Chapter13 幻魔召喚魔術 (3)
「明らかに、魔力が強くなってるんだけど」
書籍に宿る魔力は徐々に蓄積されていき。
私が書籍を読み終えた時点で、本に宿る魔力は、ハッキリと感じることができるまでに達していた。
「たぶん、炎の魔力。
・・・。
もしかして。
本当に九尾の狐がこの本に封じ込められているんじゃ」
この書籍には、九尾の狐の傍若無人ぶりがありありと書かれていた。
もし本当に復活でもされたら・・・。
まずはじめに、私が消し炭にされてしまう可能性が高い。
早めに処分した方がいいのではないでしょうか。
「うーん、そこまでは魔力も強くないし。
魔力から凶悪な感じも受けない」
ノムはあまり焦った様子はない。
私はそんな頼もしい先生の後ろに回り込み、おそるおそる書籍を覗き込む。
「もしかしたら」
「もしかしたら?」
「召喚の書かも」
「召喚の書?」
「そういえば、召喚魔術の話はしてなかったような。
ちょうどいいから、今から説明してもいい?」
「うん、お願い」
*****
「召喚魔術って聞いたことはある?」
「神話の中ではよく聞くけど。
炎の大帝イーフリートとか、海獣リヴァイアサンとか。
って!
この本もそんな代物だっていうの!?」
「この本の魔力の感覚からすると、そんな大それた物ではない。
でも世界のどこかには、そんな幻想レベルの降魔書籍もあるらしいけど」
「そーなんだ」
神話に聞く召喚魔術とは、その一撃で数千の兵を薙ぎ払えるほどの威力を持っている。
そんな強大な力を手に入れられるのかと。
一瞬だけ期待した。
が、次の瞬間には。
そんな代物であったとしても、私の魔術素養ではどうせ使いこなせないだろうという結論に達する。
まあ、どちらにしても、この書籍はそんな危険なものではないようだが。
「『召喚』と聞くと、別空間に存在する対象を呼び出す、というイメージがあるかもしれない。
でも実際はそうではなく、魔力を宿す何かしらから魔力を引き出し、その引き出された魔力は決まった姿に成型される。
瞬間移動はできない。
これはこの世界の、絶対的物理法則なの」
「なるほど。
転移させるんじゃなくて、本などの何かに宿る魔力を引き出して戦うっていうわけだね」
「召喚魔術には様々な形態があるけど、共通しているのは、魔法のエネルギーが人や動物などの姿をしていることなの」
「召喚魔術を使う魔術師が、そういう獣などの姿形に魔力を収束させるってことだよね」
「ちょっとちがう」
「ちがうの?」
「基本的な召喚魔術では、本に収束された魔力が『対象の形』という情報を持っている。
その魔力を収束すると、半自動的にその決まった姿が形成される。
ただ、完全に術者自身の制御のみで形成させることもできなくはない」
「ノムはできる?」
「できないことはない。
けど、魔力のコントロールが難しいから、造形するのに魔力が必要になる。
だから、基本的には魔力の無駄。
でも一方で、さっき言ったような、魔力自体が形状情報を持つ場合は別。
勝手にその形になるのだから、魔力も必要ない。
というよりも、単純に魔法を使う以上の攻撃力になることが多い」
「なるほどなー」
「召喚され形成された魔力が形作る獣は、本物の獣ではなく、魔力の塊。
その理由で、この召喚獣を、『まぼろしの魔獣』という意味で、『幻魔』と呼ぶ。
そしてこれを呼び出すことを、『幻魔召喚魔術』と呼ぶ」
魔導学のノートに『幻魔召喚魔術』と記述。
よろしければ、是非とも習得したい魔術だ。
なんか、言葉の響きがかっこいいので。
続いて、ノムが幻魔召喚魔術の詳細について説明してくれる。
「さっき、『召喚魔術には様々な形態がある』と言ったけど、召喚魔術はその魔力を呼び出す方式によって、複数の種類に分類できる」
「うん」
「まずさっき話に出た、『自分で造形するか、勝手にその姿になるか』という分類。
前者を『幻術召喚』、後者を『純粋召喚』と呼ぶ」
「うんうん」
「次に『純粋召喚』の場合で、召喚前の魔力が留まっている場所による分類。
本に定着している場合を降魔書籍召喚魔術。
本以外で、それほど大きくない物に定着している場合を降魔装具召喚魔術。
場所、巨大な物体に留まっている場合を、地精召喚魔術、もしくは地霊召喚魔術と呼ぶ」
「降魔書籍、降魔装具、地精・・・」
「さらに、物ではなく、術者自身に魔力を定着し続けるケース。
これは、術者定着魔術、幻魔降臨魔術と呼ばれる」
「・・・。
いろいろあるんだね。
で。
この本をどうするか~、だけど」
「本当に召喚の書なら、九尾の狐を召喚できるかもしれない」
「・・・。
ノム。
私が、やってみたらダメ?」
「まあ。
そんな危険でもないと思うし。
・・・。
もしかしたら。
やっておくのもいいかもしれない。
たぶん失敗するとは思うけどね」
「ありがとう、ノム」
*****
街外れの草原に来ました。
「ノムー。
早速やってみるねー」
「いつでも大丈夫」
書籍の真ん中あたりのページを開き、そのページに日が当たるように持つ。
九尾の狐をイメージして。
書籍に留まる魔力を解放していく。
あまりに凶悪な妖孤に登場されても困るので、少し幼いくらいの狐を想像する。
・・・
本から。
魔力が放出されていく。
・・・。
私がその魔力を収束させている、のではなく。
知りもしないはずの収束法を、いつの間にか覚えていたような。
そんな感覚に陥る。
・・・
炎が・・・。
炎が集まって・・・。
「動物の姿になってきてる」
さらに、炎が集まり。
そして。
・・・
・・・
「か・・・。
かわいー!
かわいーじゃんか!!」
「これが、九尾の狐?」
ノムは呆気にとられたような表情でつぶやく。
収束された炎の魔力は、『幼い』と書いて幼孤の姿を形成した。
九尾、ではなくシッポは2本しかない。
書籍が綴るような凶悪さは微塵も感じない。
「撫でていいかな」
「それ炎だよ」
「そーだった。
召喚、成功したのかな」
「成功、だと思う。
本の中の魔力が、全部ここに集まってる」
「このあと、どうなるのかな?」
「この狐を操作して、相手に突撃させる」
「そんなかわいそうなことできません」
「んー。
じゃあ、本の中に魔力を帰してみようか。
収束した魔力を少しづつ放出したら、自動的に本の中に魔力が帰っていくはずだから」
「わかった。
その前に、この娘に名前つけようよ。
ノム、何がいいかな」
「炎の使い魔、とか」
それ名前じゃないじゃんか。
うーん・・・。
んじゃあ『紅玲』で」
「紅玲?」
「九尾の狐が人間の女性の姿のときに使っている名前。
じゃあ、紅玲。
本に戻ってね」
私は、紅玲の魔力を解放していく。
紅玲の体がユラユラ揺らめき、炎が上がる。
<<ゴーーーーーーーッ>>
「げっ!
こっちきた!!」
次の瞬間、紅玲は炎を巻き上げながら、私に向けて突進してきた。
不意打ちなの?!
可愛い顔して、狡猾なの?
アンチエレナなの?
「エレナ!」
迫り来る熱に耐えるため、とっさに防御姿勢を取り、目を瞑る。
真っ暗な視界の中、ノムが呼ぶ声だけが聞こえた。
・・・
あれっ?
熱くない・・・かも。
「なんで?」
目を開けると、狐に化かされたような顔をしたノムと目が合う。
たぶん私も、同じような顔をしているはずだ。
「私が聞きたいって。
炎が、私の中に入り込んできた感じ?」
「エレナの中にいるってこと?」
「たぶん。
これって、さっきノムが言ってた分類からすると、
術者定着とか、幻魔降臨っていう状態だよね」
「たぶん。
召喚魔術なんて、ほとんど見たことないから、イマイチわからないけど。
でも、もし今紅玲の魔力がエレナの中に存在するのなら、エレナが念じることで、狐を具現化できるはず」
「やってみる」
両手を前に突き出し、魔術発動の姿勢を取る。
単点バーストの発動と同時に、先ほどの幼孤の姿をイメージする。
「紅玲・・・。
来て」
収束につれ、その形状を明らかにする炎の魔力。
音と熱を放ちながら。
私から、狐が産まれました。
「すごい。
私がやってたら、こんなふうになっていたかわからない」
珍しく驚きを隠さないノム。
博識の先生でも稀にしか見ないような現象が、今私の体を通して発現している。
「本に戻してみようか。
紅玲、本に戻って」
再度、本への魔力再定着を試みる。
すると、今度こそ幼孤は、私の指示通り書籍へ向けて体を預ける。
「消えていく。
・・・。
本に戻った」
魔力再定着の成否を確認するため、ノムの表情を伺う。
「通常、書籍召喚は、本から呼び出して、本に返す。
グリモワールを武具として使う召喚魔術師の基本的な戦闘スタイル。
でも、今のエレナの場合は、本ではなく、エレナ自身に乗り移った」
「・・・。
体、乗っ取られるかと思った」
「エレナの魔力が強くなった証拠だと思う。
エレナの魔力が、妖狐の魔力を従属させた、ということ。
もしくは、単に紅玲がエレナのことを気に入ったのかもね」
「そうなのかな」
「でも、エレナの戦力がアップしたことは間違いない。
闘技場に行く前に召喚の書から魔力を引き出しておけば、紅玲がエレナのことを守ってくれるかも」
そんなノムの言葉に、素直に喜べない自分がいる。
その原因は、紅玲に対する不信感ではない。
意志を持つ魔力。
その存在を凌駕し、制圧し、制御することができるのか。
逆に凌駕され、制圧される。
その可能性の恐ろしさが、脳内のどこかに引っかかって、不快な圧をかけてきているようだ。
「魔力を制すには、自身の魔力を高めるしかない。
今、エレナが行なっている鍛錬を。
ただひたすらに、地道に、前向きに」
私の心を見透かしたようなノムの言葉。
その言葉で改めて。
もっと強くなる必要がある。
そう、強く感じた。
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