Chapter15 魔導工学 (1)
まさか、こんなに何回も通い詰めることになるとは。
大きな樽に雑に詰め込まれた安物の剣を眺めながら、しみじみと回顧する。
もはや見慣れたイモルタの武器屋。
扱う武具、その性能と価格、およそ把握済み。
本日は、新武器の購入の目的で来店。
新商品がないかしら、などと思考を巡らせながら店内を散策する。
「この武器屋にも、結構お世話になってるなー」
「私はなってない」
「ノムも買えばいいんじゃないの?
お金もってるし」
「むー。
私の今持ってるこの杖より強い杖が売ってないの」
「その杖、そんなにいいやつなんだ。
なんて名前?」
「聖杖サザンクロス」
「仰々しいね」
「うーん、でもせっかくだし、私も何か新しい武器を買ってみようかな。
前から、杖以外の武器も握ってみたいって思ってたし」
槍、刀、斧、剣。
謎の基準で選別しては、グリップ部を握っては離し、を繰り返す先生。
ノム先生の心をつかめる相手は現れるのか。
「んじゃ、これで」
「斧かよ!」
「駄目?」
「似合わない。
・・・。
あー、でもそのミスマッチ感も逆にいいかも。
ノムー、ポーズとってみてー」
「こう?」
赤黒い色の長戦斧を前に突き出し。
左手は腰に当て、ポーズを取る。
「おー、いいっ!
すごくいい!
ノムー。
『私の斧に、あなたの血を捧げなさい』って言ってみて」
「ばーか★」
ひどく適当なノムいじりが終わると、本題に戻る。
「んじゃあ、私も選ぶか。
ぬぅーん、どうしようかなー」
槍、斧、杖、大剣、刀。
ここまで、魔術と相性が良いとされる5種類の武器を扱ってみたが、どうやら、槍が一番私に合っている気がする。
得意の雷術攻撃の射程が伸び、中距離からでも相手に致命的なダメージを与えることができる。
私は槍が陳列されている区画で品定めを始める。
トライデント 70,000$
ダイアコアスピア 100,000$
聖騎士の槍 300,000$
私の武術、魔術の実力、及び所持金から判断し、数本を見繕う。
『自身の能力以上の性能の武器を買っても、扱えるかは分からない』。
そんなノムの言葉を思い出す。
「ノムー」
「ぬ?」
「この武器、私に使いこなせるかなー」
見繕った武器を指差しながら尋ねる。
「大丈夫だと思う。
というよりも。
この武器屋にある武器は、ほとんど使いこなせるんじゃないかな?」
「ってことは、私もそろそろ、ノムと同じく。
この武器屋は御役御免、みたいな状態になるのか」
「ここにある武器も、結構いいものが揃ってはいるんだけどね」
改めて武具店を見渡す。
当初、価格的な理由で手にするのも怖かった武器たちが、今は通り過ぎた場所に存在する。
名前も知らなかった彼らだけど、今はその人となりを語れる。
価格が高くなるにつれ、魔術相性も高くなり、同時に、特徴的な性能を持つようにもなる。
それらの武器を眺めているだけで、多角的な考察が、自然と次々に浮かんでくるのだ。
「うちの商品にいちゃもんつけてんのか?」
「イモルタ、いたの?」
無愛想、無愛嬌な口調。
それでも特に不快感はなく。
顧客という立場ながら、友達のような感覚。
取り囲む武具達だけでなく、この人にも、それなりの愛着を感じている自分がいる。
それなりの。
「いや、ここ俺の店だから。
いるだろ」
「エレナが、もっといい武器いれろー、だって」
「言ってないって、そんなこと」
「そーいや昔。
『もっといい武器いれろ』、って言ってきた奴がいたな」
「誰?」
「お前だよ」
「むー」
「俺の店は、以前は杖は扱ってなかったが、おまえが『入れろ入れろ』言うから、扱うようにしたんだ。
そしたらお前、それ以来、全然店に来なくなりやがって」
「ちょっと杖が見たかっただけで、そもそも買うつもりはなかったけど」
「冷やかしかよ!」
私の知らない過去を2人で共有しやがって。
という、謎の敗北感。
「むー。
それじゃあ、今日はこれを買うから」
ノムは、先ほど選定したブラッドカラーの長戦斧をイモルタに手渡す。
「斧って!
似合わねー」
「む」
「まあ買ってもらえるなら文句は言わねーよ。
毎度」
眉間にシワを寄せるノムを宥めるように、イモルタは微笑を浮かべフォローを入れる。
金銭と物品が交換されたのち、話題が巻き戻される。
「そういや。
ここの武器屋で取り扱う武器より、もっと強い武器が欲しいんだって?」
「いや、まあ。
将来的には、って話ですけど」
「俺の知り合いを紹介しようか?
武器の仕入先の一人なんだが。
ちょうど今からそいつのとこに仕入れに行くことになってるから。
一緒に行くか?
っていっても、あいつは基本的に人に会いたがらないし。
まあ駄目だとは思うが」
*****
イモルタに連れてこられたのは・・・
闘技場!?
スタッフオンリーの掲示がしてある通路を、さも当たり前のように通過し。
現在、闘技場の地下1階。
闘技場の地下にこんな空間があることも驚きだし。
イモルタが立ち入り禁止区域にガンガン進んでいくのも驚きだし。
これ、あとで怒られないの?
軽犯罪なの?
キョロキョロと視線を動かし、警備の人間がいないかを確認する。
すると、大きな扉の前まで来たところで、先導するイモルタがその足を止める。
ここになんかあるの?
「シエルー、いるかー?」
荘厳な扉は無言を貫く。
そんな反応にも、イモルタは表情を変えない。
よくあることなのかしら。
「かってに入るぞー」
「って、いいんすか?」
「鍵がかかってない。
っつーことは。
いる、ってことだ」
観音開きの扉の右半分を、少しの体重を掛けてゆっくりと開くと、異様な空気が室内から流出するような感覚を得る。
「おじゃましまっす」
誰も聞いていないかもしれないが、軽めの挨拶をし。
イモルタ、ノムに続き、恐る恐る室内に侵入した。
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