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Chapter7 三点収束魔術 (3)

 もはや見慣れた街外れの平原。

 トライバースト習得の許可が下り、早速習得訓練に取り掛かった。


「いつも同じ場所だね。

 他の場所ってないの?」


「もうちょっとしたら行くかも」


「楽しみにしとくー」

 

 封魔術(ダイアブレイク)習得に3日掛かり、かつ3点収束炎術(トライバースト)はそれ以上の難度だと言う。

 

「習得するのに何日かかりそう?」


 習得までに一体どの程度掛かるのか?

 ある程度の目安でもいいので、わかっていた方が安心できる。

 ・・・。

 1年とか言わないよね。

 不安な表情で先生を見つめる。


「内緒」


 何故、()らす!

 もったいぶる理由が意味不明。

 死滅したのかと思われほどに微動だにしない表情筋からは、想定以上なのか想定以下なのかを(うかが)い知ることはできない。

 それでも、何かしらの情報を見出さんといぶかしげにノムの顔を凝視していると、彼女はこんなことを言ってきた。

 

「1日で習得できたら、何でも買ってあげる」


 !!!

 意外!

 ノムが金で釣ることを覚えた!


 しかし。


 しかしこれは。

 つまりこれは!

 ということは!!


「ふふっ・・・

 あはははは!!」


 脳内に瞬時に浮かんだ煩悩の数々が、下卑(げび)た笑いを誘発する。

 その煩悩の具体的な内容は省略します。


俄然(がぜん)やる気でてきました!」


 これまでにない程のやる気に満ちた表情でノムを見つめ、宣言する。

 彼女は呆れたような顔をしていたが、少しすると表情は微笑(びしょう)に変わった。


 予想外の特別報酬予告。

 ただ、後から『冗談でした』とか言われたら冗談にならない。

 『冗談でした。何本気にしてるの?』とか言われたら、相手が大先生(ノム)であろうと宣戦布告ものである。

 さらに『冗談でした。何本気にしてるの?馬鹿なの?』とまで言われたら、寝込みを襲うまである。


 ・・・。


 いずれにしろ、それだと私が死ぬな。

 人が喋った内容を記録する魔法ってないのかな?


「じゃあ、1日で習得できたら宝石店の雷帝の宝珠ね」


「ばーか☆」


 今の雷帝の宝珠はさすがに冗談だが、どの程度の賞品が貰えるのか?

 あんまりにも高いものだと現実味がないか。

 実現可能性と価格の間のトレードオフを考慮した上で、最適解を算出する必要がある。

 

「んじゃ、食べ放題飲み放題で勘弁しとくよ」


 この辺でしょうか?

 是非を確認する目的でノムを見つめる。

 彼女は先ほどと変わらず、わずかな微笑を浮かべてこちらを見つめていた。


「絶対に1日で終わらせてやるからね!」


 かつてない強い意志をさらに高めるべく高らかに宣言し、私は試行を開始した。

 





*****






 夜です。


「はぁ・・・はぁ・・・

 ノム知ってた?

 夜の12時を過ぎるまで『今日』は続くんだよ」


「知ってる。

 だから後2時間」


 わずかな微笑を浮かべたノムが、残り時間を教えてくれる。

 今が夜の10時。

 『今日中』の条件を満たすには、後2時間でケリをつける必要がある。

 息も絶え絶え、思考力も落ちた脳で状況を確認する。

 

 誰しもが理解している『習得難度が高い』という事実。

 その具体的な意味合いを、身を持って体感させられている現実。

 3点収束の肝は『合成』にある。

 3つの魔力球を1点に集め合成する。

 しかし例えば、私の作った魔力球と相手の作った魔力球をぶつけるとどうなるか。

 それは先日のレイス戦で実証済み。

 魔力球と魔力球が衝突すれば、爆発四散、もしくは相殺される。

 合成されるわけがない。


 しかしこれが自分が生成した魔力球同士なら、場合により合成可能だという。

 それがこの世界の物理法則。

 その物理法則に反するように、私の作り出す3つの魔力球は大きな反発力を発生させ、合成を阻害していた。


「時間ないな。

 集中しよう」


 今は何度も挑戦を繰り返すしかない。

 ただ、3点収束は、魔力消費も通常の約3倍。

 かつ、合成のための制御や暴発を防ぐ目的で、さらに余分な魔力が+αされている状態だ。

 身体的な疲労からか、魔力回復力も徐々に落ちてきている。

 魔法発動は、できてあと数回程度だろう。

 だからこそ、1回の発動に集中する必要がある。


「今まで教えたことを復唱しながらやってみて」


 ここで、ノムがアドバイスをくれる。

 少し精神が乱れていたので、タイミング的にありがたかった。

 ノムの提案に対し、首を小さく傾けることで回答。

 そして、今までにノムから教わった3点収束のポイントを思い出しながら、魔力収束を開始した。


「まず、深呼吸。

 頭の中で上向きの正三角形をイメージ。

 片手ではなく両手を前に突き出して手の平で壁を作る」

 

 ちなみに、今回、杖は使用しない。

 3点収束習得は、武器なしの方がやりやすい、らしい。


「魔力開放は、(てのひら)から魔力をゆっくり押し出すイメージで。

 ゆっくりゆっくり。

 体内の魔力が、体外に出ると同時に、プレエーテルに変換される」


「そうそう。

 そんな感じ」


「魔力の量は少なめで。

 1コア分を3つに分けるくらいの量で、余裕を持たせる」

 

 1コアの魔力量が多いと、その分、合成時の反発力が大きくなるのだ。

 ここまでは良好。

 問題はここから。


「プレエーテルの一定量の収束を感じたら、プレエーテルを炎のエネルギーに変換。

 しながら、3つのコアをゆっくりと正三角形の中心に集める!」


 最初は正三角形の中心に各コアを移動させることさえできなかった。

 が、この動作も、徐々にできるようになった。

 後は魔力が暴発しないようにコアの反発を抑える。

 これも、当初に比べ長時間抑制可能になってきた。

 前試行よりもさらにいい感じ。

 後は3コアが1つになることを信じて耐えるしかない。


「1つになれ!

 1つに!!」


「『合成』と『属性変換』のタイミングが難しい。

 炎への変換量が少なくプレエーテルの割合が多いと、コア同士が近づきすぎてからの属性変換になり、多くの魔力が必要になる。

 逆に炎に変換しすぎて、変換された炎同士がぶつかると・・・」

 

 ノムが何か解説してくれているが、余裕がまったくなく耳に入らない。

 コアの炎が反発し合い、合成を嫌がるようにチリチリと音を立てている。

 今までの試行の中では、今回が最良の試行であるのは間違いない。

 が、暴発抑制も長くは持たない。

 それならば!

 後は、気持ちで!!


「ラストスパート!

 いっけぇーーーーーーーーーーー!!!!」


<<ジジジジジッ、

ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!>>


「反発が起こって暴発する。

 って、エレナ!!」



 ・・・



 しばらく思考が停止する。

 意識を失っていたのかもしれない。

 朦朧とする意識の中で、順に状況整理を行う。

 (1)トライバースト発動は失敗した

 (2)私が持てる最大限の力で制御された魔力球が、かつてない反発力を発生させ、ついに暴発

 (3)爆発で数メートル後方に吹き飛ばされた

 (4)最後、ノムが何か言っていたが、よく聞こえなかった

 (5)残り時間が少ないので、すぐに再挑戦する必要がある

 (6)しかし、体が動かない

 (7)というか、体中が痛い

 (8)血が出ている


「痛った!

 痛た・・・」


「大丈夫?」


 うめき声をあげる私を見て、ノムが声をかけてくれる。

 見上げた彼女の表情は、今まで見たことのない、すごく心配そうな顔をしていた。

 いつも無表情な彼女の見せるその表情が、今の私に起きている状況の深刻さを物語っているようで、体内に悪寒が走る。


「痛いけど・・・

 このくらいは大丈夫」


 特に理由のない強がりを言ってしまう。

 今回は自分がノムの忠告を聞かず、一気にケリをつけようと無理をしたのが原因だ。

 ノムに非はない。

 そう考えると、ノムに不安な思いをさせるのが嫌だったのかもしれない。


「今日は帰ろうエレナ。

 肩をかすから、ほら」


 『大丈夫』という言葉を聞いたからか、ノムの表情が微笑みに変わった。

 何?この優しい表情。

 普段とギャップがありすぎて若干ときめいたんですけど。

 

 ただ。

 それでも『帰ろう』という気持ちは生まれない。

 どうしても。

 どうしても今日中に。

 できなくてもいいから。

 最後まで挑戦したい。


 だから・・・


「いやー、まだいける!

 魔力回復力的に、今日は後2回は挑戦できるはず」

 

 最大限明るい表情でそう伝えた。


「魔力回復力の問題じゃないから。

 体を壊したら、逆に習得まで時間がかかるだけ」


 見つめたノムの表情。

 いろいろな感情が交じり合い、どれが本当かわからないような・・・

 そんな表情のように感じた。


「今日だけ!

 ねっ、今日だけ無理させてよ。

 なんか(くや)しいしさー。

 かなりいい所まで来てる気がするんだよね」


 心配、不安、困惑。

 そんな表情で彼女は考え込んでいるようだ。

 しばらくするとそれは、諦めたような表情に変わる。

 小さなため息をついた後、ノムが回答をくれる。


「まあ、今日だけ。

 その代わり、さっきみたいな無茶は絶対にダメ。

 確かに上達しているから。

 何度も繰り返せば、必ずできるようになる」

 

 私の気持ちを汲んでくれたノムの気持ちに答えたい。

 が、ここまで『やる』と言っておきながら、いまだ体の自由が効かない。

 不甲斐ない気持ちと体の痛みで渋い顔になってしまう。

 するとノムが1つの解決策を提示してくれた。


「そこで横になって。

 治癒術を使うから」


「治癒術?

 回復の魔法だよね」


 なるほど!

 その手があった!

 ナイス、ノム!


「じっとしてて。

 ちょっと集中力が必要な魔法だから」


 そう言うと、ノムは杖を私に向けて魔法の発動を開始する。

 ノムの集中を切らさないように、私は首をこくこくさせて意思表示した。

 

 私の周囲が白く(きらめ)き出す。

 気づくと、その光は草原から湧き出すようにあふれていて、さらに、私を中心とする魔法陣が描画されている。

 自分以外の魔力が周囲を取り囲んでいるにも関わらず、それは、とても心地よい。

 改めて、ノムが元プリーストであることを思い出していた。

 しばし、この空間が醸し出す神々しさにほうけてしまう。

 プリーストと言うより、天使かな。


「ヒーリングサークル!」


 ノムの声と同時に、地面に描かれた魔法陣から、大量の白い光が湧き出して、私を包み込んだ。


「おー、なんか温かいかも」


 光に包まれる心地よさに若干ボーっとしてしまい、そんな適当な感想がこぼれた。

 徐々に。

 体が軽くなっていく気がする。

 寝そう。

 気づくと、体中にあった傷が消えていた。


「まあ、こんな感じ」


「すごい!

 傷治った!

 初めて見た!

 ノム、ありがとう!」


 初めての体験に感動を覚え、短絡的で率直な感想と感謝を彼女に伝えた。

 本当に。

 本当に。

 今までで一番、ノムのことを尊敬していると思う。

 攻撃魔法だけでなく、こんなこともできるとは。

 さすが、大先生は格が違った。

 しかもかわいい。


 と、私が脳内でノムを褒めちぎっていると、彼女が1点、補足情報を伝えてきた。


「ちなみに。

 治癒術を使用された人は、寿命が縮むらしい」


「『ありがとう』を撤回します」


 何、この上げて下げる感。

 温かい温泉に入った後に水風呂に入るようなものなの。

 私、蕎麦かなんかなの。

 絞めると美味しくなるの。

 

「半分冗談。

 そういう仮説もある、と言う話。

 でもほんのちょっと減るかもね。

 2日くらい?」


 そう言うと、ノムは悪戯をした子供のような微笑(ほほえみ)を浮かべる。

 よし。

 かわいいから許す。


「それじゃあ。

 今からの2時間に、2日分の人生をかけるとしますかね」


「あと1時間半」


「じゃあさっそく!」


 ノムの治癒術で体調は万全。

 今なら行ける!

 私はトライバースト発動のため魔力収束を開始・・・


 ・・・


 できません。


「ちなみに、体力は回復しても、魔力は回復しない」


「あー!

 早く回復して、私の魔力!」






*****

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