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移動する迷宮(龍焔の機械神081)  作者: いちにちごう
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第五章 主との邂逅

 チリリン、チリリン


「……」


 わたしがいつものように大窓から流れる空を見ていると、店内カウンターにあるもう一つのベルがなりました。


 あれは誰かが鳴らしたら連動して鳴るものではありません。誰かが接近してきたらそれを伝えるために鳴るものです。


 その目的は、迷宮地下九階から十階へと階段を下りている者がいるという知らせです。


「ついに……来てしまいましたか」


 あの五人だったら最下層まで辿り着けるのではないかと思っていましたが、本当に辿り着きましたか。


 目的地に到着したのなら、出迎えてあげなければなりません。最高のおもてなしで。


「……」


 わたしは席を立つと、その場へと向かいます。




 ―- ◇ ◇ ◇ ――




「ついに、来た……」


 九階から十階へと繋がる最後の段を踏み越え、五人の冒険者たちは遂に迷宮最下層へと辿り着いた。


 一つの書の迷宮を預かる迷宮支配者ダンジョンマスターの住まう居城。


 最後の間にいる最後の敵を倒さなければ目的は達せられない。


「……」


 地下十階へと降り立った冒険者たちは最後の探索を行おうとしたが、迷宮最下層は非常に単純な作りで、階段下りてすぐの目の前に扉がある以外は、簡素な作りの通路しかない。


「いきなり戦いというわけか」


 リーダーが最後の扉を前にして呟く。


「いいじゃない面倒くさくなくて」


 女戦士は不敵な笑顔を見せる。


「さっさと終わらせてもらうもんもらって帰ろうぜ」


 盗賊が言う。


「私も同意見です」


 本来相反する職同士なのだが、この時ばかりは僧侶も意見の対立は無い。


「……」


 しかし魔術師の少女一人だけは、決戦を前にして乖離したまま。


「開けるぞ」


 リーダーがドアに手をかける。これを開けばもう後戻りはできない。


 強く頷く三人。少女も少しだけ頭を上下に動かす。


「よし」


 ドアを強く押す。冒険者たちが最後の間へと進んでいく。


「……?」


 中は、この最下層フロアの殆どを使っているような広大な場所だった。ここが地下迷宮であることを忘れてしまうほど。


 その中心に、誰かが立っていた。


迷宮支配者ダンジョンマスターの部屋に無断で入るのは、誰ですか?」


 静かな声が広間に満ちる。


 それは長身の女性だった。背中に垂れる長い黒髪。そしてその女性が着る服も黒。スペンサージャケットやスリットスカートを組み合わせた漆黒の戦闘服。左手にはその長身と同じだけの長さがあるであろう大剣が握られている。


「バニーさん?」


 リーダーの戦士はとりあえずそう訊いた。


 その女性は上の宿屋にいた女性と、六階の宿屋にいた女性と、同じ顔をしていた。


「わたしと同じ顔をした者とずいぶんと会われた様子ですが、その人物とわたしが同一人物であるとは限りません」


 女性は静かに語る。


「そう言うとは思ってた。そして――」


 リーダーは静かに腰の剣を抜いた。他の者も戦闘態勢に入る。


「こうなる予感はしていた」


 あの長身の女性がこの迷宮に深く関わっているのはなんとなく判っていたので、もしかしたら最後の敵も彼女なのではないかと予想はしていた。そしてそれが当たった。本人は相変わらず否定したままだが。


「悪いが、あんたを倒させてもらう、一つの書を得るために」


 リーダーが一歩近づく。同じ前衛である女戦士も脇を固める。


「写本に必要な代金は用意されてきましたか?」


「いや、力尽くで奪いに来た。俺たちは冒険者だからな」


 リーダーのその言葉に、他のメンバーも改めて気を引き締める。そのためにここまでやって来たのだ。


迷宮支配者あんたを倒せれば、一つの書は無償で手に入るんだろう?」


「確かにそうですが、わたしは相手が誰であろうと、手は抜きません」


 女性はそう言いながら左手に持った大剣をゆっくりと引き抜く。


「一つの書を力尽くで奪うという選択肢を選ぶのならば、この迷宮を預かる迷宮支配者ダンジョンマスター、紅蓮の死神がお相手いたしましょう」

「紅蓮の死神?」


 リーダーの斜め後ろに構える盗賊がその何引っ掛かるように言う。


「知ってるのか?」


 リーダーが訊く。


「それは黒龍師団の一人に付けられた二つ名だ」

「黒龍師団って言ったら……」


 女戦士が聞き捨てならないと言った顔になる。


「ああ、龍樹帝国皇帝直属の戦闘師団だ。全員が機械神の乗り手だったって言う噂の」


 機械神という兵器がいったい誰によって動かされていたかは、おおやけには公表されていない。


 だが、噂だけは流れている。


 機械神という異能の存在を動かすために、黒龍師団という異能の力を持つ者の集団を作った、と。


 黒龍師団に属するものは、一人一人が通常の軍隊一つに匹敵するだけの力を持っていたと言う。だから十数人規模の集団であっても「師団」と言う名前が付いたと言う。


「中でも紅蓮の死神は、生身で戦艦の主装甲を叩き切れるような奴だったと聞く。それが男だったか女だったかまでは判らんが」

「……」


 全員の視線が黒衣の女性の方へ向く。


「あんた本当に紅蓮の死神なのか? 本物の?」


 リーダーが問う。


「それをあなた方にお伝えするわけには行きませんが、紅蓮の死神を名乗るに値する者だということです、わたしは」


 迷宮支配者は静かに答えた。


「ふっ」


 リーダーが何かが吹っ切れたように笑った。


「いずれにしろ、戦わなければ一つの書が手に入らんのは変わらんのだろ」


 そういいながら剣を構えなおす。


「このわたしに挑むのも、ここから戻るのも、それはあなた方の自由です。自分に託された命を、どのように使うかも、あなた方の自由です」


 どこかで聞いたような台詞を迷宮支配者は謡うように言う。


「――行くぞ!」


 リーダーが最後の敵に向かって駆ける。全員がそれに続く。




「これで終わりですか?」


 一瞬にして冒険者集団は壊滅状態になった。


「……ぐぅ」


 剣を折られ盾を割られ、骨も何本か折られたリーダーが床の上でうめいている。女戦士も隣で同じような状態。


 あの大剣が振るわれた時、いきなり剣が折られた。リーダーの剣はこの迷宮の下層域で手に入れた強力な物へと代えられていたが、圧倒的力の差の前には何の役にも立たなかった。返す刀で盾も破壊されたリーダーは、しかし丸腰になってもまだ諦めなかった。鎧を着込んだ自らの体を迷宮支配者へとぶつけに行ったのだ。それには同じように両手の武器と防具を失った女戦士も一緒に当身を仕掛けた。しかし難なく受け止められ今は床の上に二人そろって転がされている。


 その二人の体当たりの陰に隠れて盗賊が突入していた。クナイを投げ、相手の視界を撹乱しつつ、抜き放ったキーダガーで喉元を狙う。しかしどれもがかわされ、本人も迷宮支配者の蹴りの一撃で吹き飛んだ。手から離れたキーダガーが床を転がって、力尽きたように座り込んでいる魔術師の少女の下に転がった。


 魔術師の少女もありったけの魔法を撃ち放っていた。僧侶はいつものように魔術の詠唱中の少女を守るように戦っていたが、いきなり長棍を粉々に砕かれた彼は、体術に切り替えて応戦したが、手馴れの冒険者である盗賊を一撃で蹴り飛ばす相手にかなう筈もなく、同じように吹き飛ばされた。四人が床に沈むと同時に少女の魔力も底を尽きた。


 全員満身創痍、怪我を負ってないのはもともと直接戦闘には不向きな後衛の少女のみ。最悪の状態。


 カツカツと床を鳴らし、迷宮支配者が近づいてくる。


 彼女は大剣を抜き払った後も、鞘を左手に持ったままだ。どうも鉄製らしいその鞘を攻撃の補助に使うこともなかった。自らの動きを鈍らせるための重し、そんな風に思えた。


 彼女がその重い鞘を捨て、本来両手で使うであろうその大剣を両の腕で振るったなら、人の力ではどうやっても破壊不能といわれる迷宮の壁すら砕くのかもしれない。それぐらいの戦力差が、冒険者たちとの間には開いている。


「それでは――」


 迷宮支配者が近づいてくる。側面から攻撃を仕掛けていた僧侶と魔術師の横を通って、正面で倒れる戦士の下へと足を運ぶ。まずはリーダーから処分しようと言うのか。


 ――その時


 大柄な僧侶の後ろに隠れるようにしていた人陰が動いた。


 一瞬の隙を突いて、飛び出す。


「!?」


 全員がその光景を疑った。


 魔術師の少女が、盗賊の落としたキーダガーを握って、迷宮支配者の脇腹へと突き刺していた。


「ピオ!?」


 リーダーが少女の名を呼ぶ。


「みなさん今のうちに逃げて!」


 ピオと呼ばれた少女は決死の表情のまま叫んだ。


「帰るんです! みんなここから帰るんです!」


 少女の行動に他のパーティの者は度肝を抜かれてしまって、今まで以上に動けないでいる。


「リーダーさんは妹さんのもとに! 女戦士さんはご両親のもとに! 僧侶さんは奥さんのもとに! 盗賊さんは里のみなさんのもとに! みんな家族のもとに帰るんです!」


 少女の絶叫は続く。


「私が食い止めているうちにみなさん早く!」

「そのみんなの中には――あなたは入っていないのですか?」

「私はいいんです! たった一人の肉親だった弟も死んで、このパーティだって誘われたから入っただけで、一つの書だって始めから興味なんて無か――……!?」


 その問いかけをしてきた声が迷宮支配者のものであると分かった時、ピオは、気づいた。


「あ……あ……あ……」


 迷宮支配者の脇腹に深く刺さった短剣から血が流れ、少女の手を汚していく。


 他の全員が脱出できるかも知れない貴重なこの時間。実はこれは、迷宮支配者から与えられた事実。


「あなた方がこの最後の間に入ってきて『結局ほとんど何もできないまま終わる』とは予想はしてました」


 脇腹に剣を突きたてられたまま彼女は静かに語る。


「それでは、どのように事後処理をしようかと思った時、あなたが盗賊の落としたキーダガーを拾うところを見たのです」


 迷宮支配者がピオの方にゆっくりと顔を向ける。


「もちろんわたしは判ってました。だから短剣を拾った直後にあなたの腕を切り飛ばすのも、あなたの首をはねるのも簡単にできたのですが――」


 ピオを見下ろす迷宮支配者の顔。その表情には怒りとか悲しみとかは一切なく、ただ穏やかかな微笑みだけがあった。


「あなたは今までまったく見せなかった顔――自分の感情をあらわにした顔でわたしに向かってきた。その決死の覚悟の表情を見て、この後何が起ころうとも、あなたの行動を見ていようと思ったのです」


 彼女が床に倒れる他の仲間の方を見る。


「今のわたしは結構なダメージを受けましたので、しばらく動けません」


 それが限りなく嘘に近い言葉であるのはここにいるみんながわかった。彼女がほんの少しだけでも動き出したら全員の首が飛ぶ。


「今のうちに逃げなさい」


 ここからの退避を、この間を守る主が促す。


「あなた方はここで死ぬのは惜しい人たちです。何とか生きて地上に帰りなさい」


 全ての武器を失い、魔法も尽きた彼らでは、地上への脱出は難しい。しかしそれでも彼らは生き残れたのだ。生還が許されたのならば、力尽きるまで死に対して抗わなければならない。


「……」


 迷宮支配者の腹にキーダガーを突き刺したまま動けないでいる魔術師の少女を女戦士が何とか引き剥がした。


「あなた方は『本物・・の紅蓮の死神』と戦い、そして生き残れたのです。その事実は確かです」

「……」


 リーダーの戦士は全員に引き上げを促した。最後に女戦士に抱きすくめられるようにピオが出て行く時、その顔は涙で濡れていた。




「……」


 誰もいなくなったことを確認すると迷宮支配者は自分の脇腹に突き刺さったままのキーダガーの柄を握った。


 そして一つ深呼吸をすると、思いっきり引き抜いた。


「いたーっ!?」


 キーダガーもソードブレイカーの一種なので、その特殊武器としての機能はある。一つは相手の武器を挟んで折るものだがもう一つ、これは相手に突き刺さった場合その乱杭歯の部分が引っ掛かって抜けにくくなるというものである。ソードブレイカーとは見た目の格好良さに比べて意外に凶悪な武器なのだ。


 そういう理由なので迷宮支配者も引き抜いた時に、刺された以上の傷口を空けてしまったことになる。思いっきり血が出た。


「いたたた……これぐらい刺されてもすぐには死にませんが、痛いものは痛いんです……いたた」


 迷宮支配者は当て布と包帯を用意すると、とりあえず腹の止血を行った。放っておいても血は止まって傷口は塞がるだろうが、その前にあまりにも出血しすぎて脱水症状になるのもなんだなと、とりあえず止血はした。


「いたた……とりあえず造血作用の多いものを食べないといけないですねしばらくは……」

「ほうれん草でしたっけ?」と迷宮支配者は独り言を言いながら、地上へと繋がる直通の昇降機エレベーターへと向かった。

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