅぅ、と再び涙目になる堀田ちゃん。

 まだ名前を覚えてなかったんだな。同じクラスなのに。


「ひとみんだけずる~い。わたしも、堀田ちゃんと仲良くなりたいな」

「わたしは馴れ合うつもりはないけど、異能力の扱いについてなら指導してあげてもいいわよ。それこそ徹底的にね」


 雛子は笑顔ですり寄ってくる。麗佳は先に仁美と仲良くなられたのが業腹なのか、声に若干の私怨がこもっていた。


「えっと……わたしなんかにお二人はもったいないというか、無理に仲良くしてもらわなくても大丈夫ですから……」


 ごにょごにょと堀田ちゃんは口ごもる。

 この二人はお断りのようだ。


「堀田ちゃん、よかったら俺とも仲良くしてくれよな」


 さわやかな青年をイメージして笑いかける。

 エロゲ好き同士、きっと仲良くなれるはずだ。


「すみません、あなたは無理です」

「えぇぇぇぇ! な、なんでだ! あっ、まさか……」


 エロゲマスターZのことを根に持っているのか? なら勘違いだ。


「堀田ちゃん、落ち着いて聞いてくれ。あれは堀田ちゃんの動揺を誘うための作戦だ。そりゃあちょっとはぞくぞくしたけど、好きで脅してたわけじゃない」

「話しかけないでください。あなたの言葉なんて聞きたくありません。『いせ恋』を、『いせ恋』をクソゲー呼ばわりする人なんて、顔も見たくないです!」

「って、怒ってるのそっちかい!」


 てっきり脅したことについてキレてるのかと思いきや、『いせ恋』をディスったことにキレていた。いや、俺も大好きなエロゲをクソゲー呼ばわりされたらブチキレるけど。

 説得を試みるも、堀田ちゃんは聞く耳を持ってくれない。

 くっ、なんてこった。好感度表示に名前が載っていた三人のヒロインに爆発は起きなかったが、それとは無関係の堀田ちゃんから嫌われてしまった!


「堀田。これからおまえを調和機構に引き渡すが、いいな?」


 奏先生が(なんの役にも立ってないくせに)教師然とした厳しい面持ちで問いかける。

 堀田ちゃんは、こくりと静かに首肯する。


「堀田さん……」


 これが正しいことだとわかっていても、仁美は胸に手を当てて憂いを見せる。不安を禁じえないようだ。


「案ずるな。堀田はレベルイエローだ。隔離施設行きになることはない。幸いなことに暴走による死者はゼロだからな、監視がつくくらいで済むだろ」


 仁美の不安をやわらげるように、奏先生はフォローする。口だけは立派だ。


「雛子と麗佳も、それでいいんだよな?」


 後々めんどうなことにならないように、この二人にも確認をとっておく。


「堀田ちゃんが望むのなら、わたしは止めませんよ」

「わたしは仁美さんに敗れたわ。今さらあれこれ言ったところで、負け惜しみにしかならないじゃない」


 どうやら二人とも、仁美に敗北した時点でこの結末を受け入れるつもりだったみたいだ。


「では行くぞ、堀田」


 奏先生が歩き出す。

 堀田ちゃんは寂しそうに、とぼとぼとついていった。


「あの、堀田さん」


 仁美が呼び止めると、堀田ちゃんは立ち止まって振り返った。

 仁美は照れ臭そうに、胸元まで手をあげて、小さく振るう。


「また、学校で会いましょう」


 堀田ちゃんはきょとんとしていたが、口元をほころばせると。


「はい。また学校で。仁美ちゃん」


 穏やかな微笑みで、仁美と再会する約束を交わした。



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