Chapter21 死霊術 (3)
「みなさーーーーーーーーーーーーん!
元気してるーーーーーーーーーーーー!!!」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
闘技場に響く、すこぶる明るい声。
司会のミーティア・ユークレス。
観客席、南側の入場門の上部、最前列で立ち上がり、右手を大きく振り上げて場を盛り上げる。
場慣れしれいる、玄のお姉さん。
それに返す観客たちの溢れんばかりの歓声。
観客席はすべて埋まり、通路さえ立ち見の観客で埋まる盛況。
この街最大の祭りと化した、異様なまでの盛り上がり。
その声は空間を伝わり、私の肌と鼓膜にビリビリとした刺激を与えてくる。
私を含め、本選出場の8名は今、闘技場のステージの上に集められている。
北にセリス。
北東には、白銀の鎧と白銀の剣を待つ騎士。
東にはヴァンさん。
南東には、いかにも屈強そうな、黒い鎧、黒い斧を装備した重戦士。
南に私。
南西にアリウス。
西には、凛々しい顔、美しく長い銀髪をなびかせる騎士風の女性。
北西には、いかにも弱そう、風変わりな身なりをした杖装備の男性、おそらく魔術師。
「今からAランクトーナメント本選を開始しまーーーーーーーすっ!
そして私は、今回のトーナメントで司会進行、実況を勤めます!
ミーティアです!
よろしくーーーー!!!」
その宣言で、盛り上がる場は、最高潮。
『かわいい!』とか『好きだー!』とか『結婚してくれ!』という声もチラホラ。
ミーティアの人気の高さが伺い知れる。
「そして~、予選を勝ち抜いた8組の出場者によるーーー、厳正な抽選の結果ーーーーーっ!
トーナメント表が決定しました!!
まずはAブロック。
第一試合。
リリア・ディアラム対、クレスト・エルストル!!
「きゃーーーーーーーーーーー!」
一段と女性の歓声が大きくなる。
イケメン騎士クレストに向けられたものと思われる。
黄色い悲鳴で表現された人気。
クレスト氏は左手を突き上げて歓声に答える。
一方、リリア嬢は無反応。
鋭い目つきで、真っ直ぐにクレストを見つめている。
私としては、女性のリリアさんを応援したいところだ。
がんばれリリアさん。
「続きまして、Aブロック第二試合。
ゴッサム・ポートリオ対、セリス・シルバニア!!
「わーーーーーーーー!!」
黒い鎧の男性が、その黒い斧を天に突き上げる。
一方のセリスは微動だにせず。
じっと地面を見つめたままだ。
まあまあ、予想通りの反応。
「続いてっ!
Bブロック、第一試合!
フォゾン・イーノルマータ対、ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン!
「きゃーーーーーーーーーーー!!」
「ヴァン様ぁーーーーーーーーーーーー!!」
クレストを超える圧倒的な歓声。
その波動を受けたヴァンフリーブ氏は、ほのかな笑みを浮かべる。
ちなみに、なんか弱そうな魔術師と思われる男性がフォゾン氏のようだ。
覇気のない表情。
大物なのか、頭がおかしいのか。
現時点ではわからない。
「そして最後にー!
Bブロック、第二試合!
アリウス・ゼスト対、エレナ・レセンティア!!!」
「わーーーーーーーー!!」
どうしても歓声の大きさをクレストやヴァン様と比較してしまう。
人気では明らかに負けてはいる。
私の魅力が観客に、まだキチンと伝わっていないらしい。
見てらっしゃい。
目にもの見せてあげますわ。
私は低く掲げた両手を横にプラプラさせて、その声援に応える。
視線。
北の方角から感じる殺気。
セリスがこちらを見つめていた。
少しばかし、私のことを気にしてくれているらしい。
・・・。
とりあえず、手ーふっとこー。
笑顔を向けると、彼女は視線を外した。
全選手の紹介が終わった。
ついに、トーナメントが始まる。
「さぁーーーて、ここで!
サープライズゲスト、本試合の解説者の登場だ!
世界を渡り歩き、魔術の真理を手に入れんとするもの。
魔術の知識に関して、右に出る者はいない。
向かうところ敵なしの最強魔術師!
人呼んで、『無音の大魔術師』。
ノム・クーリア!!」
「わーーーーーーーーーーーーー!!」
「ぬ!」
「なにやってんの!!!!!」
ちょこんと掲げられた右手。
実況のミーティアの右隣に現れたのは、ノム大先生。
いや、あんた人に『目立たないほうがいい』とか言わなかったっけ!
最悪に目立ってんだけど!
本当にサプライズや。
いつの間にこんな話になってたんだよ。
私はノムをニヤニヤとした表情で睨みつける。
彼女は私に視線を合わせると、『してやったり』と言わんばかりの悪い笑みを浮かべる。
出場者全員がノムを見つめている。
あのヴァン様やセリスですら。
さすがに、『無敵の魔術師』とか紹介されたら、どんなやつだよって思うわな。
そんな先生のサプライズ登場もありながら、オープニングセレモニーは閉会されたのでした。
*****
【** ノム視点 **】
ここからは解説ノム・クーリアでお送りします。
「ではさっそく第一試合!
西、赤の門から入場するのは、氷華の女騎士、リリア・ディアラム!
東、青の門から入場するのは、流浪の聖騎士、クレスト・エルストル!」
「きゃーーーーーーーーーーー!」
「クレスト様ぁーーー!」
鼓膜を揺るがす黄色い歓声。
若いなぁ。
とか、思ったり。
「解説のノムさん。
この試合、どう見ます?」
ミーティアが私に振ってくる。
「剣術ではクレストが勝っている。
リリアの刀術も高いレベルとは思うけど。
しかし、魔術ではリリアの方が一段上。
クレストの神聖術は強力。
でも使用できるのは光と封魔の2属性のみ。
一方、リリアは封魔、光、雷、風と4属性を扱う。
この2属性の差に注目したい」
「なるほど!
リリアの魔術攻撃に注目したいと思います!」
ステージに2人が登壇。
準備が整った。
「では・・・。
試合、開始!!」
ミーティアの合図を受け、即、侵攻を開始するクレスト。
リリアは構えた水色の刀に魔力を集める。
封魔の魔力。
そして、相手が間合いに入る前に、刀の切っ先から複数の氷の刃を放った。
しかし、クレストはその氷刃の間を縫うように回避。
あっという間に斬撃の間合いに入る。
1撃。
2撃。
3撃。
4撃。
5撃。
6撃。
流れるような剣撃。
何発の斬撃が繰り出されたのか。
その数を数えるだけで脳が溢れる。
リリアはこれらを自身の刀で受け流す。
が、じわりじわりと後方に押しやられ。
連撃を振り払うように、封魔術の拡散放出魔術、ダイアスイープを放つ。
クレストは後方にステップ。
これを回避した。
「クレスト、一方的な連撃!
しかしリリアも封魔術で応戦だーーー!」
「クレストの剣術に賞賛。
しかし、リリアも負けていない」
今のような剣でのやり合いが続けば、勝負の結果は明白。
それがわかっていたからこそ、リリアはここで大きく動く。
リリアの刀の切っ先から、封魔の魔力が拡散放出される。
その魔力は光を反射する雪の粒が作る霧。
相手のクレストを包み込み、そしてそのまま、ステージ全体をカバーするほどに広がった。
「リリア選手、魔術を発動。
ノムさん、これはいったい何でしょうか?」
「封魔術の広範囲拡散放出魔術、ダイアミスト。
封魔の魔力を霧のように拡散する。
しかし、魔力の感覚から判断すると、威力がある攻撃ではない。
封魔防壁を強化していれば、ほぼ無害化できる。
霧の濃さからしても、視界を悪化させるほどのものでもない。
何か、別の意図がある。
クレストの光術の拡散が目的か。
あるいは・・・」
「なるほど」
「しかし、これはただのダイアミストではない。
魔力の空間滞在時間が長い。
通常は魔力を放出すると、すぐに消えて霧散してしまう。
これだけ長く空間中に滞在できるのは異例。
彼女の魔術の熟練具合が窺い知れる。
これは同じく本選出場者のアリウスの得意な魔術『ナイトリキッド』に類似する。
しかし、ナイトリキッドのように、放出後に術者が自由自在に操作できるものではないと思われる」
「遠めで見てそこまで詳細がわかるノムさんも、すごいですけどね」
様子を伺っていたクレスト。
相手の魔力に殺傷力がないと判断すると、攻撃を再開する。
「おおっと!
クレスト選手が動いた!」
その瞬間、何もない空間に氷の華が咲く。
クレストは持ち前の反射神経でこれを回避。
左に大きくステップ。
しかし、ステップした位置に生成される新たな氷の華。
クレスト、再度ステップ。
氷の華は避けるクレストを追い続ける。
「でたーーー!
リリア選手の連続氷撃。
これこそ、彼女が氷華の女騎士と呼ばれる所以だーー!」
「自身から離れた位置に魔力を収束する『スフィア収束』。
封魔術の単点収束ダイアスフィア。
それにしても収束が速い。
スフィア収束は近傍収束に比べ魔術的労力が大きい。
それをこの速さで、そして連撃で実現しているのは見事」
氷の華に踊らされるクレスト。
しかし、彼女も完全にはしとめ切れない。
絶妙な反射反応で、全ての氷撃を回避し続ける。
リリアは遠距離戦を望んでいるはず。
しかしクレストとの距離は少しづつ縮まっている。
クレストが魔術を見切りつつある。
氷撃の実現速度は確かに速いが、一撃一撃の攻撃力がまだまだ甘い。
それが、クレストに幾ばくかの余裕を生んでいる。
彼女の魔術センスは素晴らしい。
これから彼女は、もっともっと伸びるだろう。
クレストとリリアの間合いが十分に縮まる。
彼女から彼に向けて放出された、一撃の華。
それは彼女と彼の間で美しく炸裂する。
が、しかし。
彼はその華へ向けて一歩を踏み出した。
「強行突破だ!!!」
ミーティアが叫ぶ。
魔術の威力はクレストも既に把握済み。
封魔防壁である程度、解決できるであろう。
その予測のとおり、彼は氷の壁を突破する。
肉を切らせて骨を絶つ。
そんな言葉に従って。
クレストは剣を高く振り上げた。
一瞬の笑顔。
それが『彼女』から零れ落ちた。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
リリアの構えた刀の切っ先から、封魔の魔力が溢れ出る。
高速で構築された魔術。
氷が飛び散り、クレストに突き刺さる。
直撃。
その結果を受け、クレストは攻撃から防御へ展開する。
バックステップで後方退避。
大きく間合いを広げた。
「決まったーーー!
カウンターのダイアブレイクだーーー!!」
「前撃から次撃発動までの時間が短すぎる。
超高速収束。
もしかすると、拡散放出したダイアミストを魔力源として利用している可能性もある。
しかし、残念ながら収束した魔力量が少なかった。
致命傷にはなっていない」
私のその言葉が正しいことを示すように、クレストは状態を立て直し前を向く。
そして臆することなく、次の攻撃に移行した。
リリアも即、応戦の構え。
とても調和の取れた戦い。
この試合、最後までその結果はわからない。
*****
「クレスト選手の神聖術が炸裂!
リリア選手、大きく退いたーーーーーーー!」
一進一退。
クレストの剣術に思考の多くを奪われていたリリアは、突如として放たれた彼の神聖術『セイント』に対応できなかった。
しかしここまでに、彼女の封魔術もクレストに多大なダメージを与えている。
両者、息を切らせ、満身創痍。
ながらも、相手の次の動きを見抜かんと、冷静な眼差しを交わしていた。
さあ、この戦いも終盤だ。
「両者、動かず。
にらみ合いの様相を呈しています。
この拮抗状態を打ち崩すのは、いったいどちらだ!」
「霧が・・・
濃くなってるね」
リリアが産み出す封魔の霧。
それは、試合が進むにつれ、濃くなっていた。
霧の空間滞在時間は有限。
時間が経つにつれ空間中に霧散消滅していく。
そのはずなのだ。
しかし、リリアはこの戦闘中、減少量を上回るペースで霧を補充し続けていた。
「この霧には、彼女のダイアスフィアの発動効率を上昇させる効果があるらしい。
ならば、霧が濃くなれば濃くなるほど、魔術の効率は上がるということ」
「試合が長引けば長引くほど、リリア選手が有利になるということですね」
ここでリリアが動く。
封魔術拡散放出、ダイアミスト。
それは今までのソレと比較して、さらに高濃度の氷の霧を生成。
白い霧がクレストを包み込む。
視覚情報が完全に阻害されるほどの濃度ではない。
しかしそれでも。
その謎多き霧は、彼にかつてない不安感、危機感を与える。
だからこそ彼は、攻撃を選ぶ。
地を蹴り、前へ。
一気に間合いを詰める。
そのタイミング。
氷塊が生まれる。
しかし、一輪ではない。
無数の煌めく氷塊が、クレストを取り囲んだ。
「ダイアスフィア、多地同時収束!」
氷の華が壁となり、クレストの前後左右、進路、退路を塞ぐ。
魔術発動に応じて、クレストは前進を停止。
動作を防御に切り替える。
彼女のダイアスフィアの攻撃力の程度から考えれば、封魔防壁の強化だけで致命傷は避けられる。
そんな彼の思考が読み取れる。
ダイアブレイクの名の言われ。
生成された氷塊が、粉々に砕け炸裂するという意味を持つ。
しかし、彼女の作った氷塊は砕けず、そのソリッドな形態を維持していた。
それは、通常ではありえないこと。
氷解の状態で止めることには、高い魔術制御が必要であり、通例、氷塊はすぐに炸裂するものなのだ。
氷塊の炸裂に備え、防御のタイミングを見計らうクレストが浮かべる疑惑の表情。
一瞬の静寂。
この戦況が暗示すること。
それは。
この氷華は牽制!
リリアの刀に集まる封魔の魔力。
急速収束されたソレは、氷の刃となり、彼に向けて放たれる。
そのタイミングとほぼ同時。
静寂を保っていた氷塊たちが、美しい華を咲かせ。
次の瞬間。
氷刃が、クレストをその封魔防壁ごと切り裂いた!
「氷刃と氷華の同時攻撃。
氷と刀の武具収束術技、氷紋刹!」
「決まったーーーーーーーー!!」
ミーティアの実況の白熱ぶりが、氷刃の威力を物語る。
それは決定的な一撃。
誰もが、そう思ったはず。
「まだ終わってないの!」
検知した、クレストの剣に神聖属性の魔力が急速に収束される感覚。
彼はまだ死んでいない!
神聖十字斬りだ!
濃い氷の霧の中で、彼が剣を左に構えるのが確認できる。
しかし。
終わっていなのは、彼だけではなかった。
リリアに集まる風と封魔の魔力。
氷紋刹放出からノータイム。
その魔力の収束が、彼の神聖魔力収束速度を上回った!
「ブリザーーード!!」
刀を天に掲げ、リリアが叫ぶ。
その瞬間、ステージ上に拡散されていた霧が、クレストに向けて一気に集まり凝縮される。
風と封魔の合成術。
晴天の闘技場に、氷の嵐を巻き起こす。
実現された広範囲攻撃を前に、逃げ場なし。
先の氷紋刹への対応で使い果たした彼の封魔防壁は、彼女の最後の切り札に対応するための余力を残してはいない。
ステージを包む氷の粒。
その粒が光を反射することにより生まれる煌きが徐々に弱まり。
彼女が作る霧も、全て晴れたとき。
「勝負あり!
勝者、リリア・ディアラム!!!」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ミーティアの勝利アナウンスで闘技場が沸き上がる。
「最後はリリア選手のブリザードが炸裂しました。
私には、クレスト選手の神聖術が先攻するかと思われたのですが。
彼女の最後の魔力収束は速かったですね、ノムさん」
「前の氷紋刹で収束魔力を使い果たしていたにも関わらず、次撃のブリザードの実現速度はとてつもなく速かった。
おそらく、これは彼女が作り出した霧を利用したのだと思う。
空間中に放出した氷の霧を利用することで、魔力量を補った。
しかし、一度空間中に放出した魔力を法陣を使わずに再度収束するなんて技術、聞いたことはない。
彼女の魔術センスは非常に高い。
1試合目から非常にレベルの高い試合だった。
両者、大絶賛なの」
「本当にそうですね!」
*****