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移動する迷宮(龍焔の機械神081)  作者: いちにちごう
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第四章 浮き水使い

「――あ、人がいる!」


 わたしが地上に降りて高山植物の散策をしていると、後ろから女の子の声が聞こえました。


「す、すみませーんっ」


 荷物を揺らしながらどたどたと山道を二人の女の子が駆けてきます。


「すみません! この辺に住んでる方ですか?」


 はぁはぁと息を整えながら女の子の一人が訊いてきます。


「残念ながらこの辺の住人ではないですね」


 わたしは正直に答えました。


「はぁ……あなたも旅人の方でしたか」


 もう一人の女の子が少し残念そうに言います。


「お二人も旅人ですか?」


 わたしが訊くと


「旅人には違いないんですが、この先にある町に赴任するための途中なので、旅はそこで終わりです」

「そうなんですか?」

「はい、私はこの先にある町の浮き水使いとして配属された者です。こっちは――」

「私もこの子と同じ町の季曲教会のシスターとして配属されたんです」


 二つとも誰でも一度は憧れる職業ですね。浮き水使いさんの方はこの前の適正試験で合格した人ですかね? それにしても二人の初々しい表情がまぶしい。


「で、途中まで一緒の飛行機械に乗ってきたんですけど」

「その飛行機械が途中で壊れちゃったとか?」


 わたしがそんな風に予想すると


「はい、まったくその通りです」


 余りにもお約束な答えが帰ってきました。


「なんか修理には一ヶ月くらいかかるから、ここから歩けば三日くらいだからお前たちは先に歩いていけって言われて」

「でも今日でちょうど三日なんですけどまだ全然見えてこなくて」


 二人の新人さんが疲れた顔で窮状を訴えてきます。


 ここから人の足で二日くらい歩いたところに確かに町が一つある。この二人の目的地は多分そこでしょう。旅慣れていない者ならそれくらい多めにかかってもしょうがない。


「だったらもうちょっと歩けば着きますよ、あと二晩くらい夜を越せば」

「ふ、ふぇ~」


 それを聞いて新米シスターの方がくずおれた。浮き水使いの女の子も彼女に肩を添えるように座り込んだ。


「……だったらわたしがそこまで送っていきましょうか? 飛行機械ありますよ一応」


 さすがに可哀想なので助け舟を出しました。


「ホントですか!」


 飛び上がるような勢いでシスターの子が訊いてくる。


「飛べる機械があるんですか!」


 浮き水使いの子も生き返ったような顔。


「ええ、一応ですが――」


 わたしがそう言うと、ズズズズと空気を重く振動させる音が辺りに満ちた。


 その轟音と共に低い山裾の向こうから黒い艦首が現れた。低空ギリギリの高度を這うようにして「助け舟」がやって来る。


「あ、あわわわ……」


 それを見た瞬間二人は腰が抜けてしまったらしく、座り込んだまま目を見開いて頭上に停止した漆黒の艦体を見上げている。


「な、なんですか、あれーっ!?」


 二人抱き合いながらの絶叫。


「いや、ですから飛行機械ですよ……一応」




 ―― ◇ ◇ ◇ ――





「それにしても助かったね」


 西の空を見ると、自分たちをここまで運んできてくれた飛行空母が次の目的地に向けて小さくなっている。


「それにしても……」

「ん? どうしたの?」

「あの空母、適正試験会場に人造浮き水を持ってきてくれた輸送空母のような気もするんだけど」

「そうだったの?」

「でもなんか微妙に違うような気もするんで、同型艦とかなのかなぁ?」


 浮き水使いの少女、アイリンが首をかしげる。


「あのふね、私たちを乗せてくれたあの背の高い女の人しか乗ってなかったね」


 同型艦とかそういう用語は良く判らない季曲教会シスター、アキナは、あの飛行空母のことを違う意味で不思議に思っていた。


「そういえば、他の乗員の人は見なかったね」

「……もしかして、幽霊船だったりして」

「うわーっ、怖いこと言わないでよ! 私がそういうの苦手だって知ってるでしょ!?」

「でも……あんなおっきなふねに女の人一人なんて……」

「だからやめてって言ってるでしょ! もう! さっさと行くわよ!」


 アイリンはアキナの首根っこを引っつかむと引き摺るようにして前に進んだ。




「ねぇ、あそこに浮かんでるのって……浮き水よね?」


 ようやく町の入口に二人はたどり着いた。


 そして町中に入った時、アキナはその四角い物体が町の直上に浮かんでいるのを見た。


「ありゃー浮き水だよ! ひさしぶりに本物見たよ!」


 この前適正試験を受けた時に乗った浮き水は人造のものだったので、本物は本当に久しぶりに見た。半年振りくらいか?


「ていうか、アイリンってばいきなり出番じゃない!」


 一見物人として空に浮かぶ水の塊を眺めていたアイリンは、相方の一言でふと我に返った。


「そうだった、私ってばあれを動かす職に就職したんだったよ」

「こらーっ」

「というかアキナだって、もうすぐ機械神がやってくるんだろうから出番がすぐ来るよ?」

「まぁそうなんだけどさ」

「よし急ごう! 私はとりあえずあの浮き水の下まで行ってみる!」

「私は季曲教会(自分の赴任先)に行ってみる! 神父様がもう準備してるかも知れないし」

「うんわかった」

「じゃあ、ここでお別れだね」


 駆け出そうとしたアキナに向かって少し名残惜しそうにアイリンが言う。女二人で何日も歩いたり、最後は謎の巨大幽霊船(?)に乗ったりと結構な冒険譚を潜り抜けてきた自分たちなので、こんな簡単な別れ方だとちょっと切ない。


「そうだけど……でも同じ町なんだから、直ぐに会えるよ」


 アキナも寂しさは少しあったが、今はあの浮き水を何とかしなければいけない。そしてシスターである自分も少なからずあれに関わるのだ。今は急がなければ。


「そうだね、じゃあ、またね!」

「うん、またね!」




「やっぱり一人で乗るつもりかサマンサ?」


 100メートルほどの低空に浮かぶ浮き水の真下。


 浮き水を動かす道具の一つである小早を載せた台車がすでにそこに待機していて、その近くには今からそれに乗り込む者と町長まちおさの二人がいる。


「しょうがないですよ、新人の子が到着しないんですから」


 黒を基調とした制服に身を包んだ女性――サマンサがやむなしといった顔で町長を見る。彼女はこの地区担当の浮き水使いだ。


「しかし一人で乗るのも」


 町長が心配そうに小早を見上げる。浮き身ず使いの仕事は基本的に二人一組になって行うのが基本。一人でもできないことは無いが、かなり負担が大きいのは事実。


「赴任してくる子だけ歩かせて向かわせてるんだろ? だったらその子が到着するまでまったらどうだい?」

「そういうわけにも行きませんよ」


 飛行機械が擱座してしまい、予定通りの日程に新人を送り届けることが困難になったという連絡はサマンサも受けている。しかしそれがいつ来るかまでは判らないので、そんな不確定情報を当てにして待機を続けるわけにも行かない。


「あれがいつ嵐だか竜巻だかを呼び寄せるか、分かりません」


 浮き水は浮かんでいるだけなら害が無さそうに見えるが、実は放置しておくとあれが竜巻や台風などの強風型災害を呼び寄せる温床となる。だから早急の処理を行わなければならないのだ。


「でも半年位ほったらかしにしておいても大丈夫たっだ話だって聞くぞ?」

「今あそこに浮かんでいる浮き水が、たまたま明日になったら竜巻を呼び寄せるかも知れません。そんな別の場所の大丈夫なんて信用できません」


 町長の進言を浮き水使いはことごとく交わす。自分の身を案じての提案なのは判るが、素直に応じれないのも確かだ。


「それに小早を乗せる役だってもうすぐ来るはずですよ? 遅れてる新人が到着するまで待っててくれなんて言えませんよ」


 彼女が言うように機械神――多分機械使徒の方であるとは思われるが――も到着する。浮き水使い以外の準備はすでに整ってしまっている。


「……それはそうなんだが」

「すみません!」


 そんな難しい顔で話し合う二人の下に、女の子が一人現れた。体中に身に着けた荷物を揺らしながらはぁはぁと息を吐いている。


「どうした嬢ちゃん、この町では見かけない顔だが?」


 町長が「旅人か?」と思っていると 


「私、今日から赴任することになりました浮き水使いのアイリンです!」

「あんたが新人さんか!」


 町長と旅人の少女――アイリンとの会話を区切って、サマンサが声を上げた。


「もぅ、待ちくたびれたわよ」


 そう憎まれ口を叩くサマンサだが、自分の下で働く新人がちゃんと現れてほっとしていた。途中で逃げ出したのでは……とも思っていたからだ。


「すみません!」

「まぁ頭の上の浮き水あれを見れば状況は判ると思うけど、あなたにはいきなりで小早これに乗ってもらう、良いわね?」

「は、はい!」


 ここまで走ってくる間にある程度覚悟はしていたとはいえ、いざ改めて言われると少し震えるのは確か。でも、やるしかない。


「制服に着替えてる暇は無いからそのままで乗ってちょうだい」

「はい!」


 アイリンは身に着けていた荷物をどさどさと落とした。「私が預かろう」と町長が名乗り出てくれたので、ご好意に甘えて預ける。


「さて、役者は揃ったわね。あとは最後の大取りを待――」


 そこから先のサマンサの言葉が、すさまじい大音響とそれの伴う揺れで掻き消された。


 ここまで低空を飛んで移動してきた「あれ」が、町の入り口付近で着地したのだ。


 それこそ古い石造りの建物など倒壊しかねないほどの揺れが襲ったが、浮き水が現れたということは「あれ」も現れるのはみんな判っているので、ほぼ全員が慣れたものだ。


 町外れに現れた鋼鉄の巨人を指差して「きかいしん、きかいしん」と子供たちがはしゃいでいるが、「ほら早く家に入りなさい!」と母親にたしなめられて家の中に連れられていく。


 そして家々を揺らしながら機械神――現れたのはやはり機械使徒の方だったが――が、町中に入るとメインストリートを歩いてくる。歩いた後にはもちろん大きな足跡。水で満たせば立派な池になるくらいの大穴だ。


 ほとんどの機械神(機械使徒)は、自身の移動のためにある程度の飛行能力は持っている。だからそのまま飛んできて浮き水のすぐ近くに着地してもらえば、町の通りがこんなにもへこむことは無いのだが、機械神(機械使徒)というあまりにも巨大な物体が空を飛ぶこと自体が気候の流れを大きく狂わせるということで、浮き水が発生した近隣に到着すると歩いて現場まで近づくのが定石となっている。


「わーい!」という家々の中から聞こえてくる子供たちの声援に送られながら、機械使徒の一機は現場へと到着した。


『すみません! 少し遅くなりました!』


 機械使徒の表面に付けられた拡声器から中の操士の声が聞こえてくる。


「こっちも手間取ってたから、気にしないで!」


 サマンサが小早に乗り込みながら上に向かって声を張り上げる。


「さ、あなたも早く乗って!」

「はい!」


 サマンサに手を引っ張ってもらってアイリンも小早の上に乗った。


「じゃあ、とりあえず私が漕ぐから、あなたはサポートをお願いね。要領は適正試験の時に聞いてるわよね?」


 内甲板に置いてあった調律櫂オール・アコルダトラを取り上げながらサマンサが訊く。


「だいじょうぶです!」

「よし。まずは浮き水に乗るわよ」

「了解です!」


 アイリンはこれから起こることに備えて内甲板の中に小さくなった。適正試験の時に一度経験があるとはいえ、これから起こることを考えるとやっぱりちょっと怖い。


「こっちは準備完了! お願い!」


 サマンサは準備完了を手を振りながら告げると、調律櫂オールを持ってアイリンの隣にしゃがんだ。


『了解! では作業に入ります!』


 機械使徒がゆっくりと身をかがめてくる。それと共にこちらに伸びてくる手。


「う~」

「やっぱり怖い?」


 頭を抱えてうなっているアイリンに向かってサマンサが囁いた。


「……やっぱり怖いです」


 アイリンがそう答えると同時に、小早の船体を機械使徒の巨大な指が掴んだ。振動で揺さぶられる。


「――正直言うと、私も」


 機械使徒が再び立ち上がる。それと同時に掴まれた小早も上昇していく。


「毎回怖い」

「ですよね~」


 ものすごい巨大な相手に自分が乗っている乗り物を捕まれる恐怖と、ものすごい高所へと運ばれる二重の怖さ。


 機械神(機械使徒)に浮き水の上に載せてもらうのは、他の機械に載せてもらうことを考えればもっとも安全な選択肢なのは判っているのだが、それでも怖いものは怖い。それは多分人間が持っている根源的恐怖。


 そんな風に女二人が身を寄せ合っているうちに、機械使徒は手を伸ばして、自分と同じ目線に浮かんでいる浮き水へと小早を載せた。


『作業完了です! お二人とももう大丈夫ですよ!』


 艇体が揺れないように極力ゆっくりと機械使徒が手を離した。


「ふぅ……ありがと! またお願いね!」


 ゆっくりと180度回転中の機械使徒に向かってサマンサが言うと『了解です!』と答えが聞こえ、そのまま鋼鉄の巨人は町の外へと歩いていった。


「さて、こっからは私たちの仕事よ」


 サマンサは立ち上がると小早の後部デッキに上がった。右舷に設けられた櫂受に調律櫂オールを引っ掛ける。


「まぁ最初の一日目は私が漕ぐから、どんなもんか見ててよ」


 そういいながら調律櫂オールをゆっくりと動かす。水の抵抗を受けて小早が動き出すが、それに連れて下の浮き水も一緒に動き出す。これが小早と調律櫂オールの力。そして浮き水使いの力。


「あの……今、一日目って……」


 そんな特異な力を発揮する職の一員となった少女は、先輩が発した何気ない言葉が気になって仕方なかった。


「うん、この浮き水の出現した気候の流れでは、消失点になる水源はここから二日ぐらい漕いで行った場所になるの。だから今から二人がかりでそこへ浮き水を持っていく。というわけで明日はあなたがメインでお願いね」

「うわ~ん、聞きたくなかったですーっ」


 いきなり仕事になって小早に飛び乗って、これから二日も浮き水の上とは。


「私もう一週間以上もベッドで寝てなくて、お風呂にも入ってないし……」

「じゃあ水浴びでもする? 水なら使いたい放題だよ?」

「そういう問題じゃないです!」


 アイリンががっくりとうな垂れながら下を見ると、機械使徒が去っていった大通りの脇から、幾分か小さめの巨人が歩いてくるところだった。小さめといってもそれは機械神(機械使徒)と比べてのことなので、身長は10メートルくらいはある。


 あの黒い機体色は季曲教会に必ず配備されている龍機兵、ファイアディスティニーに違いない。そのスコップを担いだ黒い機体の後ろを、ドコドコと車体を揺らしながら一台の戦車が着いてきている。砲塔上のキューポラを見ると、そこにはアキナが乗っていた。


「おー、あの子も早速お仕事だ!」


 機械使徒が付けていった足跡を埋めるべく、教会の者たちが道具を持ってやってきたのだ。アキナが乗る戦車の前面にもすでにドーザーブレードが付けてあってやる気満々。


 その時アキナが何気ない仕草で空を見上げた。そして浮き水の上のアイリンを発見したらしく手を振っている。


「そっちもがんばってー」


 アイリンもお返しに手を振った。


「あの新任シスターとも一緒の飛行機械に乗ってやってきたんだったね?」


 調律櫂オールを動かしながらサマンサが訊いた。


「彼女とはここへ来るまでずいぶんと苦労しました」

「じゃあ、そんな彼女との出会いを、今から話してくれないかな?」

「いんですか? 仕事中ですけど?」

「仕事って言ったって、かわりばんこに調律櫂オールを漕ぐらいしかないからね、基本的にヒマなのよ」

「あはは、そうですよね――じゃあ」


 そうしてアイリンは、生涯に渡って親友となるアキナとの出会いのところから話し始めた。

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