Chapter20 古代魔術 (2)
Bランクトーナメントが終わり、2週間ほどが経過していた。
その間私は、闘技場のランクA3、A2、A1に再エントリーしたり、シエルのゴーレム実験に駆り出されたり、武具収束奥義の特訓をしたり、半古代語の勉強をしたり、ミーティアと買い物に行ったり。
などなど、息つく暇なく過ごしていた。
一方でノムも、先日の月術の本を読んだり、その他の本を図書館や教会の図書室から借りてきて読んだり、私の闘技場を観戦しにきたり、イモルタの店に冷やかしに行ったり。
などなど、息抜きしながら過ごしていた。
だからこそ。
私達がこの街に滞在することに、何の違和感もないと思えた。
しかし、ノムから最後の魔術を教わった今、私も近く、この街から巣立つ時がくるのだろう。
この街の居心地の良さに流されて、忘れられていたその予感。
そして、その結論を、今まさに。
彼女から告げられるのでした。
*****
「聖書で語られる天界神話では、悪魔と呼ばれる存在の脅威から、神、そしてその使いである天使が、人間を守護してくれている。
でも、それは創作の話であり、現実の話ではない。
・・・。
エレナは・・・。
天界神話って、作り話だと思う」
「まあ、そりゃーね」
「私は・・・・・・」
「えっ?
ノム、信じてるの?
ノムって、あんまりそんな超常的なものは信じない派だと思ってたのに。
『理論的なこと以外は、ありえない、キリッ』。
みたいな」
「まあ、基本的には無いとは思うけど。
全部が虚像なのかなー、って。
エレナ、神話に詳しそうだから、何か知ってないかなって?」
「私は、創作された話しか読んだことないから。
古代時代の実際のナンラカはわかんないよ。
あー、でも。
『グランドホール』ってところを悪魔が拠点にしてて、今でもそこに悪魔が住み着いている、かも。
みたいな話は聞いたことあるかなー」
そんな伝説を利用した観光地、だとも言われている。
人が大自然の脅威を感じる場所には、自然と物語が後付けされるものだ。
「じゃあ。
ほんとに悪魔がいないか、見に行こうか」
「にゅ?」
「グランドホールって、実はここの近くにある」
「そうなの!
神話好きの私としては、是非行きたい!」
「んじゃ、さっそく行こうか」
「行くー!」
*****
ウォードシティーから北東に歩いて3時間。
『穴』のような存在は、全く視界に入らず。
たどり着いたのは、ノムと一緒に法陣魔術の特訓をした、白い花の咲く緑の丘。
あの日と同じく、涼やかな風が吹き抜け、東を向けば偉大なる中央山脈が、その奥の世界をひた隠す。
目的地はまだ先なのか?
ちょっとここらで休憩したい。
「まだ歩く?」
「いや、ここでいいよ」
「よくないし。
ここ、凹じゃなくて凸でしょ。」
「よい」
「だめ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「ここなら十分離れてる」
「何がさ?」
噛み合わない会話。
それが違和感を膨張させていく。
そして、事実が告げられる。
「エレナ。
・・・。
グランドホールって、実は、ここからもっと東の国にあるの」
「東の国って、中央山脈を越えた先でしょ!」
つまり、本日中に到達することは不可能であったということであり。
つまり。
「なんで、嘘ついたのさ」
嫌な予感が私を包み、苦い笑みが零れ出る。
そう、きっと彼女が求めていることは・・・。
「約束、覚えてる?」
「覚えてないよー」
「私と同じくらい強くなる、そして。
私よりも強くなるって」
「それは、まだ先の話」
「エレナがどれくらい強くなっているのか。
本当はそんなことは、戦わなくてもわかってる。
・・・。
けど」
「ならやめよう!」
「でも。
エレナじゃなくて、『私』がどれくらい強くなったかは分からない。
ずっとわからなかった。
比較する対象もなかった。
強敵と戦う機会も無かったから。
でも、それは、今日わかる」
「戦わなくても大丈夫。
ノムは最強の魔術師だよ」
「エレナはまだ、世界を知らないだけ。
私なんて、世界的に見ればまだまだ弱者。
上は、もっといる。
でも、いつまでも弱いままでいるつもりはない。
エレナのことも守れないし。
エレナと・・・。
エレナと2人なら。
もっと強くなれる」
「ノム」
「私と戦って欲しい。
今。
全力で!」
白銀の聖杖が私に向けられる。
天から降りそそぐ陽光が反射し、キラキラと煌く。
二人の間を吹き抜ける風。
丘を覆うグリーングラスがなびき、白い花びらが宙に舞う。
彼女の願いを受け、私ができること。
それは。
全力で。
今の私を見せることだ!
「ノム。
やるからには、負けないから!」
「急に生意気」
彼女へ向けた蒼の剣。
そこに決意と感謝を込めて。
さあ、始めよう。
私の成長を示すために。
*****
永遠に続くかのような時間。
そこに終点を設けることが、強く躊躇われる。
撃てば返し、返せば撃つ。
魔術と魔術が共鳴し、響き合い、相殺し、弾け、舞い踊る。
そして、計ったかのように2人の足が同時に止まる。
久しくなかった静寂の時間が訪れる。
澄んだ空気をめいいっぱい吸い込んだのち、それをゆっくりと零していくと同時に、脳内に溜め込んだ考察も、いっしょに零れ落ちた。
「ふぅ・・・。
ノムに本気を出させるには、まだもうちょっと強くなんないと駄目かな」
もちろん、彼女が多少の加減をしてくれているのはわかっている。
しかし、それでも。
『私の成長を示せている』。
そう感じれることが、なによりもうれしいのだ。
だから、私は笑みを見せる。
彼女へ向けて。
伝えたい、感謝の気持ちを込めて。
「・・・ふふっ。
・・・。
ふふっ、あはっ、あははははははっ」
彼女は笑った。
目を固くつむり、肩を揺らして。
光り輝く緑の丘に響き渡る、屈託のない笑い声。
その、陽光のように明るい微笑みを。
私は、様々な思いを心に馳せ眺める。
「楽しかった?」
「ふふっ。
とても、楽しかった。
というより。
楽しいよ、エレナと一緒にいて」
優しい声。
それが私の心を撫でてくれる。
今は穏やかな微笑みで、私を見つめてくれている。
「ノムー、たまにはかわいいこと言うね」
「そうだね」
一段と強い風が吹き抜けると、東、中央山脈の方向を向き、そして声を響かせた。
「私が教えられることで、重要なことはすべて教えた。
闘技場のランクも制覇した。
エレナ。
そろそろ、この街を出ようと思ってる」
「そうなんだ。
で、これからどうするの?」
「星降りの学術都市、クレセンティアに行ってみたい、って思ってる。
東世界、オルティア。
中央山脈を越え、さらに海を渡った遥か遠い場所。
・・・。
エレナ。
・・・。
私と、一緒に、行かない?」
「私は、いっつも連れてって、って言ってるじゃん。
もちろん、行くよー」
私の同意に、笑顔で返してくれるノム。
新しい約束が結ばれて。
そして。
新しい旅が、また始まるのだ。




