Chapter15 魔導工学 (4)
【** エレナ視点 **】
試行を繰り返すごとに、上達するノムのゴーレム操作。
一時間程で完璧にマスターしてしまった。
先ほど相手にしたアシュターが操作するゴーレムよりも、さらに俊敏かつトリッキーな動きを見せている。
・・・。
ノム、うまくなりすぎ。
てか、うまくなんなくていいし。
何?
私、これと戦うの?
が。
その予測は、半分外れる。
ノムが操作していた紫色のエーテルゴーレムがステージ外に引っ込み、彩度高めの青色塗装のゴーレムが登板した。
塗装だけでも金かかってるんじゃないの。
嫌な予感しかしない。
すぐさま、ノムによる試運転が始まる。
その動きは、紫色のゴーレムではあり得なかった滑らかさ。
ぬるぬる動くよ。
そして機敏。
超動きいいし。
バージョンが上がったゴーレムの機動性に、ご満悦そうなノム。
精神的にも、物理的も、のめり込む。
一通りのウォーミングアップが完了すると、私に向けて宣告する。
「エレナー!
準備いい?」
「よくなーーい、帰りたーい!」
「じゃあスタート!」
『お前の準備が良かろうが悪かろうが、知ったことではない』、ということらしい。
ゴーレムに魅入られ心を奪われたかのようなノムは、問答無用で戦闘態勢に入る。
なんかもう、やるしかないみたいです。
*****
「ありがとう、楽しかった」
「全然、俺らより扱えてるし」
「逆に勉強になりました」
そんな呑気な感想を言い合う外野。
一方、私は、肉体疲労と精神疲労の合わせ技で死にそうだ。
直撃ではなかったが、数発の鉄拳を喰らってしまった。
操り人形のくせして、フェイントとか掛けてくるのだもの。
体がズキズキと痛み、呼吸が荒くなる。
しかも、私の魔術攻撃はことごとく回避されるし。
魔力浪費からくる精神疲労も半端ない。
ああ。
つらかった。
帰りたい。
もう。
勘弁してくれ。
「エレナちゃん、疲れてるっぽいけど。
大丈夫なの?」
「大丈夫、エレナはまだ全然余裕」
「みたいだな」
アシュターが私のことを気遣ってくれたようだ。
が、ノムとシエルはそうでもないらしい。
お前らなんなの。
似た者同士なの。
マッドサイエンティストの組合かなんかなの?
そんな、マッドサイエンティスト2号なシエルが声を上げる。
「エレナ!」
「終わり?」
「次は俺」
でしょうね!
「そんな私のこといじめて、楽しいっすか、S共」
「これが終わったら、エレナの武器作るって、ちゃんと約束する。
だから、本気で行くぞ」
「くんなー!」
そんな私の願いに反し、新しい魔導兵士が登場する。
・・・
黒か。
今までで一番美しい機体。
基本的な構造は今までのゴーレムと同じだが、細部に違いが見れる。
今までのゴーレムよりも制御可能な部分が多く、より細い指令を出すことができるのだろうと予測。
また、ゴーレム自体から感じる魔力も大きい。
もしかすると、バリアー機能とかもあるんじゃないか。
そして、デモンストレーションが始まる。
その動きは、天才ノムを遥かに凌ぐ、玄人が作り出す芸術的な動き。
俊敏さ、滑らかさ、動きの多様さ、鉄拳の速度。
私が相手をしてきたアシュターが操るゴーレムが、雑魚当然に思える。
全てが未知のレベル。
あー。
たぶん、これは駄目だ。
死ぬわ。
「いくぞ、エレナ!!」
もう。
反論する気力もなく。
くるんなら。
こいよ。
やってやる!
*****
ゴーレムの弱点、欠点。
それは遠距離攻撃ができないこと。
ならば当然、こちらは遠距離戦に持ち込む。
射程の長い風術トライウィンド、光術レイショットなどの魔術で相手を削る。
その作戦は、戦闘開始すぐに破綻する。
速い。
想定以上の敏捷性。
魔導工学の天才が制御する黒いゴーレムは、間合いを確保することを許さない。
私の発動する魔術を回避しながら、瞬間的に懐に潜り込んでくる。
これ、本当に機械なの?
その動きは、人間に近いのではなく、人間を優に超えている。
武器の槍で鉄拳を防ぎながら後方にステップする。
ここで、ある判断に至る。
槍が邪魔だ。
私は、敏捷性を少しでも高めるために、武器の槍を捨てる。
武器が地面に落下した音に気を配る余裕もなく。
鉄拳による連撃を回避し、隙を見て一気に距離を取る。
そのような努力により、中距離程度の間合いが確保される。
ひとまずの休戦。
相手も様子を伺っているようだ。
下手な魔術を放っても回避される。
ここまでの相手の応答速度を考えれば、そのような考察に至る。
何か作戦はないか。
・・・。
ゴーレムの操作者を潰すとか。
は冗談として。
地道に魔術で削りながら、隙を伺うしかないか。
その思考で、魔力の収束を開始。
先日習得した属性非限定の補助収束。
相手の出方次第で、属性を変える。
私の魔力収束を察した瞬間、ゴーレムが活動を再開。
私に向けて、一気に間合いを詰めてくる。
移動速度が速すぎて、トライバーストやトライスパークが成立する程の魔力が集まらない。
魔術を発動する余裕を与えてもらえない。
ゴーレムの鉄拳が攻撃に向けた溜め動作に入り。
右のストレート。
鋭く重い一撃が繰り出される。
隙がないのなら。
作るしかないのです。
私はその一撃を体を屈めて躱し、さらに前へ出る。
ゴーレムを通り抜け振り返ると、その背中の魔法陣を確認できる。
「いけっ!」
今収束できている全魔力を集結し、一点収束雷術をお見舞いする。
雷撃が炸裂。
ゴーレムがよろめき、バランスを崩す。
そう見えた。
次の瞬間、私の右から鉄の塊が襲ってくる。
攻撃被弾から、ノータイムの回転攻撃。
遠心力で加速した鉄の拳が、反射的にのけぞった私の顔面を掠める。
「あっぶな!」
とにかく間合いを!
バックステップで間合いを稼ぐ。
視線を上げ、敵を確認する。
ゴーレムは仁王立ち。
損傷した様子は見て取れない。
これ。
私の攻撃、効いてないよね。
初等魔術レベルでは効果は薄く、高等魔術だと発動の余裕を与えてもらえない。
ぬーん。
なるほど。
詰んだ。
少しのインターバルの後、ゴーレムが活動を再開。
私の卑屈な思考と苦笑いは強制的にかき消され。
私は黒い兵器との戦闘を再開した。
*****
「ふぅ・・・。
エレナ、もういいよ」
その言葉を境に、ゴーレムが活動を停止。
動力源が断たれ、覇気を失った。
嗚呼。
やっと、終わった。
満身創痍、疲労困憊。
体力も、気力も、魔力も搾り取られ、その場にへたり込む。
ヒットさせた攻撃の数。
ゴーレムから私に対しては3発。
私からゴーレムに対して12発程度。
細かく攻撃を重ねていった私。
しかし、何発攻撃を加えても、相手の外観と機動性に、変化は生まれなかった。
体力ゲージというものが存在するのならば、いったい私の攻撃で何パーセント程削ることができたのか。
その答えは私には分からない。
一方、ゴーレムの一撃は、私の魔術10発分くらいのダメージがあるのではないでしょうか。
「エレナ、ありがとう。
すごく良い試験になったよ」
ステージに上がってきたシエルが、そんな言葉を掛けてくれる。
よくわからんが、どうやら良かったらしい。
シエルに続いて、ノム、アシュター、フレバスもステージに上がり、労いの言葉を掛けてくれる。
ああ。
本当に疲れた。
もうしばらく、ゴーレムの顔は見たくない。
いや、顔ないけど。
ため息をつきながら、青く澄み渡った空を見上げる。
「シエルくーーーーーーん」
突然響く、明るい女性の声。
無観客状態の闘技場は、音の反射力がすごい。
すぐに視界に入ってきた、紫色の髪の女性。
大きく手を振りながら、高速で接近してくる。
「げっ!
ミーティア!」
笑顔のミーティアに反し、嫌悪感が言葉の端からにじみ出るシエル。
「フレバス、アシュター、すまん。
後を頼む。
俺、帰るから」
フレバス、アシュターの返答を聞かずして、シエルはミーティアの進行方向とは逆方向に走って去っていった。
無言の4人。
シエルに代わって、ステージに上がってきたミーティア。
走ってきた割に、息切れしていない。
「シエル君は?」
「帰ったけど」
アシュターは、シエルが逃走した方角を指差して答える。
「なんでよ」
「知らぬよ」
呆れ気味、冷ややかに答えるアシュター。
その瞳を、ジト目で見つめ返すミーティア。
「まあいいや。
私はシエルくんを追いかけるから。
んじゃ」
そう言うと、ミーティアはアシュターが指差す方向に走っていき、あっという間に消えてしまった。
速い。
よくわからんが、とりあえずわかったのは、ミーティアはシエルに対して好意的であるが、シエルはミーティアに対して敵対的なようだ。
まあ、どうでもいいけど。
「帰ろうか」
残された4人の考えが一致して、私達は闘技場を後にした。




