Chapter21 死霊術 (5)
【** ノム視点 **】
「さて、ノムさんに、この試合の見所を聞いていきましょう」
「2人は、先日のBランクのときにも顔を合わせてる。
そのときエレナは法陣魔術アークスパークで勝利を収めたけど、今回は相手も警戒しているはずなので厳しいと思われる。
エレナは本大会随一の敏捷性を誇り、繰り出す雷術の威力も高い。
一方、アリウスは魔術の制御力で一歩抜きん出る。
接戦が予測される」
「なるほど」
「エレナの弱点は、広範囲攻撃。
素早い虫を引っ掛ける、大きな蜘蛛の網のイメージ」
「なに人の弱点教えてんだよ!!」
エレナがこっちに文句を言ってくる。
おもろい。
「一方、アリウスの弱点は接近戦。
敏捷性と剣技で上回るエレナが有利。
アリウスの持つ槍は、意味合い的には杖に近い。
物理攻撃というよりは、魔術の増強と制御力向上が目的」
アリウスもこっちをじとっとした目で見つめる。
これで御相子なの。
「ノムさん、ありがとうございます!
さて、試合はどちらが先に動くでしょうか!」
ならば私が。
そう言わんが如く、エレナによる侵攻が開始された。
近距離戦では彼女が有利。
その原則に乗っ取るために。
当然、相手アリウスも反応を示す。
今回は様子見なし。
ひた隠すことなく最初から発動される、その術。
「ナイトリキッドだーーー!」
黒紫色の魔力がうねうねと溢れ出し、エレナの前に立ちふさがった。
そしてエレナが間合いに入ると、黒の魔力は彼女に向けて鋭利な波と化し、彼女を襲う。
エレナ、バックステップでこれを回避。
そこで私は気づく。
アリウスはこの2週間、エレナに勝利するためのシミュレーションを、何度も、何度も繰り返してきたはず。
しかし。
それはエレナも同じであるということを。
「回避だけじゃないの!」
バックステップと同タイミング。
エレナの真上の空間に収束される6個の魔力コア。
それらはあっという間に合成、属性変換され、雷属性のコアが完成。
そして、即、それは、彼に向けて打ち落とされる。
「ハイサンダーだ!」
雷音轟く。
圧倒的破壊力を持つ雷。
自然現象に匹敵するほどのインパクトが地をえぐる。
しかし、相手の身はまでは削れず。
ギリギリでの回避を許してしまう。
「アリウスも、さすがの反応速度なの」
「一瞬、勝負が決まったかと思いましたね!」
エレナのニヤニヤが心情を物語る。
『一発ならず』、オア、『やりおる』、その周辺。
一方のアリウスは肩を撫で下ろす。
「アリウスのナイトリキッド。
それは邪魔な壁になる。
だから、エレナはその壁の上から狙ってきた。
しかも、ちょうど壁がエレナの姿を隠してくれたから、さらに意表が付けた。
これで彼の使い魔による防御を掻い潜ることができる。
彼女は前の彼との試合後から、対策を考え抜いていた。
彼女は近距離戦だけじゃない。
今のサンダーを直撃させれば、勝利は彼女にやってくる」
再度、アリウスの表情を伺う。
危機回避による混乱と混沌は静まり。
今はエレナを一点に見つめている。
「今度は、こちらからいくぞ!」
柄になく、アリウスが叫ぶ。
直後、魔導の魔力が収束されていく。
エレナもその感覚を第六感で拾い、瞬時判断。
属性非限定の補助収束を開始した。
私が考える攻撃予測、ナイトリキッドを多量生成しこの場を支配する。
彼の体から、黒紫の液体が噴出することを予感する。
そして、その予測は半分だけ外れる。
「遠隔収束!
スフィアなの!」
次の瞬間、エレナの周囲を、3体の闇の使い魔が取り囲む。
前方、右後方、左後方。
そして、それらの使い魔は連携を取り、その進軍を開始する。
突然の襲撃。
この時点で、彼女がとりうる行動を予測してみる。
第一案。
封魔防壁の強化、もしくは魔導防壁を張る。
全ての攻撃を受ける代わりに、そのダメージを可能な限り軽減する。
第二案。
現在収束中の属性非限定の魔力を封魔の魔力に変換し、全ての使い魔を攻撃し消滅させる。
しかし、相手攻撃開始までの短い時間で、3体へ対応できるのかが疑われる。
第三案。
とにかく回避。
1体1体の攻撃を見切り回避する。
成功すればダメージはゼロの大博打。
本大会随一の反射神経を誇るエレナの対応が試される。
さあ、エレナ。
どう出るの?
第一撃。
エレナの右後方の使い魔が彼女に向けて弾ける。
その瞬間、彼女は前方の使い魔に向けて間合いを詰める。
と同時に、属性非限定で収束していた魔力を封魔に変換。
彼女自身を球状に囲む、封魔術による魔導防壁を生成。
そのまま、前方の使い魔に向けて突進した。
「強行突破なの!」
彼女の防壁と、魔導の使い魔が衝突。
激しい魔導衝撃が発生する。
しかし、彼女はその歩みを止めない。
ダメージは確実に受けているはず。
その痛みを無視して。
彼女は。
攻撃を選んだ!!
封魔防壁を引き換えに、使い魔を破壊。
そして休む間もなく、雷の魔力を蒼の剣に収束し始める。
信じられない程のスピードで縮まっていく間合い。
雷槍だ!
「エレナ選手、強行突破だーーー!」
「ちっ!」
そんな、アリウスの舌打ちが聞こえてきそうだ。
彼は再びナイトリキッドで壁を作り始める。
それは高速で突進するエレナの前に立ち塞がった。
応じて、行動を切り替えるエレナ。
雷槍のために剣に収束していた雷の魔力を、彼女の頭上に収束し始めた。
二度、同じ手は喰らわない。
そんなアリウスの心の声が聞こえてくる。
彼はすぐに天空に収束される雷の魔力球を凝視。
回避のタイミングを見計らった。
闘技場全員が、その魔力球に視線を奪われる。
ただ一人、私だけを除いては。
「フェイクなの!!」
その瞬間、天空の魔力球が消滅。
そして、闇の使い魔が作る漆黒の壁を、雷の槍が貫く。
それはあっという間にアリウスに到達。
その身を真っ直ぐに貫いた。
「がぁっ!!」
彼の鈍い悲鳴が地面に反射する。
壁越しの魔導の槍。
Bランクでアリウスが使ってきた戦法。
異属性ながら、それを完璧に再現してきた。
軽やかなる戦術は、見ている全てを魅了する。
これこそが。
私を虜にするエレナ・レセンティアだ。
「サンダーランス!!
決まったーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
一段と大きなミーティアの実況が響き渡る。
アリウスは右膝を付き、苦悶の表情を浮かべるも。
左膝は付かず、顔を上げ、目線はエレナの方向へ。
サンダーが飛んでくること予測して封魔防壁を強化していたのが幸いした形。
今の一撃は決定打にはならなかった。
しかし、彼の自由を奪うには十分すぎるであろう。
もう、この時点で降参しても、全くおかしくはない。
「まだだ」
アリウスの重い呟き。
それはきっとエレナにも届いているだろう。
不屈の闘志を滾らせて。
アリウス・ゼストは立ち上がった。
武器の槍をエレナへ向けて構える。
その槍が、『まだ勝負は終わっていない』と告げる。
エレナは微笑み、そして蒼の剣を付き返して答える。
そう。
2人の戦いは、ここからだ。
*****
ナイトリキッドの遠隔収束。
相手の裏を付けるその攻撃は、堅実にエレナの体力を削っていった。
しかし、ダメージを受けるエレナも、全く攻撃の手を緩めない。
射程の長いサンダーランス。
相手の上方から攻撃できるハイサンダー。
そして、近距離で広範囲を攻撃できるヘヴィスイープ。
3種の雷術を巧みに操り、被弾数を増やしていった。
両者、互角の戦い。
体力的にも、精神的にも、そろそろ限界が近いはず。
『決着のときは、すぐそこに』。
そんな考えが2人にもあったかはわからない。
しかし、戦いはここで大きく動いた。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
アリウスが唸り声を上げる。
その瞬間、彼から溢れる、本戦最大量の魔導の魔力。
それはすぐに液体の形態をとり、アリウスの体から流れ出していく。
彼の周囲に闇の液体が集まり、取り囲んでいく。
「全魔力を、一気に放出するつもりなの!」
そんな考察は当然、エレナも行っているだろう。
『そっちがその気なら、こっちもやってやる』。
そんな意志を込めた笑みを浮かべ、彼女は雷の魔力を蒼の剣に集め始めた。
この一撃で勝負が決まる。
力VS力。
魔力VS魔力。
単純明快な勝負。
吐き出され続ける魔力圧の絶大さを感じ取り、観客は固唾を呑む。
それには、ミーティアも、私も含まれる。
緊張が走り。
そして。
その時間の終焉が訪れる。
「いくぞ!エレナ!」
次の瞬間。
アリウスは周囲に垂れ流した大量の闇の液体を1箇所に収束した。
それは、ただの6点収束では実現できない威力。
6点収束、高等魔術を超える、魔術の秘奥だ!
「ナイトメア!!」
彼がそう叫んだ瞬間、収束された巨大な液体が、エレナに向けて放たれる。
圧倒的な魔力量。
それは人間の第六感に大いなる警鐘を与えるに違いない。
それなのに。
彼女。
エレナ・レセンティアは。
全く持って臆することなく。
その魔力に向かって、侵攻を開始した!
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
凄まじい雷撃。
それが彼女の剣から放たれる。
それは、もはや私が知っている彼女ではない。
いつも彼女は私の予想を超えてくる。
そして、衝突する2つの魔力。
発生した災害級の衝撃が、闘技場全体を包み込み。
ここにいる全ての者の状況判断を阻害した。
闘技場に巻き上がる、視界を遮る砂煙。
私は情報を得ようと、オーラサーチを開始する。
エレナとアリウスの魔力を感じる。
2人とも無事。
つまりは相殺。
2人の攻撃は、奇跡的に同威力であった。
ここにいる誰よりも早く、その結論に至る。
だからこそ。
次の展開にも、いち早く感づいた。
「まだ終わってないの!」
巻き上げられた砂煙の合間から、エレナ・レセンティアが現れる。
もうアリウスとの距離は埋まっている。
彼女は蒼の剣を構える。
しかし、アリウスもまだ死んでいない。
天才的な状況判断力で槍を掲げ、防御の姿勢を作り上げた。
2人とも、魔力は残っていない。
最後は、物理の勝負だ!
そして、やっと観客がその状況を判断したとき。
エレナは再度、私の予測を超えてくる。
「カモン、紅玲!!」
そして。
彼女から、炎の狐が生み出された!
「なん、だと!」
そんな絶望の表情を、凛々しい炎狐が焼き尽くす!
構えた彼の槍を突き破って。
炎の使い魔がぶちかました!
「しっ・・・
召喚魔術だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ミーティアの驚嘆が会場を包む。
そして。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
最大級に沸き立つ会場。
黒煙を上げ、地面に吸い込まれるアリウス。
彼女のもとに戻ってきた紅玲の頭を撫でる素振りをするエレナ。
そんな彼女を見つめる紅玲。
そして、私、ノム・クーリアは。
心の中で、最高の賛辞を彼女に伝えるのでした。
『ありがとう、ここまで来てくれて』
*****




