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Chapter11 治癒術 (8)

「し、瞬殺」


 あまりにもあっけない幕切れ。

 ノムの放った炎術を、相手が同じく炎術で()なす間に、ノムは次撃の収束を完了していた。


 ああ。

 これが。

 私を1ヶ月の療養生活に追い込んだ。

 ノム必殺の。

 神聖術(セイントクロス)


 炎術と炎術が衝突して発生した黒煙が静まる間も無く、相手魔術師を大量の光が包む。

 『ぐっ』という鈍い声を発すると、彼はうつむき、ひざまずく。


「ちょっと雑魚だった」


「ちっ・・・。

 こいつ、戦闘前は全然魔力を感じなかったが。

 オーラセーブか・・・。

 これだけ魔力を持ちながら」


 この人でも、ノムの魔力的な実力は判断できなかった。

 だからこそ油断した。

 改めて、ノムのオーラセーブの能力の高さを感じる。


 さてさて、いろいろと話して頂きましょうかね。

 私は男性に向かって1歩近づいた。


「エレナ!!

 下がって!」


 刹那。

 ノムが、今まで聞いたことのない大声で制す。

 反射的に1歩下がろうとする。

 と、何かにぶつかる。

 ノムの手だ。

 ???


 ノムは男とは逆側、後方の1点を凝視している。

 それはもう、目で魔物を殺すような勢いだ。

 後ろなの!?

 若干混乱しながら、男性に近づく方向に移動する。


「こんな感じでいい」


「・・・」


 無言のノムを一旦見つめ。

 少し心が落ち着いたところで、ノムの見つめる先を共有する。


 女性。

 女性がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「エルノア」


 男性が、私とノム越しにその名前で呼ぶ。

 ノムはその彼女から視線を外さない。

 その光景が、ある程度のことを予測させた。


「ふふっ、アリウスどうしたの?」


 今度は女性が私とノム越しに、男性に話しかける。


 もし2人が知り合いならば、ボロボロになった彼を見て、もう少し焦ったり、心配したりするものではないのか。

 しかし、そうではない。

 その余裕が、彼女が只者ではないことを物語っている。


「ああ。

 少し話しかけただけのつもりだったが。

 嫌がらせてしまったらしい」


「それはアリウスが悪いわ。

 ただでさえ目つきが悪いんだから。

 笑顔をつくって、『お嬢さん、少し、よろしいでしょうか』というのが紳士的よ」


 それもそれで怖い。


「で、この子たちに何か用があったの?」


 これ以上近づくとノムが行動に出ると感じたのか。

 彼女は足を止めた。

 美しい桃色の長髪、エメラルドカラーの瞳、優しげな表情。

 それに相反するような、漆黒のローブが全身を包んでいる。

 その美しさに気を緩めて近づくと殺される。

 ふと、そんなフレーズが浮かんだ。


「あー。お前」


「はい」


「これ落としたぞ」


「えっ?

 イカソーメン?」


「お前のだろ」


「あ、ほんとだ。

 なくなってる」


 細長い袋に詰まったそれは、見覚えのある食べ物。

 嫌な予感がひしひしと。

 もしかすると。

 私は。

 してはいけない勘違いをしていたのでは。


「もしかして、これを私に届けるために?」


「届けるためだ」


「いやー、それなら言ってくれれば~・・・。

 ・・・。

 ・・・・・。

 本当にごめんなさい」


「別にいい。

 俺にも悪かったところがある」


 いい人だった。

 わずか100(ジル)のイカソーメンを、わざわざ、ご丁寧に届けてくれた。

 私はそのいい人に喧嘩を売って、あまつさえ用心棒のノムを使って半殺しにしてしまったのだ。


 よし。

 とりあえず、ご機嫌を取っておこう。


「いやー、いい人っすね、見かけによらず」


「見かけによらずは余計だ」


「解決したみたいね。

 ごめんなさいね、アリウスが怖がらせてしまったみたいで」


「・・・」


 和解に向かう2人と、終始穏やかな表情の女性。

 にもかかわらず、ノムの表情と視線の先は、先ほどから一向に変わらない。


「私も、あなた達に危害を加えるつもりはないんだけど」


 ノムに眼を飛ばされ続ける女性が、温和な笑顔で伝え。

 長い髪をなびかせながら、振り返り、背を見せる。


「ふふっ。

 アリウス行きましょうか。

 それじゃあね。

 でも。

 また近いうちに会うような気がしてるけど」


 そんな言葉を残し、2人は、ノムが見つめ続ける方向へと去って行った。

 2人が完全に見えなくなったところで、私はノムに声をかける。


「ノム。

 闇魔術師は、彼女のほうだったみたいだね」


 私も、多少なり、オーラサーチが得意になってきたようで、彼女から男性が放つあの邪悪な感覚が漏れ出ていることを感じ取った。

 彼女がそれを制御し、漏出を可能な限り抑え込んでいること。

 男から感じる感覚は、元は彼女の所有する魔力であること。

 並の魔術師には、彼女の放つ、あの感覚を感じ取ることはできないこと。

 そんな予測の正誤を知りたくて、説明をくれるであろうノムを見つめる。


「しかも、ただの闇魔術師じゃない。

 たぶん。

 死霊術師(しりょうじゅつし)

 (しかばね)使い」


 ノムの口から、とんでもない単語が発された。

 そんなを稀有(けう)な存在に出会ったことも驚きだが。

 死霊術という言葉の響きと、女性の優しい笑顔が醸し出す雰囲気の、コントラストが高すぎる。


「外見は、すごく綺麗だったけど。

 いい匂いしたし」


 だがしかし。

 本当の本当に気になっていることは。

 そんなことではないのだ。


「ノムと、どっちが強い?」


 最強の先生(ノム)より強いかもしれない存在。

 久しくなかった体験が、不謹慎な興奮と好奇心を湧き起こさせた。


「同等」


 ノムはまだ、女性が消えて行った先を見つめていた。

 彼女と戦闘になった場合のシミュレーションをしているのかもしれない。

 全知全能な先生でも、短時間では戦略を構築できない。

 そんな、得体の知れない可能性を、彼女は持っているのだ。


「でも、イカソーメン届けてくれたし。

 2人ともいい人っぽかったけどね。

 そう信じたいよ」


「そうだね」


 張り詰めた空気を(なご)ませたい。

 そんな私の気持ちを察してくれたノムが、小さくつぶやく。


 きっと。

 ノムと彼女が戦うことはないだろう。

 明確な根拠もなく、そんな気がした。

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