Appendix1
俺、アリウス・ゼストは思い出していた。
過去、複数の時の点。
1。
魔王様からの勅命。
この国を支配できるだけの力。
魔王様をも凌駕するだけの力を手に入れろ。
その言葉。
魔王様の命令は、俺の行動原理そのものだった。
『盲信』ではなく。
単純に疑う理由がなかったのである。
彼の指示は、常に冷静で、空間的時間的全体最適性を持っていた。
しかし、今回の命令。
それは心に違和感と呼べる何かを残留させた。
俺がどれだけの期間、この国から不在となるか。
それは明白であったからだ。
自身の仕事に自負はあった。
俺の持っていた内政の仕事は、下ではなく、上に降られるであろう。
魔王様自身の手数を増やすことになる。
それでも魔王様は、『世界を見ろ』、そう言った。
その真の意図は曖昧なまま。
それ以上の言葉は引き出せなかった。
2。
魔王様を越える力を得る。
その手立て。
その答えが自分の脳内にない限り。
俺が取れる行動は限られている。
俺が知っている、魔術の深奥を覗きしもの。
魔王様を除いて、それは1人しかいない。
エルノア・フィーンド。
魔の国の外れに住む、闇の魔女。
俺の昔馴染。
迷うことなく、俺は彼女の元を尋ねた。
魔術の教鞭と実技指導の依頼は断られた。
しかし、彼女の旅に同行し、その深淵を垣間見ることは許された。
自身の知の泉にないもの。
それを拾い集めること。
新たなる可能性を産み出さなければ。
そして、エルノアを越えなければ。
魔王様には、到底届かない。
長い旅になってほしい。
そう思った。
今の俺と彼女の実力差は、短期間では埋まらない。
それは嫌になるほどに明らかだったから。
そして、その願いは叶うことになる。
12巻。
その巻数に当たる、1冊の書籍。
闇の魔導書。
それをエルノアは宝物のように扱っている。
そこから判断できること。
それは、『前巻にあたる書籍が11冊ある』と言うことだ。
これらを探し出すこと。
それがこの旅の目的だ。
3。
旅の途中、世界を越えた先で出会ったのは、一人の少女だった。
緑色の美しい髪。
少しでも多くの知を得るため、闘技場を観戦に来ていた俺は、その美しく舞う緑の髪に強く惹きつけられた。
まだ未熟ながら、非凡なる魔術戦闘の才能を感じさせる。
俺が追い求めている、その何か。
それが彼女の中にあるような気がして。
しかし、俺が送るその熱視線は、彼女に不快な違和感を感じさせてしまっていたらしい。
結果、少し痛い目をみることとなった。
4。
闘技場、Aランク。
その舞台の上で、俺は空を見上げていた。
身体中を襲う焼けるような痛み。
そんなものを無視できるほどに、脳内に何も想起されず。
ただ、流れ行く雲を、ぼんやりと眺めていた。
その視界に入ってきたのは、緑の髪の少女。
俺の悲観的な発言を、彼女なりの冗談で笑い飛ばしてくれた。
そして、俺の心にさわやかな気持ちがやってくる。
1つの約束を交わし、俺たちは別々の道を進んでいく。
魔王様のご命令。
それが、今までの俺の行動原理の全てであった。
しかし、この時初めて俺は。
俺自身の意志を持って。
強く。
強く願ったのだ。
『彼女の、隣に立っていたい』
追い越すのではない、見えない先を進まれるのではない。
同じ高さで。
同じ視線で。
今ある世界を。
2人で。
見つめたいと。
そう、願ったのだ。
*****
ウォードシティーから西へ。
新しい書籍を探して。
その旅に同行するようになったのは、セリス。
そしてヴァンフリーブ。
ウォードシティー出発の際、『俺も混ぜろ』と声をかけてきた。
俺は、賛同しかなかった。
エレナに近付くには、少しでも俺よりも強い人間と時を共有すべきだと考えたからだ。
そして、その考えは、ヴァンフリーブが旅に同行したいと言った理由そのものでもあった。
「賑やかになってきましたね」
エルノアが微笑む。
それにつられて、セリスも微笑みを見せる。
魔力の呪縛から解放され、徐々に本当の彼女が芽生えてくるのだろう。
その出発の前日。
宿にて。
エルノアは、エレナが勝ち取り、彼女へと贈られた魔導書を読んでいた。
その本が、探している書籍ではないことは、すでに彼女から知らされている。
しかし、その書籍を見つめるエルノアの表情は、普段彼女が見せる作り物の笑顔ではなく。
まるで愛おしいものを見つめるような、そんな温かな何かを感じさせた。
大事そうに本を抱え、ゆっくりとゆっくりとページをめくっていく。
そして、全てのページを読み終え。
彼女は。
その書籍を炎術で燃やしてしまった。
驚くことはない。
偽物の魔導書を燃やす。
これはいつものこと。
彼女なりの、何かの儀式のようなものなのだと。
俺は。
ほんの先ほどまでは思っていた。
しかし、今は違う。
「エルノア」
「何?アリウス」
「本当のことを教えてくれ」
「はい」
「お前が今、そして今まで燃やしてきた魔導書達。
それらは。
『本物』なんだろ」
その言葉を受け、エルノアは目を閉じた。
静かな時を創造し。
そして言葉を紡ぐ。
「そうね。
そろそろ、本当の事を話しましょうか」
そして彼女は、真実を語り出したのである。




