Chapter17 法陣魔術 (1)
「あー・・・。
昨日は『本気で勝負』、とかなんとか言ったけど。
あんまり気を構えなくっていいから」
「なんだよそれ」
神聖術習得の次の日。
昨日の彼女の発言で少しばかりソワソワしている私に、ノムが告げた。
ノムからの信頼を感じて、純粋に嬉しかった。
それと同時にやってくる恐怖、トラウマ。
爆破されたり、消滅させられかけたりした過去。
その過去を、闘技場での修行で得たものが、どれだけ上書き更新してくれるのか。
などと考える。
「私はただ自分の訓練の相手が欲しいだけ。
この街でエレナは強い魔物や魔術師と戦って、8ヶ月で急激に強くなった。
でも私は、自分より強い人と戦えない。
世界には私より強い人間なんて、何人だっている。
でも私がその相手と戦うことになるときはおそらく、生死をかけた戦いであると思われる。
それに、強敵がいても、なかなか『相手をしてください』とは頼めないでしょ」
「エルノアに勝負してくれって言うようなもんだもんね」
「だからエレナばっかり強くなって、たいへん不公平」
「不公平って」
ムスッとした表情を浮かべるノム。
そんなことを言われても困ってしまう。
「でも・・・。
エレナが私に近づいてくれれば、いろんな魔術の訓練ができる。
私はもっと強くなれるはず。
そうしたら。
・・・。
エレナのことも守れるし」
ムスッとした表情が微笑に変わり、心を撫でる。
「ノム・・・。
約束する。
ノムと同じくらい強くなるって。
ノムの相手するって。
今までみたいに、ノムを怖がってるばっかりじゃなくて」
ノムのこそばゆいような優しさに心を打たれ、私も彼女の願いに答えたくなった。
何年かかるかはわからないけれど。
いつか必ず。
「『同じぐらい』、というよりも、私はノムよりも強くなるからね」
「ばーか」
「本気なのに」
「じゃあ、最後の術を教える」
「よろしく」
*****
「これが私が教える最後の魔術。
その名前は、『法陣魔術』」
「法陣魔術?」
「魔術の使用の際に『魔法陣』を用いる」
「魔法陣って、よく魔導書の類に載ってるアレだよね。
術を使う前に地面に魔法陣を彫ったりするの?」
「『魔術光』で描く」
「魔術光?」
「その前に、法陣魔術の原理から説明する。
以前、『12点収束は有用ではない』って話をしたの覚えてる?」
「覚えてる。
三点収束、六点収束ときたから、次は12点収束になりそうだけど、そうでもないって」
「確かに、収束点を12点に増やすことで効率が上がることも確かなの。
また、描かれる図形が円に近づく。
魔力にとって円というのは一番安定した図形だから、さらに効率が良い。
しかし逆に、点を増やすことでコア同士の反発がとてつもなくなり、魔術摩擦が激増、結果的に効率を上げることが難しくなる。
また、点数が増えれば、その分制御も難しい」
「なるほど」
「しかし、六点収束以上に魔術の威力を上げる方法が存在する。
それが法陣魔術。
まず初めに、法陣魔術では点収束を行わない」
「どういうこと?」
「地面に魔法陣を描き、その魔法陣に多量の魔力を集める。
1点に魔力を収束するのではなく、魔法陣全体に魔力を流す。
そして魔力が十分に集まったら、魔法陣全体に対し放出制御を行い、魔法陣内で、もしくは魔法陣の外へ向けて、エネルギーを放出する。
これが高等魔術のさらに上位。
超高等魔術である法陣魔術」
「点でなく、魔法陣に集めるって感じか」
「ちなみに、魔法陣がなければただ魔力を捨てているのと同じ。
魔法陣があって初めて、多くの魔力を制御できるようになる」
「で、魔法陣はどうやって作るの?」
「『魔術光』で描く。
魔術光というのは、エーテルとプレエーテル、そして対応する属性の魔力が合わさって生成される光。
魔導が紫、炎が赤、光が桃色、風が黄緑、雷が青、封魔が水色に光る」
魔法陣を地面に彫って実現する場合、魔法陣描画完成までに多大な時間がかかる。
しかしこれを魔術で作成できるのなら、前準備時間を大幅削減できると思われる。
ここで頭の中で、魔法陣描画をイメージしてみる。
まず、大きな丸を描く。
が、この後どう描けば良いかがわからない。
「魔法陣って、具体的にはどんなのを描くの?
外周の円だけ?」
「その辺を、今からやる。
じゃあこれ、魔導学概論とペンね」
ノムからノートとペンを受け取る。
するとノムは、もう1冊本を取り出す。
使い込まれた感のある、厳かな雰囲気を持った本だ。
「私のノート。
図書館にはあんまり良い法陣魔術の書籍がなかったから、私のノートを使う。
これに、6つの属性ごとの基本的な法陣魔術の魔法陣のデザインを描きとってるから。
エレナのノートに描き写して」
ノムのノートを受けとり、パラパラとめくっていく。
図を織り交ぜながら、手書きの文字でびっしりと埋まっている。
魔術に関するノムの知識、その努力の結晶、知的財産が、この1冊に詰まっているのだ。
少しの感動を抱きながら。
途中までページを送ったところで魔法陣が現れる。
魔法陣の上には、『魔導』『アークエーテル』と書かれている。
次のページの魔法陣の上には『封魔』『グレイシャル』と書かれている。
さらに続いて『炎』『光』『風』『雷』と、全部で6種の異なる魔法陣を確認した。
円形であることは共通だが、属性ごとに魔法陣のデザインが異なっている。
「属性ごとにデザインが違うんだね。
法陣魔術は、これとまったく同じデザインじゃないと発動できないの?」
「そうではない。
でも、このデザインは、過去様々な魔術師が法陣魔術を使い、結果をフィードバックして洗練させてきたもの。
だから、最初はこのデザインから始める方がいい。
自分なりのデザインに変えることは後からでもできる。
だから、これらの魔法陣のデザインは、ちゃんと暗記して」
ここまでの説明に納得し、私は魔法陣の複製を開始する。
1つ目の魔導属性の魔法陣を描き写す。
「魔法陣のデザインは複雑だけど、この中で重要な2つの要素がある。
1つは『スコア』と呼ばれるもの。
これは、魔法陣の外周に沿って刻まれるルーン文字で書かれた文章。
この文章は、魔法の詳細を表している。
もう1つが『主図形』と呼ばれるもの。
これはスコアの内側に刻まれる、魔法陣中で最も大きな図形のこと。
これは魔術の放出をイメージした図形に対応する。
この2点を確認しながら描き写してみて」
スコア、主図形の順に書き写し、その後その他の細かい部分を複写していく。
複写が完了したのを確認して、ノムが説明を再開する。
「今描き写した魔法陣は、魔導術の法陣魔術『アークエーテル』のための魔法陣」
「アーク?」
「『アーク』という接頭語には、『大天使』、『大天使級』という意味が込められている。
天界神話の大天使が使う魔法であることから、この言葉が用いられるようになったらしい」
「神話レベルの魔法ってことか。
すごいな」
「世界広しといえど、法陣を使える魔術師はなかなかいない。
エレナも今まで見たことないでしょ」
「ないと思う」
「今回のステップの目標は『法陣魔術を覚える』。
今までの修行の集大成。
持てるすべての力と知識を注ぎ込んで」
「習得、できるんかいな?」
「法陣魔術習得のためには、まだ魔力が足りないから、もう少し闘技場で鍛えてもらうことになる。
でもその前に一度、法陣魔術がどういうものかを見せておきたい。
あと、私が本気で魔法を使うところも、一度見せておきたいし」
「おー!
見たいかも」
*****
いつもの平原から北東方向に3時間の登り道。
徐々に標高が高くなり、遠くを見晴らせるようになる。
そして、一段高く広々とした丘に到達。
小さな白い花が無数に咲き誇る。
吹く風は、ウォードシティ外れの草原のものよりも、強く、冷ややかに感じる。
遠く、東の方向には高い山脈群がそびえる。
中央山脈、グレートディバイドと呼ばれる、私たちが今いる西世界と向こう側の東世界を分断する、世界最大の山脈だ。
この山脈により東西は分断され、東と西で大きく異なる文化が形成される要因となった。
この山脈はただ広大で標高が高いだけでなく、危険な魔物が生息する場所になっている。
それ故に、この山脈を越えるためには、冒険者として高い知能、技能が必要になってくるのだ。
ウォードシティーの冒険者ギルドにも、この山脈を越えるための護衛の依頼が多く出されているようで、この護衛職を生業とする冒険者もいるそうだ。
山脈の先の世界に思いを馳せていると、ノムが声を掛けてきた。
「時間も限られてるから、早速、法陣魔術を見せる。
エレナ、よく見ていて。
最初に見せるのは、アークレイ。
光属性の法陣魔術」
「よろしくお願いします」
緊迫感を受信し、畏まった返答をする。
広大な緑の丘。
その上に、1人の少女が佇み。
陽光に照らされ、光り、輝く。
その光景は。
私には、物語の一節のようにも見えた。
白銀の杖が高く掲げられ。
次の瞬間、その杖のコアを中心に、魔力が爆発的に噴き出した。
間違いなく過去最大級。
一瞬で、これから発動される魔術の規模が想像できる。
直径10メートル程度。
ノムの前方に、巨大な桃色に光る魔法陣が現れ。
その魔法陣上の空間が桃色に輝きだす。
魔力の解放を続けるノム。
その魔力は法陣内に蓄積するように制御されているが、その内の幾分かは法陣の外に漏れ、逃げ出てしまう。
その漏出した魔力が私まで飛来し、後方へ退きたくなるような圧力を与えてくる。
さらには、この圧力から、現在の法陣の中の魔力密度が自動計算され。
その計算結果が、畏怖の念を産み出す。
トリハダスゴイ!
魔力収束が進むにつれ、法陣内の光が強くなるにつれ、私に到達する魔力圧は増え続ける。
まるでリミッターが外れたかのように、小さな大魔術師から放出され続ける光の魔力。
この小さな体のどこに、これだけの魔力が隠されているのか。
信じられない現実を目の当たりにし。
ノムが口にした『本気』という言葉に嘘偽りなし。
最強の魔術師。
その存在が今、目の前にいる。
「収束完了」
ノムの声が聞こえたが、それを無視して魔法陣を見つめ続ける。
可能な限り、魔法陣を目に焼き付ける。
ノムはそのための時間を十分に取ってくれる。
そして。
「アークレイ!」
声高々に、その名前を叫んだ。
その瞬間。
魔法陣が、さらに強烈な光を放ち。
無数の光の槍が天に伸びる。
ギギギギという甲高い音を響かせて。
その光槍は止め処なく。
空間中を貫いていった。
迫りくる魔力圧と風圧に耐え、必死にその現象を捉える。
もはや人間のなす業にあらず。
天災の域に入っていると感じた。
そして、光の雨が止み。
彼女から溢れる解放魔力も消滅した。
「まあ、こんな感じ」
あまりの出来事で、魂を持ってかれそうになった私に、徐々に興奮の波が押し寄せる。
「すごい!すごい!
なんだよ、これ!?
攻撃範囲広すぎだし!
敵に逃げる場所ないじゃん!
ノム、無敵じゃん!」
直径10メートルの超広範囲攻撃。
大規模自然災害級の威力。
彼女が敵対する相手だったと考えるとゾッとする。
「そうでもない。
まず、効果範囲は広いけど、1人の相手に与えられるダメージは、六点収束とそこまで大きく変わらない。
次に、魔力消費量が莫大。
そして何より、収束に時間がかかり、そこで隙が生じてしまう。
結構、弱点が多いかも」
「威力すごくあったよ!
ノムそんなに疲れてないよ!
収束、十分速かったよ!」
一般的に考えると弱点があるが、ノムにはその一般論は通用しない。
そのように捉えた。
興奮でニヤニヤがとまらない状態。
この魔術があれば、相手が何人いようと関係ない。
軍隊とだって戦える。
「んーじゃあ、次、いってみようか。
封魔術の法陣魔術、アークダイアブレイク。
別名、グレイシャル」
「ほら!
やっぱり疲れてないじゃんか!」
あれだけの魔術を発動しておきながら、あれと同等レベルと思われる魔術を連続発動するらしい。
ノムはすでに、聖杖を天に掲げている。
その状態で一時静止。
天から降りそそぐ光を存分に浴びたのち。
魔力収束が開始される。
水色の魔法陣。
先ほどと比較して小型、直径5メートル級。
しかし、そこに注ぎ込まれる魔力量は、先ほどの桃色法陣を超えている。
魔法陣から溢れ出す解放魔力から、それを明確に判断できる。
空の色と同系色の、封魔属性が産み出す水色の光。
魔法陣の上部空間のみ、空の色が濃くなっていくようなに感じる。
封魔魔力による太陽光の反射。
封魔魔力自体の発光。
それらが合算され、私の目に届く。
色、光、魔力圧。
リミットが存在しないかのように増加し続け。
そして。
再度ふたたび、トリハダスゴイ!
「グレイシャル!」
発動!
バギバギッという氷が割れるような音を響かせ、魔法陣から巨大な氷山群が出現。
空間を突き破り、魔法陣の範囲を大いにはみ出し、天高くそびえ立った。
そして、氷塊が最も高く成長したとき。
一瞬の間。
その間を置いて、氷塊は一気に砕け散った。
・・・
砕け散った氷塊は、太陽光を反射し煌めきながら、空間中に溶けていき。
何もなかったかのように、消滅した。
「こんな感じです」
「ここは北極ですか!」
その魔法が『グレイシャル』、つまり『氷河』と呼ばれる理由は良く分かった。
最大級大げさに言えば、『神の御技』だ。
・・・。
これを、私が習得すんの?
マジで?
威厳を示してくれた大先生が、私に近づいてきた。
若干、彼女がいつもより大きく見える。
心理的に。
「法陣魔術のコツを教える。
まず、魔法陣はある程度大きいほうがいい。
小さいと、描画が詰まって描きづらく、また魔力が魔法陣の外に漏れやすくなる。
魔法陣が描けないと話にならないから、まず最初は、魔術光で魔法陣を描く練習から始める。
これが描ければ、収束については法陣の上に魔力をありったけ流すだけ、といえばだけ。
難しいのは放出動作。
いままで一ヶ所のコアに行なっていた操作を、魔法陣全体に対して行う必要がある。
これはもう、とにかく、ひたすら練習するしかない。
と、いうことで。
じゃあ、さっそくやってみて」
「できません!」
改めてノム先生との実力差を痛感した一日。
まだまだその差は海溝級。
海溝を埋め立てるため、再び闘技場生活が始まるのでした。
*****




