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Chapter21 死霊術 (1)

 この世界は、『死海』および『中央山脈』により、『西世界』と『東世界』の2つに分割される。

 今私達がいるのが西世界の東端の街、ウォードシティー。

 ここから中央山脈を越えて東世界に入る。

 東世界に入り大陸を東に一直線に横断すると海に行き着く。

 そこは生海(せいかい)と呼ばれる大海。

 この海を船で越えれば、目指す星降りの都、クレセンティアにたどり着く。


 そこへ至るための最初のステップ。

 それが中央山脈の横断だ。


 行くものを拒む大自然。

 ところどころにある断崖絶壁を進むため、馬車は利用できない。

 徒歩で2週間の長丁場。

 そして、そこに住み着く危険な魔獣。

 冒険者としての経験が試される。


 幸運なことは所々に湧き水があり、水の補給ができること。

 西側は荒涼とした岩場が続くが、山脈の東側は緑が豊富で、知識さえあれば食料も調達できる。

 山脈を越えた先はウェストエンド大森林。

 その大森林の入り口にあるミュウリィという町が終点となる。

 この町は森林地帯にあるにも関わらず、交易の重要拠点として大きく栄えている。


 この山脈越えのため、私達は初めてウォードシティの冒険者ギルドにお世話になることになる。

 山脈越えを行う一団に同行させてもらうのだ。

 ギルドには何度も中央山脈を越えてきた熟練者もいると聞く。

 経験不足な私達にとっては頼もしい存在だ。

 ギルドを訪問し、山越え護衛の依頼があった場合に情報を渡してもらう約束を取り付ける。

 

 さあ、あとは山越えのための物資を調達すれば、準備は完了だ。






*****






「うーん、じゃあこの街ともさよならかー」


 必要な旅の物資を用紙にリストアップしながら、しみじみと(つぶや)く。

 長かった闘技場生活もこれでおしまい。

 宿屋のベットの固さも、今となればいい思い出だ。

 

「この街は、東世界と西世界とを行き来するときは必ず通るから、またいつかは来るはずだけどね」


「そっか~。

 でも、みんなに挨拶くらいしないとなー。

 で。

 出発はいつ頃になりそう?


「今度、闘技場でトーナメントがあるから、それを観戦してから行こうかなって。

 Aランクのトーナメント」


「あれっ、もうそんな時期だっけ。

 っていうか、私出なくていいの?」


「そろそろ、あんまり目立たないほうがいいかなって。

 Aランクのトーナメントは西世界、東世界含めて、様々な人が見に来るから。

 冒険者、マリーベル教員、どこぞの国の騎士、お金持ちの商人、権力者。

 優勝とかしたら、結構面倒くさい」


「って、私、優勝できるの?」


「わからない。

 大会ごとに、参加者のレベルが違うから。

 でも、ここ数回の開催では、同じ人が優勝してる。

 その人の名前は、ヴァンフリーブ。

 ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン」


「名前が強そう!

 私じゃ勝てないかな?」


「良い勝負はできると思うけど、勝てるかどうかは微妙なライン」


「ノムより強い?」


「それはない」


「いつものことだけど、そこは譲らないよね」


「でも、私より強い人が出てくる可能性も、ないわけではない」


「そうなったら、まず優勝は無理だね。

 まあ今回は観戦だけかな。

 ヴァンフリーブさん達を見て勉強しないとね。

 じゃあさっそく、観戦のチケット買って来ようか。

 2枚でいいよね。


「ぬ。

 お願いします」


「じゃあ行ってくるね」






*****






 観戦のチケット購入のため、闘技場へやってきた私。

 受付にはいつものミーティアお姉さん。

 が、しかし。

 見知った顔があと2つ。


「あれっ?

 エルノア、それにアリウスも。

 闘技場に何か用があったんですか?」


「エレナ、久しぶりね」


 優しい笑顔。

 品性のある仕草。

 かぐわしい香り。

 (かも)し出される癒し。

 そして、極わずかな黒の魔力。


「Aランクのトーナメントにエントリーしてきたのよ」


「エルノアが出るの!?」


「まさか。

 アリウスが出ます」


 なら安心。

 なような、エルノアの戦闘シーンを見てみたかったような。

 若干の怖いもの見たさ。


「お前は出ないのか?」


「私はでないっす」


 アリウスからの質問に即答。

 それを受け、彼は若干残念そうな顔をしたように感じる。

 

「アリウスが出るってことは、賞品は『本』っすか?」


「そういうことね」


「だが、探している本ではないようだ」


「あれっ?

 そうなんすか?」


「グリモワールらしい。

 しかも闇魔術関連の、だ」


「そんなものが賞品なんですか?」


「外面では闇のものとは分からないらしい。

 並みの者にとっては、ただのグリモワールとしての能力しか持たない。

 と、エルノアが言っている」


「エルノア。

 もしかして」


 感じた違和感、その断片。

 それらがつながり、1つの仮説が生まれる。


「このグリモワールを求めて、例の死霊術師がやってきたんじゃないか、ってこと?」


「そう。

 その可能性は十分にあるわ。

 だから当日は私も闘技場におもむいて、その人物が現れないか監視するつもり」


「もし、現れたら?」


「何もしないなら、逃がします。

 行動に出れば、場合によっては殺します」


「でも、居てくれるほうが安心できるよ。

 あんなに人がたくさんいるところで、エルノアみたいな人が暴れたら、と考えたら・・・」


「いっぱい死にますね」


「そだね」


 優しい微笑みを崩すことなく、冷酷な現実を突きつけるエルノア。

 想像される惨状は、身の毛もよだつ感覚を産み出す。

 その感覚をまぎらわせるためか、自然と苦笑いが漏れる。

 全くもって笑えないが。


 様々な考察を行なっていると、エルノアが私をじっと見つめていることに気づく。

 視線が交わり、見つめ合う。

 何か、伝えたいことがあるようだ。


「エレナ」


「はい?」


「お願いがあるの」


「なんですか?」


「トーナメントに出て欲しいの」


「えっ!?」


 あまりに唐突で意外な依頼。

 私は、その真意を求める。


「アリウスだけじゃ、優勝できるか不安ですし」


「・・・まあ。

 実際お前に負けたわけだしな」


「でも今回の賞品って、探しているものとは別のものなんですよね」


「念のため、本当に違うのかを確認したいから」


「そうなんだ」


 そこから、しばし考える。

 すぐには答えは出せない。

 いくつかの懸念事項が思い起こされる。

 しかし、彼女の期待にこたえたい気持ちもあり。

 そして何より、私の実力を試したい気持ちもあり。

 それぞれの事由を天秤てんびんに掛ける。


「・・・。

 わかりました。

 まあ、ノムがなんていうか分からないですけど」


「ノムは、トーナメントには出るな、って言ってるの?」


「出るな、っていうか、目立つな、みたいな」


「ノムらしいわね」


「なので、まだわからないですけど」


「ごめんなさいね。

 報酬もちゃんと払うわ」


「いや、いいっすよ報酬なんて」


「だめよ。

 依頼に対して報酬が払われる。

 冒険者業の基本よ。

 エレナ、もうこの街を出るんでしょ」


「なんで、わかったんすか?」


「そうなのか?」


「なんとなく、ね。

 この街を出たら、いや今もそうだけど・・・。

 あなたは世界中に存在する冒険者の中の1人になるの。

 だから、貰っておいて。

 でないと、今度は私が何かしてあげないといけなくなってしまう、でしょ」


「んー・・・。

 わかりました」


 私の同意に対し、エルノアは笑顔を見せる。

 アリウスも小さくうなずいている。

 私は、彼の顔を覗く。

 先日の彼との激戦。

 それを越える戦いが、繰り広げられる可能性がある。

 私は笑みを浮かべ彼に伝える。


「アリウスと、当たらないこと祈ってます」


「負けてやる、つもりは無い」


「はい!

 それじゃ、ノムが待ってるんで」






*****






「だめ」


「えー」


 エルノアの依頼をノムに伝えた私は、たった2音でバッサリと切り捨てられた。


「エルノアが、死霊術師がこの街に潜伏しているって話してたの、忘れた?

 その賞品の本が目的に違いない」


「だからエルノアが闘技場に来て、監視してくれるんだって」


「・・・。

 知ってて、出るって言ってるのか」


 呆れ混じりの先生がため息をつく。

 私を見つめなおすと、改めて続けた。


「でも、だめ。

 死霊術師は危険、しかもエルノアが危ないって言うほどの。

 もちろん、トーナメントの観戦も中止。

 すぐに、この街を出よう。

 ・・・。

 エレナに、目を付けられる可能性だって、ないとも言えないんだから」


 ノムの言うことに異論はない。

 それでも何故か、引き下がる気にはなれなかった。


「ねっ!

 今回だけ!

 お願い!」


 手を合わせ、片目をつむってのおねだり。

 そんな私の可愛い(当社比)仕草にしてやられたノム。


「あんまりよくないし、まだ認めたわけじゃないけど。

 とりあえず様子を見てから。

 でも、あまりにも危険だったらアウトだから。

 即刻脱出する」


「ありがとー、ノム!

 大好きさー」


 感謝の抱擁で駄目押し。

 なんとか、頑固なノム先生を攻略できたようだ。


「無理したら・・・駄目だからね」


 体が密着した状態で、彼女は耳元で弱々しく囁いた。






*****

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