三度目の好感度がやってきた
小学生のころ、大好きだった幼馴染みが腰をもじもじさせながら言ってきた。
「あのね、明日、友くんに大事な話があるの……」
彼女が何を伝えようとしているのか、真っ赤になった顔を見れば一目瞭然だ。
俺も覚悟を決める。明日、彼女に気持ちを伝えよう。この想いを言葉にしよう。
そして運命の翌日……。
「もうわたしに近寄らないでくれる?」
昨日までとはまるで別人になった幼馴染みは、冷たい目と冷たい声をあびせてきた。
それからはろくに話すこともなく、いつの間にか疎遠になってしまった。
これが、人生で初めて味わった絶望だ。
中学生のころ、親しかったクラスメイトの女子が両手を組んでにぎにぎしながら言ってきた。
「朝倉くんってさ、好きな人とかいたりするの? ……ふぅん、そうなんだ。えっとじゃあさ、明日ちょっと時間もらえないかな? 話したいことがあるんだよね。大事な話だから……」
彼女が何を伝えようとしているのか、真っ赤になった顔を見れば一目瞭然だ。
なので俺も覚悟を決める。明日、彼女に気持ちを伝よう。大丈夫だ、なにも恐れることはない。俺と彼女は両想い。きっとこの恋は成就する。
そして運命の翌日……。
「気安くわたしに話しかけないでもらえますか?」
昨日までの彼女はどこへ行ったのやら? 親しかったクラスメイトは、嫌悪感をあらわにして睨んできた。あと敬語になっていたのがせつなかったです、はい。
それから卒業までまともに口をきくことなく、疎遠になった。
これが、人生で二度目に味わった絶望だ。
そして、三度目の絶望が訪れようとしている。
◇
最悪な夢からさめてベッドから起きあがると……それが目の前に表示されていた。
『カウント:10 氷室仁美:5 近藤雛子:0 立花麗佳:0』
とうとう……この日がやってきやがった。
俺の人生に二度の絶望を与えたもの……好感度表示がやってきやがった!
「くっくっくっくっ」
悲嘆にくれたりはしない。喉を鳴らして、不敵に笑ってみせる。
なぜなら俺は、もう以前の俺ではないからだ。今日までなにもしてこなかったわけじゃない。いずれこの日がやってくることを見越して、ちゃんと対策は練ってきたんだよ。
「今度こそ、今度こそだ! 今度こそおまえを乗り越えて、ハッピーエンドを勝ちとってみせるぜ!」
自分自身に向かって、決意を述べる。
……客観的に見たら、自室で目覚めるなり、いきなり一人で笑いだして喋っているかなり危ない人だった。
異能力という特殊な力に人類が目覚めたのは、五十年も前のことだ。
大抵は幼少期から思春期の間に発現し、その期間に目覚めなかった者は大人になっても異能力を身につけることはない。
かつてはフィクションのなかにしか存在しなかった荒唐無稽な力、それを人類は現実の世界で手に入れて、当たり前のように使えるようになった。
能力は人によって千差万別で、その内容は下らないものから、戦闘に特化したものまでバリエーションは豊富だ。個人差もあるが、保持している異能力は進化して、より強力なものになったりもする。
異能者のなかには能力を使って悪事を働く者もいるが、理由もなく能力で人を傷つけることは犯罪とみなされており、発覚したら隔離施設に幽閉される。
ただし例外もいくつかある。異能力が暴走して、能力者の意思とは無関係に人を傷つけてしまった場合などだ。
異能力は能力者の制御がおよばず、ひとりでに暴れ出すことがある。そういったときは被害が出ても事故として処理される。そして暴走の厄介なところは、通常時よりも能力が強化されてしまうことだ。
能力の制御が時おりきかなくなるのをレベルイエローといい、完全に制御を失った状態をレベルレッドという。
イエローの場合は監視がつくことで通常の生活を送ることが許されるが、レッドになったら犯罪者と同じく隔離施設に送られて訓練を積まされるそうだ。
どちらにしても、本人の努力次第で暴走した能力の矯正は可能だ。
もしも暴走した能力者に遭遇したら、相手の精神を動揺させたり、意識を奪うことが有効な対処法とされている。レベルイエローならそれで異能力が消える可能性もある。相手がレッドだったら、逃げるのが最善だ。
……とまぁ、長々と異能力について話してきたが、ぶっちゃけそんなことはどうでもいいんだよ。そんな中二年生が考えた妄想のような、世界観の説明なんて瑣末なことだ。
問題は俺だ。俺についてだ。
俺、朝倉友則も異能力を持っている。
この俺が持つ異能力こそが、最大の問題だ。
『まとわりつく幻影』
これが俺の異能力だ。
表向きは、相手に対して俺自身の幻影を見せる能力ということにしてある。
ただしこの幻影、すぐに消えてしまう上に、同じ相手には連続して使用できない。ぶっちゃけ戦闘になったら役立たずだ。まぁ戦闘なんて物騒な真似はするつもりないが。
しかし、ライアーコントロールの真の能力は、俺だけしか知らない。
それが好感度表示だ。
攻略対称となる少女たちの好感度の数値、それと残り日数の『カウント』が頭のなかに表示される。
で、ここからが重要なんだが、カウントは日付が変わる午前零時を過ぎるごとに、数字が減っていく。
この数字が『0』になった瞬間、好感度が最も高かった少女から嫌われてしまうんだ。
大事なことだからもう一度言うぞ。好感度が最も高かった少女から、嫌われてしまうんだ。
好かれるんじゃない。逆だ。嫌われてしまうんだ。
それも一時的にではなく、ずっとだ。ずぅ~っと、嫌悪感を抱かれつづける。
カウントが『0』になって、少女から嫌われるこの現象を、俺は『爆発』と呼んでいる。女の子キャラを攻略する古いゲームで、ステータスに爆弾が表示されて、それが爆発すると女の子たちから嫌われてしまうシステムがあったので、そこから取った。
この好感度表示は数年に一度のペースで、なんの前触れもなくいきなり現れる。
攻略対象となる人物……俺はヒロインと呼んでいるが、その少女たちはあらかじめ決められており、過去の例を参照すると、だいたい二人から四人ほど表示される。
頭のなかに描かれた好感度表示は、なくそうと思えばいつでも自由に見えなくできて、出そうと思えばいつでも頭のなかに再表示できるので、日常生活で目障りに感じることはない。
それからヒロイン達の好感度の上下は、効果音みたいな音で知らされる。
現在、頭に浮かんでいるカウント、そして三人のヒロインの名前を確認してみる。
今日は水曜日で、カウントが『10』だから……来週の土曜日になった瞬間、つまり金曜日の午後二十三時五十九分が終わったときに爆発が起きて、一番好感度が高いヒロインから嫌われてしまうわけだ。
好感度表示はカウントが『0』になったら発動が止まるので、残念ながらこれは能力の暴走じゃない。仕様だ。暴走だったら改善できたかもしれないのにな、ちくしょう。
こんなろくでもない能力のせいで、俺は過去に二度も好きな女の子から嫌われてしまっている。
一人目のときは、好感度表示のことがよく理解できておらず、とにかく数値をあげまくって、カウントが『0』になったら、一番好感度が高い幼馴染みに爆発が起きて嫌われた。
二人目のときは、好感度表示についてクラスメイトの彼女に打ち明けてみたら、カウントが『0』になってないにも関わらず、爆発が起きて嫌われた。
厄介なことに、この好感度表示の能力は他人に口外しても爆発が起きてしまうのだ。
ついこの前まで仲むつまじく話していた女子から、ゴキブリを見るような冷たい目を向けられるあの辛さ。あれは思い出しただけで死にたくなる。ドMにとってはご褒美かもしれないが、あいにく俺はノーマルだ。
おかげで女子に好意を持つことも、好意を持たれることも怖くなった。また好感度が表示されたらどうしよう、好きな人から嫌われたらどうしよう、その不安が常につきまとう。
そういう理由があって、女の子と付き合ったことは一度もない。
そりゃ何人かは気になる女子もいたが、こっちから交際を申し込むことはできなかった。
そうやって俺が悶々としている間に、その女子は他の男と付き合い始めたりする。
夕焼けをバックに、気になっていた女子が他の男と手をつないで楽しそうに歩いている姿を遠くから眺める悲しさといったらないぜ! 寝取られた気分だよ! 相手の女子は俺の気持ちなんて知らないだろうけどさ、寝取られた気分だよ!
マジでこんな能力はほしくなかった。できれば炎の剣とか出せるかっこいい能力がよかった。そしたらちょっとはモテたかもしれないのに。
そもそも好感度というのは、高ければヒロインの個別ルートに入るものだ。なのに嫌われるってどういうことだよ? こんなゲームがあったらユーザーにキレられるぞ。
ラノベの主人公みたいにキャンセル能力を持つ人とかいたら、速攻で好感度表示を解除してくださいとお願いするね。こんな異能力はあってもいいことなんて何もない。
好感度なんてくそくらえだ。人の気持ちを、数字で計ってんじゃねぇ。
もう二度と、俺はこの能力のせいで絶望したりなんてしないぞ。
固い決意を胸に家を出る。
いざ学校に向かう俺は……全力ダッシュで人気のない路地裏を逃げまわっていた。
「なんでだあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
好感度表示について頭のなかでシミュレートしながら、曲がり角を折れたら、ばったりと怪獣に出くわした。
なに言ってんだおまえ、と思われてるだろうが事実だ。俺も突然のことに驚いている。
その怪獣は背丈が二メートルくらいあって、全身が黒い鱗に覆われた、トカゲみたいな顔に二つの赤い瞳がついた二足歩行のバケモノだ。
あれだ。ファンタジーゲームとかにいる、リザードマンに似ている。
その黒いリザードマンっぽい怪獣と無言で見つめ合うこと数秒。関わってもいいことはなさそうなので、回れ右をして来た道を引き返そうとしたが、怪獣さんはガアアッと吠えて追いかけてきた。
ですよね~。そうなりますよね~。
ということで、なるべく被害を拡大させないように、人がいない路地裏に入ってとんずらをこいている次第だ。
ったく。こちとら好感度表示のことで頭がいっぱいだってのに、なんで朝っぱらからバケモンと鬼ごっこをしなきゃいけないんだよ。そういうイベントはもっと異能力バトルに向いた奴にまわせよ。
ひぃひぃと息せき切りながら走り続けると、前方に十字路を発見。ピンとひらめく。
背後から追いかけてくる怪獣に向けてライアーコントロールを発動。幻影の俺がまっすぐ走っていったように見せる。
そして本物の俺は右へと曲がる。怪獣の足音が直進していくのを耳にすると、いまのうちに走って距離をとった。
「ははははははは、どんなもんだ! しょせんはトカゲだな! 人間さまの頭脳にはかなわないのさ!」
朝っぱらから無駄な労力を使わせやがって。あ~、疲れた疲れた。
ふぅ、そろそろ大丈夫だろ? 痛む足を止めて、荒い呼吸を繰り返す。バクバクと心臓がやかましく音を立てる。体中が汗でびしょびしょだ。
ぬめった額をぬぐい、前を見ると……。
なんでだろうね? 怪獣さんがいたよ。
「……あっ、そうだった」
あの十字路をまっすぐ進んでいった先は、道が折れ曲がってて、最終的にはこっちの道とつながっているんだった。
なるほどねぇ。この怪獣さんは、さっきまで俺の後ろにいたけど、別の道を通って俺の前にやってきたのか。
……んな、アホな。
怪獣は大きな口を開けると、鋭い乱杭歯を見せつけるようにガアアアッと吠えた。
ひっ、と悲鳴がもれる。さっきまであんなに機敏に動いていた体が、石にでもなったように硬直する。おしっこちびりそうです。
どうしよう、どうしよう。幻影は完全に消えてなくなっている。しかもさっき幻影を見せたばかりなので、もうこの怪獣にライアーコントロールは通じない。
人間相手だったら土下座をかまして平謝りすれば見逃してもらえるかもしれないが、相手は言語の通じない人外だ。なにをやっても見逃してくれないだろう。
もしかして、万事休すか?
怪獣が一歩踏み出す。俺との距離をつめてくる。
やばいと思った、そのときだ。背後から鼓膜を震わせる爆音が響いた。俺の真横を何かが轟然と通過していき、前方にいた怪獣を木っ端微塵に粉砕する。
砕け散った怪獣の残骸は灰になると、跡形もなく霧散していった。
なにが起きたんだ? 錆びついたたロボットのように、ギチギチと後ろを振り向いてみる。
そこには、かわいらしい女の子がいた。
肩口でそろえられたセミロングの黒髪が、風に揺れてなびいている。ペンで描いたような形のよい柳眉に、猫を思わせる二つの瞳。肌は新雪のように白くて、制服につつまれた華奢な体は小柄だ。
強さのなかにも優しさを秘めた、清浄な空気をまとっている。
前に突き出した細い右腕には、少女の可憐な容姿にはそぐわない、六十口径はあるブラックメタリックのごっついリボルバー拳銃が握られていた。
あの厳つい銃をぶっぱなして、怪獣を木っ端微塵にしたんだ。
少女は正面に向けていた銃口を下げると、
「おはようございます、友則先輩」
さわやかな微笑で、挨拶をしてきた。
この子の名前は、氷室仁美。
俺と同じ高校の、いっこ下の後輩だ。
「お、おはようございます」
「どうして敬語なんですか?」
頭上にクエスチョンマークを乗っけるように、仁美は小首をかしげる。
「あっ、いや、ちょっとな……」
ちょっと、仁美の圧倒的な攻撃力にびびってしまった。いや、マジこぇえよ、その銃。どんだけ破壊力あんだよ。かすったりしたら、俺はモザイク処理をかけなきゃいけなくなってたぞ。
「先輩、怪我とかしてませんよね?」
「あぁ、大丈夫だ。助かった」
バクバクいってた心臓も、なんだか仁美の顔を見ていたら静かになってきた。
仁美は目尻をゆるめて微笑むと、右手に握った銃を一瞥する。かすかに眉間をひそめて、ブラックメタリックのリボルバーを消した。
「悪かったな。異能力を使わせちまって」
「いえ、先輩を助けるためです。気にしないでください」
にっこりとほがらかな笑みを向けてくる。ええ子やわぁ。
「ていうか、よく俺が襲われているって気づいたな? この路地裏は偶然通りがかるような場所じゃないだろ?」
「それはですね、なんでだぁ~、って先輩の叫び声が聞こえたから、追いかけてきたんです」
やだ、聞かれてたの? 恥ずかしい。でも俺の真似をして悪戯っぽい笑みを浮かべる仁美を見れたのは、うれしかったりする。かわいい。
「しかしさっきの怪獣はなんだったんだ?」
「先輩、知らないんですか? あれと同じ怪獣が最近よく目撃されてて、噂になってますよ。なんでもあの怪獣、凶暴そうな見た目のわりには、人を脅かすだけで危害は加えてこないそうです」
そういえばさっきも俺を攻撃しようと思えばできたのに、威嚇するだけで直接手は出してこなかったな。
「おそらく誰かの能力で具現された魔物でしょうね」
迷惑な話だ。危害を加えてこないとはいえ、何かの弾みで怪我をすることはあるかもしれない。
あんなのに朝っぱらから付き合わされたこっちの身にもなってほしい。心身ともにすり減ったよ。
「とりあえず遅刻したらまずい。学校に行こう」
はい、と返事をする仁美と一緒に路地裏を出ると、肩を並べて通学路を歩いた。
「先輩。ボタロウは元気ですか?」
「あぁ、元気だよ。日を追うごとにぶくぶく太って、着実にデブ猫になりつつある」
「それって、運動とかさせたほうがいいんじゃ?」
「させようとしても、あいつぜんぜん動かないんだよ。ずっと床かソファーの上でごろごろしっぱなしだ」
無理やり動かそうものなら、爪で引っかいてくる。
それで俺とおふくろは二回ほどダメージをこうむった。
「ごろごろしてる猫……かわいいです」
ボタロウのどんな姿を想像しているのか、仁美はうっとりしている。
仁美と知り合ったのは一ヶ月ほど前、新一年生が入学してきた四月のことだ。
雨の日の帰り道、公園で水色の傘を差している女の子を見かけた。
好感度表示のことがあるので、なるべく女子とは関わるべきじゃないとわかっていたが、あぁもさびしそうにぽつんと立たれていては、声をかけずにはいられなかった。
話しかけてみたら、傘に隠れていた素顔があらわになって、それがまたかわいくて、ぶったまげたよ。あのときは緊張して、まともに喋れていたかどうか怪しい。
傘を差していた仁美は、左手に雨にぬれた小さな子猫を抱いていた。
それを見れば、詳しい事情は聞くまでもなかった。
仁美は大の猫好きだそうだが、母親が猫アレルギーらしく家では飼えないそうだ。
なので、みゃあみゃあと鳴く子猫の里親を、俺と仁美で探すことにした。
俺は片っ端から同級生に連絡してみたが、誰も取り合ってはくれなかった。自分の人徳のなさに、傷ついたよ。
しょうがないので里親が見つかるまでは俺の家で預かることになったが……いつの間にか、もううちで飼うことになっている。ボタロウって名前までつけられて、今では我が物顔でごろついてやがる。
仁美はたまにうちにやってきては、ボタロウを愛でている。すっかりおふくろとも顔見知りになって、今ではこうして俺と一緒に登校する仲にまで進展した。
あの雨の日に声をかけたことは、後悔してないといえばウソになる。
かわいい女の子と話せるのは喜ばしいが、あまり親密になるのは避けたい。
好感度表示のせいで、また嫌われてしまうかもしれない。その不安は、現実になりつつあった。
既に知ってのとおり、氷室仁美の名前は好感度表示に載っている。
俺にとって仁美は大切な後輩だ。ていうか好きだ。大好きだ。マジ天使。おっぱいは残念だが、それを補って余りあるほど魅力的な女の子だ。これからも仲良くしたい。嫌われたくない。
だから仁美の好感度はあげないように注意しないといけない。
こんな日がいつか来ることはわかっていた。
好感度表示が、再び俺の前に立ちはだかることは。
ゆえに俺は、この日のために対策を練ってきたんだ。
そう、俺はこの日のために……。
あらゆるギャルゲーとエロゲを、やりつくしてきた!
名作から駄作まで、時間を見つけてはプレイしまくり、何人ものヒロインを攻略してきた。自慢じゃないが、今では狙ったヒロインのフラグを見逃さず、ロード機能を使わなくても一発でハッピーエンドまでたどりつける。
おっと、言っておくがこれはあくまで好感度表示への対策のためだ。参考資料としてプレイしていたに過ぎない。断じてリアルな女は無理そうだから、お手軽な二次元の女の子たちと疑似恋愛を楽しもうとしていたわけじゃない。そこんところは勘違いしないでほしい。
……ごめんなさい。ウソです。ウソをつきました。ほんとは二次元の女の子が好きです。大好きなんです。
あえて言い訳をさせてもらうなら、最初は本気で好感度表示の対策のために疑似恋愛をするつもりだった。
ところが俺の予想を遥かに超えて、二次元の女の子たちはかわいかった。かわいすぎた。
途中から目的を失念し、ドハマりしたことは否めない。今ではお気に入りメーカーの新作が発売されると、深夜だろうと構わず店頭に並んで初回限定版を購入している。
そして二次元の女の子たちとの交流により、俺は手に取るように好感度を操れるようになるまで成長した。どういう受け答えをすれば、ヒロインの好感度が上下するのかを完璧に把握している。
ふっふっふっ。もうかつての俺とは違うのだよ。
「あの、先輩。都合がよければでいいんですけど、またボタロウの様子を見に、先輩の家にお邪魔してもいいですか?」
キタ! ヒロインからの質問キターッ!
見える。見えるぞ。今の俺には、どう答えればヒロインの好感度があがらないのかが見えている。
答えは、もちろんノーだ。
仁美からの誘いを断るのは心苦しいが、ここは心を鬼にしてノーと答える!
「……もしかして、だめですか?」
ちょっぴり不安そうな上目づかいの仁美は、めちゃくちゃかわいかった。
「だめじゃねぇよ! もちろんいいぜ!」
「よかった。先輩が黙ったままなので、だめなのかと思っちゃいました」
頬をゆるめる仁美の笑顔は、見ていてほんと癒される。
ピコンと効果音が鳴った。仁美の好感度が『5→6』にあがる。
ってなにやってんだあああああああああああああああああああああああああああ!
断れよ! なにオッケーしてんだよ!
くっ! 仁美があまりにもいじらしいので断れなかった! しかもうちにやってくるというイベントまで発生させちまった! もうぜんぶ仁美がかわいいのがいけない!
ちなみにさっきのピコンという効果音は、ヒロインの好感度があがるときに鳴るものだ。
ヒロインの好感度が下がるときは、ブッブ~というムカつく効果音が鳴る。
「そうだ先輩。今夜、お祭りがあるのは知ってますよね?」
「あ、あぁ……そういえば、そんなのものもあったな」
祭り。祭りね。
……嫌な予感がする。
「その、よかったら……一緒にお祭りに、行ってもらえませんか?」
はい、きましたよ! 二つ目の質問がきましたよ!
お、落ち着け、俺! 同じ過ちを繰り返すな!
もしもゲームだったら、ここで選択肢が出てきて『一緒に行く』と『行かない』が表示される。どちらを選べば好感度があがるかは、火を見るよりも明らかだ。
今度こそ、心を鬼にするんだ!
「今夜のお祭りのために、浴衣を用意したんです……先輩に見てほしくて」
「マジか、すげぇ楽しみだな!」
「それって、一緒に行ってくれるってことですか?」
「おう、当たり前だろ!」
グッと親指を立てる。
ぱああっと仁美の顔に明かりが灯った。
ピコンと音が鳴る。仁美の好感度が『6→7』にあがった。
ばかやろう! 俺の、ばかやろうっ!
なんで断らないんだよ! なんで親指立てちゃうんだよ! なんでお祭りイベントを発生させちゃうんだよ! んなもん仁美の浴衣姿が見たいからに決まってんだろうが! 文句あんのかゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
……いろんな主張が脳内でせめぎ合い、疲れてしまった。
おかしい? さっきからおかしいぞ? どうして思いどおりにいかない? 冷静な判断よりも煩悩が勝ってしまう。予定していたシミュレートとはだいぶズレている。
「早く夜になってほしいですね。今から待ちきれません」
仁美は声を弾ませて、小ぶりな頭を左右に振りながら鼻歌を口ずさむ。
なに、このかわいい生き物? 抱きしめて撫でくりまわしたい。
「俺と祭りに行くの、そんなに楽しみか?」
「はい。だって先輩は……みたいですから」
「ん? よく聞こえなかったんだが?」
「な、なんでもありません!」
え? なになに? すっごく気になる? すっごく気になるけど、それを聞いたら二度と引き返せなくなりそうなので、言及はひかえよう。
よくわからないな、という鈍感系主人公を装おう。
本当はすぐにでも「好きだ!」と叫びたいが、告白したくてもできない。
この好感度表示をどうにかしないことには、想いを伝えられない。つくづくこの異能力は邪魔だ。
マイナスでしかない俺の異能力と違って、仁美の異能力は強力だ。それこそ規格外なほどに。
本人は不服のようだが、校内最強の異能者と賛美されて、能力名がそのまま異名にまでなっている。
でも仁美は異能力を嫌っているし、戦うことも好きではない。詳しいことは知らないが、さっき怪獣を撃ったあとに一瞬だけ見せた物憂げな表情は本物だ。
仁美も俺と同じで、自分の能力を好きではない。
仁美と軽口を叩きながら通学路を進みつつ、頭のなかで自分の目的をまとめる。
仁美にだけは、絶対に嫌われたくない。爆発が起きないようにカウントが『0』になる期日までに、なるべく好感度をあげないようにしないといけない。
他の二人のヒロイン? うん、どうでもいい。
期日までにあいつらの好感度をあげまくって、どちらかに爆発を起こさせて嫌われよう。
以上だ。以上のはずだが、出足からいろいろミスった。
でも、うじうじはしていられない。ハッピーエンドを目指して努力あるのみだ。
「おはよう、ひとみん」
決意を改めたところで、にこやかな笑みを浮かべた少女が横から挨拶をしてきた。
ショートボブの髪に、黒目勝ちな瞳をした愛らしい顔立ち、身長は仁美と同じくらいで小柄だ。
生真面目な仁美と違い、どこかふざけているというか、あざといというか、道化師めいた雰囲気をかもしている。
近藤雛子。
好感度表示に名前が載っている二人目のヒロインだ。
仁美と同学年の、高校に入学したてほやほやの一年生だ。
雛子を目にするなり、うっと仁美は眉間をしかめた。
「え~、なにそのリアクション? ひとみんひどぉ~い」
「ごめんなさい。なんとなくあなたが苦手なので、つい感情が顔に出ちゃいました」
「えっと、それって真面目に謝ってるんだよね?」
「そうですけど?」
なにを言っているんだろう、と仁美は首をかしげる。
聞きようによっては喧嘩を売っているようにしか思えないが、仁美は本気で謝罪したつもりのようだ。
「もう、ひとみんったらまぎらわしいんだから」
雛子は明朗に笑うと、気安く仁美の肩を叩いてくる。
「ついでに友則さんもおはようございます。今日もモブっぽいですね。ぷっすすすす」
ついでに挨拶をしてもらった。
毎度のことながら、俺を馬鹿にしてくる嘲笑にイラッとくる。
「おまえこそ、今日もウソっぽい笑顔をはりつけているな」
「ひどいですねぇ。わたしの笑顔はウソじゃないですよ~」
にやにやすると、雛子はなぜか俺の隣にやってきて、右腕に両手をからみつかせてくる。
「……おまえ、なにやってんの?」
「後輩から先輩へのスキンシップですよ、スキンシップ」
なぜか雛子はべたべたと体を密着させてくると、耳元に唇を寄せてきた。
「わたし、ひとみんと同じで背は低いですけど、ちゃんと胸はありますからね」
あのね、それはね、右腕に当たっているやわらかな感触でわかっておりますよ。ぺったんこの仁美と違って、ふくらみがあるよね。
「先輩が迷惑してます。離れてください」
さっきよりも仁美は目つきを険しくして、苦情を述べてくる。
あぁ、そういうことか。仁美をイラつかせるために、わざわざ好きでもない俺に密着してきたのか。性根がねじまがっているというか、人をおちょくるのが好きやつだ。
「迷惑? わたしの目には、喜んでるように見えるよ? ねぇ、友則さん?」
「べつに喜んでねぇよ」
ほんと喜んでねぇよ。ぜんぜんまったくこれっぽっちも喜んでねぇよ。
でもまぁ離れたくないなら無理に離れろとは言わないよ。そこに愛情がなくても、抱きつきたいなら好きなだけ抱きつけばいいさ。
むぅ~、と仁美がエサを横取りされて猫のようにうなる。
「もう、冗談だってば、ひとみん。そんな怒んないでよ。わたしがこんなモブ……じゃなかったゴミムシにくっつきたいわけないじゃん」
「おまえなんでいま、わざわざキツイほうに言い直したの?」
「あれれ、そうでしたっけ?」
あごに人差し指を当ててとぼけるてみせると、雛子は俺から離れる。
慎ましいおっぱいの感触もなくなる。べ、べつにがっかりなんてしてないんだからね!
これから俺は、この性格に難があるヒロインその2に媚を売って、好感度をあげなきゃいけないのか……すげぇやだな。
「待っていたわよ、仁美さん!」
唐突に、どこからともなく甲高い声が聞こえてきた。
「ここよ!」
前方に目を凝らしてみると……なんか人ん家の石塀の上に、仁王立ちしている女がいた。
「今日の特別授業はわたしと同じ模擬戦だったわね! ふふっ、覚悟しておきなさい! 白黒つけてあげるわ!」
ビシッと高いところから指差してくる。
指されたほうは、唇を波線みたいに崩してウザがっていた。
「あの人、どうしてあんなところに立っているんでしょう?」
「ほら、アレな人って、高いところとか好きじゃない? だからわざわざあそこに登ってひとみんを待っててくれたんだよ。愛されてるね」
よい子は真似しちゃだめだな。あと風になびくスカートから、パンツが見えそうで見えない。風よ、もっとがんばれ。
「ふっ、どうやら完璧美少女であるこのわたしの登場に怖気づいたようね?」
偉そうに笑うと、女はスカートを押さえて石塀から飛び降りる。軽やかに着地した。パンツは見えなかった。
それと仁美は怖気づいたのではなく、引いているんだ。
日光をあびて光沢する黒髪は腰に届くほど長く、切れ長の目と鼻梁の通った顔立ちはまちがいなく美少女だ。
背丈は女子にしては高い。腰周りは細くて、すらりとした手足は伸びやかだ。制服越しにも豊満な胸のボリュームが見てとれる。
身にまとう空気は古い時代の貴族のような、凛々しさを感じさせる。
立花麗佳。
好感度表示に名前が載っているヒロインその3だ。
学年は俺と同じ二年生。
自称しているとおり、その美貌から数多の男子生徒に好意を寄せられているが、告白した者はことごとく撃沈しているそうだ。
女子生徒からも慕われており、「麗佳さま」なんて呼ばれている。昼休みに食堂のテラスでお茶会なんかして、百合百合していたのを遠目に見たことがある。
しかも実家はかなりの金満家というハイスペックぶりだ。
どことなく中二臭のする女だが、これでも学内ではトップクラスの能力者だ。
『ソードアルケミー』と能力名が異名にもなっている。
もっとも、一ヶ月前に入学した仁美に比べれば見劣りするが。そのせいかどうかはわからないが、一方的に仁美のことをライバル視している。
この女とは、あまり会話したことがない。現れても仁美にばかり話しかけて、俺のことなど眼中にないからだ。
しかし好感度表示の問題がある。いつもなら不干渉を決め込むところだが、今日は声をかけてみよう。
「……よう、立花」
軽くジャブを打つように、まずは挨拶をしてみる。
立花はたったいま俺の存在に気づいたように(失礼)、切れ長の目をこっちに向けてきた。
「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられないわ」
なんか、いきなり嘆かわしげな溜息をつかれた。
「なに言ってんだ、おまえ?」
「わたしのあまりの美しさに魅了されてしまったのでしょ? 悪いけど、あなたのような凡人と交際するつもりはないの」
雛子のように馬鹿にしてくるのではなく、本気で申し訳なさそうにしているのが腹立たしい。
「わたしのことは諦めてちょうだい」
「あっ、うん。わかった」
なんで俺がフラれたみたいになってんだ? 別におまえのルートになんて入りたくねぇよ。
「先輩。早く学校に行かないと遅刻します」
仁美は俺の制服の袖をつまみ、きゅっきゅっと引っぱってくる。
「あれあれ、もしかしひとみん、麗佳さんにヤキモチ焼いちゃったりした?」
「そんなんじゃありません」
「え~、そのわりには目つきが怖いよぉ~」
言われてみれば、さっきよりも仁美の目つきが鋭くなっている。
ヤキモチを焼いてくれているとしたら、男としてはうれしい。
それからにやにやと仁美を挑発する雛子が小憎たらしいほど活き活きしていた。
「ふっ、残念だったわね、仁美さん。美貌ではわたしのほうが勝っていたということかしら? この男はもうわたしにぞっこんよ」
いや、おまえにぞっこんになった覚えはねぇよ。
「先輩はあなたのことなんてなんとも思ってませんから、誤解を招くような発言はやめてください」
「負け惜しみなんて見っともないわね」
立花は勝ち誇った笑みを浮かべる。別に勝ってないが。
それを仁美は億劫そうに見ていた。
とりあえず、仁美のいうとおり学校に行こう。こんなところで道草を食っていたら遅刻する。
俺と仁美が歩き出すと、雛子と立花もついてくる。普段ならどっか行けよと思うが、今日は好感度のことがあるので都合がいい。
非常に不本意だが、俺はこのどうでもいい二人のヒロインの好感度を仁美よりもあげなきゃいけない。
じゃないと仁美から嫌われてしまう。ほんと嫌だが、ここは我慢してこいつらに好かれよう。
さてと、ギャルゲーとエロゲで鍛えた俺のテクを見せてやるかな。
「なぁ、雛子」
「気安く話しかけないでください」
「いや、もう何回も話しかけているだろ?」
「そういえばそうでしたね。ならいいですよ」
こいつと会話するのやだなぁ。ゲームだったらこいつとの会話シーンは超速スキップしてる。未読でも超速スキップしてる。
でも我慢だ、我慢。気を取り直していくぞ。
「おまえの髪って、さらさらしててきれいだな」
「そうですか?」
「あぁ、こんなきれいな髪は他に見たことないよ」
「えへへ、どうもありがとうございます」
にこやかに雛子は笑ってくれた。
笑ってくれたのに……なんでだろう? 効果音がしないぞ。
あれ? おかしいな? どういうことだ?
念のため雛子の好感度を確認してみると、『0』のままだった。
「あのさ……俺いま、おまえのこと褒めたよな?」
「はい、褒めましたね」
「おまえいま、褒められて喜んだよな?」
「はい、喜びましたよ」
そっか。喜んでくれたか。
……じゃあなんで好感度があがらねぇんだよ。
おかしいだろ。エロゲならこれでヒロインの好感度はあがるぞ。どうしてなにも変化がないんだよ。
「友則さん? 仲間に裏切られた漫画の主人公みたいな顔をして、どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもない。気にしないでくれ。裏切られたことは裏切られたが、気にしないでくれ」
こいつ本当に喜んでいるのか?
なんだかこの笑顔が作り物めいたものに見えてきて、ちょっと怖くなってきたぞ。
ターゲットを変更しよう。雛子から視線を外して、立花に目を向ける。
「なぁ、立花」
「なにかしら? ……えっと、あなたの名前を忘れたわ。というか知らないわ」
なんてこったい。ヒロインに名前すら覚えられてなかったぜ。
「朝倉友則だ」
「そう。気が向いたら記憶しておいてあげる。感謝しなさい」
名前を覚えてもらうことに感謝しなきゃいけないのか。ありがとうございます。こいつとの会話シーンも超速スキップしたいです。もち未読でも。
いや、まだ投げやりになるな、俺。我慢しろ。
「おまえが制服着てると、他の生徒と同じ服とは思えないほど見栄えがするよな」
「ふっ、当然ね。わたしという完璧な素材があれば、どんな陳腐な衣装でも輝くものよ。凡人にしては目の付け所がいいじゃない」
立花は上機嫌に鼻を鳴らす。うし、かなり手応えがあったぞ。
手応えがあったのに……なぜだろう? 効果音がしない。
また念のために立花の好感度を確認してみると、『0』のままだった。
「俺いま、おまえのこと褒めたよな?」
「褒めたわね。まぁわたしが褒められるのは当たり前のことだけど」
「あっ、うん。で、おまえ喜んだよな?」
「喜んだか喜んでないかでいえば、そうね。喜んであげたわ。感謝しなさい」
喜んでもらったことにも感謝しないといけないようだ。ありがとうございます。感謝ならいくらでもしてやるから、好感度をあげてくれ。
どういうことだ? さっきからぜんぜん思いどおりに事が進まないぞ? 雛子と麗佳がクソ女なのか、それともエロゲとリアルは違うというのか?
ちょっと仁美で検証してみよう。
立花から視線を外して、仁美に目を向ける。
「どうしたんですか、先輩?」
じーっと見つめていたら、仁美が不思議そうな顔をする。
どうしよう。なんて言えばいいのか考えてなかった。
雛子や立花と同じところを褒めてもダメだろうし……えぇい、もう見たまんまを口にしてしまえ。
「いや、今日も仁美はかわいいなって」
「なっ……き、急に何言ってるんですか。からかわないでください」
仁美は頬を赤らめて、ぷくっとむくれた。
ピコンと効果音が鳴る。仁美の好感度が『7→8』にあがった。
なんでだああああああああああああああああああああああああああああ!
いや、なんでじゃない! これがまともなんだ! これが正常なんだ! ヒロインを褒めたら好感度があがるのは自然の摂理だ!
だったらなんで雛子と立花はあがらない? チョロインじゃないのか? 攻略難易度が激高なのか? ラスボスと呼ばれたギャルゲーのヒロインばりにムズいのか? もしくはべつに親しくもない男から褒められてもどうでもいいのか?
やばい。早くも難航してきた。
そもそも好感度の初期数値からして、仁美とその他二名では差がある。仁美はスタート時から『5』だった。最初から俺のことを結構好きでいてくれた。ほんとかわいい。
それに比べてその他二名は『0』だ。俺をなんとも思っていない。ずっと『0』のままかもしれない。
……どうしよう。この調子でいけば、仁美に爆発が起きて嫌われてしまう。
それだけは絶対に阻止せねば。
なんとしてでも、雛子と立花の好感度をあげてやる。