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宣戦布告

 放課後になればそれぞれがそれぞれのクラブに向かう。そんなわけでわたしもクラブへ。

 所属してるクラブは遊びのためのクラブ。電源を必要としない室内で出来ることは何でもやろう、というクラブだけど、今はカードゲームが主流。毎日せっせとデュエルと言われるターン制の1対1対戦をして、己を鍛えているというわけだ。まあ、デュエルをしたところで鍛えられるのはカードゲーム特有の戦略だけだけど……そこで、わたしとユキヒトは英語版のカードを使ってデュエルを行い、一緒に英語力を鍛えようと試みている。まあ、これも、結局のところ覚える英語は特殊な単語ばかりなのだけど。文法に慣れれば少しは役に立つかなと。

「アンタップ、アップキープ、ドローワン!」

 慣れた手つきで手順を声に出しながらデュエルを進める。正直言って今わたしはユキヒトに押されている。かなりのターン数耐えているので、場には山ほどのカードが並んでいる。だが、お互い決定打になるようなカードが出ておらず睨み合いが続いている。不利な状況が続いているので、手札と場を良く確認しながら慎重にターンを進める。

「諦めた方が良いぐらいの戦況だが?」

 そんなわたしにユキヒトが牽制をかけてくる。

「最後まで諦めないのがわたし!」

 ユキヒトの降伏勧告を笑顔でスルーしてターンを終える。

「負けそうでも楽しそうだよな、サクラは」

「ギリギリのバトルは楽しいよ! まあ、切り札がある内はね」

 含みのある笑顔をユキヒトに向ける。カードゲームは戦略が全て。会話すらも勝負の一部。

「そんなあからさまな手には乗らんよ! 《ライトニングボルト》直接ダメージ3点!」

 ユキヒトはこのターンに自分のデッキ(山札のこと)から引いた赤いカードをすぐに使ってくる。わたしのライフは6点から3点へ。開始時には互いに20点あるのに、すでに風前の灯火。後一回今みたいなユキヒトの得意な直接攻撃を受ければ負け。対するユキヒトはまだ15点で、このカードゲームではほとんど無傷と言って良い状態。それでも可能ならわたしが手札を増やすまでに倒したい。だから、攻撃できるカードを引けばすぐに使ってくる。

「あーあ、回復でもしない限りは後一回だね〜」

 わたしは笑顔を崩さず、残念そうに言いながらライフカウンターの数を3へと回す。ユキヒトの眉毛がピクリと動く。

「回復してもダメなぐらいにダメージを与えれば良いだけだな」

「にひひ、まあね〜」

 わたしの不気味な笑いを無言で受け流しながらユキヒトはターンを終了させる。わたしは先ほどと同じようにターンを進める。デッキから引いたカードを見てわたしは微笑む。

「ところで、ユキヒト……イラストあんまりだった?」

 朝に見せたイラストについてユキヒトに問いかける。

「いや、そんなことはない。朝言ったように、良い出来だったと思うし、嬉しいが?」

 ユキヒトは眉を寄せ訝しげな表情でわたしの顔を見ながら、朝聞いた言葉と同じ感想を繰り返す。

「ふ〜ん、そう。なんか、反応が芳しくなかった気がしてね〜 何か問題があれば聞いておこうかと」

 わたしは手札を並び替えながら、ユキヒトの反応をチラリと窺う。イラストの効果のほどは──

「ん〜? あとはもっと絵が旨くなればなぁ〜」

 ユキヒトの茶化すような口調。冗談で言ってることは分かるが。

「あれぇ? わたしの拙い技術でも最初はあんなに喜んで興奮していたのに……これがマンネリというやつなのね……ヨヨヨ」

 などとうそぶきながらわたしは目頭を押さえる。慌てるようにユキヒトが言葉を重ねる。

「ちょっ! なぜそんな言い方?!」

「にひひ。まあ、技術を上げないといけないのは確かだから、そこは今後に期待して欲しいところ。ターンエンドだよ」

 ユキヒトの反応を楽しむように、わたしはまた何もせずターンエンドを告げる。

「からかうなよ……」

 ユキヒトの反応からすると、イラストを提供することではいつも以上の効果は期待できそうにない。ま、これまでにイラストを何点も渡しているのだから当然か。あながちマンネリと言う表現も間違いではない。一日二日で劇的にイラストの質が向上することはないから、この線はこれ以上攻められないかな。

 ユキヒトはターンを開始しデッキからカードを引く。カードを悩むように眺める。

「書かれてる内容が分からない、とかはないよね?」

「ない。この手にあるカードどれでもお前を倒せるのだが、どれにしようか悩んでいるだけだ」

 わたしの手札を数えるユキヒト。残りお互いに三枚。

「じゃあ、ここからが本番だね?」

「はあ? 次で──むしろ、これで終わりだろう? ≪ラヴァアクス≫直接ダメージ5点」

 先ほどよりダメージの多い赤いカードで攻撃を仕掛けてくるユキヒト。わたしは落ち着いて対応し、青いカードを一枚使う。

「いや。それは《カウンター》する。効果はなくなりました」

「じゃあ、もう一枚」

 わたしの対応を予測していたユキヒトは、更に赤のカードで追加の攻撃を放ってくる。

「同じく《カウンター》」

 またまた同じ対応をするわたし。さすがに残り少ない手札、残っていると予想していなかったユキヒトは驚く。

「おお? まだあったのか? さっきのターンに使わなかったから一枚だけかと思ったけど……でも、今ので同じカードは4枚使ったな?」

「どうだったかな〜?」

 それでもわたしはのらりくらりと答える。ユキヒトの記憶は間違いではない。同じカードは同じデッキに4枚までしか入れられないルール。つまり、わたしが先ほど連続で2回使った『相手のカードを無効化するカード』はもうこのデュエルでは出てこないと断言できる状態。それを互いに認識し視線を交わす。更にお互い残りの手札は1枚のみ。

 ユキヒトは警戒するカードがわたしの手の内に無いか?じっくり思案した後、最後の1枚を発動させる。

「ならば! 全マナ消費して直接ダメージ15点! これなら回復しても、軽減しても耐えられないだろう?」

 ほかにわたしが耐えられる可能性──先ほどの会話で出てきた回復を考慮して、ユキヒトは大ダメージでわたしにトドメを刺しにかかる。

「あ〜あ……残念」

 そう言いながらも、わたしは笑みを止めない。最後の手札をユキヒトへオープンにする。

「《デフレクション》。その15点のターゲット変更、ダメージはユキヒトへ!」

「へ?」

 ユキヒトの理解が一瞬遅れる。わたしは念を押すように頷き、満面の笑みを浮かべる。そして手に持った青いカードを見せながらユキヒトへ告げる。

「うん。ユキヒトのライフは全損。ユキヒトの負けってこと」

「えぇぇーー!? お前そんなカード持ってたか?!」

 驚きを露わにするユキヒト。余裕を持って追いつめるだけだったデュエルのはずが、まさかの最後に逆転負け。格闘ゲームで言えば、もう自分が繰り出した必殺技を相手にガードされても削り勝ちが出来るような状況だったのに、逆に即死コンボを食らって負けたような状態。確かに信じがたいだろうけど。

「うん。この間当てた。このカード、超逆転劇に一回使ってみたかったんだよね〜」

 わたしがやりたかったのはまさに今のシチュエーション。

「くぁ……最初からはめられてた気がする……」

 机に両手をついてうなだれるユキヒト。わたしは右手人差し指をあごに当てて天井を見上げながら少し考える素振りをする。

「最初に引いたから狙ってはいたけど……ユキヒトが大ダメージをねらってくれないと上手くいかなかったから、ユキヒトが心配し過ぎたのが敗因かな〜」

 その言葉にユキヒトは顔を上げ、右手人差し指を立てる。

「ぐぬぅ……もう一戦!!」

「良いよ〜」

 わたしは軽快に答える。

 そして周りの別のデッキに気を付けながら、それぞれ場に広がった自分のカードを集めて、また一つのデッキにまとめ、しっかりと混ぜ合わせていく。

 慣れた手つきでいつものポジションにデッキをセット。テンポよく次のデュエルが始まる。次のデュエルは負けた側から開始するので、先にユキヒトがデッキからカードを引く。

 さっきのことがあるからか、手札を確認しながら慎重にターンを進めていくユキヒト。でも表情は笑顔。実に楽しそう。先ほどの負けなんてすでに頭にはない様子。ちらりとわたしを見ながら1枚のカードを場にセットする。つられてわたしも笑顔で頷く。

 さっきのデュエル、ユキヒトはわたしを確実に倒せるタイミングがあったのにスルーしていたと思う。戦略上わざとだったり、わたしが余計な駆け引きを混ぜたから見逃したと言われれば納得は出来るけど──たぶん上手く手加減された。

 なぜか?とは思うけど、恐らく楽しむためにやっているのだろうから気付かない振りをしておこう。現にユキヒトは楽しそうだし、わたしも楽しいからそれで良い。ゲームなんだからお互い楽しい方がいいし、楽しめるなら加減もハンデも気持ち次第で付ければいい。

 だから、二人のデュエルは今回も楽しく進行する。

 でも……わたしがバレないように裏で進めている恋愛ゲームは、そろそろ手札が尽きてきている。マンネリという言葉が表すように、ユキヒトの気持ちが動くような効果の手札はほぼ無いだろう。長い付き合いで、それなりにお互いの役割が定着してしまっているのだから仕方がない。特に小説とイラストはギブアンドテイクで完結している。

 じゃあ次は自分に何ができるかな……とカードゲームをしながら考えていると、どうしてもユキヒトの表情を窺うことが多くなる。どこかに隙を探してしまう。

「どうした? オレの顔から作戦を読もうってか?」

 流石にユキヒトも視線に気付く。わたしは曖昧にニヤリと意味深な笑顔を送る。

 それに対してユキヒトは片眉を上げ、わたしと同じような笑みを浮かべて口を開く。

「それとも、オレに惚れたんか〜?」

「なっ!?」

 わたしは目を丸くして驚く。

 ユキヒトのニヤニヤ笑いは止まっていない。そう、これは明らかな冗談。関西弁だし。

 でも、わたしの恋愛ゲームのターゲットがユキヒトに移ったことに、薄々気付き始めているからこそ牽制してきている。自分にはそれが冗談の範囲でしかない、親友間で惚れる惚れないなんて──恋愛なんてしないよと。

 それでも、わたしはその考えを超えさせないといけない。惚れさせないといけない。

「ふふふ……」

 自然と笑みがこぼれてしまう。

 そして、ユキヒトも同じように笑う。

 気付いた上で駆け引きを楽しんでいる。このカードゲームと同じ。楽しむために加減をしている。

 ふはは……こんな駆け引きがホントに面白い。腹のさぐり合い、感情の読み合い、行動の予測し合いが、楽しくて仕方がない。

 でも、ユキヒトの言葉は冗談。変わらず親友でいる紳士協定。だからこそ──

 わたしがユキヒトに惚れることは一切考えていないはず!

 さっきのユキヒトの言葉は、あくまでもユキヒトがわたしに惚れることがないよ、という意思表示だけ。

 そう、ならば逆にその予測の上を行き、更に利用する。

 だから、そのために、わたしは笑顔のまま少し照れたように答える。

「うん。惚れたよ!!」

 今度はユキヒトが目を丸くして驚く。何言ってんの?と言いたげな口の形。

 わたしはそれを無視して、この状況を心底楽しんでいるから出来るとびきりの笑顔を浮かべ、更にカードを操りながら続ける。

「だからユキヒトもわたしに惚れてくれる? 《ライトニングボルト》、直接ダメージ3点」

 指に挟んだ赤いカードをユキヒトに見せながら告げる。

 考えてもいなかった告白による驚き。重ねて、わたしがユキヒトを対象に恋愛ゲームを仕掛けているかも?と疑心していたことを、宣戦布告のようなわたしの『お願い』によって、確固たるものに塗り替えられた衝撃。ユキヒトの予測と全く違う二つの落差は、ユキヒトに大きな衝撃を与え、本当に電撃ライトニングボルトを受けたように一歩よろめかせる。

 ユキヒトはわたしの顔をまじまじと見つめたまま。

 わたしは一度小首を傾げ、おかしなこと言った?とジェスチャーで意思表示。

 それを見てユキヒトの表情が戻ったところで、また笑顔を見せる。

 ユキヒトは徐々にわたしの言葉を理解し顔を赤くしていく。

「お前っ!? そんな満面の笑顔で! 卑怯だろ!!」

 狼狽えるユキヒトへわたしはニヤニヤとした笑顔だけ返す。

「ってか、さっきのデュエルの時とデッキが違うし!!」

 さらに仕込んでいた驚きの種にユキヒトが気付く。

「うん、サイドデッキと入れ替えた。気付かなかった?」

 これもユキヒトの予想外。三段目の意表を突いた行動。動揺しっぱなしのユキヒトへ、わたしはターンエンドを告げ、「どうぞ」とユキヒトへカードゲームのターンと共に会話の主導権も渡す。

 思考が切り替えきれていないユキヒトは、ターンが回ってきても少し手間取っている。

 そんな慌てるユキヒトを眺めながら、またわたしはニヤニヤと口元を緩める。

 ターンを進めて落ち着いてきたか、徐々に表情を引き締め手札の確認を始める。

「オレはそんな簡単の負けないからな!」

 二重の意味での宣言。カードゲームはもちろん、恋愛ゲームとしても宣戦布告を受理された。

 リアルとゲーム、嘘も本当も混ざり合った二重の駆け引き。この駆け引きは本当に楽しい。勝利を収めたときを考えるとなおのこと。

 でも、恋愛ゲームはカードゲームと違って、さっきのデュエルのような切り札がない。なら、わたしはどんな手段を取れば確実に勝利できるのか?

 全く検討がつかない。

 そんな予測不能な未来を感じながら、でも心の奥では奥の手での勝利を期待して、これまで以上に必死に考える。一番手強い親友との勝負だからこそ、どこまでも安心して楽しめる。ゲームとしてまた次の一歩を踏み出せる。

 だから、わたしはデュエルに負けても笑っていた。

カードゲームの元ネタはマジックザギャザリングです。

多少ルールとか変えてたりしますがー

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