Chapter12 魔導書 (4)
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トーナメント、当日。
闘技場の外に設置されたチケット売り場には行列ができ、所々に人だかりができている。
闘技場の前の太い街路には出店が並び、なにやら甘そうなお菓子やら、煌びやかなアクセサリーやら、武器防具やらが売られている。
そんな日頃ない賑わいに、つい周りをキョロキョロと見渡してしまう。
鎧を着た屈強そうな男、ローブを纏う魔術師、ガラの悪そうな若者、血の気の多そうな親父。
このうちの何人かは、トーナメントの出場者かもしれない。
ここで私は、特に人が密集している区画があることに気づく。
そこには、大きな木製看板にトーナメント表が張り出されていた。
どうやら優勝者を当てる賭けに興じているようだ。
トーナメント出場の登録は前日に済ませてある。
私の対戦相手もすでに決定している。
出場するのはどうせ知らない人だけだから、トーナメント表にあまり興味はないが。
初戦の開始時間と所属するブロックくらいは確認しておこう。
「エレナ、トーナメント表は闘技場の受付で確認できるから。
早めに中に入ろう」
私の思考を先読みしたノムから提案を受ける。
彼女は何かしらの紙をピラピラしながら、それを闘技場の入り口の方に向けている。
どうやらトーナメントの観戦チケットのようだ。
「何かアドバイスとかある?」
「相手の攻撃を先読みして、逆にこっちの攻撃は悟らせない。
以上」
すごく端的、だけどノムっぽい回答。
まあ、対戦相手がどんな人かもわからないし、アドバイスのしようもないか。
闘技場の受付の前まで来たところで、ノムは『上で見てるから』とだけ伝えて観客席に向かった。
心配とか、あまりしてくれていない。
というよりも、『心配する必要もない』といった感じか。
それは私自身が妙に落ち着いているからかもしれない。
トーナメント出場者達が並んでいる受付を見つめる。
引き返したい気持ちは全く生まれない。
全部倒す。
そんな闘争心を心にしまい、私は受付へ向かった。
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「ミーティアです」
紫の髪のいつもの受付のお姉さん。
出場の受付が先か、今日の予定の確認が先かと考えていたところで、その両方ではないアクションを受ける。
少しばかし予想外で、発言の意図を噛み砕けずキョトンとしてしまう。
「私の名前」
「あ、どうも。
エレナです」
今日まで、出場登録で何度も名前を記述してきたのだから、お姉さんが私の名前を知っているのは当然。
それがわかっていても名乗ってしまった。
それが礼儀かな、とか思ったのかもしれない。
知らんけど。
お姉さんはいつもどおりのニヤニヤした表情。
露出した肩が艶ぽい。
「ついにトーナメント出場ですか。
これでやっと、あなたの本気の戦いが見れますね」
そう言うと、お姉さんは見覚えのある紙切れをうれしそうにピラピラさせた。
トーナメントの観戦チケットだ。
「今日は私も観戦しますよー。
結構楽しみだったんですよね。
この半年で、あなたがどのくらい強くなったのか」
闘技場の受け付け係として、この半年間お世話になっている。
だからこそ、私の成長、絶対的魔力量が増えていくのを日々感じていたはずだ。
期待以上なのか、期待以下なのか。
それはわからないけど。
だからこそ、あまり過度に期待されても困ったりして。
「期待させておいて、死んじゃったらごめんなさい」
「それよりも、逆に殺しちゃわないように気をつけてね」
私の冗談に対し、お姉さんが冗談で返す。
私は改めて、このお姉さんが只者ではないことを実感した。
お姉さんから、トーナメントのルールと初戦開始時刻について説明を受ける。
合わせてトーナメント表を確認。
改めて、知った名前が書かれていないか確認する。
イモルタと言う名前を見つける。
武器屋のおっさんだ。
それは、まあどうでもいいです。
とにもかくにも、アリウスの名前がないことに安心。
と同時に、少しだけ残念なような。
そんな感覚が残った。
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「ひ・・・。
人が。
観客が、すごい」
トーナメント初戦が始まる。
私は今、闘技場のステージの上。
西の入場門から入場し、東の入場門から相手が来るのを待つ。
ステージを取り囲む観客席は半分以上埋まっている。
人の壁が作り出す圧迫感。
押し寄せる歓声の波に体が震わされるようだ。
これだけの人の中から、ノムを探し出すのは不可能に近いだろう。
と思ったら。
私の正面、東の入場門の真上当たりに、青髪を発見した。
なかなか良い席を確保されたようで。
その隣にも見覚えのある人が座っている。
先ほど話をした紫髪のお姉さん、受付嬢のミーティアさん。
目が合ったようで、大きく手を上げて応援の声をかけてくれる。
さらに隣には武器屋のおっさん。
は別にいいです。
観客席全体を見渡す。
と、桃色の長い髪が目に入り、強制的に視線が止まる。
エルノア。
アリウスも一緒だ。
・・・。
とりあえず、手ー振っとくかなー。
「ただいまから。
Cランクトーナメント1回戦を始めます」
そのアナウンスで前方を向き直す。
対戦相手は、すでにステージに上がっていた。
相手は、おっさん。
筋骨隆々とし、肩当て、胸当てなどの防具を身につけている。
武器は剣。
大剣ではなく、普通のサイズの剣。
その点からすると、特に魔術が得意なようには思えない。
漏出魔力の感じからも、魔力を隠しているようには思えない。
「相手は、女。
しかもまだガキか。
ついてるな。
さっさと終わらせるか」
突っ込んでくる。
確率99%ってとこで。
「両者前へ」
そのアナウンスの時点でおよその対策は完了。
本当に。
信じられない程に。
負ける気がしない。
「はじめっ!!」
試合開始のアナウンス。
トーナメント戦の幕が上がった。
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「勝負あり!!」
予想どおり突っ込んで来た相手に対し、放った1発のトライバーストの魔術が勝負を決めた。
完全に油断しきった相手は、何の躊躇いもなく爆撃を直撃してくれた。
さすがに次からはこうはいかないでしょうが。
ただ、観客達にとって、私の勝利は予想外だったようで。
私の勝利とともに大きな歓声が上がった。
「勝者の方は、2回戦開始までロビーか観客席でお待ちください」
西の入場門まで戻ったところで、係員の人が声をかけてくれる。
さて、ノムのところにでも行くかな。
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「どーだった?」
「かっこよかったよー」
ノムに対する私からの質問に対し、ミーティアさんが答える。
「エレナ、強いね」
「ミーティアさんのほうが私より強いじゃないですか」
「わかる?」
「わかります」
このお姉さん。
たぶん、アリウスよりも強い。
かすかに漏出する光の魔力とその容姿が、彼女の戦闘スタイルを暗示する。
「ノム的にはどうだったー?」
「相手が雑魚すぎてわかんない」
ある意味予想どおりの感想。
まあ、そりゃそうだ。
「これなら、初出場ながら初優勝できそうだね」
「まあ今回は無理だがな」
そんなことを言うのは、武器屋のおっさん、イモルタだ。
ニヤニヤしながら少し間を空けてその理由を説明する。
「俺も出てるからな」
「エレナ、不戦勝が1つ増えただけ」
先生の毒舌攻撃。
仲が良いのやら悪いのやら。
「言ってろ。
怪我しても文句言うなよ」
そう言って、いつも通りのニヤニヤした表情で私を見つめてくるイモルタ。
「お手柔らかに」
特に意味のない返答。
彼もまた、先ほどの私の戦いを見ていたはずだ。
だからこそ、手を抜いてくれるはずがない。
それでも。
ここでこの人に負ける未来は見えない。
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「エルノアさん、来てたんですね」
ノム達との会話の後、私は先ほど見つけていたエルノアの元を訪ねた。
「アリウスが、今日エレナが出場するかもしれないと言っていたから。
見に来てみたの」
「お前の戦術も見ておきたかったしな」
「それ、やだなー」
「術師としては当然のことだ」
かと言って、手を抜くわけにはいかないし。
仕方なし。
今度アリウスがトーナメントに出場したときに、そのぶん分析してやろう。
「私、勝ち抜けそうっすか?」
「まあな。
・・・ただ」
「今やってる人は、少し厄介よ」
若干緑がかった黒いローブを身に纏い。
先端に緑色のコアが取り付けられた槍からは、殺傷力を持った風が生み出される。
風圧。
風の刃。
風の矢。
その風は様々な姿に形作られ、相手を翻弄する。
そして、集中の切れた相手を、容赦ない槍の一撃が襲う。
「げっ、やられた。
あー、相手の人大丈夫かなー」
「おそらく、全治2ヶ月程度だな」
「とんでもないっすね」
「当たり所が悪かったら死んでたわね」
「2人して、私のこと脅してるんすか」
「もしエレナが死んだら、亡骸は私が引き取ってあげるから」
「エルノア、黒いオーラ出てるよー」
天使のような笑顔で冗談を言うエルノア。
あなたが言うと、その冗談、笑えないです。
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