Chapter12 魔導書 (2)
図書館に来ました。
来るものを拒まない解放された大きな扉の前で見上げると、どれだけ大きく絢爛な建物かがよくわかる。
この図書館は闘技場オーナーの所有するものであるそうだ。
そのオーナーが、どれだけの富を有しているかが鑑みられる。
「エレナ、貸し出しの手続きを先にやろう。
名前とか書いて貰う必要がある」
了解~。
*****
貸し出し手続きを終えた私たちは、図書館の中を一通り見て回ることにしました。
「いろいろな本があるな・・・。
魔術の基礎の本とか。
炎術師入門とか、炎術による魔導基礎習得とか、炎術大全とか。
・・・。
炎術ばっかだな」
「エレナ。
今からエレナに必要そうな書籍をピックアップしていくから。
メモを取っておいて」
「ぅいっす」
「本棚の順に見ていくけど。
・・・。
まず、このあたり」
「歴史書かー」
「冒険者として旅をするなら、世界史を知っておくと便利なことが多いの。
まあ最初はざっくりした内容だけ知ってればいいから。
エレナ、今はどれくらい知ってる?」
「うーん、有名な時代の話なら。
まずは、『マリーベル統治時代』。
凶悪な魔物が世界各地に蔓延り、人類がそれに怯えながら暮らしていたとき。
救世主マリーベルが、それらの魔物を退治し、世界の平温が保たれた」
「うんうん」
「次が、『三魔女統治時代』。
雪、月、華の3人の絶大な魔力を持つ女王が世界を三分して統治していた時代。
まあ、雪の女王は北部の雪の降る僻地に住んでたから実質は二分。
これはまさに今本を読んでるし、話し出したらきりがないかも」
「ぬ」
「次が『魔石戦争時代』。
世界が一番破滅に近づいた時代、と言われている。
ある闇魔術師が他の闇魔術師達を操り、世界を手中にしようとする。
それを、聖騎士とよばれる王国の魔導騎士が、マリーベルが残したと言われる12個の魔石の力を借りて撃退した。
今私達が無事に生きていられるのは、彼らのおかげとも言える」
「そうかも」
「その後は特に何もなく平温。
表歴史的には。
みたいな感じかな」
「エレナ、結構詳しいね。
歴史好き?」
「そうかも。
神話はもっと好きだけどね。
子供の頃にいっぱい読んだし」
「神話関連の本も、ここにはいくつかあるみたい。
あと、このあたりには今の世界情勢や世界中の遺跡の本もあるから。
余裕があるなら、そういう本も読んでみるといい」
*****
「次はこのあたり」
「植物とか生物とか医学とか、治癒術の本もあるね」
「一番重要なのはこれ」
「危険な魔物図鑑、と書いてます」
「遭遇率と魔物の強さから、危険度を算出してるの。
闘技場で相手となる魔物も載ってるから」
「なるほど!
それは確かに重要だ」
「対人の場合は前もって相手を知ることは難しい。
けど対魔物の場合は、こうやって知識を前もって得ておくことが可能。
特に見てもらいたいのが、この部分」
「おー!
弱点属性が書いてる!
この本は一番最初に読んでおいた方がよさそうだね」
*****
「次はここ。
魔導工学関連の書籍。
魔導工学とは、魔力エネルギーを制御する媒介、道具や機械などについて科学する学問。
主に武器や防具を作るための知識を学ぶことができる」
「私、武器を作るつもりはないけどね」
「武具を作らなくても、その性質を知っておくのは重要。
他にも、鉱石や宝石の本もあるから、読んでみると役に立つかも」
*****
「最後にここ。
魔術関連の書籍。
魔術の基礎を説明するもの、各属性ごとの魔術を紹介するもの、三点収束や多属性合成などの項目に特化したものなど、様々な書籍がある。
この辺りの本は私が詳しいから。
私がいるときに聞いてくれれば、良い本を教えるから」
「『雷術・超完全版』みたいな本ないの」
「どうだろう。
雷術をメインで使う人が少ないから。
たぶんないかも」
「うーん。
一応探してみるかなー」
「エレナ、今から自由行動ね。
読みたい本を自分で探してみて」
「わかったー」
*****
とりあえず、危険な魔物図鑑を見てみることにしたのですが。
エヴィルデーモン。
闇魔術を使いこなす凶悪なデーモン。
倒せたとしても、闇魔術の後遺症が残り、死に至ることがある。
「怖えーよ」
「エレナ!」
小声ではあるが、はっきりと聞こえる私の名前を呼ぶ声。
その声に反応して振り返ると、自由行動中であったはずのノムが、私の至近距離まで近づいていた。
その表情から、ふざけた応答をすべきてはないことが読み取れた。
「どうかしたの?」
「後ろ、見て」
ノムを壁にするようにして覗き込む。
「・・・。
げっ!」
体を包む漆黒のローブ。
そして、それとは対照的な長く美しい桃色の髪と横顔。
エメラルドグリーンの瞳。
昨日の、死霊術師の女性だ。
これだけ近くにいながら、全く気づかなかった。
彼女はノムと同レベルにオーラセーブの能力に長けているのだ。
そう確信した。
一通り事態を把握したところで、ノムを見つめ、『どうしよか』という気持ちを表情で伝える。
「たぶん、さっき来たんだと思う。
・・・。
気づかれないうちに帰ろうと思うんだけど」
至極ごもっともな選択。
世の人にとって、闇魔術とはそれほどに危険なものなのだ。
その事実は、先ほどのエヴィルデーモンに関する解説文からも明白。
そして、死霊術はその闇魔術の上位にあたると言っても過言ではない。
「ノム」
「何?」
「彼女に、会ってきたらだめ?
昨日のこと、もう一回ちゃんと謝っておきたいし」
死霊術師の女性の持つ温和な雰囲気がそうさせるのか。
はたまた、私の頭がおかしいのか。
自分でもよくわからない。
ただなんとなく。
また会話して見たい。
そう思ったのかもしれない。
「・・・」
ノムは難しい表情で私を見つめる。
否定の結論も肯定の結論もすぐには出せず、その答えを探しているようだ。
「それに、こんなところじゃ魔力を開放できないし。
攻撃を仕掛けてきたりはしないと思うんだよね」
「でも。
死霊術師は危険すぎる」
私の説得を噛み砕いた上で、ノムは否定の結論を出した。
同時にノムも危険になる可能性がある以上、これ以上強い説得はできない。
ノムの選択に了承したことを示すため、微笑みの表情で彼女を見つめる。
その表情を見て、ノムの緊張が少しだけ緩んだように感じた。
昨日、そして今のノムの対応から、改めて死霊術師というものの恐ろしさを感じる。
だからこそ、死霊術師という存在の、その詳細が気になった。
「死霊術師って死体を操作したりするの?」
「それもできますけど。
それ以外にも、死者と会話したり、死体から魔力を吸収したりできます」
ノムって詳しいな。
という思考の直後に戦慄が走る。
それはノムも同じだ。
まるで瞬間移動をしたかのように、桃色の闇魔術師が退路を塞ぐ。
聖母のような笑顔の温もりを、桃色の髪の間から見えるエメラルドグリーンの瞳の威圧感が冷却する。
「いつのまに!」
いつになく、ノムから溢れる漏出魔力。
『そっちがその気ならいつでも殺ってやる』という気迫を感じる。
それは間違いなく、闇魔術師の女性にも伝わっているだろう。
「大丈夫。
危害を加えるつもりはないから。
・・・。
でも。
まさか一度会っただけで私が死霊術師とわかるなんて。
あなた、すごい魔術師ね」
「そういうの。
得意なので」
『真実を知ったからには死んで貰うわ』というフレーズが脳内を支配する。
そのせいか、彼女の言葉と笑顔を、どうしても信用できない。
「・・・」
「・・・」
しばしの冷戦状態が精神をすり減らす。
それに耐えられなくなり、私は今作り得る最大限の笑顔で女性に話しかけた。
「あの。
エルノアさんでしたよね」
「はい。
あなたの名前は?」
「私はエレナです。
こっちはノム。
今日は、黒髪の男性は一緒じゃないんですか?」
「いいえ、彼も来ています。
あっちのほうにいますよ。
彼に何か用があるの?」
「はい。
昨日のこと、もう一回謝っておきたくて」
「それなら、直接会ってきたらいいわ。
彼もあなたに危害を与える気なんかない。
私が保証します」
「・・・」
もしも彼女とノムが戦闘になった場合、ノムは私を庇いながら戦う必要があるかもしれない。
私は戦力になるどころか、マイナス要素にしかならない。
だからこそ、今私はここにいるべきではない。
それはきっと、ノムも理解している。
「ノム。
大丈夫かな」
その選択で、きっと大丈夫だよ。
そんな意思を込めた微笑みを、青髪少女へ向ける。
その笑みを横目で見ていたであろう、その彼女から漏出する刺々しい魔力が少しづつ減っていく。
「ふぅっ・・・。
わかった。
行って来ても大丈夫。
・・・。
気をつけて」
私を気遣う言葉を呟いたその瞬間だけ、視線が闇魔術師の女性から外れる。
ノムと女性に小さく会釈をし、2人の元を離れた。
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