Chapter8 武具収束術技 (1)
ノムが晩御飯を奢ってくれるというので、行き着けの酒場に来ました。
この酒場、昼はランチをやってます。
パスタが量良し味良し値段良しなので、ノムと一緒によく昼ご飯を食べに来ます。
が、今は夜なので普通に酒場です。
「夜来ると客はおっさんばっかりだねー、ノム。
じゃあとりあえず。
マスター、ビール2つ!」
<<バコッ!>>
「痛い!
杖で叩いた、しかも角で!
その杖って高いんでしょ。
壊れても弁償しないよ」
「『ビール~』じゃない。
私たちまだ成人してない」
「冒険者の町だけあって、成人しないと飲めないなんて規則はこの町にはないもんねー。
あー、でもノムのとこの教会は成人まで飲めない決まりなんだったっけ?」
でもノムもうやめたんだよね、そこ」
「ヴァルナ教ね。
自分の住んでた町で信仰されてる宗教なんだから覚えようよ。
まあ、確かにもうやめたけど」
そうそれ。
ノムはヴァルナ教のプリーストだったが、今回の旅を始める際に退職した。
ヴァルナ教の人がノムを様付けで呼びとても慕っていたので、そこそこ以上の地位であったと推測される。
ただ、ノムが神事を司っているのとか、あまり想像できない。
信心深くなさそうだし。
信者が懺悔に来たら、『許さん』とか言いそう。
でも、悪魔祓いとかは得意そうだな。
ノムが慕われている理由は、この辺りにあるような気がする。
ヒリヒリする頭をぽりぽりしながら、ノムの顔を見て彼女の過去に関する考察を行う。
ノムはまだ何か言いたそうだが、その前に私が注文したドリンクが到着した。
「うぇーぃ。
ビール2つおまちー」
「おー!きたー!!」
「飲むの?」
「そりゃぁ、飲むけど」
「注文の仕方もそうだけど、なんか慣れてない?」
「まあ、この前も飲んだからね。
お昼に一人で来たとき、お店のマスターから勧められて。
なんで勧められたのか、よくわかんないけど」
「それは、エレナが昼間から『イカソーメン』食べてたからだと思うけど」
そういえば食べてたな。
あの時。
「まあまあ、今日は私の3点収束習得とステップアップのお祝いってことで。
・・・。
ステップアップでいいんだよね。
もしかして、明日、闘技場の次ランクをクリアして来い、とか言わない?」
「今回はない」
「いよーーっし!
じゃあ今日は飲むぞー!!
ってことで、かんぱーいーー」
<<カツン>>
「うへぇ。美味しいわぁ。
ノムも飲もうよ~」
「・・・まあ。
もったいないし、飲むか」
*****
「あははははははーーー!!
私の魔法を受けてみなさい!
目障りなのよ、消えなさい!!
アルティメット・イレイサー!!!
・・・みたいな展開を期待してたんだけど。
ノムって、お酒飲んでもあんまし変わんないね」
「なんないから。
『アルティメット・イレイサー』って何?」
「ノムー、これおいしいよー」
「人の話聞いてる?」
「食べる?」
「これなに?」
「たこわさび」
「だから。
私、たこは食べれないって」
「食べさせたい!
おいしいのに。
どこがだめなの?」
「うねうねしてて、視覚グロテスクなものを口に入れる行為」
「今はうねうねしてないよ」
「してたら今頃、魔法で焼いてる」
「あー!
でもそれもおいしそうかもー」
「エレナってバカ」
「バカは褒め言葉だよ」
「だから褒めてる」
「褒めるはいいから、たこ食べようよ~」
「だめ、食べたら夢に出そう」
「私はいっぱい出てきてほしいなー」
*****
「これ、意外と美味いな」
店長おすすめのモゲラ(巨大なモグラのモンスター)のから揚げは、食べてみると想像以上に美味しかった。
あのモンスター食べれたのね。
それにしても、調子にのって、だいぶん飲んじゃったなー。
まあ、ノムの奢りだからいいけど。
・・・。
奢りだよね。
最後の最後で酔いが醒めて、割り勘、とか言わないよね。
これ、もっと飲ませたほうがいいな。
そんな邪な作戦を考えながら、ノムを観察する。
私に引けをとらず、ノムもかなりお酒が進んでいるようだ。
そのわりには大人しい。
大人しいのは大人しいのだが、いつもの無感情の無表情とは違い、すごくやわらかさを感じる無表情。
頬がほんのり赤くなって、目がトロンとしている。
くっそかわいいんだけど。
そんなかわいい彼女がジョッキに入ったビールを両手で持ってクピクピと飲み干す。
空になったジョッキを音を立ててテーブルに置くと、日ごろ見ない真剣な表情で私をガン見してきた。
もしかして、作戦がばれたの!?
読心術なの?
お見通しなの?
「エレナー」
「な、なに?」
「今日は、武具収束術技について教える」
「授業始まった?!」
「武具収束術技は術者の所持する武具に魔力を収束、
ただしこのときその魔力がプレエーテルでもエーテルでも四元素でも、
封魔でも構わないが、収束させて、
物理的攻撃と組み合わせる攻撃手段。
ただし、物理攻撃、魔術攻撃を同時発動する場合だけでなく、
物理攻撃、魔術攻撃を別々に連続的に使用する場合なども含む。
武具収束術技の定義はかなり曖昧。
あー、でも、武具による術増幅効果目的のみの場合は除く。
魔術を武具による技と組み合わせることにより、
魔術のみを使う場合よりも威力の高い攻撃を実現できる。
が、しかし、もちろん、魔術のみならず、武具の熟練も必要となり、そのぶん習得は大変。
でも、武具収束術技は現代の戦闘技術、
特に対人対魔共に、1対1戦闘においてとてもポピュラーで、
もし武具収束術技を使えないとしても、
関連する知識を持っておくことは、防衛の観点からして絶対必須と言える」
す・・・
すっげーしゃべってる。
しかも、いつもより早口で訳わかんないし。
気持ちよく語っているので、途中で遮ることが躊躇われる。
ここで割り込んで『明日でいい?』とか言うと、本当にアルティメット・イレイサーをお見舞いされるかもしれない。
「武具収束術技は、略して『術技』とも呼ばれる。
他、ウエポンインハレーションアタックとかマジックアタックといった別称もある。
武具ごとに有名な武具収束術技が存在する。
武具の性質と魔術属性の性質の関係性により、武具ごとに相性の良い属性が・・・」
明日、またもう一回教えてもらおう。
話を聞いている振りをして、から揚げの続きを食べよう。
私は首を縦にゆらゆら動かしながら、から揚げにフォークを伸ばそうとする。
と、思ったタイミングで、後ろから声を掛けられた。
「おー、お前ら」
「ん?」
「むー」
金色の短髪、ヘラヘラした表情の男。
なんかこの人、どこかで見たな。
「いつもうちの店に来てるやつだろ」
「おー、武器屋のおっさんだ」
「おっさんって。
俺、まだ26なんだが」
私がお世話になっている武具店の店員だ。
黒のシャツが体にピッタリフィットして、彼が筋肉トレーニングを怠っていないことを確認できる。
「お前、名前は?」
「エレナっす」
「そっちは、ノムだったよな」
「むー」
「うえっ?
なんで知ってるの、ノムのこと?」
ノムって有名人なの。
それとも、おっさんがストーカーなの?
ノムをストーキングするとか命知らずにも程がある。
マゾなの?
「コイツは昔、闘技場で、大人相手に大暴れして。
すげーちっさくて、すげー強えーのがいる、っつって。
いっとき、街の有名人になったんだよ。
ちったー大人になったようだが、顔は変わってないから。
すぐわかった」
ノム、闘技場に出場したことがあったのか。
どおりで、闘技場に関して詳しいわけだ。
「あと、俺はお前に半殺しにされた記憶があるぞ」
「覚えてない。
弱すぎて」
「かわいくねーなー」
「そんなことない!
ノムはかわいいよ!」
「そういう意味じゃねーって」
いつもにも増して、ノムの発言の攻撃力が高い気がする。
その理由は、酔っているからなのか、魔術の講義を途中で邪魔されたからか、過去の因縁か、生理的な理由なのか。
わからないが。
「そういや、お前。
闘技場に通ってるんだったよな」
「え?あー、はい。
最近、ちょっと休んでましたけど」
「俺も闘技場に出てるんだぜ。
お前、今のランクは?」
「ランクIっすけど」
「俺はランクC1だ」
へー。
「私はランクA1」
「そんないってたの?!
最高ランクじゃん!」
「お前には聞いてない」
闘技場のランクは、最低のランクQから、P→O→・・・→I→H→G→F→Eの順でランクアップしていき、この後はD3→D2→D1→C3→C2→C1→B3→B2→B1→A3→A2→A1。
つまりランクA1は、闘技場の最高ランクに対応する。
ノムが凄すぎて、おっさんが何ランクって言ってたか忘れてしまった。
「で、なんだが。
明日、次のランクに挑戦するんだが、見に来ないか?」
「んーでも、お金ないしなぁ」
「見に行く」
「ノム?」
「見に行く。
負けるとこを見に」
話の流れ上、『お前の試合なんか見ても得るものなんてねぇよ。行かん』という内容を婉曲的に表現した回答になると思っていたが、『お前の試合なんか見ても得るものはないが、負ける様は滑稽で興味深いので行く』という内容を端的に表現した回答になった。
それにしてもこの男、ノムの実力を知っていながらこれだけ臆することなく強気な発言をするとは。
以前この2人の間に、私の知らない『何か』があったのか?
・・・。
もしかして、付き合ってた!?
年の差カップルなの!?
ロリコンなの!?
過去を透視せんと顔面を凝視していると、おっさんが言葉を続ける。
「前の俺とは違うってとこを見せてやるよ。
武器屋稼業の傍らで、常に鍛錬してんだよ、俺は。
っていうか、お前、あんまり魔力を感じないな。
ちゃんと鍛えてんのか?」
挑発的な発言を受けても、ノムはまったく気にしていないようだ。
よかった。
『試してみるか』などと言い出したらどうしようかと。
怖すぎる。
思い浮かぶ未来の複数の可能性の全てに『血』が関連する。
「明日、必ず来いよ!
13:00からだぞ!
遅れんなよ!」
「あー、行っちゃった。
で、ノム。
本当に見に行くの?」
「行く」
改めて確認したが、やはり行くらしい。
やっぱりノムって加虐嗜好者なの?
そんなに人が負けるの見て楽しいの?
そんなことを考えながら、引きつりそうな表情を抑えてノムを見つめる。
すると、ノムが一瞬何かを思い出したような顔をした。
「で、エレナ、さっきの続きだけど。
術技と言うのはずっと昔、マリーベル時代よりももっと早くから・・・」
「あーーーー!ノム!
魔術の話は明日でいいから!
それよりもっと飲もうよー。
ほら飲んで飲んで~」
「あ〜〜。
エレナだめだって」
拒絶を示すノムの、か弱い反発力を無視して、飲みかけの私のビールを無理やり飲ませる。
ノムの酒切れてるな。
早く注文させよう。
あと、話題変えよう。
「っていうか、おっさんの名前聞くの忘れてたね。
ノム知ってるの?」
「武器屋のおっさんでいい」
「ノム。
昔、おっさんとなんかあったの?」
*****




