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Chapter12 魔導書 (5)

「Cランクトーナメント準決勝。

 試合を始めます」


 2回戦、3回戦と勝ち進んだ私。

 4回戦となる準決勝まで駒を進めた。


 見つめた先、東の入場門には見知った顔。

 赤黒い長戦斧(ちょうせんぷ)を持った軽装、金髪の男。

 イモルタ、勝ち残ったのか。


「おう、エレナ。

 手加減しねーからな」


 その宣言に対し、軽い会釈と笑顔で返す。

 武器の槍を彼に向けると、試合開始がアナウンスされる。


「いくぜっ!!」






*****






「マジ、かよ」


 イモルタの斧が地に落ち、金属音を響かせる。

 近距離から放たれた雷撃は、不死身の男から戦闘意欲を削ぎ落とした。


 イモルタの戦闘スタイルは、火炎撃主体の近距離攻撃に、遠距離からの炎術攻撃が加わっていた。

 3回戦までの相手とは比にならない厄介さ。

 それでも、私に一撃も与えることはできなかった。


「おっさん、大丈夫っすか?」


 イモルタの体の強靭(きょうじん)さからして、さほど心配はしていないが。

 これだけの数の魔術を被弾させると、それなりの申し訳なさがある。


「お前・・・。

 このやろう。

 まだまだ余裕ってか?」


「まだ、あと1戦あるんで」


 心はすでに次の決勝戦に向いている。

 次の相手は、同じようにはいかない。

 それははっきりとわかっている。


「・・・。

 ・・・負けんなよ」


 激励に力強く頷き、勝利を誓う。

 治癒のスタッフに抱えられる彼を背にして、最後の休息に向かった。






*****






「緊張してる?」


 闘技場のロビーで決勝戦開始の時を待っていると、声をかけられる。


「ノム、来てくれたの?」


「暇なときは思考がネガティブになる気がする。

 体、動かしたら?」


「そうだね」


 ノムの気遣いに感謝と同意を示し、腕をぐるぐると回す。


 少しでも、彼女に近づくため。


 そして、自分の成長を示すため。


「ノム。

 私、勝つからね」






*****






「Cランクトーナメント決勝戦を始めます。

 両者、前へ」


 相手は予想どおり。

 風術と槍術を操る魔術師。

 緑がかった黒いローブ。

 そのローブのフードが彼の表情を覆い隠すも、その感情は相手の漏出魔力を通して伝わってくる。


 開始と同時に殺ってやる。

 そんな殺気を感じさせるように、試合開始前から鋭い魔力が漏れ出す。


「無事に帰れると思うな」


「嫌です」


 相手の挑発に笑顔で返すと、殺気が倍増する。


 ノム・・・。

 見ててね。


「決勝戦、はじめっ!!」






*****






 風。

 それが様々な姿となり、私を襲う。


 近距離戦では敏捷性で勝る私が有利。

 その事実にいち早く気づいた相手は、遠距離からの魔術戦を選択する。

 風術の連撃は、私の動きを抑制。

 防戦を強いられる。

 

 一撃。

 その直撃を許せば、済し崩し的に削られていくだろう。

 それだけの威力を持つ。

 だからこそ。

 私は一撃一撃を丁寧に(さば)いていく。


 冷静さ。

 一瞬でもそれを失わなければ、戦況が相手有利に傾くことはない。

 そう確信できる。



 ・・・



 徐々に。

 理解が深まっていく。


 相手の風術は、3つのパターンに分類できる。


 1つ目は、牽制用途で使われる風圧攻撃。

 風魔力を広範囲で拡散させ、風の圧力を発生させる。

 まずこの魔術で相手の体勢を崩すところから一連の攻撃が始まる。


 2つ目は、風の刃による攻撃。

 三点収束風術、トライウインド。

 牽制としてもダメージ源としても有用なその魔術は、この魔術師の攻撃の核となるものだ。


 3つ目が、特に注意すべき。

 槍と風の武具収束術技、風の矢を放つウインドショット。

 武具に収束された魔力を一気に解放するその攻撃は、人間の体を貫かんほどの威力がある。

 この攻撃を直撃されることは、すなわち私の敗北を意味する。


 ここまでの考察は、本日の観戦、そして今相手の戦いを観察し、分析を行った結果である。

 

 相手は風術を自由自在に操る。

 その表現は若干間違っている。

 攻撃のパターン化は、対応に必要となる精神力、魔力量の削減に効果を発揮する。


 風圧攻撃はダメージ源にはならず、風刃攻撃はこちらの風刃攻撃で軌道を逸らす。

 ウインドショットは攻撃での相殺は難しいが、攻撃モーションが大きいため回避するのは難しくない。

 逆に、こちらも攻撃射程が比較的長い光術レイショット、魔導術トライエーテルで牽制。

 相手はこれをステップで回避、もしくは魔導防壁で防御する。


 さーて。

 そろそろ。

 相手もイライラし始めたのではないでしょうか。

 その考察が正しいと示すように、相手の攻撃のペースが上がる。

 苛立ちの感情は表情にも(あふ)れている。

 怒りに任せた荒い攻撃。

 もう。

 これ以上の攻撃のバリエーションは、なさそうだ。

 相手は本当に『風術師』なのだ。


 ならば。

 もうこれ以上、様子を伺う必要はない。

 

 終わらせる。


 遠距離からの魔術の打ち合いから一転。

 その思考で、前へ踏み出す。


 相手の攻撃が止まる。

 次の瞬間、武器の槍へ風の魔力が集まっていくのを感じ取る。


 風と槍の武具収束で迎え撃つ。


 そんなことはもう、最初からわかっている。


 発動タイミング、モーション、威力、放出速度、そして有効攻撃範囲。

 それらは、今までの遠距離戦で十分に理解できた。


 相手の槍から放出される解放魔力が。

 魔力収束完了のタイミングを教えてくれる。


 来る!!


 体勢を低くし、体をひねる。


 相手の武具収束術技は必殺の威力を持つ。

 だからこそ。

 その攻撃の発動を感じ取れば、相手は必ずこれを大きく避ける。

 そう考える。

 だから。

 その思考を、逆に利用する。


 相手のウインドショット。

 その有効攻撃範囲ギリギリを狙って回避。

 体をひねって内を向いた私の背中に風の矢がかすり摩擦を産む。

 しかし、侵攻のスピードは衰えない。


 風が通り抜けた後。

 前を向くと、魔力放出後、隙だらけの風術師と目が合う。

 私の武器の槍には、十分に収束された雷の魔術。


 その槍を相手に突き出し。

 雷の矢を撃ち放つ!


 バギッ!

 ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!!


 雷の矢は鋭い音を立てながら相手との間合いを一瞬で埋め、反射的に防御姿勢をとった相手を貫通する。

 電撃は一瞬の鈍い悲鳴を産ませ、男の体を駆け巡る。




 ・・・




 静寂。

 その静かな時間の長さが、勝負の結果を暗示して。



「勝負あり!!!!」


 試合終了のアナウンスとともに、今日一番の歓声が上がる。

 それは本当に。

 大地を揺らすような。

 そんなエネルギーがある、が心地よくもあり。




 この勝利を伝えたい。

 その彼女へ近づく、大きな1歩になったのだと。


 東の入場門、その上の観客席を見つめる。


 これだけの距離があれば、表情のその繊細な部分までは見極められないけれど。

 微笑み、私を見つめている。

 それだけはしっかりと感じ取ることができた。


「Cランクトーナメント!

 優勝は、エレナ・レセンティア!!」

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