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移動する迷宮(龍焔の機械神081)  作者: いちにちごう
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第六章 事後処理

「なんだい背の高い姉さん、貧血か?」


 立ち寄った町の野菜売りの店でほうれん草を買い込んでいると、店主の人にそんな風に言われてしまいました。


「まぁそんなところです」


 はははと笑ってごまかします。本当のことを言っても仕方ないですしね。


 人造浮き水を運ぶ以外でひさしぶりに町に立ち寄りました。もちろん黒き龍焔は目立たないところに隠してあります。一応あれは天空を回遊する迷宮であったりもするので。


 大量に仕入れたほうれん草を持ってきた籠に詰め込んでもらう。


「……」


 その作業待ちの時間を使って周りを見回してみると、この野菜売りの店の通りをはさんだ反対側には季曲教会の分教会がありました。建物の横にはファイアディスティニーの姿。その隣には戦車が一台。この分教会に配置されている車輌ですね。砲塔一体型の車体に105ミリ砲を一門、その固定戦闘室の上部には連装対空砲塔が一基という、小さな移動要塞のような車体です。もちろん季曲教会配備使用なので、車体前面にはドーザーブレードが付いてます。


 とりあえずこの町にはしばらくは浮き水は現れていないのか、季曲教会も機械神が歩いた後の事後処理に奔走している様子もなくのんびりムード。シスターも、教会の前で子供たちと遊んでいます。


 そう言えばこの前浮き水使いの子と一緒に送ってあげたあのシスターさんは、新天地で元気にやってますかね?




 ―― ◇ ◇ ◇ ――




 アイリンと別れたアキナは自分の赴任先である季曲教会の分教会へと急いでいた。


 通りがかりの人に事情を説明して道を聞きしばらく走ると――


「あ! ファイアディスティニーだ!」


 黒色の龍機兵が道の真ん中を地響きを立てながら歩いてくる。右手にはスコップ。教えてもらった教会の方向から歩いてきてるので、機械神がやってきた後の事後処理に向かう途中なのは間違いない。


「神父さまーっ、神父さまーっ」


 アキナは道の端に避けるように立ち止まると、ぴょんぴょん飛び跳ねながら黒い龍機兵に向かって両手を振った。


『どうしました、旅の方?』


 ファイアディスティニーはその身振りを見てその場に停止した。


「私今日からお世話になることになる新任のシスターですーっ」


 アキナが大声で自己紹介すると『おお、あなたでしたか』と言いながら、龍機兵の胸部ハッチが開いた。


「神父のアーサーです。高いところから失礼」


 中から牧師服に身を包んだ壮年の男性が顔を出した。


「シスターのアキナです! 遅くなりました!」

「いえ、浮き水使いと一緒に乗ってきた飛行機械が故障したのは私も聞いています」

「神父さまは、今から足跡を埋めに行くんですよね機械神の!」

「そうですよ、お仕事ですからね」

「だったら私も手伝わせてください!」

「おや、着任早々そんな心強いことを言ってくれるとはさすが教会に選ばれたシスター」


 アキナの一生懸命な顔を遠くに見下ろしてアーサー神父は微笑を浮かべた。


「この先に行ったところにある教会にあなたが担当することになるものが置いてあります。動かし方は――わかりますよね?」


 その動かし方はシスターを育成する学校の教科にもなっているのでアキナは元気に「はい!」と答えた。


「では私は先に行ってます」


 アーサー神父はそう告げると再びハッチを閉めて、ファイアディスティニーを現場へと向かわせた。


「よーし、がんばんなくちゃ」


 神父と別れたアキナは教会へと急いだ。




 教会へと到着したアキナは、とりあえず格納庫を探した。季曲教会の分教会には必ずファイアディスティニーの整備を兼ねた格納施設があるので、自分が担当することになるものもそこにあるはずだからだ。


「……これか」


 背の高いファイアディスティニーを入れられる大きさなのでそれなりに大きい施設なので直ぐに見つかった格納庫に行くと、龍機兵一体分のスペースを空けた隣に無限軌道を履いた車輌が一台止まっていた。


 なんだか自分が予想していたよりも大きい。全長にして通常型の龍機兵の身長と同じくらいあるのではないだろうか? つまり10メートル以上。


「えーと、これは……なんだっけ?」


 アキナはカバンに入れておいた小冊子を出した。育成学校時代から使っている戦車辞典である。


「シャール?」


 パラパラとページをめくると、目の前に鎮座する巨体と同じ側面図の絵を見つけた。


 シャールと言う型式の戦車であるらしい。種別としては多砲塔戦車。車体上部にある前後の砲塔しか目立たないが、車体両側面にもひっそりと砲塔(銃塔)が二基ずつ付いている。車体正面にもこっそりと一基。しかし車体前面で今一番目立つのは増設されたドーザーブレードに他ならない。


 浮き水の上に小早を載せるために機械神(機械使徒)が使われるようになって、一番の問題になったのは町中に残された巨大な足跡だ。


 機械神(機械使徒)は基本的には帝国所属の機械なので、同じく帝国所属の組織である季曲教会の各町にある分教会の神父やシスターがその事後処理をやっていた。分教会に必ず一機配備されているファイアディスティニーがスコップで埋めたりしていたのだが、それでは間に合わない時もあったので、手空きになっているシスターに整地用の機械が支給されることになったのである。


 そういうわけで町中の季曲教会には、教会脇に佇立する黒い龍機兵の他に、ドーザーブレードを装着した戦車と言う光景が増えたのである。


 整地用機械に何故このような物が使われている理由なのだが、龍樹帝国首都の帝国府の地下施設の一つには、この手の車輌――試作戦車、計画戦車も含む希少車輌――が大量に保管されている場所があり、その再利用であるらしい。実際は試作車が一台しかないものが複数あったり、設計段階で終わった筈の計画車輌があったりするのは、管理を任せておいた魔術師が暇にあかせて作っていたから――と言うのが真相の様子。一応希少であるのに世界中の分教会にばら蒔かれているのはそう言う理由らしい。


 と言う訳で季曲教会のシスターの育成科目にはピアノ(オルガン)演奏や教育実習の他に戦車運用の科目も増やされ、そこを卒業できた一人が現在のアキナだ。


「よいしょ」


 アキナは持ってきた旅荷物を全部格納庫脇に下ろすと、車体の上に上がった。そうして砲塔上部のキューポラを開き、中を覗く。内部はちゃんとパペット方式の操作方法になっている。


 通常戦車と言うものは複数人が乗り込んで運用するのが基本なのだが、シスター一人で動かすことになる季曲教会配備用の物は、乗員の代わりをする自動人形を操作位置に配置して運用する方式になっている。実戦で運用するにはサバイバビリティの点からあまり有効な方式ではないが(乗員がいないと戦場内で車体整備をするものもいなくなる)ほぼ戦闘に使われることはないということでこの方式にされた。


 と言う訳で唯一の有人担当場所となっている車長席へとアキナは潜り込む。


「ふぅ……よし」


 上半身だけをキューポラから出して準備は完了。


「では発進! 神父さまを援護に行きます!」


 援護じゃなくて支援でしょ? というアイリンのツッコミが聞こえたような気がした。




「おお、機械神だ……」


 教会前の道から伸びる道をシャールを進ませていると、向こうの大通りを機械神が歩いていくのが見えた。町の外の方に向かって歩いているので、作業はもう終了したのだろう。


「あ、神父さまーっ」


 そうやって遠くに機械神(季曲教会シスターと言っても機械神と機械使徒の違いが判らない者も多い)を見ながらさらに進むと、道の終点で待機中のファイアディスティニーを発見。


『ちゃんと動かせましたか、さすがですね』

「はい、なんとか!」

『では、機械使徒の仕事も終わったので、我々の仕事に取り掛かります』

「はい!」


 アーサー神父はそう言いながら、一つ目の足跡にファイアディスティニーを向かわせた。アキナもそれに続く。


「……あ、アイリンだ」


 龍機兵の黒い背中に着いていくと、空の上に先ほど見た浮き水を再び発見。その上にはちゃんと小早が載っていて、デッキの上で調律櫂オール・アコルダトラを振るう先輩浮き水使いの前に、アイリンの姿が見えた。早速彼女も自分の仕事に就いている様子。


「おーい!」


 この町にたどり着くまでそれなりに冒険の旅をしてきてしまった元相方に向かって、アキナが手を振る。

 そうすると相手も気づいようで、手を振り返してきた。


「がんばれーっ」


 アキナはそう空に向かって声援を送ると、ファイアディスティニーに続いて大通りに入った。


「うわー、すごいですね」


 機械神(機械使徒)の足首の大きさだけで、大型飛行艇の胴体ぐらいの大きさがある。そんなものがつけて行った足跡だから大きさも相当なもの。しかも結構な数。


『まぁ時間はたくさんありますし、ゆっくりいきましょう』

「はい」


 アキナはシャールのドーザーブレードを降ろすと、スコップで土を掘り返し始めたファイアディスティニーに続くように、土を馴らし始めた。

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