本心
最終話は長めの35000字程度です!
カードゲーム大会をしているはずの教室は、静寂と言えるぐらいに静かだった。教室にはカードをめくる音だけがチラホラと鳴っていた。まるで、これから起こるかもしれない激闘を前に、空気が緊張を始めているような気が……するわけはない。
今のところいつもやってる大会と同じように進んでいるから。みんな慣れたもので、説明も少なに理解し、お互いのカードが見えない充分な距離──机三つ以上空けて座り、さっさと自分のカードパックを開けて1枚1枚カードを確認しているところだ。
わたしも朝のことは極力頭の隅に追いやり、集中してカードの内容を頭に叩き込んでいく。
そんな中、一人の少女が後ろ扉から教室に入ってくる。
「ちわー やってるぅ?」
右手を上げてあいさつ。
背中までの茶髪を無造作に後ろで一つ結びにした上下作業着姿の女の子。安全靴に保護眼鏡をかけた完璧な作業中スタイル。左肩にはいつも持ってるトートバッグを提げている。クラブに顔を出す前にここに来たという感じだ。
「あれ? オオミチさん。どうしたの?」
後ろ扉の一番近くに座っているわたしが代表して返事をする。カードゲームに興味の無い彼女をカード大会に呼んだ覚えはない。
誰かを探しに来たのだろうか?
「いやー なんとなく面白いものが見られる気がして見学に来たのよぅ。別に見てても良いでしょぅ?」
仕草や見た目、服装や身に付けている小物からは実用派に感じるのに、意外に声は甘ロリボイス。
ギャップって良いよねー じゃなくて。
「別に良いけど……いつも通りだよ?」
わたしの言葉に少し考え込むオオミチさん。いつも通りに引っかかっているようだ。なんせいつも通りだとオオミチさんが面白いと思う展開ではない。
「んー……いつもだと、ユキヒトかサクラちゃんが勝つって感じだよねぇ?」
「うん、だいたいそうなるね」
もう一度呻るオオミチさん。
「じゃあさぁ……いつもデュエルしてる二人にハンディとかないの? 景品を変えるとか、負けたら罰ゲームとかでも良いけど?」
関係者が納得しているのに部外者がどうこう言っても──
「あー それは良いかもな」
トーヤが同意の声を上げた。
わたしも別に常勝無敗で居たいという話でもない。勝てる方が嬉しいけど、変化がないというのも面白みに欠ける。
けど、今日言わなくても。
よりにもよって今日言わなくても良いのに……
「トーヤから不服申し立てだが、オレは正当だと判断するぞ?」
ユキヒトが原告の申し出を認めた。って、原告はオオミチさんか?
「1秒で了承。じゃあ、何にする?」
一同を見渡すわたし。
それぞれ顔を見合わせるが意見は無いようだ。ある程度表情を伺った後、言い出しっぺのオオミチさんへ視線が集まる。
「なぁに? わたしが決めちゃって良いのぉ? じゃあ、面白そうなのにしちゃうよー」
キラキラと目を輝かせて考え込むオオミチさん。イヤな予感しかしない……
「これはあれねぇ……罰ゲームというか、パーティーっぽい盛り上がるやつが良いわ! 王様ゲーム的な!!」
良いアイディアだと言わんばかりに周りを見渡す。
「それって、1番と4番がキスする、とかそんなやつ?」
「おぉー 良いこと言うわねぇ。それよ、それ!」
ユキヒトの言葉にオオミチさんが激しく同意する。
キス? 誰が誰に?
「じゃあ、オレかサクラが最下位の場合は優勝者にキスするってことで良いか?」
ユキヒトが参加者に同意を求める。
「お前のキスなんて誰も欲しくないぞ?」
トーヤがとても正しいことを宣う。
うん、わたしもそうだと思うよ?
ユキヒトはチラリとわたしに視線を送ってくる。
何、わたしが反対した方が良いの? でも、ここはわたしとユキヒト以外の意見が重要な場面でしょう。
わたしは周りを見渡す。
ユキヒト、トーヤ、ヒイラギ……シオヤにイド……あれ? これってもしかして?
みんなの視線がわたしに集中する。
「さぁて……」
ユキヒトの言葉に全員が耳を傾ける。
「お姫様の唇を奪うのは誰だろうな?」
ザワリと空気が動いた。
実際には誰も動いていないのでそんな気がしただけだ。
誰も動かず、自分のカードへと視線を動かし、黙々とカードを読み始める。
さっきより真剣な表情で。
「えっ、ちょっ! 待って待って、ってユキヒト何煽ってんの!? っていうか、なにみんな煽られてんの!!」
チラリと視線が返ってくるが、それどころではないとすぐにカードへと視線は帰っていく。
「えーっ!? なぁに、サクラちゃんそんなに人気なのぉ!? お姉さん嫉妬しちゃうよぉ?」
「いや、同い年だから。じゃなくて、オオミチさんもなんとか言って!」
わたしは懇願するようにオオミチさんを見る。オオミチさんはジットリとした湿度の高い視線でわたしを観察する。
「わたしが景品だとこんなに盛り上がらないわよぉ? って言ってて自分でツラい……なので、助けません! なんと言っても面白そうだしぃ〜」
ケタケタと笑うオオミチさん。
こいつ、人の不幸だと思って……
「いつも優勝候補なんだし、勝てば良いんじゃないのぉ?」
「いや、うん、そうなんだけど……」
わたしは歯切れ悪く答える。
いつもは自信満々に勝てるから気にしないって態度でいるだろうけど、今日はその自信がない、というかどうなるか予想が出来ないというか……
「ふぅ〜ん?」
納得しないよねー そうだよねー
品定めをするように上から下までわたしに視線を這わせるオオミチさん。
とっさにわたしは自分を抱き締めるような仕草をする。少しでも視線から身を守るように。
「その動きだけ見ても、女の子っぽいもんねぇ。女の子友達として欲しいわぁ?」
そう言われても……まあ、女の子から見ても女の子っぽいというのは嬉しいことだけど。
喜びが表情に出たのか、わたしを観察していたオオミチさんがわたしの顔を見て微笑む。
「ふふっ」
女の子がする微笑みって強いなぁ……良いなぁ……カワイイ笑い声も。
喜びに感心が入り混じる。
「サクラちゃん、ハマりすぎ! カワイイ♪」
え? 何か似合ってた? なら嬉しいけどー
わたしは褒められたように感じ、単純に嬉しく思って一層笑顔を強くする。
マジマジとオオミチさんはわたしの顔を見てから一つ頷く。そしておもむろにポケットから何かを取り出す。黒いピンのようなものがいくつか机に置かれる。カバンからはブラシが取り出される。
「サクラちゃん、向こう向いてぇ。髪の毛結ってあげるぅー」
オオミチさんが楽しそうに提案する。
え? 結ってくれる? 髪の毛を?
「オオミチさん、それホント!?」
わたしは期待の瞳をオオミチさんに向ける。
「なんか目がキラキラしてるぅー そんなに期待されるもんじゃないよぉ? 手持ちのピンだと、お団子を一つ作る程度だしぃ」
「いやいや充分ですよオオミチさん!」
「丁寧語になってるし! そんなに嬉しい? 女の子は髪の毛をいじり合うものなのだよぉ〜」
おー そうなのかー
わたしは極限まで高まった期待を胸に、言われた通りオオミチさんに背中を見せる。
女の子に女の子扱いされるのが嬉しすぎて、ニヤニヤが止まらない。何か忘れてる気がするけど……
そんなわたしにオオミチさんは小声で話し掛けてくる。
「ところでサクラちゃんは……誰がスキなのぉ?」
は? 何のこと?
と思ってオオミチさんを見ようとして、尻尾を引っ張られて止められる。
「前向いてないと結えないよぉ?」
「あ、はい、分かりました。大人しくしておくので続けてください」
敬語で対応して従順の意を示す。
ポニーテールにしていたゴムが解かれて、髪の毛が広がり背中へと落ちる。髪が広がると同時にコンディショナーの匂いが鼻腔をくすぐる。
「うわぁ〜 良いにおい! サクラちゃん、ホントに男の子にしておくのが勿体ないわねぇ」
ふふふ、オオミチさんにも届いた。またまたにやける口元。
優越感〜 普段から面倒な手入れをしてる介があるというもの〜
「じゃあ、もう一回質問だけど……サクラちゃんは誰を彼氏にしたいのかなぁ〜?」
続いたオオミチさんの言葉に優越感は一瞬で吹き飛んだ。
「はぁ!?」
思わず変な声を上げてしまう。ついでに振り向こうとしてまた止められる。
「はいはい、前向いとくぅ」
分かっておりますとも。分かっておりますが、いやそれは……
「無いに決まってるし」
「えぇー どれも結構イケメンな方だと思うよぉ? ちょっと性格的に変なのが何人か居るけどぉ……」
オオミチさんは真面目に評価してるようだ。じゃあ真面目に聞いてきてるような……いやいや、明らかに面白半分、というか面白全部でしょう。
「オオミチさん面白がってるよね?」
「イエス! 面白がってますぅ〜」
正直な答えですねー
「まあまあ、ここはお姉さんに恋愛相談をしてみないぃ?」
「だから、同い年だから! ないよ、ない! わたしに必要なのは彼氏よりも彼女でしょ?」
「いやぁ、意外にそうでもないかもよぉ? 案外彼女より彼氏の方が上手くいくかもよぉ?」
適当なことを言うオオミチさんに返す言葉もなくなり、黙して前を向く。少し離れた席にトーヤの背中が見える。
「おぉ? トーヤ君かなぁ? 彼はスポーツ万能の熱血漢で尽くしてくれそうだよねぇ?」
黙って前を見ることもできないのかー
「いやいや、ないない。絶対ない。そんな言い方するってことは、それはオオミチさんがそう思ってるってことでしょ? オオミチさんの方がトーヤに気があるんじゃない?」
「やや! 鋭い切り返しぃ! そうじゃないよぉ〜 これは女子の総合的な評価をわたしが代表して言ってると思ってくれれば良いかなぁ」
あれ? トーヤってそんなに評価高いの? いや、否定する意見が入ってないだけか。
他はどうなんだろう?
視線をやや左に流すと次はヒイラギが映る。
「おやおや? ヒイラギ君かなぁ? 彼は性格は変だけど、かなり頭が良いからねぇ。将来有望だよねぇ。付き合ったらなんか自分のスキなようにさせてくれそうだしぃ」
おお、そんな評価なのか! 評価に将来性とか入ってくるあたり、女の子って怖いなぁ……
とりあえず首を左右に振って否定をして、また視線を左に流していく。
「あ? ユキヒト? あー 彼は良いやぁ」
「えっ!? それだけ!? なんで!?」
なぜユキヒトはあっさり流す……そんなに低評価?
「いやぁ、ほらぁ、ユキヒトはあれだからぁ」
あれってなんだぁ?
「そう言えばオオミチさんってユキヒトだけ呼び捨てだよね?」
「うん、そうなんだよねぇ。なんか最初から呼び捨てで、たぶん下僕か何かなんだと思うよぉ?」
下僕……ひどい扱いだな。気があるのを隠して呼び捨てって訳ではなさそうだけど、なんか引っかかるなぁ。
「あれ? サクラちゃん、もしかしてユキヒトスキなの?」
他に比べてはっきりと聞かれた。
オオミチさんの言葉の中でスキの部分だけ理解が遅れた気がする。
一瞬黙してしまってから気付く。
オオミチさんなら充分勘違いする空白を与えてしまったことに。
「いや、違う違う。そういうんじゃないよ。なんでユキヒトだけ評価がないのか気になっただけで」
慌てて否定して空白時間の説明をする。
「うふふ……そんな慌てなくても大丈夫よぉ? お姉さんは勘違いしたりしないからぁ」
その笑いは絶対に勘違いしてるぅ!! 見えないけど確信できる!
「ちなみに、サクラちゃんはユキヒトがどう評価されてると思うのぉ?」
あ、妖しい声……獲物が罠にかかるのを心待ちにしている、いや、むしろ罠にかかることを確信している。絶対、愉悦の表情を浮かべているに違いない!
褒めすぎてもおかしいし、けなしすぎてもおかしい、答えないのもダメだ。客観的な事実に基づいて話をせねば。
なんでこんな余計なところで心理戦をしないといけないのだ……
変な汗が出て来そうなところを抑えて、努めて冷静に口を開く。
「ユキヒトの成績はトップクラスで、運動部には入ってないけど昔から水泳教室にも通っていて運動神経も良い。実験の班とかでも面倒見が良いらしいし、みんなに優しいし……ってなにこの完璧君! 評価悪いわけ無いと思うんだけど?」
「ふぅん、サクラちゃんはそう思うんだぁ?」
なにその笑いを噛み殺したような声は?
「客観的な事実に基づいた推測なんだけど? ユキヒトってそうは思われてないの?」
一瞬頭にピンが刺さるような痛みがチクリと走る。髪の毛を留めてるんだから当然のことだけど。
「間違ってないよぉ〜 間違っていないのだけど、女の子なら絶対に気付く点が抜けているのよねぇ。女の子でも近くに居すぎると見えないことだから、サクラちゃんの立場だとしょうが無いわねぇ……」
と言いながら、オオミチさんは鏡をわたしの前に差し出してくる。片端がヒンジになっていて、カバーを320度ほど回転させると自立するタイプの大きめの鏡。
言われたことは気になるけど、自分の見た目も気になる。
鏡を覗き込むとオオミチさんが後ろで手鏡を構えていた。
「はぁい、完成ぃ〜 なんてお淑やかそうな美少女なのでしょぅ〜」
鏡に映る自分と後ろ頭のお団子に得も言われぬ感動を覚えて、わたしの口元はグニャグニャと緩んでいく。
シニヨン風にまとめられた髪の毛は、男子に『良家のお嬢様』イメージを抱かせる。お淑やかという表現がぴったりだ。
「オオミチさん! ありがとう!!」
女の子同士であれば抱き付いているところかも知れないが、そうではないので踏みとどまる。抱きついてもなにも言われそうにないけど。
「にひひぃ♪ この方が楽しめそうだからねぇ」
悪い笑みを浮かべるオオミチさん。
えーっと、でもわたしが勝てばオオミチさんは楽しめないわけで、なんかわたしのタダトクなような──
「おーい、サクラ? あと5分でデッキ構築時間が終わるけど大丈夫か?」
そんなユキヒトの声に我に返り、わたしは急いで机の上を見渡す。
そこにあるのは広がったカード達とまだ目を通していないカードの山……デッキと言えるモノは三分の一も出来上がっていなかった。
「オオミチさん……ワザと?」
「なんのことぉ?」
とぼけた返事が返ってくる。
絶対分かっててやっただろー! あと5分でデッキ作ってやるぅ〜
周りを見渡せば準備を終えてデッキの最終調整をしているメンバーたち。その視線がわたしに集まり、そしてオオミチさんに集まる。
「なにその、グッジョブ!、って言いたげな視線は!」
わたしは吠える。全く意に介していない顔でオオミチさんはわたしの耳元に口を寄せる。
「サクラちゃんの負けは確定だから、ユキヒトに優勝してもらって、ユキヒトにキスしなさいよぉ」
優勝候補なんだからその可能性は高い。
え? あれ? そうなるの? そうなると、ユキヒトとキスするの?
オオミチさんに言われたことを反芻する。言葉を理解すれば想像してしまう。
女の子らしさのアップしたわたしがユキヒトへキスをする?
近付くユキヒトの顔。
嬉しそうな表情を期待して、実際に思い浮かんだユキヒトの顔は……
怒っていた。
「っ!」
しまったと思ってからでは遅い。今朝あったことを思い出して、今の自分の髪型と想像した行動がまたユキヒトを怒らせるのではないか?と具体的な懸念に変わる。
いや、朝と同じ。これは恐怖だ。
恐怖に囚われられないように思考を回す。
待って、これを提案したのはユキヒト。確かにオオミチさんに髪を結ってもらったという誤算は入ったとしても、状況から考えてユキヒトが優勝してわたしが最下位になる可能性も考えていたはず。
大丈夫。
じゃあ、ユキヒトの思惑は? この提案はあくまでもみんなを納得させるために出しただけで、いつも通り一位二位になれば問題ないと思ってる? 自分は負けることがないと思っているからわたしが負けてもなんとかなると思ってる? それとも本当は……
真意が掴めず少し思考が空回り始める。
「サクラちゃん……」
言葉と共にオオミチさんに頭を撫でられる。なんとなく苦い顔をしている。何かを後悔しているような?
「とりあえず、デッキを作らないと試合も出来ないんじゃないかなぁ?」
ああ、納得。そこまでわたしの手を止めるような質問とは思ってなかったようだ。わたしも今朝のことがなければサラリと流した。
「そうだね……」
このまま作ったデッキでは負け確定だ。最初の一戦を捨てて早めに負けて、残った時間でデッキの再構築。そう方針を決めて適当にデッキを作り、ユキヒトへ準備完了の返事をした。
「あっさり負けたねぇ」
作戦通りとはいえ指摘されると痛い。優勝候補のクセにと後ろに付きそうな気がして。
「一応作戦通りなんだけどもー っていうか、オオミチさんのせいだしぃ」
わっとと、喋り方がうつってしまった。
なぜかわたしに張り付いているオオミチさんに文句を返しながら、今度はまともにデッキを考える。
初戦の相手はイド。クリーチャー系のカードをよく使い緑色を中心にデッキを構築することが多い。バランス良く構成されていて、二戦とも事故ることもなくキレイに場を作り上げていった。
デッキの周りもカードの当たりも良かったのだろう。
今回はコンセプト的に緑優勢の構成なのかな?
製品コンセプトを想像しながら、自分のカードを机に広げる。
「ユキヒトとトーヤ君が優勢だねぇ」
他の二組のデュエルを見回していたオオミチさんが戦況を伝えてくる。
「うん、予想通りだね。ユキヒトは強いから当然だし、トーヤは気合いの入りようがすごいだろうし……」
「トーヤ君、何かあったのぉ?」
オオミチさんが危険なことを聞いてくる。
「プライベートなことはちょっと答えられないな〜」
適当に誤魔化しながらデッキの再構築に集中する。横から「ふぅん」という声が聞こえる。語尾は上がっていなかったので、疑問は持たなかったのだろう。トーヤは分かりやすいからな。
「わたしが負けるようなら、今回はユキヒトとトーヤの一騎打ちになると思うよ?」
とりあえず、今回のメインの対戦を教えておけば、そちらに意識を向けてくれるだろう。
そんな期待を込めたのけど、すぐに質問が返ってくる。
「で、サクラちゃんの気持ちとしては、どっちとキスしたいのぉ? 想像してみてよぉ〜」
くぁー! その話しから離れなさーい!
内心では絶叫しながら呆れたような声を出す。
「少し離れないかな〜?」
「いやぁよ、わたしは楽しみに来たんだから、わたしはわたしの楽しめるところを楽しむわぁ」
ぐぬぬ……女の子ってホントに恋話がスキだな。それが作り物でも関係ないのかな?
スルーしても良いのだけど、これに答えてデメリットもないだろう。どっちが上位か?というだけの話しだから。
んー? キスシーンを脳裏に描いたときに受け入れられるのは……
「そうだね、二人で選ぶなら、やっぱりより仲の良いユキヒトとかな」
オオミチさんの反応は沈黙だった。
あれ? おかしなこと言った? 二者択一でしょ?
「どっちもイヤだっていう答えじゃないんだぁ?」
ハメられた!
「普通こういうのって男子は毛嫌いするもんじゃないかなぁ? 想像するのも気持ち悪いってぇ」
「だってオオミチさんがどっちか?って聞いたから……」
これはいいわけにしか聞こえない。それは分かる。けど、思い付かなかった。
「でもサクラちゃん、さっきトーヤ君のこと聞いたときは一瞬で、ないない、って答えてたよぉ? やっぱりユキヒトのことスキなんじゃぁ?」
そうですねー トーヤは一瞬で否定しましたねー
「だからといって今の質問と答えから、わたしがユキヒトをスキという結論に結びつけるのは無理があるよ……」
否定をしながらもガックリと肩を落とす。言葉の読み合いに負けた……やっぱり今日はダメだ、思考が回ってない……
「クスクス……まぁねぇ。でも、サクラちゃんがこんなのにあっさり引っかかるなんて、ちょっとお疲れねぇ? 何かあったのわねぇ?」
わたしの絶望顔を眺めて控えめに笑うオオミチさん。優しげな声での質問だけど、目は笑っていない。何かを求めて獲物を狙っている。
何でも無いですよー
と表情を取り繕うが、いつものメンバー以外に全部話して相談できたら楽なんだろうな、とも思ってしまう。そう思う程度には疲れているということ。
わたしは諦めて長い溜め息をつき、オオミチさんにパタパタと手を振る。
「何かあって疲れているのは確かだから、とりあえず、デッキ構築に集中させてくれない?」
「う〜ん……」
いや、考え込まれても! 前にある獲物を逃すわけもないか……
「サクラちゃん? 仮にわたしのキスが景品になってたとして、それでサクラちゃんが優勝したとして、サクラちゃんはそのキスを受けるぅ?」
あれ? 思ったモノと全然違う質問。
でも、答えは明確。
「受けないよ。本気でスキでなければキスを欲しくないし、仮に本気で欲しかったとしても、それは紳士的じゃない。いや、本気で欲しかったら余計にかな? 相手の気持ちのこもったキスが欲しいと思う。気がする……」
そんな気持ちになったことがないから想像でしかないけど。
「うん。サクラちゃんはそういうと思ったぁ。最後の一線で紳士的だからねぇ」
それ良い意味? 悪い意味?
「ユキヒトもそうだと思うよぉ〜? 君らは似てるからねぇ」
何? それはどういう意味? わたしに対する評価よりそっちの方が気になる!
「そのまんまの意味」
はぐらかすようにクスリと笑うオオミチさん。
オオミチさんの言葉を現状に置き換えて考えると、キスがわたしのだとして、ユキヒトは優勝してもそれを受けないってこと? それはユキヒトが本気で欲しがってると言うこと? それとも本気ではないから受けないということ?
分からない。ユキヒトの思いが分からない。
オオミチさんの予想が間違っているかも知れない。そうも思うが、でも、オオミチさんの言葉はわたしを悩ませるには充分過ぎた。
昨日から悩んでいることに、また思考が沈んでいく。
ユキヒトの行動を見て分からなかったこと。
ユキヒトのメールを読んで分からなかったこと。
ユキヒトの本当の気持ちが分からない。
この学校で一番長く一緒に居て、打てば響くようなやり取りが出来るのに。
親友と呼べるだけの近い存在なのに。
ユキヒトの気持ちにわたしはずっと気付かなかったのだから、今のユキヒトの気持ちも分からないのは当たり前か……
自嘲を込めて口元を歪める。
「でも、どっちに転んでも、ユキヒトが優勝すれば、サクラちゃんの貞操は守られるってことだよぉ」
オオミチさんが思考の海に潜るわたしを見かねたのか、寄る辺を示してくる。
「嬉しくない……」
わたしのこぼした答えにオオミチさんは眉をひそめる。
今日初めて見た表情。
さっきまでのオオミチさんは楽しんでいたり、優越感を感じていたり、とにかく場が手の内にある感じがしていた。
でも、今見せたのは理解できない、という表情。
「そんなのわたしは望んでいない。それならわたしは、ユキヒトを心底驚かす為の行動を起こす。思いっ切り驚いた顔のユキヒトを見て、満足げに笑ってやる」
獰猛な笑顔、をしているのだと思う。自嘲の笑いがいつの間にかもっと歪んだ嗤いになっている。
オオミチさんの目が細められる。
「ホント、サクラちゃんだわぁ。ゲームだと大人げなく、貪欲で、最後に笑うのは自分って感じがねぇ……」
感心したような声で呟くオオミチさん。
そう、これはまだゲームの中。
だから、わたしは最後まで諦めない。
思考を放棄しない。
ゲームの中でするゲームに負けても良い。そこでどんなペナルティが出ようと、最後にわたしのゲームで勝てば良い。
その為に最善の場を作らないと。
「ありがとう、オオミチさん」
「んん? なにがぁ?」
わたしが突然告げたお礼に、オオミチさんは目をしばたたかせる。
「わたしは負けて、ユキヒトを勝たせて、わたしはキスという強いカードを得る。わたしはその手札を使ってユキヒトを驚かせる!」
わたしの宣言にオオミチさんは呆れ顔を返してくる。
「普段、親友のユキヒトと遊んでいると思っていたけどぉ……サクラちゃんはユキヒトで遊んでいたんだねぇ」
人聞きの悪い言い方だなぁ。
「わたしはユキヒトの反応を見るのがスキなんだよ」
わたしがニヤリと笑うと、オオミチさんもニヤリと笑う。
「サクラちゃん、その手札どんな意味があるか分かってるぅ?」
「分かってる。たぶんユキヒトをからかえるのはこれで最後かなぁって思うよ」
嫌われるかもしれないけど、なんかそれでも良いかなと思えるようになった。これはきっとオオミチさんに追い詰められたからだ。窮鼠猫を噛むというやつ。
だから、最後に、ユキヒトはわたしが絶対にしないだろうと思っていることをして、一番の驚きを与えてやる。
「ホントに分かってるかなぁ……わたしは楽しめそうだから良いけどぉ」
オオミチさんがこめかみを人差し指で掻く。
問題ない。今の思考はクリアだ。
ならば、デッキの構築は対トーヤ想定のみで良い。
想定する内容が減って先ほどより遥かにデッキ構築が早くなる。
これなら今からでも、負けて勝つ方法を見出せる。
わたしはそう確信して、精神的余裕を取り戻し、残りの戦いに挑んだ。
机を挟んで向かい側にトーヤが座っている。場にはカードが並べられ、デュエルは中盤に差し掛かったところという状況。自分の手札を睨みながら唸るトーヤに、わたしは無邪気な笑顔を向けた。
「トーヤ、調子悪いの?」
トーヤはすでに八方ふさがり、わたしによって封殺されていると言っても良い状況だ。
その状況を楽しんでいる。そんな笑顔を浮かべてわたしはトーヤに話しかけている。
元々トーヤのデッキはわたしのデッキと相性が悪い。だから、素直にわたしが得意なデッキを組めばほぼ負けはないと言える。
ただ、シールド戦においては欲しいカードが揃わないので、得意なデッキが組みにくいということ。
そうなると、カードが揃わなかった分、代わりにどんなカードを入れるか? そこの読み合いになる。
トーヤが分かりやすい、というのはデッキの構築にも当てはまる。基本に忠実なデッキを構築し、意外なカードや意表を突くようなカードをほとんど使わない。そうなると、どうしてもデッキに入れるカードが絞られてくる。
だから、わたしがトーヤのデッキを読むのはそう難しいことではなかった。
「サクラは変わらずえげつないな!」
「ありがとう」
笑顔を深くして礼を返す。
トーヤが慌てて視線を逸らす。
冷静さを取り戻したわたしのカードゲーム中の会話は、心理攻撃以外の何ものでもない。トーヤの場合、会話に乗らないが正解だ。なんせ笑顔だけでこの効果なのだから。
残念ながらトーヤが勝てる要素はない。
これがカードゲームであり、これがシールド戦だ。どれだけ強いカードを引いて強いデッキを構築するか? ではなく、どれだけ相手を読めるか? となる。限られた数の新しいカードパックを開けてデッキを構築するという開始条件が一緒である以上、確率的にカードを揃えた強いデッキは作れないのだから。
読み合いに負けて対策されたデッキをぶつけられると、勝てる確率は大きく下がる。
更に場の読み合い、作戦の読み合いは相手の表情や仕草を読むことになる。
毎日トーヤに対して女の子っぽい演技をして遊んでいるわたしに隙は無いよ?
などと思いながら、いつものようにポニーテールの先を指に巻き付けようとして、空振りに終わる。ポニーテールが無いことを思い出して照れ笑いを浮かべる。
おや? 隙があった?
いや、それも隙ではなく武器なのだ。
それも絶大な効果を発揮する超強力な。
数日前に告白したスキな女の子がいつもよりカワイイ格好なんだよ? ドギマギするじゃん? 目の前にいるんだよ? ソワソワするじゃん? 冷静に判断できるわけ無いじゃん?
トーヤは照れ笑いを浮かべたわたしに視線を送ってくる。
トーヤには悪いが、残念ながら意識して行動しているので、勝つまでドキドキしてもらうよ? だいたいそこもいつも通りだけど。
「にゃはは……似合うかな……?」
小さい声に上目遣いで問いかける。
またまたトーヤは慌てて視線を手札に落とす。手札とわたしを交互に見ながら口を開く。
「うん……うん、すごい似合ってる!」
トーヤぐらいユキヒトも分かりやすければなぁ。
思わずにはいられない。
トーヤが演技の可能性も頭の片隅には浮上するが、すぐに追い払う。さすがに疑いすぎ。ユキヒトの件があって疑心暗鬼になってるからそんなことを思うだけ。オオミチさんの評価も一致してるし、さすがにトーヤは演技ではない。
以降もデュエルはわたし優勢で進み、当然の結果としてトーヤにはわたしが勝利。
これでユキヒトがトーヤに負けても1敗同士。先にユキヒトが決めておいたルールを適用すれば、今のところ勝ち数でもライフポイントでもユキヒトが有利。後はわたしが負ければ良いだけ。
わたしは適当にデュエルを続けながら、耳をそばだてて隣の組の会話に集中する。
目の前に座っているシオヤとのデュエルはには負ける。上手く悪手を打っていけば自然に負けるのもそう難しくはない。最悪、手札を使わず温存していた、とすれば良いだけ。
今日のわたしが弱ってるのは、今までの試合結果でみんな分かりきっている。でも、かといって手加減しても景品を逃すだけで良いことはない。勝ちに来るのは確実。
シオヤには悪いが、わたしは今、横で行われてるユキヒトとトーヤの会話を聞き逃すわけにはいかない。
最強の手札を有利に使うため、少しでもユキヒトの気持ちを知っておくために。
「気合が入ってるなトーヤ?」
「別にいつも通りさ」
お互い自分のデッキをシャッフルしながら軽口を叩く二人。
既に1デュエル目はトーヤの勝利で終わっていて、2デュエル目の準備をしているところだ。
「デッキの廻りも良いみたいだし、このままトーヤの勝ちか?」
「そうしてくれるなら嬉しいんだが?」
薄い笑いを浮かべるユキヒトを、トーヤは睨みながら疑問系で返す。ユキヒトは答えず、自分のデッキをトーヤに差し出すように机の真ん中に置く。
「なんであんな提案をしたんだ?」
トーヤはまだ自分のデッキシャッフルを続けながら質問を変える。
「盛り上がるだろ?」
「それだけじゃないだろ?」
「嬉しい提案だろ? 何を気にしている?」
「お前はどうなんだ?」
真意のない疑問系の言葉ばかりが応酬される。
「ふぅ……オレはそろそろハッキリさせようと思っただけだ」
やれやれと肩をすくめながらユキヒトが答える。
「何をだ?」
「何をだろうな?」
先程より更に薄い笑いを浮かべるユキヒト。酷薄という言葉が似合う表情。
対してトーヤの表情は苛立ちをにじませ、ユキヒトのデッキをシャッフルする。
「ユキヒト……提案した以上、用意した景品を誰がもらうかお前の良いように操作できないだろ!」
「操作……ね? サクラはどう思ってるんだろうな?」
喧嘩腰のトーヤに冷静なユキヒトの声が注がれる。すると途端にトーヤは弱腰になる。デッキをシャッフルする勢いも落ちる。
「サ、サクラは……」
「嫌がってるんじゃないのか?」
黙り込むトーヤへユキヒトが続ける。
「でも、それも演技かもしれないぞ? なんせ既にサクラが勝敗数を操作し始めている」
やっぱりユキヒトにはバレてる。ユキヒトの断言にトーヤが慌てる。トーヤは適当にシャッフルしたユキヒトのデッキをユキヒトへ返す。
「サクラが?」
「そうだ。なぜ今日一番調子の良いトーヤに勝っているのに、他の2人には負けている?」
ああ、これはユキヒトの心理戦だ。会話を始めた瞬間から、次のデュエルに勝つための心理的な揺さぶりをかけている。
ユキヒトもトーヤのデッキを返しながら、言葉を続けトーヤの心を揺さぶる。
「勝敗数から考えて、今回サクラはオレを優勝させるつもりで、自分が最下位になるつもりのようだが……なぜだと思う?」
先ほどと同じ酷薄な笑みを浮かべる。絶対的に有利な状況から相手を見下すように。
その理由を考えたくないトーヤは左右に首を振る。
「……勝敗はたまたまだろう? カードゲームなんだし、運次第でどうにでも……」
「サクラはな、天真爛漫でただスキなことをスキなようにやってるように見えて、演技が上手い……というか、常に何かの演技をしている。目的があって、その目的を達成させるために計算して、人が有利に動くように演技している。一番近くで見てるオレには分かる」
そんな褒められたら照れる。いや、演技は下手だと思ってるし、そこまで計画してたわけでもないけど……とユキヒトの言葉を頭の中で否定する。
ユキヒトはデュエルを開始するために、7枚のカードを自分のデッキから引いて手札を揃えていく。
この会話はあくまでもユキヒトの誘導で、それが真実かどうかはどうでもいいのだ。トーヤが動揺さえすれば。
「サクラがカードゲーム中に余計な会話をするなんてただの心理戦でしかない。お前はサクラに会話で心を操作され負けさせられた。なぜだ?」
自分の今してることは棚に上げて、ユキヒトはわたしのやってることをバラしていく。
「優勝させないため……」
予測される当然の答えを、苦々しく口にするトーヤ。
「そして、サクラは他のデュエルを自然な演技をして負けるだろう」
確かにわたしはそうするつもり。じゃあ、ユキヒトはそこまで読んだ上で、ワザと負けることはしなかった。結局は優勝を狙うつもりってこと?
ユキヒトはトーヤに自分の手札を作るようにあごで促す。トーヤは従いゆっくりと手札を準備していく。
「トーヤ、残念だがサクラはオレを選んだと言うことだ。諦めろ」
ユキヒトは冷たく言い放つ。確かにそういう解釈も出来る。いや、むしろそういう解釈にしかならないのかな? ならわたしには好都合だ。
「そんなので納得できるわけないだろ! 諦めないぞ!」
トーヤが声を抑えて叫び、手札を構えてユキヒトをにらむ。
「そうか……それならオレは、トーヤがサクラに嫌われないことを祈っておこう」
言葉と共に手札から1枚カードを抜き、バシッと音を立てて場にセットする。
トーヤを最高に揺さぶったところでデュエル開始。別にトーヤが合わせてデュアルを開始する必要はない。ユキヒトのターンが終わったところで、自分が落ち着くまで待ってから始めればいい。
「ターンエンド」
ユキヒトの声がトーヤへと放たれる。
「勝ってサクラに聞けば良いだけだろ!」
トーヤはデュエルを止めることなく自分のターンを開始した。きっとトーヤはこのまま冷静さを欠いたデュエルをする。ユキヒトの勝ちは決定かな。
でも、ユキヒトはそこまで読んでいるのなら、恐らくわたしがユキヒトを選んだという解釈だけで終わらせてはいない。その場合ユキヒトは、わたしがユキヒトを勝たせて、わたしが最下位になるように仕組んでいる理由をどう考えているのだろう?
わたしの行動を利用して更に何かを仕掛けるつもりだろうか?
ふふっ……わたしは笑みを浮かべていた。
またユキヒトが分からない。分からないけど、これはなぜか楽しい不透明さ。
わたしはユキヒトの真意を読みそこねている。でも、ユキヒトもわたしの真意を理解はしていない。それは、わたしもこのキスというカードをどう使うか決めていないから。そして、だからこそ、わたしがどうカードを切るかで結果は変わる。
そう、だから楽しめる。
「このカードって良いカードなのかな?」
そんな言葉が口をついて出る。
シオヤが驚き、そして意外そうな顔をする。
「まさか……サクラがカードの意味を分からないってか?」
わたしは今手札に加えたカードを見ながら続ける。
「価値の高くなるレアカードって一見使いにくいカードに見えるでしょ? でも、コンセプトをハッキリさせたデッキに組み込んだときに真価を発揮して、圧倒的な効果を──それこそそのカードだけで勝っちゃうぐらいの力を出してくれる。だから、このカードをどんなデッキに組み込むのが良いのかな〜って思って〜」
「ああ、そういうことっか? 確かにレアカードって強ければ強いほど使いにくいってね」
うんうんと頷き合いながらわたしはわたしのデュエルを進め、数分もしないうちにあっさりと負けた。しばらくしてユキヒトもトーヤに勝利していた。
問題ない、これで予定通り。ユキヒトの優勝もわたしが最下位になるのももはや確定。後はわたしがユキヒトに負ければ良いだけだ。
満面の笑顔でユキヒトとのデュエルを進める。ユキヒトはニヤニヤと口元を緩め、先に心理戦を仕掛けてくる。
「朝とは違って調子良さそうだな? 負けているのが嘘みたいに?」
「揺さぶりをかけてもムダだよ?」
これはわたしが負ければ良いだけなんだから。どうあってもユキヒトに負け目は無いよ? 例えデッキが尽きてカードが引けなくなる負けを狙ったとしても、先にデッキがなくなるのは確実にわたし。わたしはあらかじめカード枚数の少ないデッキを構築しているのだから。
すでに結果も決まっていると説明したので、オオミチさんも今は席を外している。外部からの干渉もない。これはもう、予定通りにしか進まない。
「そうだな。ただ、ヒイラギもイドもシオヤも都合良く2勝ずつ。このデュエルをサクラが勝って2勝になっても、オレが昨日追加したルールで既に順位は決まっている。このデュエルはどっちに転んでも結果は同じだろ?」
その通り。ユキヒトとするこのデュエルでわたしがノーダメージで勝たない限り、わたしの最下位は決まっているし、ユキヒトが負けたところで2敗のトーヤに優勝はない。これはいわゆる順位に影響しない消化試合。
「それで、ユキヒトはどうしたいの?」
答えは分かっているけどわたしは首を傾げて問いかける。
「いつも通り本気でデュエルをすれば良いんじゃないか? サクラはその方がスキなんじゃないのか?」
目の前のゲームに集中しろということ。今はカードゲームをしているのだから、ユキヒトの答えは最もだ。
そう、そしていつも通りカードゲームをしている。いつも通りということは心持ちいつも通りのテンションで、今は不安定な余計な感情は一切無い。
だから、ユキヒトの言葉は一点見逃せない点があった。
わたしは頬を膨らませて不満を表す。
「むぅ……ユキヒトは、いつも手加減してるくせに……」
ユキヒトの眉毛が跳ね上がってすぐに降りてくる。
「わたしが気付いてないとでも思った?」
ユキヒトの目をのぞき込む。少し空を泳ぐ目が見える。
「いや、サクラが気付いてないわけがないな。しかし、その髪型でそういう顔すると、いつもよりじゃれている感が増すな? 参考にしよう」
話題をスルリと変えようなんて! と言ったところで、わたしの口元は緩みユキヒトに笑顔を向ける。
「あれ? ユキヒト、そう言えば、こんな髪型のわたしをみんなに見られてて良いの?」
「仕方ないだろ……ほら、やっぱりみんな喜んでいただろ? 気軽にサービスするモノではない」
これを期に自分の思いを通そうとするユキヒト。
ユキヒトはわたしが演技していると言った。じゃあ、ユキヒトはどうなのだろう? 演技している? だったらどこまでが嘘なのか? 強く揺さぶってみよう。
「なになに? ユキヒトはそんなにわたしを独り占めしたい?」
単純に揺さぶるだけのつもりだった。でも、自分で発した言葉に勝手に鼓動が跳ね上がる。
何で? いつも通りのカードゲームを有利に進めるための駆け引きと一緒じゃないのか?
ユキヒトが答えるまでの間がとても長く感じる。
次の言葉で真意を測るだけなのに。聞いても結局真意が見えない気がする。
ユキヒトはユキヒトで頬を指で掻きながら困った顔をしている。
「ここで言えるかよ!」
いや、これは分かりやすい答えなのだ。きっと周り見ていたとしたら、気があるようにしか見えない。
なのにまだわたしは疑っている。意味も分からずドキリとして答えを待ったのに、その答えから何もユキヒトの真意が得られていないと落胆する。
今日はやっぱり思考が回っていないのか?
いくつも疑問が浮かんでくる。
数日前のユキヒトならなんと返してきた? そりゃ嬢ちゃんがカワエエからな〜とか関西弁でふざけそうなモノでは……?
少しイライラしながらも、それでも笑顔で言葉を重ねる。
「ユキヒトが提案した景品だよ? 今日は優勝すればこんなわたしを独り占めできるってのに嬉しくない?」
「そんな景品にはしてないって。だいたいオレが勝っても無かったことにするだけだ……」
お? 手の内をバラした。オオミチさんの予想通り。これでキスというカードはわたしが使いたいときに使えるカードとなりそうだ。全て計画通り……
でも、なんか嬉しくない!
ユキヒトを最大限に驚かすための手札を得ようとしているのに、嬉しくない。
そんな思いで口を突いて出る言葉。
「良いのかな〜? そんなこと言ったらチャンスはなくなっちゃうかもよ?」
あれ? 挑発する必要あったかな?
でも、わたしは余裕の笑顔でユキヒトを挑発する。そんな演技を続けている。何かの答えを得るために。
そんなつもりだった。
しかし、ユキヒトからは言葉は返ってこない。ユキヒトが眉尻を下げた困った顔でわたしを見ている。
「ユキヒト、どうかした?」
「……笑顔が引きつってるぞ?」
え? あれ? おかしいな? 普通に笑っているはずなのに。
「サクラ……お前、演技し過ぎなんじゃないか?」
「いや、いつも通りだよ」
「そのいつも通りがだよ。自分を騙しすぎて自分の状態が分からなくなってるんじゃないのか? だから今朝みたいなことに……」
「そんなことはないよ……」
ユキヒトの指摘を否定する。確かに分からない部分はあるけど、自分で自分が全て分かってるなんてこともないのだから、そんなにおかしいことじゃないと思う。
思うけど、いつも出来ていたことが出来ないのは確かに変だ。
自分がおかしいことを認識してしまえば、簡単に心は崩れていく。自分を支えていた気持ちが薄れ、不安が忍び寄ってくる。
眉尻は下がり情けない顔になっていく。
「ユキヒト……やっぱりわたし今日はダメみたいだね……?」
そんなわたしの言葉にユキヒトは目を見開いて驚く。
「お前らしくないな……そんな、泣きそうな顔で弱音を吐くなんて……」
ああ、泣きそうな顔なのか……
「とりあえず、デュエルを終わらせて、大会を終わらせよう? 終了処理はユキヒトに頼んで良いかな……?」
言葉に力が入っていない。さっきまで……本当についさっきまであった余裕が全くない。ユキヒトを驚かせられると自信を持っていたのに、その自信も揺らいでいく。今は事務的な結果発表や景品の話を元気に出来る自信すら無くなっている。
自分の急激な変化に目眩さえ覚え、机に片手を突く。
「分かった分かった。とりあえず、後はオレに任せろ。全て上手く終わらせるから、サクラはオレに合わせてくれれば良い」
ユキヒトが慌ててまくし立てる。それなら、とりあえずこの大会は無事終わらせられる。
わたしは頷きデュエルに集中した。
2人にしては珍しく無言のデュエルを経て、ユキヒトの勝利で決着した。
「ということで、余裕でオレの一人勝ちだな」
教壇に立って大会の結果発表をするユキヒト。
「結局いつも通りかよ」
その通り。いつも通りの結果に、いつも通りにブーイングが返ってくる。
手を上げて制するユキヒト。
「まあ、そこは仕方がないと思え。悔しかったら精進するんだな」
ゲームである以上、黙るしかない言葉。毎回それなりに強くなったから今度こそ勝てるかも知れない、と期待して参加するのだから、負けた以上自分の弱さを認めるしかない。
だいたいみんな手加減して欲しいわけじゃないのだから、ここまではお約束だ。
「で、今回の最下位は、なんとサクラだ! みなさん拍手ー」
誰からも拍手は返ってこない。
ユキヒトは予想していた反応にうんうんと2回頷き言葉を続ける。
「お前ら不満そうだな? 副賞に対して意見があるなら聞くが?」
いつもと違う景品を準備して受けが悪い。だから不満を聞く。なんとも、主催者として最もらしい対応。
これも予想通りに、とりあえずトーヤが手を挙げる。
「この結果だと副賞は無効だろ?」
ユキヒトは深く頷きトーヤの意見を肯定する。
「そうだな。ペナルティを負うはずの者同士が対象になっては意味が無いな。なので、今回の副賞は無しということで──」
「はぁい、は〜い、異議ありぃ」
オオミチさん、なぜっ!? あなたさっきユキヒトは辞退するって予想したじゃん!?
「オ・オ・ミ・チ! 余計なことを言うな。話がややこしくなる」
ユキヒトが黙らせようとする。
「えぇー! それじゃあわたしが楽しめないんだよぉ〜? ダメに決まってるでしょ〜」
「なぜお前を楽しませるために副賞を有効にせねばならんのだ? 参加者を楽しませるための副賞なのだ。参加者が不満に思っているなら無効にするのも主催者として良い判断だろ」
自分の思惑で話するオオミチさんに、ユキヒトは多数決を元に理論的に言い伏せる。
「それはそれとして、ペナルティという意味ではむしろ2人がキスするのが一番ペナルティらしいと思わないぃ?」
それでも食い下がるオオミチさん。わたしにどうしてもペナルティが与えたいのか!
「なぜ優勝したオレにペナルティがかかるんだ?」
「一蓮托生、連帯責任〜♪」
無理がある。チーム戦ではないのだから個人の結果は個人だけにかかるもの。たぶん同じように思っているユキヒトもため息を一つ吐く。
「お前な……なんでそこまでこだわるんだ?」
ユキヒトの問いにオオミチさんは珍しく口ごもる。
「……二人の……かなぁ〜と思ってるんだけなぁ……」
聞き取れないような小さい声でオオミチさんがつぶやいた。
ユキヒトは眉を寄せてオオミチさんを見て、もう一度答えを待っている。
「せっかく景品を飾り立てたのに、もらってもらえないのは悲しいなぁ〜と思ってねぇ」
今度は労力が無駄になったことを使ってユキヒトを攻める。
「お前が勝手にやったことだろう……」
確かに、提案はあくまでもオオミチさんからで、誰もして欲しいという話しはしていない。提案には乗ったし喜んだけど。
「みんな喜んでたのにぃ……」
言葉と共にしょんぼりと肩を落とすオオミチさん。女子に落ち込まれるとユキヒトも弱い。
「それはそうだが……」
否定の勢いを弱めるユキヒト。わたしのことだし、これ以上ユキヒトに任せるのも悪い。
次の言葉を放とうとしたユキヒトを軽く右手を挙げて制し、オオミチさんの説得をわたしが交代する。
「オオミチさん、せっかく結ってもらったのにごめんね……でも、みんなは望んでないし、それにわたし今日はちょっと体調が悪いから……出来れば避けたいな?」
オオミチさんが口を尖らせて不満な顔をする。でも、何も言わず少し考えている。効果がありそうだ。
「……はぁ……分かったわぁ。別にわたしはサクラちゃんをいじめたいわけじゃないから、今日のところは止めておくわぁ」
引き下がった。ユキヒトの言葉だけだと食い下がる気はなさそうだったのに。
ああ、そうか。オオミチさんはわたしがキスというカードを手に入れることを手伝ってくれていたのだ。
わたしは無言でオオミチさんに軽く頭を下げる。
「うん、サクラちゃんの髪の毛結ったりサクラちゃんとの話も楽しんだから、わたしは帰るわぁ〜」
それじゃあ、と言ってヒラヒラと手を振りながら、すぐに教室を出ていくオオミチさん。わたしは心の中で感謝をしながら目線で見送る。次のネタがあったらオオミチさんには連絡しないとな。
「なんだったんだ……」
あまりの去り際の良さにユキヒトもみんなも呆れている。
オオミチさんが廊下に消えると、ユキヒトも気を取り直して両手を打ち合わせる。発された音にみんなが注目する。
「なにはともあれ、今回の大会はこれで終了だな。お疲れさま」
無事だったかは分からないけど、とりあえず大会は終了した。
今日はさっさと帰って寝よう……
それぞれがそれぞれに、部活へ顔を出したりお昼ご飯を食べに行ったり今後の予定のため動き出す。
わたしとユキヒトは、一応クラブ活動の一環で開いたカード大会なので、顧問の先生に報告がてら研究室に顔を出す。いつも通りのことなのですぐに報告も終わり解放される。
研究室を出たところでユキヒトが口を開く。
「昼飯でも食いながらカラオケでもするか?」
ユキヒトのことだし、わたしの体調を気遣ってご飯だけ食べてすぐに帰るのかと思ったけど……
少し首を傾げて考える。久しぶりに歌うのも悪くはないし、カラオケでストレス発散できればこの不調も治るかもしれない。
そう思い首を縦に振る。
ユキヒトはわたしの返事に苦笑しながら頷き返して歩き出す。
「表情、固まってるな? 疲れたか?」
「ちょっとね……昨日から良く分からないことが起こりすぎた……」
隣を歩きながら具体的な内容には触れず答える。
「良く分からないか……」
前を向いたままユキヒトが短く告げる。
何となく重い。謝罪? 後悔? なんかそんな感じが混じってる?
わたしも昨日と今日のことを考えたかったし、ユキヒトも言葉の響きから考え事がしたそうだったので、二人ともしばらく無言で過ごしていた。
狭いカラオケの個室。エアコンから吹き出る消臭されたタバコの匂いに慣れてきた頃、テーブルにジャンクフードが並べられる。
対面に置かれた2脚のソファとテーブル、そしてその延長上にあるカラオケ。歌おうと思えばどちらに座っても横に向かなければならない位置関係。わたしとユキヒトはテーブルを挟んで向かい合う形に座っていた。
まだまだ外は暑いにもかかわらず、わたしの前に置かれた熱いきつねうどんは、湯気と共に出汁の香りをわたしの顔の前まで立ち上らせている。
寝不足に変な疲れがプラスされた状態でも、空腹を認識させる合わせ出汁の香り。
「おいしそう……」
そう一言告げてからいただきますと口の中で転がしてから静かに麺をすする。
今のわたしには、たとえ冷凍食品でも、この温かさと味が心に染みる。
口に入れると一旦お箸を置き、口の前に指をそろえた手をかざしてから咀嚼する。口元を隠して食べるようになったのは髪の毛を伸ばしてからだったかな?
そう思っているとユキヒトがこちらを見て笑っていた。
「どうかした?」
口に入れたものは飲み込んでから問いかける。
するとユキヒトはふっと笑う。
「いや……食べ方が……今の髪型にすごい合ってて……カワイイなと思っただけだ」
聞き取りづらく歯切れも悪い尻すぼみなユキヒトの言葉。最後は聞き取れないほど小さい。そして、言ってから苦笑いして顔を逸らすユキヒト。少し顔が赤い。
逸らしたユキヒトの顔を見ながら、遅れてユキヒトの言葉を理解し、自分の耳が熱くなるのを感じる。
なんでわたしがこんな反応を!? ユキヒトがいつもわたしの期待に合わせて言ってくれる言葉と変わらないのに……
ユキヒトの雰囲気がいつもと違うから。ユキヒトがノリで言ってるわけじゃないから。ユキヒトが関西弁じゃないから。
わたしはいろいろ考えながら、きつねうどんをさっきと同じ仕草で食べていく。ユキヒトがカワイイと言ってくれるその仕草を続けたいと思いながら。カワイイと言ってくれたことが、いつもよりも嬉しいから。
ユキヒトに食べる姿を眺められ、わたしはどんどん顔を朱くしていく。何か言わないとこんなの耐えられない……
「……なんでそんなこと言う……?」
勢いがない声。それも仕方がないこと。
照れを隠すようにユキヒトが天井を見上げながら返事をする。
「素直にそう思ったから……かな……」
でも、わたしはその言葉に何か引っ掛かりを覚えた。朝のことと照らし合わせて、脳が納得できないと訴える。
「女の子みたいな格好したらダメだって言ったのに……?」
「それは他の奴らに見られるのがイヤだったからだ!」
すぐさま否定の言葉が返ってくる。
心がモヤモヤする。その言葉を聞いても何か納得できない。何か足りない。昨日の夜にユキヒトのメールを読んだときと同じ感覚。霧の中で何かを掴もうと手を伸ばすけど何も掴めないような感覚。いや、霧の中の見えない何かを掴んでしまうことを恐れているのかもしれない。
何を恐れているのだろう?
そんな思考の中、わたしは自然と口を開いていた。
「…わたし、昨日のユキヒトのメールの意図が分からず、今日の朝はこのゲームを続けて更に女の子っぽい格好してユキヒトの気持ちを確かめようかと思ったんだ……」
「あー……女装する、って言ったときのことか?」
ユキヒトは天井を見上げたまま、朝のことを思い出そうとしている。
「そう。でも、そう思ったらユキヒトに嫌われるかもって思ったんだ……」
わたしの眉尻は勝手に下がっていく。次の言葉をユキヒトに伝えるべきなのだろうか? ここまで言えば──こんな表情をしていればユキヒトならわたしの気持ちを汲んでくれる。
「確かにオレは怒ったな……」
静かに告げられた言葉。今のユキヒトは怒っていない。でも、その怒りは思い出せる。思い出すと朝と同じように恐怖が身体を包んでいく。だから、ユキヒトが気持ちを汲んでくれると思っていても、不安がわたしの口を動かす。
「それが怖くて……朝は泣いたんだと思う……」
朝と同じだ。また、涙が浮かんでくる。わたしはこんな簡単に泣く人間だっただろうか?
「イヤだと言ったことをされたら、さすがに相手がサクラでも怒ることは怒る。だが、オレは決してお前を嫌いになることはない」
真剣な顔で断言するユキヒト。わたしはユキヒトに裏切られたことはない。ユキヒトがそう言うのだから、間違いなくそうするのだろう。それで一つの安心が得られる。
だから、涙は流れる前に止まる。
でも、それはどういうこと?
と、わたしの心はまた疑問を持つ。ユキヒトの言葉は嫌わないと断言していて明確な意味なのに。
「じゃあ……どう思ってる……?」
何とでも答えられる曖昧で、それでいて単純な質問。ユキヒトの気持ちをただ問うだけの言葉。
ユキヒトは口を開いて、少し経って口を閉じる。何か言おうとして言葉を選んでいる。
わたしはユキヒトをジッと見て待つ。
「メールに……書いた通り……なんだが……」
諦めたようにユキヒトはそれだけ答えた。
「メールだといくらでも嘘がつけるよ……わたしが普段演技してるって言うなら、ユキヒトの文章はいつも演技してるよ……ユキヒトの書く小説みたいに……」
わたしはすぐに否定の言葉を返した。自分が思っていたよりも早く、不満一杯に。俯いてうどん鉢を見つめる。ほとんど残っていない底溜まりの出汁の中で、エアコンの風に吹かれて泳ぐ葱を目で追う。
「あのなぁ……オレにどんな気持ちがあっても、いつもの親友関係に戻りたいって言ったんだぞ? もう良いじゃないか」
イヤだ。良くない。面白くない。知りたい。
わたしはユキヒトの言葉を過度に否定している。心に押し寄せてくる不満の嵐。
「そんなのムリだよ……ユキヒトの気持ちを聞いたのに……」
「やっぱり、書かなきゃ良かったか……」
ギシリと胸が軋み痛みを覚える。
今の言葉は聞きたい言葉じゃない。
違う。そうじゃない。知りたくなかったんじゃない。ユキヒトの気持ちを聞いて嬉しかった。
そう、嬉しかった。でも……
わたしは顔を上げて俯いたユキヒトを見つめる。
「わたしはユキヒトの気持ちを聞いて嬉しかったよ?」
ユキヒトは顔を上げる。正面からわたしの顔を見つめる。わたしもユキヒトを見つめ返す。
「でも、疑った……わたしのゲームを止めさせる為の嘘じゃないか?って……」
「嘘じゃない!」
即座に返される強い否定。
嘘じゃないのは分かった。分かったけど、わたしにはまだ足りない。わたしはまだユキヒトの言葉を納得出来ていない。
まだ心に引っ掛かりを感じる。気持ちは晴れていない。もどかしい。
何が?
ユキヒトの気持ちが聞けないことがもどかしい。
「だったら教えて。どう思ってるのか……」
ユキヒトの瞳が揺れる。
「嘘じゃないのなら聞かせて」
わたしの吐き出した言葉。たどり着いた答え。
ユキヒトの気持ちを直接聞いて、この疑念を晴らしたい。
疑念を晴らしてどうするのか?
晴らしたいのは疑念だけか?
それは今はどうでもいい。
今聞きたいのはユキヒトの気持ち。先のことは聞いてから考える。この気持ちをハッキリさせない限り、先を考えることが出来ない。親友に戻るにしても、他の道に進むにしても。
しばらく黙り込むユキヒト。
やっぱり、嘘……?
そんな疑念が渦巻いていく。
不安だ。嘘かもしれないと思うことが不安だ。
早く答えて欲しい。
じゃなければ、わたしは……
何でこんなに不安なんだろう? 嘘なら元通りなはずなのに。
泣き出したい気分になりながら、それでもユキヒトの答えを待つ。
「さ……サクラ……」
いつの間にか伏せていた自分の瞳をユキヒトに向ける。
「あのな……」
でもユキヒトは中々次の言葉を続けられないでいる。
わたしは心の中でため息をついた。
またわたしの頭は下がっていく。
これは落胆?
言葉を口に出来ないユキヒトを見て?
ユキヒトの気持ちを知ることが出来ないから?
ユキヒトの気持ちが嘘だから?
ユキヒトはまだ何かを言おうとしている。でも、待ちきれずわたしの頭は余計な思考に支配されていく。
沈んでいく思考の中、唐突に声が降ってきた。
「スキだ……」
ユキヒトの小さな声。
思考の海の中、耳から意識が離れていた。
だからわたしは短く疑問を表す。
「え……?」
ユキヒトはばつが悪そうに眉間にしわを寄せる。わたしはそれでも、首を傾げて待つ。
聞こえなかった、もう1回と。
ユキヒトは少しためらった後、もう一度口を開く。
今度はハッキリと。
「オレはアキラがスキだ。嘘なんかじゃない」
ああ、ようやく聞けた。
ようやくユキヒトの気持ちが聞けた。
疑いようのない強い声で。
心の霧が晴れていく。
ユキヒトのその一言で暗い気持ちも消えていく。
ああ、わたしはこんなにもユキヒトの気持ちが聞きたかったのか。
でも、ただ、気持ちが聞きたかったのか? そんなわけはない……
何も答えないわたしにユキヒトは言葉を続ける。一番重要な言葉を吐き出したユキヒトの気持ちは止まることを知らず怒濤のごとく流れ出す。
「入学してすぐ、みんながそれぞれを知り合いと認識していなかった頃に、サクラはなぜかオレのところに話をしに来た。席も離れているにもかかわらず。ハッキリ言って変なやつだと思ったよ。見た目は女の子みたいに華奢で、カワイらしい顔に人懐っこい笑顔を浮かべてた。なのにいきなり鋭いところをついてきた。第一印象は驚きしかなかったな。オレが他の誰にも話していなかったはずのことを──オレの見ているアニメの話しをお前は迷うことなく話してきた。確実にオレがそれを見ているという確信を持って。しかもオレの好みのキャラまで知ってるように話してきた。それが合ってることにオレは驚いた。サクラの見た目の柔らかさに対して洞察力は鋭い、そのギャップが強烈だった。思い返せば、オレはすでにそこから引き込まれていたんだと思う……」
懐かしい話し。ユキヒトとの最初の会話。
学校の特性上、出身はバラバラ。ほとんどの人が入学前からの知り合いはいない。わたしも同じで、だから入学してすぐ同じ趣味の人間を探していた。アニメやゲームがスキな人を。わたしはユキヒトをターゲットにした理由を覚えている。
電車の中で見かけたユキヒトの読んでいた小説が原因だ。カバーは掛けられていたけど、一瞬見えた挿絵ですぐに分かった。テレビアニメ化された小説で、シリーズのアニメがまだ放映されていた。だから、わたしはユキヒトがそのアニメを見ていると踏んで話しをした。
確かにユキヒトは学校で誰にもその話しをしていなかったし学校で小説を取り出してもいなかった。だから、ユキヒトが誰も知らないと思っていても仕方がなかった。スキなキャラもそうだ。
スキなキャラは観察をすればすぐに分かることだった。例えば学校に来るまで歩いてる途中に何を見ているか? 例えば電車を待っているときに駅で何を見ているか? 視線の先にあるものが答えを教えてくれる。そこからスキなキャラの特徴を考えれば、ユキヒトがスキそうなキャラはそのアニメでは一人しかいなかった。
わたしも昔から結構ユキヒトのことを見てたんだなぁ……
「それだけで終わらず、お前はオレの好みをいつも先回りして知っていた。不思議に思ったが、決してイヤではなかった。むしろ知られることが心地良かった。だから、自分で書いてる小説の話しも、すでに気付いているかもしれないと思って切り出した。そして、お前の答えは、見事にオレの予想を裏切り、全ての思考を置き去りにさせた」
こんなに前からユキヒトはわたしとの思い出を大切にしてくれているのか……そう思うと胸が熱くなってくる。
わたしもそのとき言った言葉を覚えている。
「じゃあわたしがイラストを描くよ」
「そう! 小説を書いていると言った──その事実だけを伝えたときの答えがそれだった。内容もまだ言ってない、当然だが読んでももらっていない」
あの時のユキヒトの驚きようはすごかったなぁ。
ユキヒトの思い出話で昔を思い出せば出すほどに身体が熱くなり、同じように目頭も熱くなっていく。
ユキヒトはまだ独白を続ける。
「絶句した。そしてバカにしているのか?と思って、とりあえず提案したわけだ。まずは1点イラストを描いて見せてくれと。じゃあ、次の日にすぐに線画が渡された! しかもそれはその時書いている小説のヒロインにしか見えないキャラだった……」
うん。そう言ってたね。でも、それはユキヒトがスキそうな女の子を描いたらそうなっただけなんだけどね。確かにあの時は、ユキヒトが総髪と呼んだ髪型の大和撫子って感じの女の子。その髪型って……
「ああ、こいつにはかなわない。そう思ったときにはスキになってた。まだ髪の毛は伸ばしていなかったけど、オレには充分カワイく見えていた……サクラにはショートカットも似合ってると思うぞ」
ユキヒトが照れを隠すように頬を掻きながら言う。
ユキヒトはそんなにもわたしを見てくれていたのか。
そう感じると胸が締め付けられたように苦しくなる。目頭の熱も限界を超えそう。でも、口元はこれまでにないぐらいに──ゲームを心底楽しんでいるときよりも更に笑顔の形を示している。
わたしの様子に気付くことなく、ユキヒトの言葉は止まらず続く。
「まあ、まだそのときはほんのりとした気持ちだったから良かった。当然ながら、髪の毛を伸ばしてサクラが恋愛ゲームを始めてから、カワイさは加速した。女の子みたいだったのが女の子にしか見えなくなった……気持ちが止められないと思ったから、想いを必死に隠した。消すことが出来ないことは知っていた。だから、まずこのままの関係で良いと──お前を一番理解している親友でいることを心の支えにした。そして、たまに冗談で本心を伝えることでガス抜きをするという手段を取っていた。お前は完全にオレがノリで言ってると思っていたみたいだがな……」
そんなに騙されていたのか……ユキヒトの言葉は演技ではなく、本心だった。
何度もカワイイと言われたり、女の子扱いされたり……そのたびに嬉しかった。良く理解してくれていると、親友と呼ぶにふさわしいと満足していた。
でも、それは……本当は……
「うぅ……」
ついに、嗚咽と共に涙が溢れる。
わたしは泣いていた。でも、笑っていた。
わたしの声に反応してユキヒトの語りが止まる。
「……サクラ…………なんで笑いながら泣いてるんだ……?」
ユキヒトは不安そうな不思議そうな表情でわたしを見ながら問いかけてくる。
わたしは片手で口元を押さえ、片手で涙を拭う。
声を殺して涙を拭う。
でも、いくら拭ってもわたしの涙は止まってくれない。
「あぅっ……」
「どうしたんだ……? 話しし過ぎたか……?」
それが理由だとは思っていない疑問系でユキヒトが問いを重ねる。
もちろん、それが理由なわけがない。
「なんでもないよ……なんでもない……」
裏返りそうな声を必死に押さえながら、とりあえずユキヒトを落ち着かせるための言葉を口にする。
でも、なんでわたしはそんなことを言ってるんだろう……なぜ誤魔化そうとしているのだろう。
胸が、身体が、頭が熱すぎて思考が回らない。ハレーションを起こしたように思考が真っ白だ。
白い白い思考の中、浮かび上がる一つの答えを感じる。
白い海の中、ユキヒトの姿が見える。
分かってる。知ってる。そんな答え。
さっき聞きたかったのもただのユキヒトの気持ちではなく、スキだと言って欲しかっただけ。
それをただ見ないようにしていただけだ。
わたしも二人の関係がスキだったから。
わたしを理解し尽くしてくれているユキヒトを親友と思っていたから。
でも、それ以上に……
「ユ、ユキヒトは! わたしを、スキなんだよね!」
うわずった声でもう一度確かめる。自分の気持ちも一緒に理解するために。
不安そうに見ていたユキヒトだが、わたしの言葉にしっかりとした頷きを返す。
それを見てわたしの笑みは更に強まり、まだ胸の熱さが増していく。
今すぐ叫び出したい気分。
今の気持ちを何も気にせず叫びたい。
やっぱり、そうなんだ……わたしは。
「あ、あのね、ユキヒト!」
ユキヒトは何も言わずわたしを見て続く言葉を待っている。
「わ、わたしは……」
続きが言葉にならない。
伝えるべき言葉が出てこない。
吐き出したいのに喉の奥につっかえるように出てこない。
伝えたいのに。
「わ、わたしは……!」
同じ言葉を繰り返し、ふと気付く。
気付いてしまう。
ユキヒトが副賞を破棄した理由はなんだったか。わたしはオオミチさんとその理由をどう予測していたか。
ユキヒトはわたしの気持ちが乗っていなけいから、最初から辞退するつもりだったと。
だったら……
ああ、わたしの悪いクセだ。
こうやってユキヒトを驚かせて楽しんでる。
その驚いている反応を見て満足する。
決してユキヒトは怒らないから。
でも? ユキヒトはそれがあったから、わたしに惹かれてくれた。
じゃあ、驚かせたら良い。
まだ今なら──わたしの気持ちを伝えていない今なら、一番の驚きをプレゼント出来る。
「ユキヒト……わたしをスキでいてくれるそんなユキヒトは、この先どうしたい?」
ドキドキする。
涙は止まった、身体の熱は少し落ち着いた。
でも、すごくドキドキする。
上手く誘導できるか、ユキヒトが応えてくれるか……ユキヒトが楽しんでくれるか、ユキヒトが喜んでくれるか。
ユキヒトはどう思うかな?
「この先って……オレは今の関係で充分で……」
「本当?」
わたしはそう思わない。
自分の気持ちに気付いた今のわたしはそう思わない。
だから……
「キスしたいとか思わないの?」
ユキヒトはハッと息を飲む。
躊躇ってる……やっぱりしたいんだ。
少しだけ余裕が出来たから心を少しコントロール。
もうちょっと待ってねわたし。
きっとユキヒトの驚きの先に求めてるものがあるから。
「副賞……上げよっか?」
ユキヒトが更に息を飲んでいく。ゆっくりと。呼吸の仕方を忘れたぐらいに吸い続けて……そして躊躇いながら口が動く。でも言葉は出てこない。
わたしはユキヒトにそっと近付く。テーブルを回り込んでユキヒトのすぐ横に立つ。
そして前屈みになりながらユキヒトに顔を近付ける。
すると弾かれたようにユキヒトが下がって立ち上がる。
「お、お前……待て待て待て! 欲しがってるからってそんな簡単に上げるもんじゃないだろ!」
わたしは離れてしまったユキヒトを少し眺めて、ソファに座る。
「やっぱりイヤなんだ……」
わたしはこれでもかというぐらい分かりやすくしょんぼりと肩を落とす。
ユキヒトは慌てて体勢を戻しわたしの前に立つ。
「そうじゃない! イヤじゃない! 分かった正直に言おう!! ああ、オレはキスしたいと思ってる」
「じゃあ……する?」
わたしはユキヒトを見上げる。
ユキヒトはわたしの前に立ち、見下ろしながら苦い顔をしている。
わたしはまたユキヒトに顔を近付けるために腰を上げようとする。
すると、ユキヒトはわたしの顔の横に左手を突き出してきた。トンっと、ユキヒトの手が後ろの壁に触れた音がする。
ユキヒトが睨むようにわたしを見下ろしている。
「お前な……それがどういう意味か分かってるのか!」
押し殺した真剣な声音でユキヒトが叫ぶ。
わたしはニッコリと微笑んで答える。
「うん、分かってる。ユキヒトが気にすることは何もないよ? 我慢しなくて良いよ?」
「全然分かってない! オレが気にする気にしないとか、我慢するしないというオレの気持ちではなく、これはお前の気持ちが大事なんだ!」
分かってる。ユキヒトが真剣に考えてくれていることが。
わたしはまた笑顔を深くして視線を左に逸らす。
「じゃあ、とりあえず、今はやめとこう」
ユキヒトの右手が突き出され、わたしの視界を埋める。今度は先ほどより強く、ドンっという音がする。
あ、壁ドンだ。
余計なことを思ってからユキヒトの目に視線を戻す。
「今は、じゃない!! ずっと、だ!!」
怒ってると言えるぐらいにユキヒトの語調は強い。有無を言わせず、無理にでもわたしに頷かせたいという思いが見える。
でも、閉じた唇は微かに震えている。
わたしは心の中でクスっと笑う。
本当はこのチャンス逃したくないのに……すっごくわたしの気持ちを大事にしてくれているんだ……
嬉しい。本当に嬉しい。
だから、何も問題ない。
「サクラ、約束しろ。冗談でキスしようとしないって」
待っていた言葉を聞き、わたしはしばらくユキヒトを見つめる。
そう、これは大事な言葉だ。
最高の驚きを与えるためにとても大事な一言。
わたしは目を閉じて深く頷き、再び目を開く。真剣な顔でユキヒトに告げる。
「分かったよ、ユキヒト。これからわたしは冗談でキスしたりしない」
言葉はユキヒトに伝わった。表面上の意味で。
ユキヒトは少し残念そうな顔をした後、息を吐き出し安堵の表情を浮かべる。まだ両手は壁に突いたままで。
よし、これなら腕を引き戻すにも時間がいる。
わたしはユキヒトが何かを言う前に再び口を開く。
「だから……」
それだけ言ってしばらく間を空ける。ユキヒトが次の言葉を待つようにわたしの目を見る。
わたしはニッと笑うと同時に、充分に近かった顔を更にユキヒトに近付ける。
わたしの唇がユキヒトの唇に触れる。
大きく──これまで見たことがないぐらいに大きく、限界までユキヒトが目を見開く。
ユキヒトの表情が固まり、そして腕が、身体が硬直する。
唇ってホントに柔らかいんだなぁ。
そんなことを考えながら、わたしは数秒間唇を当て続け、今起こったことをユキヒトが充分に理解した頃に離れる。
そして、すぐに先ほどの言葉の続きを告げる。
「……本気でキスをする」
ユキヒトがゆっくりと硬直から溶けていく。
最高の驚きだったと思う。
ユキヒトはパクパクと口を動かし、声を探している。
最大限に驚いたユキヒトを見て、わたしは満面の笑みを浮かべる。
やっぱり最後に笑うのはわたしだったね?
「お、お、お前……!! な、な、何して、んだ、よ!!!!」
あーすごい。こんなに取り乱すとは。
顔を真っ赤にしてユキヒトが叫ぶ。
わたしは笑顔のまま、更に叫び出しそうなユキヒトの前に人差し指を立てる。
ユキヒトの視線はわたしの人差し指に集まる。
その人差し指をゆっくり動かし、ユキヒトの唇にそっと当てる。
思い出す唇の感覚。
ユキヒトも同じように思い出しているのが伝わってくる。
わたしが想いを伝えるのは今この瞬間。
やっと理解した想い。やっと見ることが出来た想い。演技の一部として決めつけて気にしないようにしていた想いを。
「わたしもユキヒトのことがスキ。だからキスをした。ね? 問題ないでしょ?」
ユキヒトの唇から指を離し、自分の唇に当てて微笑む。
ユキヒトが後ずさるようにわたしから離れる。ユキヒトの足がテーブルに当たって止まる。狭い部屋だ、それほど離れられる場所はない。
ユキヒトは後ろに下がることを諦め、力なくわたしの横に座る。
「はぁ〜〜〜……」
長い溜め息。
「本気なのか? 演技……とか言うんじゃないか……?」
「うわぁ……わたし信用無いなぁ。せっかく想いを伝えたのに、信じないならいいも〜ん」
頬を膨らませてプイッとユキヒトから顔を逸らして出入口の方を向く。
「も〜んってなぁ……言われても……」
出入口の扉は一部窓になっているが、磨りガラスがはまっている。
うん、これなら大丈夫。
「……オレで良いのか……?」
ユキヒトの方へ向き直る。不安そうなユキヒトの瞳が映る。
「何言ってんの、ユキヒトが自分で言ってたのに。わたしはユキヒトを選んだって」
ユキヒトは首を傾げて自分の言葉を思い出そうとする。しばらく考えた後ハッと気付く。
「トーヤとのデュエルの時か! 盗み聞きしてたのか!?」
確かにわたしに向けた言葉でなかったことは認めるけど。
「盗み聞きとは人聞きが悪いなぁ。ほら、スキな人の声はいつでも聞いてたいでしょ?」
ユキヒトがポカンと口を開ける。とてもとても呆れられている。
「……どの口が言うか。今自分の気持ちに気付いたクセに……」
「にひひっ。バレてたか〜 別に良いじゃないの。今わたしは間違いなくユキヒトをスキだと思っているんだから、さっき突然スキになったわけじゃないと思うし、それなら少なくとも1日前はスキだったと言えると思うの」
「思うのって……今が正しいから今マイナス1も正しいって、数学的帰納法かよ……」
「えへへ、わたしらしいでしょ?」
ぐぬぬと唸るユキヒト。それは肯定したと同じ。それでも足りないのかユキヒトは言い募る。
「でも……演技してるだろう?」
「口調のこと? うん。演技してるよ。だってわたし、ユキヒトの彼女になろうと思うから」
「か、かのじょぉ〜!!??」
ユキヒトが裏返った声で叫ぶ。
素っ頓狂な声ってこういうのを指すんだろうなぁ。ここがカラオケボックスで良かった。
「うん、そう、彼女。そう見えないかなぁ……? ダメかなぁ……?」
身体の前で祈るように手を組んで左右に揺らしながら、俯いてモジモジとユキヒトの答えを待つ。
「わざとらしい演技だなぁ、もう……」
投げやりな応答。
えーっ 答えはー?
チラリチラリとユキヒトの顔色を窺う。
「演技の恋人はいらんぞ」
もう、しょうがないなぁ。
わたしは右横に座ったユキヒトに寄り添い、頭をユキヒトの肩に預ける。そしてユキヒトの左手を両手で包み込む。
温かくてドキドキする。
「見た目は演技かもしれないけど……中身は演技じゃないよ? ちゃんと、わたしはユキヒトをスキ。間違いないよ」
3回目。ユキヒトにスキと伝えるのは。さすがに信じて欲しいなぁ……
するとユキヒトは立ち上がってわたしの正面に回る。
なんだろ?
ユキヒトはわたしに向けて手を伸ばし、少しためらった後、背中に手を回して抱き締めてくる。
心がキュンッて言った気がする。
「もう、ホントにサクラにはかなわないなぁ……カワイくて仕方がないぞ……」
耳元少し後ろから聞こえる声に、何とも言えない心地良さを感じる。
嬉しい。
「えへへ……ありがとう……」
素直にお礼を告げる。
今のわたしはきっと締まり無い口元なのだろう。
仕方がない。泣きたいぐらい嬉しいのだから。
カワイイと言ってもらえることが。
抱き締められることが。
あー やっぱりわたしは彼女だな。女の子だ。うん、女の子に間違えられることを望んでいたことだし、これは最高の結果でしょ。
「オレはな……昨日のメールを書いた後、サクラに想いを伝えたら嫌われるかも、避けられるかもってめちゃくちゃ怖かったんだぞ? なのに……」
ギューッと強く抱き締められる。
ユキヒトの鼓動すらも伝わってくる。
自分の鼓動もユキヒトに伝わっているのかな? おかしなところはないかな?
不安を感じて自分の鼓動を意識する。
大丈夫。変なところは無い。いつもより早いけど、いつもより強いけど、さっきに比べればすごく安定している。
頭の中の霧も完全に晴れている。胸を締め付けていた苦しさも、心地よいユキヒトの抱擁だけ。
あぁ……ダメだこれは……すごく心地良い……このままでいたい……ずっとこのままでいたい!
わたしもユキヒトの背中に手を回し、ユキヒトをキュッと抱き締める。
「わたしも同じだよ。今日の朝にすごく怖くなったよ。このままゲームを続けてたらユキヒトに嫌われるかもって、すごい怖かったよ……」
離したくない。
ユキヒトも力を緩めない。たぶん同じ気持ちだ。
欲しいものが離れていってしまうかもしれないと一度考えたものが、近くに寄ってきた。以前よりも遥かに近くに。
もう離したくなんかないよね。
しばらく抱き締め合ったままお互いを感じ合う。
幸せだ……
ものすごく幸せだ。
そう思うとすぐに涙が溢れてくる。
「ふぇ……」
口から変な声が漏れてしまう。
疑問に思ったユキヒトが力を緩める。
イヤだ、離したくない!
逆にわたしは力を強める。
ユキヒトは左手はそのまま力を入れ直して抱き締め返してくれる。
一度離れた右手は頭に置かれ、ゆっくりと優しい力で撫でてくれる。
温かい手。
温かさが優しさとなってわたしに染み入ってくる。
「うぅ……ぁぅぅ……ユキヒトぉ……」
泣き声と共に名前を呼ぶ。
わたしの強い想いに従うように熱い熱い涙は勢いを増し、止めどなく溢れてくる。
大スキだ。
こんな強い想いに気付かなかったなんてあり得ない。ただフタをしていただけだ。
そりゃ感情がおかしくもなるよ……フタを外してしまったらもう閉められないぐらい強いんだもん。こんな想い抑えられるわけないよ!
「サクラ……」
ユキヒトも名前を呼んでくれる。
涙はさらに溢れてくる。
わたしはこんなに泣き虫だったのか……
いや、こんな幸せを感じたことなかったから……知らなければ泣いてなかったなら、今泣き虫になったんだ。
泣き虫で良い。
ユキヒトが優しく抱き締めてくれるなら。
ユキヒトが優しく頭を撫でてくれるなら。
それなら泣き虫でいたい。
なんて弱いのだろう。
数日前まで、強気で余裕な態度でゲームを楽しんでいたのに。
ゲームを上手く進められることに喜びを覚えていたのに。
そんなの、今に比べれば喜びなんかじゃない。
これこそが本当の悦び。
そう思えるぐらいに強い感動。
「ふふっ……あははっ」
今度は笑えてきた。
バカな自分に。
また、ユキヒトの手から力が抜ける。
今度はわたしも力を緩める。
身体を離すと、ユキヒトに正面から見つめられる。
「泣いたと思ったら、なに今度は笑ってんだ?」
優しい笑顔に優しい声で聞かれる。
「何でもないよ。ちょっと幸せ過ぎるなって思っただけ」
わたしは涙の残る顔をニッと笑顔にする。
一瞬ユキヒトは意外そうな表情を見せる。でも、すぐに不敵に笑う。
「何言ってんだ。これからもっと幸せにしてやる」
うわー うわー 何その乙女ゲーみたいなセリフ。でも、実際キュンとくるんだね。
更なる昂揚感を覚えながら、わたしはふふっと笑う。
「何ユキヒトらしくないこと言ってんの?」
ユキヒトの右手がわたしの顔の前まで上げられる。ユキヒトは親指と人差し指で丸を作るように手を握る。少し溜めてから、人差し指を弾く。
「ひゃぅ!?」
デコピンされた!
「うるせぇ。別に良いだろー そんな気分なんだから」
照れ隠しに横を向くユキヒト。わたしはおでこをさすりながら上目遣いでユキヒトを見る。
「むぅ……彼女に手をあげるなんて紳士じゃない!」
むくれるわたしにユキヒトはわたしの頭をさっきより乱暴に撫でる。
「おでこ押さえてむくれてる、そんなカワイイ顔も見てみたいんだから仕方ないだろ……」
あぅ……またカワイイって言ったぁ……
その言葉にとてもとても弱くなっている。そう言われたら許すしかできないよ。
あー 結ってもらった髪がグシャグシャになってるよぅ……さすがにひどい髪型になってるから、ポニーテールに結び直して帰らないと。
そう思った瞬間に、天啓とも言える閃きが舞い降りた。
あれ? そういえば、ユキヒトってポニーテールスキだった……さっき思った、最初に描いたユキヒトの好みの女の子、総髪ってポニーテールの和名だ……
なーんだ。
このゲームの攻略対象は最初から一人で、最初から終わってたのか。
昔からお互いにスキだったなんて。
ずいぶん遠回りをしたね。
あははっ!
笑うしかない。
もう、最初から気持ちは一つだったんだね。
「ユキヒト……大スキだよ!」
やっぱりわたしはニッコリ笑って告げる。
もうユキヒトを見てると笑顔以外になり得ないよ。
でも、ユキヒトはまた驚く。わたしが想いを素直に伝えることがそんなに意外?
すぐにユキヒトも笑顔になり、口を開く。
「オレも大スキだ」
ユキヒトの顔が触れるぐらいに近付く。
わたしは目を閉じる。
ユキヒトの行動に期待している。
ユキヒトの行動を待っている。
そう、心待ちにしている。
全て受け入れる気持ちで。
キスしてくれるのかな?
思ったより少し待ってる時間が長い。ユキヒトの顔はすぐそこにあったはずなのに。目を閉じて期待して待つという行為が時間を引き延ばしている。だって──
そこでユキヒトの唇がわたしの唇に触れる。
期待が裏切られることなく実行された。
心が満たされていく。
強く押し当てられ、唇に力がこもる。
「んんっ……!」
はわぁ……なんだか気持ちが良い。
刺激が良いとか、性的に興奮するとかではなく、良く分からないけど気持ちが良い。
脳をしびれさせるような喜びが突き抜ける。
ただ唇を重ね、気持ちを受け入れること、受け入れられることがこんなに幸せだなんて。
とても心地良い。
暖かくて、気持ち良くて、全身をユキヒトの腕に委ねることができて……もう、何もいらない気がしてくる。
全てが満足したような感覚に襲われ、いつまでも続けば良いなぁと麻痺した頭が繰り返す。
ユキヒトにされるがままに全てを預け、身体の力全てを抜いていく。
ユキヒトに包まれているような感覚……
ユキヒトという名の揺りかごに……身を任せているような……フワフワとした感覚……これ……たぶんわたし色々満足して……眠いんだ。
あー……昨日寝てないからなぁ……
この満足感の中で眠れたらどれだけ幸せだろうか。
いや、今充分幸せなんだけど。
ユキヒトがわたしの反応の弱さに、力を緩めた。たぶん目を開いたんだろう。
「おい? サクラ?」
「うぅ……ごめんユキヒト……5分で良いから寝かせて……」
「えっ! ちょっ!?」
動揺しながらも、ユキヒトはわたしをしっかりと支えながらソファに横たえてくれる。
ありがとう……
ユキヒトの優しさに甘えながら今は寝よう。少しぐらい良いよね?
「5分って、絶対起きないだろ!? サクラ? サクラ?」
ユキヒトに何度も呼ばれる。でも、身体を揺すったりはしてこない。
優しいなぁ、もう。
「あぁ! もう。しょうがねぇな……」
ユキヒトが諦める声がする。ソファが沈んでユキヒトが横に座ったことが分かる。
ありがとうユキヒト。
心の中でもう一度礼を言う。
「その代わり、しっかり寝顔を見させてもらうから」
うん、いくらでも見ててくれたら良いよ。見ててくれる方が嬉しいから。
わたしは幸せなまどろみの中で思う。
ユキヒトが横にいてくれればこれ以上ないぐらい安心する。
これまでもそうだったように。
ユキヒトはわたしの事を考えて行動してくれている。
それが今はたまらなく嬉しくて、眠ってしまえるほどに安心できる。
うん、ユキヒトがそばにいてくれればきっと上手くいく。
全て上手くいく、そう信じられる。
今までもそうだったし、今回もそうだった。だから未来も。
だから、ユキヒト……
いつまでもそばにいてね。
─fancygame ゲームクリア─
あまーい!
一気に読んでもらいたい部分だったので、長いですが1話で上げました。
fancygameの1章は終わりです!
ご感想などもらえると嬉しいです〜♪
サクラとユキヒトの話は続く予定ですが、まだ書いていないのでアップするのは当分先になります……3か月ぐらいで書けたら良いなぁ(希望的観測)