とても、とっても不幸な死
何故か書きたく無かった異世界転移、
それを解禁します。
<八月中旬>
よく晴れた快晴の中、汗を流しながら歩いていた。
prrrrrrrr〜
「もしもし、どなたですか?」
スマホに映った非通知の文字
そして、他に誰もいない道路に響くソプラノ
「あなたは、黒崎優さんですか?」
そう耳元で囁くのは知らない女性の声
と言っても機械を通すと全て機械音声になるのだが……
「?はい、そうですが。
それよりもあなたは……。」
言いかけてやめる
もうすでに電話は切れていた
「何だったんだろ?
あ、やばい母さんと詩織が家に揃ってるんだった!」
うちの母さんは料理が上手だ。
しかし、そこに妹である詩織がいないという条件下での話だが。
うちの女子勢はとても仲がいい。
無論僕も仲は悪くないのだが、
あの二人がタッグを組むと何故か最悪を生み出すのだ。
それか災厄を。
スマホを起動させてホーム画面を開く
すると表示されるのは十二時三十分の文字
「まだ間に合うか。
ん〜でも不安だし走ろ。」
あと三十分がタイムリミット
うちの昼ご飯は一時から支度すると決まっている
なのであと三十分に帰宅すれば最悪は回避される
「暑っつ〜。」
そう言いつつスマホを見る
「十二時五十五分か、結構ギリだったな。
走ってよかった〜。」
そう一人、ごちりつつドアを開ける
「ただい…ま?」
開けた瞬間、鉄臭い匂いが鼻腔をつく
何故か生理的嫌悪を催すその匂いには心当たりがある
“血の匂い”
え?なにどうしたの?
まさか母さんが手を滑らせて手を切ったとか?
いやまさか母さんはそんなドジをしないし……。
詩織か?
それならあり得るな。
詩織は基本的な女子力が壊滅的だし。
何故か思考が言葉に出来ない
いや、何故?ということに対しては答えが出ているはずだ
でもまさかそんなはずは……
ないと言いたい、言わせてほしい。
そもそも、最初からおかしかった
手を切ったくらいで、こんなにも“濃厚な血の匂い”はしない
そして、こんなにも“静か”ではない
そして、何より“土足”で家の中を歩いたりしない
玄関からリビングへと伸びる廊下
そこには昨日の雨によって付いたであろう泥の、
“足跡”があった
強盗っ!
そう思った瞬間、駆け出していた
リビングのドアを開け放つ
「母さんっ、詩織っ!」
顔いっぱいに鉄臭い匂いがこびりつく
見知らぬ男、
そして、血に染まった詩織を胸に抱いた血まみれの母
「優っ!
早く逃げてっ!!」
叫ぶ母の声
瞬間、
ある言葉を思い出しながら駆け出した
強盗の方へと
思い出したのは、父の言葉だった
父さんは僕が五歳の頃に、交通事故で死んだ
飲酒運転で暴走していた車から、僕を庇ったのだった
『強くなりなさい。
こんな理不尽にも負けないくらいに。
母さんも詩織も、
そして未来の奥さんや子供を守れるように。
そんな優に、こんな言葉を送ろう。
“後悔する、弱音も吐く、だけどかならず、前を向く”
父さんは多分もう無理だと思う。
でも、最後には必ず前を向きなさい。
前を向いて、目を開いて、手を握って、
ぶん殴れ。』
そう言って救急車へと運ばれた
病院まで保たなかったらしい
その日、父さんは死んだ
「詩織っ!
母さんを連れて逃げろっ!」
詩織は血に染まっていながらも、無傷だった
多分だが、母さんが庇った時に付いた血だろう
夫婦揃って子供を庇うとか……
「で、でもお兄ちゃんは?」
「さっさと行けっ!」
そう言って母さんに肩を貸した詩織を玄関へと押し出す
強盗はというと、
優が殴ったところが鳩尾だったらしく悶絶しているが、ずっとこちらを睨んでいる様だった
「早く強盗を縛んないと。」
リビングにあるビニール紐を取り、強盗へとにじり寄る
強盗は持っているビニール紐を見ると暴れだしたようだった
「うわっ危ねっ。
大人しくしやがれっ!」
そう言って蹴り転がすと、
壁にぶつかって気絶したようだった
「今のうちに縛んないとなぁ。」
強盗を縛っていくのだが、如何せん素人ゆえに適当に縛る
「こんなもんか。
しっかし、
あ゛〜づかれた〜。」
緊張が解けたのかは分からないが腰が抜けそうになる
が、気合いで立つ
「緊張してたから喉乾いた〜。」
キッチンで水を飲んでいると、チャイムが鳴った
「警察ですっ!
黒崎優さん無事ですかっ!」
「やっと警察か。」
キッチンを抜けて廊下に出る
玄関にへと行き、ドアへと手を……
手を……
てを……
て、を?
伸ばした右腕は、白かった
とても細かった
そして、
血が吹き出ていた
最後の悪あがきよろしく、
強盗が振り回した凶器は優の腕を抉り、
骨が見えるまで深く傷つけていた
恐る恐る振り返ると、
夥しいまでの血の筋が、
家中を巡っていた
視界が霞む
思考がぶれる
体もぶれる
そして、伸ばしていた右手がドアノブを回し、
ドアや側にいた警察官を血まみれにして、
優は死んだ
父親の名言は、
田臥勇太さんの言葉を引用したものです。