Chapter9 多属性合成魔術 (2)
さて。
改めてここで、バーストストームの習得条件を確認しよう。
炎13 風10 収束10 放出14
これらの数値は、魔術習得に必要となる各魔術技能の能力値を意味している。
ただし、あくまで相対値。
ノム先生自身が、各魔術を習得したときに感じた各技能の必要熟練度を、彼女の主観で数値化したものである。
バーストストームは炎と風の合成術であるので、炎と風の技能が必要なことは言うまでもない。
ここで注意したいのは、『放出14』の部分だ。
炎の必要熟練度よりも数値がでかい。
これはなぜなのか。
この点をノム先生に聞いてみたところ、以下のような回答をいただいた。
「バーストストームは攻撃範囲が広いことが特徴の魔術。
だから放出の能力が低く、放出で遠くまで魔力を飛ばせないと、術者の近くで爆発して爆死する」
『爆死』。なるほど。
なるほど。『爆死』。
よくわかりました。
ありがとうございます。
爆死回避のためにも、闘技場への出場を繰り返して放出の技能を重点的に強化するしかなさそうですね。
死にたくないですしね。
*****
闘技場ランクHへの出場を数回繰り返すと、ノム先生からバーストストーム習得開始のお許しが出た。
放出の能力が合格点に達したのか、達してないのかはわからなかったが。
これ、大丈夫なの?
「バーストストームは広範囲魔法だから、習得の訓練は、辺りに人がいないことを確認してから行うこと」
「りょーかい」
習得のために連れてこられた場所は、いつもの草原。
ではなく、そこからさらに街から離れた岩場。
生命の息吹をおよそ感じない。
こんなところに人がいるとは思えないが、念のため辺りを確認する。
適当に。
さて。
「始めようと思うけど。
何かコツってあるの?」
「基本的には三点収束と一緒。
属性を変えるだけ。
でも、炎のコアが2つ、風のコアが1つだから、三角形の上の部分に風のコア、下の2つに炎のコアを持ってくるの。
炎のコアを上に持ってくると、左右のバランスが崩れて失敗しやすい。
でも上下のバランスは崩れても比較的大丈夫」
「へー。
じゃあ、炎×光×雷のブラスターのときはどうなるの?」
「自分の一番得意な属性を上に持ってくる。
エレナだったら雷が真ん中。
強い属性を左右に持ってくると、バランスが崩れやすいから。
人にもよるけど、左右の属性魔力の強さ具合で、三角形を傾けたりすることもあるらしい」
「なるほど。
『左右のバランスを合わせる』がポイントね」
「あと、逆三角収束もやってみようか」
「なにそれ?」
「エレナが三点収束を実現するとき、コアが形作る三角形は上に1点、下に2点の上向きの正三角形を描く。
これは順三角形と言う。
今回はその逆向きの三角形、下向きの三角形を描く」
「なにゆえ?」
「下に風を持ってきたほうがやりやすいらしい。
私はあんまり変わらない気がするんだけど。
読んだ本に書いてた。
でも、いろんな収束法を覚えていくのは後々重要なことになっていくから。
そのための練習も兼ねて」
「上に炎2つ、下に風1つね。
やってみるよ」
*****
とは言ってみたものの・・・
「うーん、やっぱり難しいね」
習得開始から既に2日目。
異属性コアが生みだす反発力は、同属性の合成、トライバーストのときと比較にならない。
炎と風って、昔、何か確執とかあったの?
もうちょっと仲良くして欲しいんだけど。
「でもなんか。
なんとなくだけどさ。
少しづつ、炎と風のコアが混ざり合う量が増えてきてる気がするんだよね」
そうであって欲しい。
気のせいかもしれませんが。
「それはエレナが魔術師として成長している証かも。
自分の発現した魔力の流れや収束の具合を、より繊細に感じれるようになっている、ということ」
「そうなんだ。
ただ、この調子で行くとあと20日くらいかかりそうかなー」
「20日でできれば十分」
「まあ、焦らずやるしかないかな」
*****
「ノム!
なんか魔力球が安定した!
成功だよね!」
習得挑戦開始から18日目。
ついに、炎と風のコアの間の蟠りが解消された。
目の前で輝く魔力球は、若干橙よりの赤の光を放つ。
それは、純粋な炎術とは完全には一致しない感覚を私に与えてくる。
その感覚が、私に、異属性魔力合成の成功を確信させる。
「成功。
半分は。
エレナ、私がこの前教えたこと覚えてるよね」
合成成功でほっとしたのも束の間の警告。
命が掛かっていますので、もちろん覚えております。
「効果範囲が広いから、遠くに放出しないと危ないんだよね」
「そう。
私がバリアーの魔術でエレナを守るから。
放出の力を全開にして、思いっきり前に飛ばしてみて」
「わかった!
行くよ!」
過去最大級の集中を。
不安感が作り出す雑念は、脳の狭間に追いやって。
放出すべき魔力球と、その放出する先の空間のみを知覚する。
・・・。
・・・・・・。
なんか、いるな。
魔力を放つ地点の先にいる、なにかしらの存在に気づいた。
その視覚による気づきの後、聴覚が異常を伝えてくれる。
「ノム。
なんか音、しない!?」
音の大きさの変化のスピードが速すぎる。
嫌な予感しかしない。
「たぶん、ワイルドウルフ」
青髪が緊張感なくぼそっとつぶやく。
ワイルドウルフは狼のモンスター。
性質は攻撃的。
獰猛、肉食、敏捷性が高い、群れる。
遭遇したくないモンスターの筆頭である。
・・・。
私、今、『群れる』、とか言った?
「いっぱい来てるんだけど!!」
瞬間的な粗い確認でも3つの対象を確認できる。
それ以上に存在する可能性もある。
状況が不利すぎる。
闘争に対する方策の検討がまとまらず、逃走という選択肢が頭を支配する。
逃げよう。
「ちょうどいいかも」
逃走を提案しようとした直前。
ノムはそんな言葉を口走った。
・・・。
こいつ、何言ってんの?
驚きと怒りが入り混じって混乱。
「バーストストームの試し撃ち」
「成功するかわかんないじゃんか!
魔法放出失敗でこんがり焼けた私が、魔物に食べられる未来が見えるんだけど!」
「死にそうになったら助けるから、大丈夫」
「ろっ骨が見えたときは、もう内臓食われてるって!」
「エレナ前見て。
そろそろ射程圏内」
その言葉で相手モンスターから意識が逸れていたことに気づく。
モンスターはもう目の前まで迫っている。
・・・
相手のほうが敏捷性が高い以上、もう逃走という選択肢は意味を持たない。
選択肢が1つになったのならば。
「やるしかない。
ということですね」
改めて相手を確認。
ここまで近づくと、茶色の体毛、鋭い爪、なんかもうイっちゃってる目、口からこぼれるヨダレと牙なども視認できる。
対象は3体。
その真ん中にいる1体に、迷い無く照準を定める。
・・・
狼って、こんがり焼けたら美味しいのかしら。
被食者の思考から、捕食者の思考へ。
私の思考が変化したとき。
「やあぁぁぁぁぁっ!!!」
炎+風の魔力球を、出力最大で放出。
その魔力球は迷うことなく、1体のモンスターに向かっていき。
放出の成功を確信した。
次の瞬間。
トライバーストとは比較にならない大規模な爆発。
轟音と衝撃をもたらし、相手モンスターたちを呑み込んでいく。
実現した魔法の威力が足りず、相手が間髪いれずに襲い掛かってくる。
そんな悲観的な状況を考慮し、目と耳で異変を感知しよう努める。
そんな私の労力は、私の斜め後ろに立っているノムの一言で否定される。
「一撃」
声の方向を見つめると、人差し指を立てて微かに微笑む彼女と目が合った。
人差し指は『一撃』の『1』を意味するのだと思う。
そんな彼女の微笑みで、戦闘により張り詰めていた精神が鎮静に向かう。
かわいい。
『バーストストームは本当に成功したのか』とか、『ワイルドウルフは本当に撃破できたのか』とか。
そこらへんのことはあまり気もならず。
「ワイルドウルフっておいしいの?」
などと、どうでもいいこと聞いてしまう。
が、そんな私の質問にも、ノム先生はしっかりと回答をくれた。
「まずい」
さようですか。




