Chapter12 魔導書 (3)
ノムと別れた私は、魔術関連の書籍が並ぶ区画で、探していた黒髪の男性を見つけた。
「あのっ・・・。
えーと」
名前なんだったっけ。
話かけようと近づいた後に気づく。
「ああ、昨日の」
「・・・。
名前、なんでしたっけ」
「アリウス」
私の不躾な質問にも、怒った感じなく答えてくれた。
優しい感じでもないが。
とにかく、目つきが鋭い。
「私はエレナです。
昨日のこと、ちゃんと謝りたくて。
ごめんなさい。
あなたの話、ちゃんと聞くべきでした」
「いや。
別にいいんだ」
どうやら本当に怒ってはいないようだ。
少し安心した。
その安心感で緊張が和らぎ、その分、好奇心が生まれる。
「あの女性って、彼女ですか」
「違う」
少しの動揺も感じ取れない、抑揚のない即答。
本当に恋仲ではなさそうだ。
残念。
「もったいない。
あんなに綺麗な女性なのに」
嘘を見抜かんとする瞳で男性の赤い瞳を見つめる。
恋人でなければ、2人はどういう関係なのか。
知人、友人以上の関係を、特に意味もなく期待してしまう。
「この町に滞在しているのは、何か目的があるからですか?
もしかして、闘技場で資金稼ぎとか?」
「いや、探し物をな。
エルノアの。
ある本を探していて、俺はそれに付き合っている」
死霊術師の女性が、何故わざわざ人の多いこの図書館にいるのか、と思っていたが。
なるほど。
謎が解明されたことによる達成感が、私の好奇心を押し上げる。
「探している本って、死霊術の本ですか?」
彼にしか聞こえない小さな声で伝えたその質問に対し、男性が一瞬反応を示す。
少し考えるような素ぶりを見せた後、逆に質問を返される。
「なぜそう思った。
・・・。
あー、あの青髪か」
私が質問に回答する前に、一人で納得されてしまった。
ただ、『青髪』というその単語だけで、彼の解釈がおよそ妥当であることを理解できる。
「まあ、そんな感じっす」
「この町にあると噂を聞いてきたが、やはり、この図書館にはないようだな」
まあ確かに。
そんな危険なものが大衆が集まるこんな場所にあられても困る。
死霊術や闇魔術は、マリーベル教により使用が禁止され、監視されている。
使用すれば教会内最強の機関である退魔師団に目をつけられ、最悪討伐される。
それにしても、この男性は意外にあっさりといろいろと教えてくれる。
ノムがいればどうせ全てが筒抜けているだろうから、隠してもあまり意味がない。
そのように考えているのかもしれない。
もしくは私の愛想がいいからか。
とか言ってみる、心の中で。
一通りの私の質問が終わると、今度は逆に男性の方から質問をしてきた。
「ところでお前、トーナメントには出ないのか?」
「トーナメント?」
知らないのか?
闘技場のトーナメント戦。
対魔物ではない、人対人のトーナメント戦。
「人対人のトーナメント戦!」
なんとなく聞いたことはあったが、私には関係ない話だと思って気にも留めていなかった。
対魔物相手に四苦八苦している現状で、知能で勝る人間を相手に善戦できる気がしない。
「いや、私なんか、まだまだ全然弱いですし。
ランク的にもまだD2ですし。
出場できないんじゃ」
「D2ならばすでに出場可能だ。
お前の実力ならば、おそらく勝ち抜けるだろう」
「そうっすかねー」
「出場する相手次第なので、絶対とは言えないが。
例えば、エルノアが突然『出る』と言えば、絶対無理だな」
「言いそうなんすか?」
「もしエルノアがあんなところで暴れたら、確実に町を追放されるな」
「エルノアさんのことあんまり知らないですけど、なんとなくわかる気がします」
「だから俺が出ている。
トーナメントの報酬が魔導書のこともある」
探していると思われる死霊術関連の魔導書。
そんな特殊なものだからこそ、賞品となりうるのかもしれない。
「まあ俺としては、お前にはあまり頑張って欲しくはないがな」
「あなたと戦うことになる可能性もあるから、ってことですよね」
初めて男性が笑みを見せる。
その笑みから言葉の真意を推測し、私も笑みで返す
「そのときは、勝たせてもらう」
「じゃあ、そのときまでにアリウスさんより強くなるしかないですね」
「『さん』付けじゃなくていい」
「ありがとう、アリウス。
それじゃ、ノムのところに戻ります」
軽く会釈をし、魔術書の区画を後にする。
今この時点で、私は彼よりも弱い。
だが、ノムという遥か遠くの存在ではない、手が届かなくはない強敵との戦いが、私が強くなるために足りないものが何であるかを、いくぶんはっきりさせてくれた気がした。
ノムに近づくためには、こんなところでのんびりしてはいられない。
そのために。
まずは彼を越える必要がある。
*****
「プレエーテル、エーテル、アンチエーテル。
3状態それぞれで魔力は情報を持つ。
その情報は自分のものという所有、従属の情報を含む。
だから、魔導構成子が術者の魔力であるか術者以外の魔力であるかを識別できる。
結果、自分のアンチエーテル攻撃が相手のアンチエーテル防壁に衝突したときは抑制の反応を起こし、相手の封魔防壁が弱体化する。
逆に、自分のアンチエーテルの魔力同士を集めても抑制、反発反応は示さない」
「でも、封魔防壁をプレアンチエーテルという4つ目の状態とする理論もあるわ。
まあ、どちらにしても、魔力が情報、意思、思いを持って、死者から放出されたその魔力の情報を読み取るのが死者会話、ってことは確かね」
「エルノア、詳しい。
従属情報やアンチエーテルの理論は、まだ未解明の部分が多いのに」
「子供のころ、魔導書に囲まれて生活してたから。
でも、ノムのほうがもっと詳しいわ」
先ほどまでの冷戦状態から一変。
むっちゃ、しゃべってるし。
しかも、2人とも何言っているか全くわからん。
およそ2人の議論のキリが良いかなと思った段階で声をかける。
「ノムー、帰ってきたよー。
仲良くなった?」
「んー。
エルノアの魔術の理論と私の理論がすごい近かったの」
「仲良くなりましたよ。
彼女もおおよそ戦闘体勢を解いてくれましたし。
私が安全な人間だってわかってもらえました?」
「それはない。
エルノアなら1日でこの町を死の海にできる」
「そんなことしません」
できないとは言わないのね。
ノムが言った冗談は、冗談ではなく事実なのだろう。
怖すぎる。
「でも。
悪い人ではないと思う」
ノムがポツリと呟く。
今までの彼女の態度を一変するその呟きに、私だけでなくエルノアも驚いているように感じる。
「なぜそう思うの?」
「わからない。
なんとなく。
魔力的に」
「あなたは魔力感知が得意なのね。
でも、魔力でそんな繊細なことまでわかるなんて、聞いたことはないわ。
しかし、先程あなたとした議論からすると、絶対的に不可能ではない」
「絶対にできないことはできない。
けど、とてつもなく難しいことならできる。
ほんとに私がそれをできてるのかは、わからないけれど」
魔力感知能力に長ける彼女だからこそ、理解しうる感覚があるのだろう。
「私もエルノアさんはいい人だと思います。
いい匂いだし、美人だし」
「ありがとう」
感謝を述べたエルノアが、笑みをたたえて私を見つめる。
エメラルドの瞳を見つめていると、まるで何か、思考や魔力や生命力を吸い取られるのではないか。
そんな思考が湧き起こるも、不快な感覚は生まれない。
本当に。
いったい何故この人は。
・・・。
「それじゃあ、私はこのあたりで。
エレナ、ノム、また会いましょう」
*****
「エレナ、言ってなかったけど」
エルノアと別れた後。
図書館を後にし宿に帰る途中、ノムが話し出した。
うーん。
まだ聞いていなかったことといえば・・・。
「トーナメントに出ます、とか?」
「なんで知ってる?
せっかく秘密にしてたのに」
「いや、なんで秘密にすんのさ」
「エレナの驚く顔が好きだから」
「告られたー」
「そういうつもりではない」
「アリウスに教えてもらった」
「むー」
すごく不愉快そうな先生。
アリウスに対する評価がさらに下がったと思われる。
「アリウスから、『お前なら大丈夫』って言ってもらった」
「私も同意見。
でもエントリーしてくる相手次第なところもあるから。
絶対とは言えない」
「アリウスより強い人が出てくる可能性はある?」
「ない、と思う」
「・・・。
私、アリウスよりも強くなれるかな」
「もちろん。
というより・・・。
昨日エレナがあのままアリウスと戦っても、エレナが勝ってたと思うけどね」
そんな空想が真実かはわからないが。
トーナメントに対する恐怖感はさほどなく。
本当に。
闘技場に初めて訪れたあの日に比べ。
私が強くなったのか。
その答えがここにあるのだと。
そう思ったとき、トーナメント出場の決意は固まった。
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