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様子見

5400文字程度ですー

 いつも通り授業開始の25分前に教室に着く。他のクラスメイトはまだ来ていないかクラブに行ってるかで、教室に人影はない。

「おはよー」

 それでもわたしは声をかけながら三人で教室に入る。慣習のようなもの。

「おはよう、サクラ」

 珍しく返事があり声の主を探すと、入り口から死角になる位置に座るテクノカットのメガネ姿。

「あれ? ヒイラギ、今日は早いね〜?」

「んー ちょっとな。関数的にそろそろだと思って」

 ヒイラギがチラリとトーヤへ視線を送る。トーヤは不思議そうに首を傾げるだけ。

 ヒイラギはプログラムが得意でちょっと──いや、かなり普通と考え方が違う。ヒイラギのいう関数というのは自作プログラムのことだろう。喋る言葉もむしろプログラミング言語の方がスムーズにコミュニケーションが取れるのではないかと思ってしまうほど考え方が飛んでいる。

「何かの変化予測?」

 わたしはわざとらしくトーヤに視線を送ってからヒイラギに問いかける。ヒイラギがトーヤを見たということは……恐らくトーヤの心理変化を予測していたのだろう。

 トーヤはあっさりと視線を外し、天井を見上げる。表情に焦りが見えてるぞ?

「トーヤ、ちょっとトイレに行こうか」

 ヒイラギが立ち上がりトーヤの襟首を掴んで、無理やり引っ張って廊下に出て行く。

 運動部のトーヤの方が圧倒的に体格が良いのに、ヒイラギに従い引きずられるように出ていく。

「え? なんで? オレに用なの?」

 と言いながらも抵抗してないあたり、何か覚悟したのだろう。

 少し経ってからトーヤの声が漏れ聞こえてくる。

「……えっ!? お前も……??」

「声がデカい……」

 いさめるヒイラギ。

「あー、新しい仲間意識が芽生えそうな予感がするー」

 わたしがひとりごちると、ユキヒトはニヤニヤと笑いながら三度頷く。やっぱり分かってたなこいつは。


 まだまだ夏日と言われるぐらいに気温の上がる秋の授業。エアコンも扇風機もない教室は、窓を開けても風が通らず熱気が充満している。

 腕をまくってるとはいえ調子に乗って長袖デニムシャツなんぞ着て来てしまったわたしは、机に突っ伏し扇子片手に授業を受けていた。目にかかりつつある長さの前髪が暑さを助長している。

 暑い。

 でも、ポリシーを曲げたくないから、中にTシャツを着ているとはいえ、このデニムシャツを脱ぐわけにはいかない。

 そんなわけで、授業中にユキヒトの攻略法でも練ろうかと思っていたのに、考えるのもだるいぐらい──

「暑いよ……」

 ついつい口をついて出る愚痴。ほぼ誰にも聞こえない独り言だが──すぐに背中をコツコツとつつかれる。

「確かに暑い……サクラ、扇子もう一本持ってたよな? ちょっと貸してくれ」

 後ろに座っているユキヒトも、涼を求め扇子を要求してくる。

 チャンス?こちらからも何か要求すべき?という考えがよぎったが、やっぱり暑いので面倒になり、すぐにカバンからもう一本の扇子を取り出しユキヒトへ渡す。

「はいよ」

「ありがとう」

 礼を言いながらユキヒトはすぐに扇子を開き扇ぎ始める。音はしないが強く大きな仰ぎ方。相当暑いようだ。こちらにまで風が来て少し背中が涼しくなる。

 お陰で少し頭を働かそうかなという気にもなってくる。

 ユキヒトの好みは和美人だから、胸が大きいことこそ正義なやつではない。それはユキヒトが書く小説からも分かる。比較的芯の強く一途な女の子が多く登場するあたり、それも好みなのだろう。そう言えば最初に描いたイラストの娘もそうだったな。

 わたしは左手で扇ぎながら、鬱陶しい長い前髪をくるくると指に巻きつける。なるほど、とりあえず簡単な外観からだな。


 次の日の朝。

「うぉ!? どうしたんだその前髪は!!」

 例の「嬢ちゃん一緒に〜」からの流れで驚きを露わにするユキヒト。

「うん。イメチェン」

 後ろはいつものポニーテールだが、前髪をパッツンに揃えてきた。お婆ちゃんに切ってもらっているので、簡単なカットならいつでもしてもらえる。ありがとうお婆ちゃん。

「ほほぅほほぅ……」

「フクロウ?」

 わたしはユキヒトが漏らす感想の前置きをボケで流しにかかる。

 適当に返すなら流すよ。

「いやいや。そうだな、似合ってるよ」

 ユキヒトがポンっとわたしの肩を叩く。

「今日が雨ならな……」

「?? 何の話し?」

「いや、オレの小説のキャラクターっぽいなと思っただけだ」

 わたしは内心ほくそ笑む。思った通りの反応。これは手応えあり。

「あー、大きな剣を構えて──ここはわたしが食い止めます! って感じの?」

 ユキヒトが目を見開いてわたしを見つめる。

 ん? この反応は?

 そして、すぐに頭を左右に振るユキヒト。

「惜しいな〜 惜しい!」

「あれれ? 違った?」

 ポンポンと今度は肩を二回叩かれる。

「もうちょっと読んでもらえると作者としては嬉しいな〜」

「え? あれ? ごめん……」

 失敗。確かにイメージしたキャラクターは間違っていないと思うけど……セリフでも間違えたかな? 帰ったら確認しよう。

 とりあえず方向性は間違ってないようだ。次は動きも加えてみよう。


 次の日は丁度雨。長めの傘を右手に持ち、斜め下向きに構えて姿勢良くユキヒトを待つ。暫くすると突然背後から声がかけられる。

「騎士様、まさか闘うと仰るのですか?」

 ユキヒトからいつもと違ったアプローチが来る。わたしは身体は正面に向けたまま、首をひねり視線だけ斜め後ろに立つユキヒトへ向ける。

「無論! それがわたしの役目。ここはわたしが食い止めてみせます!」

「おおー! カッコイイー!!」

 ぱちぱちと拍手を返すユキヒト。

「昨日とそんなにセリフは変わらないはずだけど……?」

 ホームに入ってきた電車に乗り込みながら、わたしはじっとりとした視線をユキヒトに送る。するとユキヒトは神妙な顔つきであごをさする。

「ちゃんと会話を再現するから意味があるのだよ」

 うんうんと二度頷くユキヒト。そういうものですか。

「じゃあ、このキャラクターのような姿を見て小説ははかどりそう?」

「もちろん! やっぱり現実が非現実だと助かる」

 ユキヒトの矛盾ある言葉を聞いてわたしは自然と笑顔になる。

「どういたしまして」

 必要とされるのは何にせよ嬉しいこと。しかし、これはまた元に戻っただけのような。

「むぅ……」

「どうした?」

 突然笑顔から思案顔になったわたしへユキヒトが訝しげに声を問いかけてくる。

「いや、別に……わたしもユキヒトの小説楽しみだよ?」

 更に脈絡なく期待を告げる。ユキヒトは眉毛を跳ね上げ、驚いたものの、すぐにわたしと同じように笑顔になり──

「ありがとうな」

 手を伸ばしてわたしの頭をポンポンと叩く。

 わたしの視界を塞ぐ筋肉質の腕。

 え? これなに? お世辞と捉えられたってこと?

 ジーっとユキヒトの顔を見ると、ユキヒトは視線を外す。ならば──

 姿勢を低くして視線の先に回りこむ。そして下から見上げるようにユキヒトの表情をうかがう。

「な、なんだよ?」

「なんでも〜」

 そんなやり取りを繰り返していると、思ったより早く駅へと電車が着いてしまう。

 今日の挑戦は終わりかな。


 ユキヒトの攻略に進展を感じられぬまま、週末を迎える。今月中には片を付けたいのだけど、突破口が見つからない。キャラクターになることは効果を期待したんだけど……それでダメとなると……などと思考が巡っていく。バイト中も頭は基本暇なので大体そんなことを考えていた。

 日曜のバイトが終わり家に帰ればいつものルーチンワーク。

「ん〜 ここは正攻法しかないよね。サクッと挿し絵を描いてしまおう」

 水張りをした紙を机に広げ、柔らかい鉛筆で下描きをしていく。自分がキャラクターっぽいと言われたならある意味描きやすい。イメージがわき上がると止まることなく、ペン入れ彩色まで終わらせる。

 ふと、時計を見ると既に夜中の二時を回っている。

「うぉ! ヤバい! さすがに寝ないと明日がツラい」

 ササッと片付け、遅くなったがいつも通りお風呂に入る。

「さすがに乾かしてられないな……」

 すぐさまドライヤーは諦め、しっとりと塗れたままの髪をかきあげて、タオルに広げるように置いて眠りにつく。


 そして飛び起きた朝。ギリギリの時間。

「お約束過ぎるフラグ回収!」

 バタバタと慌てて準備し、パンも食べず立ったままコーヒーを一気に飲み干し駅へと猛ダッシュ。走りながら髪の毛をくくる。コンタクトは学校で入れよう。

 メガネを準備する時間もなかったので、完全補正なしでは視界がかなりぼやけて人の輪郭すら曖昧。でも気にしてるような余裕は全くない。

 息を切らしながら、いつもの電車になんとか滑り込む。

「はあぁぁ〜〜〜……」

 一度深く息を吐き出し、呼吸を整えていく。乗ってしまえば後は何とかなる。

 満員電車。

 息を整えるのにも気を使うし、あまりに詰め込まれているので酸素も薄い。すぐ周りの人と密着しているため、強い呼吸をすればすぐに前の人に当たってしまう。荒い息を極力抑えながら、しばらく下を向いていることにする。

 とそこへ、太股あたりに何かが当たる感触。満員電車だ、物が当たることなんて良くあること。当たらない方が有り得ない。

 だが、内太股となると話は別だった。

 これは……また痴漢か……?

 今月に入って二度目。痴漢が犯罪だろうがばれにくいならやってしまうやつもいる。ターゲットが女性でなかったのが幸いだと考えよう。わたしであれば幸い気持ち悪いともなんとも思わない程度に慣れた。スキに触らせる気はないが、満員電車では満足な抵抗もしづらい。

 犯人を探すべく視線を上げる。荒い息はまだ落ち着いていないが仕方がない。ぼやける視界で良く分からない。

 しまった、今日はコンタクトをしていない。

 わたしの抵抗の少なさにか、はたまた荒い息を勘違いしたか、触るポイントは徐々に上へ上へと登っていく。

 うう、視力の低い今の視界では犯人を特定することも出来ない。

 でも、思い通りにはさせない!

 とりあえず人と人の間に挟まったカバンを何とか引っ張り出し、登ってこようとする手をカバンで押さえつける。

 それでも必死に登ってこようとするが、進行は遅くなった。長くは乗っていない。

 普段より多少長く感じたが、すぐに駅に着く。

 電車から弾き出されるように乗客が降りて散っていく。

 結局犯人は分からずじまい。分かったところで痴漢の説明をするのが面倒なのだけれど……なんか今日はやるせない。


 ユキヒトを待つ間も、寝不足と朝の出来事のせいで少し肩が落ち気味だ。

「ん〜? おはよう? サクラなんか今日は疲れてる?」

 いつものパターンではないユキヒトの気遣わしげな挨拶。背中を見ても分かるぐらいなのだろう。

「うん。ちょっと朝から色々……とあと寝不足気味」

 とりあえずユキヒトにここで伝えるべきは──

「なんせ夜中まで頑張って挿し絵描いてたからね〜?」

「おお!? マジで? 嬉しいけど、そんな頑張らなくても良いのに」

 それはそれは嬉しそうに喜ぶユキヒト。

「描いてたらね、止まらなくなるんだよ、これが。わたし色塗るのスキだし」

「そっか、ありがとう。教室で見せてもらうよ」

 さすがにこれの効果はイラストを見せてからかな。

 いつも通り取り留めなく趣味の話を続けていると、ユキヒトがカバンを漁り何かを取り出す。コンタクトしていない視界ではどんなものを取り出したかすら分からない。分かるのは「たぶん四角い」程度。

「新しいマンガなんだけど……サクラのイラストの参考になるかなって」

「おー! そうなのか! 美麗なタッチのマンガはわたしの栄養源!!」

 目を細めてユキヒトのカバンに顔を近付けて、前屈みの姿勢でユキヒトの手元を覗き込む。

「ち、近くないか? サクラ、今日もしかして……」

「うん、コンタクトする時間なくて……学校着いてから入れるつもり」

 前屈みの姿勢のままユキヒトの顔を下から見上げる。何か見るときに目を細めてしまうので、たぶんユキヒトに目つき悪いと思われてることだろう。

 仕方がないのでユキヒトの顔に自分の顔を近付ける。息のかかるような距離まで詰めて、ようやくしっかりと判別が出来るようになる。

「このぐらい近付かないとはっきり見えないよ」

 そして、わたしは自嘲気味に笑う。

「ちょっ! 近いって……そんな距離で微笑むなよ」

 ユキヒトが一歩後ろへ下がり、言葉を続ける。

「オレも目が悪いから言いたいことは分かる」

 むむ、下がられるとユキヒトがどんな表情をしているのか分からない。まあ自分が同じことをされたら、さすがに驚くから、普通に驚いているのだろう。

「ということで、マンガも教室で見ることにするよ」

 今度はニコリと笑うわたし。微笑むというのはこういうことでは?という意味を込めて。

 付き合いの長い親友ユキヒトはすぐに意図を理解する。

「お前の場合、どちらもそんな変わらんって」

「さいですか」

 表情が豊かでないということかな。気をつけねば。


プログラミングツールはポケコンですよ?

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