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移動する迷宮(龍焔の機械神081)  作者: いちにちごう
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第二章 適正試験

「邪魔するぞ」


 わたしがいつものようにカウンターの大窓から外を見ていると、後ろの扉が開かれて誰かが入ってきました。


 誰か。


 今この場所にいる誰か。一つの書の迷宮に入ってるあの五人の冒険者以外にもお客さんが来たのかと思うと――


「……」


 リーダーの戦士の人はその一言だけ言うと店の奥に向かい、置きっぱなしになっている水樽から水を飲みます。他のメンバーの人たちも続々と入ってきて同じ場所に向かいます。結局今日も、常連さんの再訪のみ。


 彼らがここへ来てから半月。


 とりあえず地下四階までは行けるようになったらしいのですが、地下一階ですら全てのマップを描ききれていないらしいので、かなり難渋している様子。


「この迷宮、作りはそれほど大きくないはずなのに、やたら歩かされる。迷宮内で国の一つを横断したような気分だ」


 久しぶりに十分な量の水を飲んだリーダーが椅子にへたり込みながら言います。他のメンバーも同じような様子。ただ大きな怪我をしている人はいないのでそれなりに順調な探索のようです。それでも魔術師の少女はやっぱり皆さんとは少し距離を開けて座っているのは変わりませんが。


「この迷宮にはいたるところに万歩罠が設置してありますからね」


 外につながる大窓のカウンターから店内のカウンターに移動しながら、何でそんなに歩かなければならないのかと言う理由を説明します。これくらいの情報提供は良いでしょう。


「万歩罠?」

「定められた歩数をその場所で歩かないと先に進めないトラップです」

「ずいぶんと凶悪な罠が仕掛けてあるんだな」

「回転床はもう経験しましたか?」

「ああ、エライ目に合ってるよ」


 わたしの質問にリーダーが疲れたように答えます。


「最初三叉路を歩いている時に気づいた。正面と右だけの通路が、いつの間にか左にも通路が開けている。おかしいと思って後ろを振り向いたら壁。俺たちは一瞬にして向きを変えられていたってことだ。これが十字路だったら全く気づかない。恐ろしい罠だ」

「ここは一つの書の迷宮ですからね。それぐらいは普通です」

「……」


 わたしの言葉に、冒険者のみなさんの顔がどんどん暗くなっていきます。


 でもそれは仕方ないのですよ。みなさんは「写本」ではなく「奪取」と言う選択肢を選んだのですから。


「なぁ、この一つの書の迷宮があるこの場所は移動していると思うんだが」


 わたしが先ほどまで座っていた外へつながるカウンターから外を見ながらリーダーが言います。大窓から見える景色は左から右へとゆっくりと流れています。それは風の力で雲が流れているのではなく、この一つの書の迷宮を内包する黒き龍焔ほのお自体が移動しているから。


「どこに向かっているんだ?」

「それはちょっと、教えられないですね」

「……やっぱりそうか」


 一つの書を守る迷宮が今どこにあるか――それは基本的には秘密なんです。


「俺たちも『この季節はこの空域にいることが多い』ってなあんまりあてにならない情報一つだけでなんとかここまで辿りついたんだしな。雲の海の中をあてもなく回遊しているのか?」

「そんなところですね。……あ、それと」


 わたしは思い出したように付け加えます。


「このあとものすごい揺れる時があると思いますので、迷宮探索中も今から覚悟しておいてくださいね」




 ―― ◇ ◇ ◇ ――




 東方の一国の北部域にあるとある町。


町長まちおさ、今年はどれぐらい集まったんだい?」


 この町を統べる長に、帝国本土から派遣されてきた試験官代表が訊く。


「20人だ」

「20人? 随分多いな。前回の二倍か?」

「まぁ誰でもなれるってわけでもないが、適正試験自体を受けるのは自由だからな」

「それはそうだが」




 浮き水、と呼ばれるものが現れたのは、結構前であるらしい。


 全ての世界を巻き込んでの戦いの時も、既にそれは空のどこかに浮かんでいたと言う。


 一辺の幅が20メートルもある正方形をした水の塊。浮き水のことを端的に説明するとそういうことになる。


 これだけの体積の水であれば、ただ衝突しただけでも津波と同等の破壊力はある。上から圧し掛かかられたら普通の建物だったらぺしゃんこだ。


 それ以外にも浮き水を放置しておくと大きな災厄を招く致命的な理由もあり、発生した場合は早急に処理しなければならない。


 最も効果的な処理方法は、浮き水を指定された水域へ移動させた後に降下させ、その中へと消滅させてしまうことである。


 その為に「小早」と呼ばれるものと「調律櫂オール・アコルダトラ」と呼ばれるものが作られた。


 小早とは、全長10メートル前後の小舟である。浮き水の中に浮かべてもちゃんと取り扱えるように特殊な製法で作られた舟。


 調律櫂オール・アコルダトラ――通常は略して調律櫂オールと呼ばれるが――は、浮き水を調律して自在に動かす力を秘めた櫂。


 この小早と調律櫂オールがあればとりあえず誰でも浮き水を前に進ませることはできる。


 だが浮き水は、空に浮かんでいるのだ。そして一番の難問とされているのが上下移動。


 普通の船ならば、水に浮かんでいて櫂があれば前後左右どこへでも進んでいける。しかし上下に動けとなると、それは本当に難問だ。


 浮き水を動かす職にある者。それは浮き水使いと言われる。


 なろうと思えば誰でもなれる職業だが、自分の乗った舟とそれが浮かんでいる水を上下にも動かせると言う、特殊な資質が必要なために希望してから成り手に進めるまでの人間は本当に少ない。




 町長と試験官代表が町外れに着くと、適正試験の開始待ちの人間でごった返していた。


 その会場の中心に浮かぶ何か。


 鉄の枠組みで作られた幅20メートル前後の正方形の物体。その枠組みだけのサイコロ状の物体の中は水で満たされていた。面の部分は別に硝子に覆われているわけではない。水面がむき出し。しかしそれでも水が流れ出してくる気配はない。これは人造浮き水と呼ばれるもの。


 浮き水使いを育成する段になって希望者の適正を調べるために、どうしても人間の力である程度自由になる浮き水が必要になった。本物の浮き水はどこに発生するか判らないので、それを使って適正者を調べるのも無謀な行為であるし、浮き水そのものは早急に処理しなければならないものでもある。


 そういった経緯によって必要となった人の手で作る浮き水なのだが、不思議なことにその製法自体は「一つの書」に記載されていた。


 製法が書かれた部分の写本を取り人造浮き水は作られたが、これを維持するにも膨大かつ特殊な力が必要とされ(何しろ自然災害を再現しようとしているのだ)、現在はそれを稼働状態で維持できるのは帝国軍の保有する特殊な輸送空母一隻のみであり、この艦が世界中を回って適正試験を受けに来る浮き水使い候補者たちに協力している。




「それでは試験を開始しましょう」


 試験官代表は自ら気球に乗り込むと、ドライバーに上昇を指示した。頭上に置かれたスチームエンジンの音がやかましくなり、代表を乗せたカーゴがふわりと宙に浮いた。


 本来試験官の代表は統括としてずっと地上にいるものだが「あれ」を間近で見たかったので、最初の数人の試験監督を自ら買って出た。


「……」


 気球が定位置で停止し「あれ」の巨大な瞳と同じ目線になる。


 改めて見ると禍々しい顔だ。こんな恐るべき容姿をしたものが、我々の住む今の世界を本当に救ってくれたのだろうか。


「……」


 試験官代表の目の前には、機械神と呼ばれるものの一柱の顔がある。


 浮き水使いが作業に入るには小早と調律櫂オール以外にも道具がいる。それは自分と小早を浮き水の上に乗せてくれる「何か」だ。


 浮き水そのものは低空とは言え、地上百メートル前後の場所に浮かんでいる。


 一体何を使ってそんな高所まで10メートルもある舟を運ぶのか?


 かつて起こった全ての世界を巻き込んだ戦い。


 その中で戦っていた百メートルを超える鋼鉄の巨人――機械神。


 今はその災禍の中心とも言える存在が、小早を浮き水に載せると言う役をしているのだ。


 全ての世界を巻き込んだあの戦いの中で、機械神は全て失われたと言われている。


 だから今この世界にいる百メートルクラスの巨人は全て機械神の擬似的再現機――機械使徒であるとされている。


 しかし一般の人間にとってはその大きな差も曖昧なので、小さい子などは機械使徒を見て「きかいしん、きかいしん」などとはしゃいでいたりする。


 確かに百メートルの高所に何かを載せるには百メートルの巨人に任せるのが一番良いだろう。だが凄まじいまでの違和感を撒き散らしているのは確かだ。機械神(機械使徒)が歩いた後の足跡の大穴を埋めるのも毎回大変でもあるのだし。




 町長と共に試験会場に到着した時、それは否が応にも最初に目線に入ってきたのは確かだ。


 それは始め聖堂か何かではないかと思った。


 真っ黒に彩られた聖堂。なんと凶しい建築物だろう。


 しかしそれは建築物ではない。


 聖堂のように見える部分の前面には巨大な人の形をした物体が付いていた。逆に言えば巨大な人型が聖堂のようにも見える巨大な部品を背負うように接続しているのだ。


「あれが今回協力してくれる機械使徒なのか?」


 適正試験会場には人造浮き水を持ってきてくれる輸送空母の他にも、小早を浮き水に乗せる役の機械神(機械使徒)の派遣も要請している。


 試験監督のために高所へ登る気球は現地でも用意できるが、気球には小早を抱えられるだけの輸送力は普通ないので、百メートルの巨人にはとりあえずいてくれないと困る。


 試験官代表は代表になって一年ほどになり、今日までに様々な場所に赴いて適正試験を行い、その度に小早を載せる係りの機械神――全て機械使徒だったが――も見てきたが、あのような形状のものは始めて見た。


 あれが本当に機械神と呼ばれるものなのだろうか?


 しかし機械神はあの戦いで12柱全てが失われたと聞くが――


「まさか」


 風の噂で「機械神には13番目の機体がある」と、代表はどこかで聞いたのを思い出した。そしてその名前が『黒き龍焔』と言うらしいことも。


 全てを焼き尽くす為に放たれる劫火の名。


 まさかあれがそうなのか?




「なぁお嬢さん」


 夕暮れになり適正試験も終了。


 人気の消え始めた試験会場の中を歩いていた試験官代表は目的の人物を見つけた。


 人造浮き水を運ぶ輸送空母が現れる時、必ず見る長身の女性だ。空母の乗員の一人なのだろうが、いまだに彼女以外の乗員を見たことがない。上陸するのが億劫なのだろうか? しかも今日はその輸送空母自体が近くにいない。離れた場所で待機しているのだろうか。やはりそれは――「こいつ」の所為か?


「あれは『黒き龍焔ほのお』なんじゃないのか?」


 代表は単刀直入に訊いた。


「……それは13番目の機械神の名前ですね、存在しないはずの」


 片付けものをしていたらしいその女性は手を休めて、「黒き龍焔」と名指しされた物体を見上げた。


「でももしあれが本当に本物の『黒き龍焔』だとしたら、大変なことになりますね」


 女性は視線を代表に戻しながら言う。女性の方が背が高いので見下ろされる格好になる。


 自分より高い位置にある彼女の瞳が揺らぐ。夕暮れに冷え始めた空気が、瞳を拭った。


「『黒き龍焔』によく似せて作られた機械使徒の一機……なんだろ?」


 その冷たく寂しそうな瞳を見て、代表は自分で答えを出した。


 真実を聞くのは彼女だけではなく、このなんとか生き残った世界そのものも悲しませる結果になると悟ったからだ。


「そういうことだと思います、多分」




 陽が落ちて全ての人間も消えた試験会場。


 昨日もこうやって闇夜にまぎれてここへやってきた。こういう時には黒い機体色が役に立つ。


「……やっぱり小早を載せるために人型に変形してはまずいですかね、黒き龍焔の場合は」


 本日の適正試験にはもちろん機械神(機械使徒)の出動は帝国本土へ要請されていたが、微妙に近くにいる機体と時機が合わず「それならこちらで用意します」と言ってしまっていた。


 最初は黒き龍焔に搭載されたものを組み合わせて百メートルの高所へ届く何かを用意しようかと思っていたのだが「せっかく今の時代の機械神に用意された仕事なのだから」と、黒き龍焔自らが人型に変形して小早を人造浮き水に載せる役をやっていた次第。


「代表の方には悪いことをしましたかね」


 深夜の闇の中で変形を終えた黒き龍焔は、自分で持ってきた人造浮き水の手前で佇立して待っていたのだが、ある程度の騒ぎになっていたのは確かだ。代表と同じように「これは本物の黒き龍焔ではないのか?」と気づいたものも他にいたようだが、試験官代表がその後は取り計らってくれたらしく大混乱にはならずに澄んだ。


「でも『浮き水に小早を載せる』それは、この平和な時代へ残された機械神に託された仕事ですからね。ちゃんとやりたいですよね、13番目の機械神だって」


 人造浮き水を収容し、ゆっくりと空母の形へと戻っていく黒き龍焔の中で彼女はポツリと呟いた。

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