Chapter16 神聖術・闇魔術 (2)
なかった。
小一時間念入りに捜索したが、疑わしき書籍は見つからず。
がしかし、教会の図書館にどんな種類の本が置いてあるのか見て回れたので退屈はしなかった。
特に聖書、神話、歴史書、医学、薬草学、農学などの書籍が充実しており、ウォードシティの図書館とは扱う内容が少し異なっていた。
探索が終わると、ノムは2冊の本を持ってきてくれた。
1冊は神聖術に関する書籍。
白い表紙に黒字で『マリーベル教における神聖術法』と書かれている。
もう1冊は対闇魔術に関する書籍。
黒い表紙に白字で『退魔師団監修 闇魔術に対する防衛魔術』と書かれている。
2冊を受け取ると、夕方まで読書の時間となった。
ノムも気になった本を数冊見つけたようで、私の前に座ってページをめくり始めた。
本のタイトルは『聖水生成法』『マリーベル教聖地 オルティア編』『応用封魔術』。
あとで要約だけ教えてもらおう。
読書の時間はあっという間に過ぎ、夕刻。
しかし私は、まだ1冊目の神聖術の本を読み終えていなかった。
ノムと相談した結果、2冊の本を借りさせてもらうことに。
くだんの修道女さんにお断りし、私たちは教会を後にした。
*****
「結局、本、なかったね」
宿への帰り道、私はノムに話しかける。
「赤い本、結構たくさんあって大変だったし。
グリモワールなら探すの簡単なんだけどなー。
本から溢れる魔力を感知すればいいし。
・・・。
って、死霊術のグリモワールなんて、教会にあったら大事だよな」
「マリーベル教会の本部にならあるかも」
「あんの!」
「対死霊術開発のため、だろうけどね」
「ノム、マリーベル教の本部に行ったことあるの?」
「私は子供のころ、他のヴァルナ教員達と一緒に、世界中のマリーベル教の施設を訪問して回ったことがあるの。
ウォードシティの教会も立ち寄ったけど、私達が今いる西世界のマリーベル教会ミルティア本部、山を越えた先の東世界のマリーベル教会オルティア本部にも訪問した。
ミルティア本部、オルティア本部は教会の2つの総本山。
その佇まいは、教会というより城に近い」
「中程度の一国の城よりも大きい建物らしいね」
「実際、マリーベル教は、一国よりも強い兵力と権力を持つ。
世界中に教会が立てられ、世界中に多くの信者がいる。
この世界で最も信仰者の多い宗教」
「マリーベルって、どんな人だったの?」
「マリーベルは教会の言う救世主。
混沌の世に現れ、秩序をもたらしたもの。
秩序の女神とも呼ばれる。
紀元前、凶悪な魔物が世界中に跋扈していた時代。
救世主マリーベルはそれらの魔物を次々と退治していった。
そして混沌の元凶、大悪魔ネレイドと戦い勝利。
世界に平和が訪れた。
これが、聖書に書かれている内容」
マリーベル教信者ではない私も、マリーベル教の聖書は読んだことがある。
紀元前の魔物との戦いの記録、マリーベルの残した遺産、救世主として現世にも存在し続け、信じるもの、祈りを捧げるものを救済する旨が記載されている。
「聖書によると、封魔術や神聖術はマリーベルが作り出した魔術なんでしょ」
「そう言われている。
封魔術はマリーベルの起こす奇跡だと考える人もいるくらい。
でも紀元前の歴史書があまり残っていないから、正確なことはわからない。
ただしマリーベルが封魔術を得意とし、これを体系化したことは確かと思われる。
だから魔術学者達からは封魔術の大家として敬われている。
また、封魔術以外にもマリーベルは様々な遺産を残している。
12個の魔石がその具体例」
「封魔術が得意な学者気質の聖女とか、ノムそっくりだね」
「わたしは聖女って柄じゃないけど。
エレナは教会の師団については詳しい?」
「教会騎士団とか、退魔師団とかだよね」
「そう。
教会には重要な役割ごとにいくつかの師団が存在しているの。
秩序を守るための兵力を持つ教会騎士団。
呪われ暴走した魔物や闇魔術師と戦う退魔師団。
マリーベル教を布教したり対外的な役割もある使節団。
各教会施設間で情報を渡すための伝達師団などがある。
退魔師団は少数の精鋭部隊。
団員1人1人の能力は、教会騎士団員とは比較にならない」
「闇魔術師と戦うってことは、神聖術や封魔術が得意で、対闇魔術のエキスパートってことだよね」
「その通り。
今日エレナが借りた2冊の本は、退魔術師の必読書。
エレナが退魔師団に入団したいのなら、熟読する必要がある」
「そんな気はないですけどね」
マリーベル教について、そんなこんないろいろと話しながら宿へ歩を進める。
とここで、見覚えのある桃色の長い髪と漆黒のローブが目に入る。
「おっ、エルノアがいる。
あそこのパン売ってるとこ。
ちょうどいいし、報告に行ってくる」
「私も行く」
*****
「あ・・・」
「エルノア」
「エレナ、また会ったわね。
それにノムも」
「エルノア、教会の図書室に本がないか見てきたんだけど。
やっぱりなかった」
「そうですか。
手に本を持っているから、もしかしたらとは思いましたけど」
「あー、これは神聖術の本と対闇魔術の本。
私が読むために借りてきたんですよ。
まあさすがに、対死霊術の本はなかったですけどね」
そう言って本の表紙をエルノアに見せる。
「では、何かお礼をしないといけませんね」
「いやいや、本見つかりませんでしたし。
お礼とかそんな」
「そうですね。
例えば、私の知る死霊術の極意をお教えしましょうか。
エレナさんは魔術素養が高そうですし。
良い死霊術師になれますよ」
「要らんです」
「そうですか、残念です」
天使の微笑みで邪の道に誘うエルノア。
彼女のお茶目な一面が出たようだ。
「ではお礼はまた今度会ったときまでに考えておきますね。
では私はこれで失礼します」
去っていく彼女を見送った後、私たちも宿へ足を進めた。
*****
夕食後、宿に戻った私は早速、お借りした神聖術の本から読み始めた。
タイトルは、『マリーベル教における神聖術法』。
マリーベル教会の教会騎士団の魔術師育成院が監修している。
はじめの1章に神聖術の概要、マリーベル教会や教会騎士団の簡単な説明があったのち、
2章では封魔術と光術の習得、発動に関する解説、
3章では最も簡単な神聖術である『セイント』、及び次レベルの『セイントクロス』の習得に関して、
4章では神聖術と槍術の武具収束術技に関しての詳細が記述されていた。
特に私が重視すべきは3章の内容だ。
『セイント』は光と封魔術の合成術。
光光封の三点収束により実現される。
光のコアを左上と右上に、封魔のコアを下に配置する逆三角収束が推奨されている。
また放出法にも特徴がある。
魔力球を相手に向け飛ばした後、
相手に衝突した時点、もしくは衝突前に十字型に炸裂させる。
これは十字放出と呼ばれる放出法とのこと。
以前、ノムに『何で十字に放出するの』と聞いたら、『見た目的に神聖な感じがするから』との回答であった。
もちろん多少威力も上がるそうだが。
また最後に、術者によっては、光光封封の四点収束で実現する方が、習得難度や効率的な観点で良好となる場合がある、という補足が添えられていた。
次に『セイントクロス』。
これは光光光封封封の六点収束で実現する。
封魔のコアで上三角形、光のコアで下三角を作り、
これが合わさって六芒星が描かれる。
収束法は術使用者から離れた地点に魔力を収束する『スフィア収束』。
術使用者と相手の間に収束点を置く。
そして放出は『十字放出』。
地面に水平の十字型に放出させるが、この十字の4つの方向のうち相手に向かう方向に魔力を強く放出し、魔力を相手に衝突させる。
『セイント』よりも、さらに十字が大きなものとなる。
さて、神聖術の本を読み終えたことをノムに報告すると、次のステップのクリア条件を提示される。
条件は『セイントクロス』の習得。
いつものように魔導学概論のノートに魔術習得の条件を記載してくれた。
光23、封魔23、収束18、放出21、制御25。
熟練が必要な属性も光と封魔の2種類であり、収束、放出、制御の3技能もすべて高いレベルが必要とされる。
さらに収束法は『スフィア収束』、放出法は『十字放出』と、これまた特殊。
まさに、今までノムから習ってきたことの集大成のようだ。
セイントクロス習得開始前にもう少し魔力を向上させておきたかったので、私は闘技場の次ランクC1にエントリー。
問題なしの5連勝を飾った後、セイントクロス習得に取り掛かった。
*****
習得訓練と闘技場エントリを並行して繰り返し、およそ2週間が経過。
セイントクロスの習得は既に完了し、現在はその威力と見た目を改善する作業に入っている。
いい感じに仕上がってきました。
「要点を復唱しながら、ゆっくり集中してやってみて」
ノム先生からの指示を受け、セイントクロス発動を開始する。
「まずは、6芒星の頂点にプレエーテルを集める。
術者から離れた位置に収束する『スフィア収束』」
遠距離への収束は、術者近傍位置への収束とは比較にならないほど大変だ。
余分に集中力と魔力が必要になる。
「プレエーテルの収束が完了したら、属性変換。
封魔で上三角形、光で下三角形を描くように。
かつ、同時に6コア合成開始」
属性変換と合成が完了したコアは白く輝いている。
合成成功が確認できた。
さあ、問題はここからだ。
「放出は『十字放出』。
これが難しいんだよね」
セイントクロスの実現で、一番苦労している点がこの放出動作。
事前脳内シミュレーション通りの綺麗な十字にならず、ノム先生が付ける芸術点の点数も易々とは向上しなかった。
もう見た目とかどうでもいいんじゃない?
収束完了から、集中のため一端間を置く。
深く息を吐いたのち、神聖の魔力を開花させる。
<<キキキキキキキキキキキキキキキキキキキン>>
キンキンという甲高い音を立て、魔力が大きな十字を描く。
白色光が弾け飛び、空間を焼いていく。
その音と光が消えた後、ノム審査委員長の判定を待った。
「とっても、ばっちり」
「よーし!合格だ!」
緊張感で凝り固まった体をほぐすため、両手を挙げて体を伸ばす。
草原の空気もたくさん吸って、筋肉を緩和させるように努める。
苦労過多だが、今回も無事にステップアップすることができた。
次のステップは何だろう。
いまだ余力を残している私は、そんな思考を抱きノムを見つめた。
すると、彼女も私を見つめ返す。
そのまま少しの時間が流れる。
吹き抜ける風や、空間の静けさ、太陽の温かさを感じる。
そして、ノムが口を開く。
「エレナがこの街に来て、8ヶ月くらい経つかな」
「そうだね」
「最初は・・・。
ここまで到達するのに3年はかかる予定だった。
そして次に教える魔術は、きっと教えられないと思っていた。
でも、教えることができる。
それは、エレナが頑張ったから」
私をまっすぐに見つめる彼女の紫の瞳。
彼女をまっすぐに見つめる私の青の瞳。
「ノムのおかげだよ」
これまでになく長時間、視線の交換を堪能した上で。
私は感謝を伝える。
「そう、思ってる?」
「もちろん」
「じゃあ、私の願いを聞いてほしい」
ほんの少しのやわらかい微笑が、ほんの少しの真剣な表情に変わる。
「エレナ。
今から教えるのが・・・。
私の教えられる、最後の魔術」
「そうなんだ」
「エレナは、これを習得する。
そして、もっと強くなる。
強くなって。
私と同じくらい」
「ノム」
「私と同等に強くなって・・・。
そして。
・・・。
私と、本気で勝負してほしい!」




