Chapter18 武具収束奥義 (4)
【** エレナ視点 **】
「勝者、青、エレナ!」
そのアナウンスを受け、観客席は本日最大に沸きあがる。
外周の熱に反するように、私は冷静に本戦闘について振り返る。
彼女に与えた一撃の雷槍が、彼女の敏捷性を奪い、結果的に彼女と私の敏捷性が逆転する結果を生んだ。
これが戦況を大きく変えた。
あの一撃が存在しなければ、勝敗はどちらに転じたか、わからない。
「ミーティアちゃーーーーん!」
「ミーティアさん、大丈夫ーーー?」
「俺のミーティアちゃんに傷をつけたな、コノヤローが!」
ミーティアを気遣う声多数。
私、マジ悪者扱いで超不憫。
私の雷撃を複数回被弾した彼女は、体の制御が正常に効かないらしく、地に尻餅をつく形で座り込んでいる。
深い傷はないと思うが、『無事』と呼ぶ、そんなわけにはいかない状況。
さすがに心配になり、声を掛ける。
「ミーティア、大丈夫?」
私の問いかけに反応を示したミーティアは、なんとかかんとか起き上がり、足を引きずりながら、私の方に数歩近づいた。
その間も、彼女は笑顔を絶やさなかった。
体の痛みは相当あるはずだが。
「あー、負けちゃった負けちゃった。
残念、残念。
この前までは、余裕で勝てるー、と思ってたのになー。
エレナ。
また強くなった?」
「いや~、わかんないっすけど」
適当な回答で誤魔化す。
『強くなったと思います』、とは言えなかった。
なんとなく。
「ふふっ。
でも、楽しかったわ。
・・・。
あと。
ちゃんと優勝すること」
いつもの小馬鹿にした感を含む嘲笑ではなく、すがすがしい笑顔を向けて激励してくれる。
応えたい。
「わかりました」
激闘を共にした彼女に向けて、私は率直に、力強く答える。
残り、あと2戦。
全力で。
*****
ミーティアが救護班のアシュターからヒーリングの魔法をかけてもらう様を見届けたあと、東の入場門から退場し。
門の真下まで到達した時点で、改めて、左右の手に1本づつ握った折れた槍を、それぞれ見つめた。
・・・。
さて。
やばい。
武器が壊れてしまった。
私は脳内にアクセスし、取りうる案を検討していく。
案1。
宿に予備の武器があるので、早急に、これを取りに帰る。
懸念点は、次の1回戦の最終戦と準決勝Aブロックの2戦が終わるまでに帰ってこれなければ、対戦相手、おそらくアリウスの不戦勝になってしまうこと。
この2戦が長引いてくれればなんとかなるが、長引く保障はどこにもない。
リスクが高すぎる。
案2。
イモルタの武器屋で槍を購入する。
この案なら、この折れた槍と、全く同じ武器を入手できる。
イモルタは予選で敗退しているので、今日は武器屋にいるかもしれない。
しかし、今日の試合を観戦しに来ている可能性もあり、武器屋が開いていない可能性もある。
本案もリスクが高い。
案3。
臨時出展の武器屋で適当な武器を購入する。
闘技場のトーナメント開催中は、闘技場前の広場で、多々露天が開かれる。
その中には、武具店や防具店も多少ながら存在する。
残念な点は、取り扱う武器が安物しかないことだ。
だがしかし、丸腰でアリウス戦に望むよりは多少なりマシだろう。
脳内会議の結果、案3を採用することとする。
以上。
その決断を下した瞬間。
幸運にも、案4が向こうからやってきた。
「エレナ!」
私を呼ぶ声がする。
その声の方向に視線を送ると、その視線はそのまま下方へ移動。
背丈の低い、水色の短髪の少年。
魔導工学の天才。シエルだ。
「シエル?
どうしたの?」
「作ったぞ」
何を?
弁当?
そんなキョトン顔をしていると、シエルは『わかれよ、バカ』と言わんばりの苛立ちを表情に乗せてきた。
いや、そんな顔されても、困るです。
「受け取れ」
ぶっきらぼうにそう言うと、彼は鞘に入った剣を、ポイっと投げて渡してくれた。
一目で尋常じゃなく高価なものだと見抜いたよ。
その割に、ゾンザイな扱い。
しっかりと両手でキャッチすると、細部までその姿を確認していく。
通常サイズの剣より、一回り小さい。
かといって、小剣、短剣と呼ぶには大きすぎる。
早速、鞘から剣を抜いてみる。
その剣には、多くの意匠が凝らされている。
一番の特徴は、鍔の部分。
大きな1つの青い宝珠、そしてその下に小さな3つの青い宝珠がはめ込まれている。
鍔の形状は黄金色、小さな龍の翼のようなデザイン。
また刀身の中心部は、青。
そして、刀身の鍔に近い部分にはルーン文字と思われる刻印。
美術品としても価値がありそうな。
まごうことなき、一級品。
・・・。
これ、私にくれるの?
疑問に満ちた表情を浮かべ、目をパチクリしていると、
「約束しただろうが」
と言われてしまった。
『俺がお前の武器を作ることに時間を割く』、『お前は俺の実験のために時間を割く』。
確かに、そんなやりとりは行ったが。
「いや、でも。
こんな高級そうなもの。
私、代金払えないかも」
「金は要らないよ」
「そんな」
「その代わり、またゴーレム試運転の実験台になれ」
「体で払うのね」
なるほど。
かなり高くつきそうだ。
前回の試運転。
間違いなく、シエルは手加減していた。
次回は、さらに激しく扱かれるのだろう。
恐ろしい。
「1つ質問してもいいですか」
「なんだよ」
「『剣は魔法と相性が悪い』ってノムに聞いたけど、この剣って魔術に向いてなかったりするの?」
この街に来て、初めに教わった教訓だ。
それならば、なぜシエルは『剣』を作ってくれたのだろうか?
そのような疑問が生まれた。
「剣は魔法と相性が悪い。
その表現は、確かに正しい。
剣と魔法の相性が悪いのは、剣は魔導加工を施し難いからだ。
ルーンを彫ったり、コアを鍔の部分に取り付けるのが、比較的難しい。
が、しかし。
『難い』とは言っているが、『できない』とは言っていない。
つまりは、武具の作り手側の問題であって、作り手が十分な魔導工学的な技能を持っていれば問題ない」
「なるほど」
「それに、エレナのための武器を『剣』にしたのには理由がある。
エレナとゴーレムで戦ったとき、エレナは武器の槍を躊躇なく捨てて、魔法だけで戦い始めた。
そのときに思った。
重量のある武器は、エレナには合わない、と。
軽量で片手でも扱える剣を武具にすべき、だと考えた。
ついでに、雷属性が得意そうだったから、雷のコアを複数付加することで、雷属性の魔力を増幅制御しやすく設計してある。
あと、エレナの敏捷性を損ねないように、最大限軽量化してあるから」
あのときの一戦で、そこまでのことを考えてくれていたとは。
素直に感嘆。
さすが。
魔導工学の天才と言われるだけはある。
仕事に対する拘りは、他の追随を許さない。
「ちなみに、名前も付けてある。
『蒼の剣・ブルーティッシュエッジ』。
『ブルーティッシュ』の名は、暴れ舞う雷の暴龍をイメージしてのものだ」
『蒼の剣』という冠をつけられたその剣。
右手で握り、適当に2回素振りしてみる。
ブンブン。
この2振りで、『最大限軽量化』という言葉に納得。
見た目以上に軽い。
次に、少量の魔力を剣に流してみる。
魔導摩擦での魔力浪費が、今まで扱ってきたどの武器よりも少ないように感じる。
イモルタの武器屋には間違いなく売っていない、一品。
最高の性能。
最高の魔導効率。
しかも、槍、斧、大剣、刀、杖以外の武器であるので、その値打ちは、さらに上がる。
「ありがとう、シエル。
なんか、ミーティアがシエルのことを好きな理由がわかった気がするよ」
「お前がミーティアみたいに追っかけてきたら、ぶっ飛ばすからな」
根は優しい子。
ちょっと口、悪いだけ。
「はいはい、了解です」
改めて、蒼の剣を凝視する。
あまりの美しさに、吸い込まれそうになる。
かなり久しぶりに剣を握ったが、私の体はすぐに過去を思い出してくれるだろう。
おそらく。
私とこの剣の相性は抜群だ。
コイツとならば。
アリウスを倒せる。
「エレナ。
ここまでやったんだから、絶対に優勝しろよ」
そんな彼の激励に深く頷き。
私はノムが待つ観客席に向かった。
*****
「試合、ちゃんと見ててくれた?」
「見てた」
「どうだったー?」
「抜群によかった」
無表情の先生がサムズアップ。
日頃見れないアクションに、最高の賛辞の言葉を添えてくれる。
素直にうれしい。
次も頑張ろう。
「あと、エレナに文句言ってる奴等がいたから、軽く爆発させておいた」
「なにしてんの!」
「冗談」
「怖い冗談だね」
軽いのか重いのかわからん冗談が飛び出したところで。
ノムの醸し出す雰囲気が変わり。
話題の重さが180度回転する。
「エレナ、それよりも。
セリスが強い。
予想外。
想像以上。
間違いなく、アリウスの上を行く」
「もう一人。
セリスの相手になる、ディルガナさんって人は」
「雑魚」
「さようですか」
真剣な表情のままの先生から、2文字で即、切り捨てられた男性。
そうなると、Aブロックで勝ち抜けるのはセリス嬢だ。
と。
ここでノム先生が、とある違和感に気づく。
「エレナ、その剣、どうしたの?」
「秘密裏に、シエルが作ってくれてたんだよー。
私エレナのためだけにカスタマイズされた特注品。
それが、たまたま、武器が壊れたタイミングで納品された。
と、いうことです」
「なるほど。
気持ち悪いくらいにタイミングが良かったね」
「それ、本当にそう思うよ」
蒼の剣を鞘から抜いてノムに見せる。
その剣に、彼女の視線は釘付けになる。
魔導工学的な技術が散りばめられたその剣は、見所満載のようだ。
「そういえば、アリウス戦は?」
「もう終わった。
即。
アリウスの勝ち」
「アリウスの戦術に関して、何か気づいたことはない?」
「前回戦ったときよりも魔力が強くなっているように感じる。
でも戦術は同じ。
風術で牽制して、魔導術で致命的ダメージを与える流れ。
あとは不明。
相手が、相手にならなかったから」
「うーん、残念」
アリウス戦。
最初に、ある程度の様子見が必要かもしれない。
シミュレーションが勝手に始まる。
そのタイミングで、二回戦開始前のアナウンスが流れた。
「そろそろ戻らないといけないかな。
行ってくるね」
「エレナ、ちょっと待って。
これ、セリスの試合、見ていったほうがいい」
「でも、今から戻らないと私の試合開始に間に合わないかも」
「遅れても大丈夫。
ちょっと怒られるだけ。
それよりエレナ、始まるみたい」
*****
本戦Aブロック準決勝が始まった。
怒られる、ことは一旦忘れ。
先の決勝戦を見据え、可能な限り多くの情報を収集しようと試みる。
まず、最初に私の注意を引きつけたもの。
それは。
「セリスさんの武器。
アレ、なに?」
セリス嬢は、摩訶不思議な形状の武器を持っていた。
無理やり一言で言えば、『刃のない斧』。
長いシャフトの先に、2つの『牙』。
動物の牙のようなものが2本。
先端に1本、そこから少し降りた位置にもう1本。
この2本の牙を相手に刺して攻撃、は不可能。
牙の先端は内向きに曲がり、2本が向かい合う形。
肉食獣の口。
斧を叩きつけても、牙の側面が相手に当たることになる。
・・・。
何故、このような殺傷能力が下がる形状であるのか。
その違和感は、不安感に変換される。
嫌な、感じがする。
「ミーティアのレイブレード。
その雷術版。
雷の魔力を、あの武器で制御、増幅している。
2本の牙の間で雷を発生させる、のだと思う。
その雷は、大男を一撃で撃沈させる威力。
彼女はエレナと同じく、雷系の術が得意みたい」
「そうなんだ」
試合開始直後から、セリスに対するディルガナ氏は、遠距離からの魔術攻撃を繰り返す。
相手に間合いを詰めさせない連続攻撃。
魔術の属性に変化を持たせ、攻撃がワンパターン化しないように努めている。
セリスを自分に置き換えて、自分なら攻撃をどのように捌くかを考える。
対処できない攻撃はないが、全くもって油断はできない。
ディルガナ氏は、手強い。
しかし、それでも。
「遊ばれてるね」
セリスは、すべての魔術を回避、もしくは防御しており、トータルダメージはゼロを貫いていた。
激化する攻撃。
ディルガナ氏の焦りの感情が、こちらにも伝わってくるようだ。
それでも、セリス嬢は落ち着き払っている。
と。
ここで、ノムが何かを察知する。
「エレナ。
今、セリスの武器に、魔力が蓄積されていっている感覚、わかる?」
「・・・。
わかる、気がする。
武具収束術技、だよね」
「これは・・・。
武具収束術技、ではない」
そして『攻』と『防』が切り替わる。
セリス嬢は、相手ディルガナ氏に向けて侵攻開始。
ここから。
絶対に、目を離してはいけない。
視線をセリス嬢に確実に固定した状態で、横からノムの解説が聞こえてくる。
「戦闘中。
常時継続して武器に魔力を流し続け、魔力を徐々に蓄積してゆく。
魔術を蓄積しながら戦闘を行う。
そして。
相手に隙が産まれた、そのときに。
その魔力を。
相手に。
全て、叩きつける」
侵攻を食い止めるべく、ディルガナ氏は魔術攻撃にて迎撃。
しかし、その全ての攻撃は既視。
完璧に見切られ。
そして、あっという間に、2者間の距離がおよそゼロになった。
「そう、それが・・・」
セリスが武器を振り上げる。
そして。
武器から、雷のエネルギーが無際限に溢れ出し。
相手に叩きつけられる、それは。
大地を抉る、天空から落とされる災い。
<<バギヂッギガガガギギギバビガビバッ!!!!!>>
「武具収束奥義!」
雷が、相手に絡み、包み、焼き焦がす。
青い光を放ち炸裂する空間。
その光が私まで到達し、目に焼き付いていく。
それは観客席にいる全員にも届いているはずで。
その圧倒的な光景にあてられて、場内は静寂に包まれた。
相手は倒れ。
倒れながらも、雷に追いかけられる。
・・・
十分量の静寂の時間が確保されたのち、セリスの勝利を告げるアナウンスが場内に発される。
それを受け、歓声が、大きな波を生む。
セリスが放った一撃の持つ圧倒的攻撃は、場内の皆に伝わった。
その事実が、歓声の大きさとなって表現される。
もちろん、それは私にも伝わっていて。
呆気に取られ。
勝利が確定した後もステージに残る、彼女の立ち姿を見つめていた。
恐ろしく、かつ美しい。
そのまま彼女が退場門をくぐるまで視線を送り続け。
完全に姿が消えたあと、ノムに問う。
「今の、何?」
「斧と雷の武具収束奥義、『オーバーヴォルトストライク』。
斧に雷の魔力を蓄積し続け、物理攻撃と同時に、一気に解放する。
武具収束奥義と武具収束術技とで異なる点は、戦闘を継続しつつ、別の術を放ちつつも、奥義のための魔力を、別途蓄積し続けること。
通常の攻撃用の魔力、奥義用の魔力を並列で、別のものとして扱う。
それを実現するためには、途方も無い魔術制御力が必要になる。
しかも、今回は雷術。
制御が特に難しい雷術で、あれだけ莫大なエネルギーを蓄積可能であることから考えて。
やはり彼女、只者ではない」
『武具収束奥義』。
見せつけられた、圧倒的な力。
恐怖と現実を、突きつけられる。
「相手の人、大丈夫かな」
撃沈したディルガナ氏。
ボロボロになり突っ伏した彼の姿と、未来の自分の姿を否応なく重ねてしまう。
周りには複数の白衣。
救護班の方々の渾身的な処置が続いている。
「ちょっと、危険な状態かも。
エレナも。
あの一撃だけは直撃しないように気をつけて」
「棄権していい?」
「致命傷さえ受けなければ、私が治癒するから大丈夫」
「だからー!
その致命傷を受けそうだ~、って言ってんの!」
*****
「エレナ、来たか。
棄権したのかと思ったぞ」
強敵セリスの情報収集をギリギリまで粘ったのち、西の入場門に直行。
係員の人から小言をいただきながら、スピードを一切落とさずに門をくぐると、そこで、アリウス・ゼストが待っていた。
『デートに遅刻』というフレーズが浮かんで、すぐ消えた。
「それも考えましたけどね」
アリウスは強い。
でも。
そんなことを言ってたら、セリスさんには絶対勝てない、かな。
新鮮な空気を取り入れ。
間を取り。
自分なりの精神統一。
内なる闘志を沸かしなおし、前へ。
「でも、やっぱり、私が勝ちます!」
「俺も、負けるつもりはない!」
「本戦、Bブロック準決勝・・・。
はじめっ!!」
*****




