日常
今回は3500文字程度ですー
今日もお気に入りのやたらと大きいデニムシャツに身を包み、ポニーテールをしっかり結んで登校する。9月も中旬に入ったがまだまだ暑い。長い袖をしっかりまくって半袖にしなければすぐに汗だくになってしまいそうだ。捲り上げた袖口が大きいため腕の華奢さが強調される。大事なことだ。
「くぁ~ 今日も多いな……」
大阪環状線。通勤通学ラッシュ時は駅員が乗客を押し込むほどの混み具合。乗客の多さに思わず愚痴もこぼしたくなる。そして例に漏れずわたしも駅員に押し込まれ、無理な姿勢を強要されながら次の乗換先まで。
学校へ行くには阪急線への乗換が必要。ここで電車を待っていれば、いつも通り声を掛けられるはず。プリントアウトしたユキヒトの小説に目を通してると、案の定、後ろから馴れ馴れしく肩を叩かれる。
「ようよう嬢ちゃん、一緒に学校行かへんか?」
わたしの肩を叩いた手はそのまま肩に置いて、肩を組むように横へと並ぶ男子。わたしより背が低いががっしりとした体格。
わざとらしい大阪弁にわたしはニコリと笑顔を浮かべて横を見る。
「おはよう、ユキヒト」
「おう、サクラ、おはよう」
いつもの朝の冗談。ユキヒトはわたしをからかうことが多い。わたしがこのやり取りを望んでいることを分かってやっている辺り、ユキヒトの人の良さを感じる。ゲームに付き合ってくれている、そんな感じ。
だからこそ、それ以上の感情が読みづらい。トーヤぐらいなら読みやすくコントロールしやすいのだけど。
わたしは小説を手に持ったまま、ホームに入ってきた電車へと乗り込む。
「あ。それオレの小説? あんまり人前で読まれると恥ずかしいな……」
ユキヒトはポリポリと頬を掻きながら、チラリとメモを見てくる。
「いいじゃん、やっぱり面白いよ? このシーン、イメージしやすいから、結構早くイラスト描けるかも~」
「よしっ! そう言ってもらえるのが嬉しい!! いつもありがたいな」
ユキヒトは拳を握り小さくガッツポーズを決める。
ユキヒトは中学から小説を書いていたらしく、そのときはイラストを書いてくれるような友達はいなかったとか。わたしが出会ってすぐにイラストを書くと言いだしたことは、あくまでも付き合いでやってくれているという認識のようで、イラストのことは何かにつけて礼を言われる。
「わたしも楽しんで読んでるからお互い様だよ」
答えもだいたい決まっている。この儀式のようにも感じる流れ。わたしの髪の毛が長くなろうが、髪型が変わろうが、このやりとりは変わらない。
確かにこいつは親友だ。見た目に惑わされず、一緒にやりたいと思ったことを途中で投げ出さず続けている。
「なんだ? オレの顔に何か付いてるか?」
ユキヒトの顔をじっくり見つめていたわたしへ、ユキヒトは平穏な声で質問をする。
わたしはユキヒトを見つめたまま、小さく左右に首を振る。
「いんや、何もついてない。のっぺらぼうだ」
「誰がのっぺらぼうやねん!」
すかさずユキヒトの手の甲がわたしの肩へと当たる。わたしがボケることを予想済みな反応。
「へへ。ユキヒトが」
「なわけないし」
お互いに笑いながらの漫才コミュニケーション。これも通常運転。
じゃあ、何をすれば変わるのか?
ユキヒトの様子を窺いながら小説の話に花咲かせていると、あっという間に降りる駅へと到着する。
降りてすぐにユキヒトは話題を変える。
「サクラ、今日はなんの悪巧みしてるんだ?」
「さすがに分かる? でも、それは秘密です」
言いながら唇の前に人差し指を当てて片目を瞑る。
「そこはもうちょっと石田さんっぽく」
「いや、それは無理だから」
ユキヒトの要望はさらりと流し、ネタで話題の方向を変えようと考えていると──
「あー……おはよう……?」
控えめな声が背後からかかる。振り返ればいつの間にかトーヤが後ろについていた。
いつもは空元気かというぐらいに元気なのに、頭をガリガリと掻きながらそっぽを向いていて視線を合わせようとしない。身長もわたしより高いし、しっかり鍛えている身体だというのに、やけに小さく見える。
間違いなく昨日のメールのせいだろう。しかしながら、それを気にしては昨日の返事に意味が無い。そこは構わずいつも通りの感覚で言葉を返す。
「おはよう。どうした? いつもならわたしの尻尾を引っ張るクセに?」
わたしはポニーテールを軽く左右に振る。トーヤは飛びつくわけもなく、チラリと視線を送り、また逸らす。
歩きながら軽く近寄り、トーヤの耳へ口を寄せる。明らかに顔を赤くするトーヤ。
「昨日のことは気にするな。いつも通り、これまで通りいこう」
ユキヒトへは聞こえないように告げる。ユキヒトは首を傾げてこちらを見るが、すぐに口元へ緩い笑みを浮かべる。
わたしはトーヤから離れて、話題を変える。
「ところで先週の見た? 先週のも衣装カワイかったよね~」
「お、おう。見た見た! 衣装も良かったな! はにゃ~んってなるな!!」
わたしもトーヤもはまっているアニメ。案の定すぐに話題を合わせてくる。
するとすかさずユキヒトが口を挟む。
「このロリコンどもめが」
「いいじゃん、カワイイのはカワイイ、これは誰にも止められない気持ちだよ?」
「人の好みはそれぞれだ。もちろん止めはしないけど」
しっかりユキヒトも会話へ参加する。そしてすぐに別の話題へ。
「貸してるゲームの方は進んだのか?」
「もちろん、昨日も唯ちゃんのグッドエンドを見たところ~ やっぱり唯ちゃんがカワイイな!!」
「そうだよな、唯ちゃんは良いな! 妹だし」
トーヤがテンション高く同意する。
「妹だし! じゃないだろ……まあ、普通に良いけど、オレは断然いずみちゃん派だな」
「そりゃ、ユキヒトは和風美人が好みだからな~ 薙刀女子とか剣道女子とか巫女さんとか。今回は総髪弓道着にやられたのか?」
「へへへ……もちろんじゃないか!」
断言してわたしの背中をバシバシと叩く。ユキヒトの好みも揺らがないな。
「声からしてくみこちゃんも好きだけどな!」
「トーヤは見た目も含めてだろ? 声が金井さんで童顔って、どっからどうみてもトーヤの好みだし!」
そう言ってからわたしはふと疑問に首を傾げる。
それはもしかして、わたしもトーヤからはそう見えてるということ?
「な、なんだ? くみこちゃん好きで悪いか?」
あからさまに顔を朱に染めて横へと逸らすトーヤ。
「あー、いやいや、そうじゃない。全然問題ないし、トーヤらしいと思うよ」
むしろ更に顔を赤くするトーヤ。
じゃあ、わたしからトーヤはどう見えているか? スポーツは出来るし成績も普通なので、うん、普通にカッコいいとは思う。
でも、それだけで、別に憧れることもなければ尊敬するわけでもない。わたしとは目指す方向性が違う。学校ではよく一緒にいるグループとして仲がいいけど、それは趣味仲間という認識でしかない。
わたしと違ってトーヤは女の子に間違えられる容姿ではないのだから、わたしの中でトーヤが友達の線を越えることはないだろう。
だから、一つ確認。
わたしはユキヒトを向いて唐突に質問する。
「ユキヒト、わたしってどう見えるかな? かな?」
意味深な質問に、なにやら後ろでトーヤの気配が慌ててるように感じるが、とりあえずおいておく。
ユキヒトは一瞬きょとんとするが、すぐに口元を緩める。
「なんや~? 誉めて欲しいんか? 嬢ちゃんはほんまカワイイやつやな~」
こんなときだけ関西弁。明らかに茶化している。でも、実にユキヒトらしく、予想できた答え。なんともわたしをからかうのが上手い。
わたしはニヤリと笑い、トーヤへ向き直る。
「じゃあ、トーヤはどう思う?」
昨日告白メールを受けておいて、今日ここでこの質問。
当然、トーヤは動揺しまくり、顔を更に赤く染めながら、あたふたと落ち着き無く手も動かしながら──
「う、うん、女の子みたいで、か、カワイイと思う!!」
たどたどしく、でも力いっぱい宣言するトーヤ。こちらはこちらで予想したとおり。本気で女の子に見えてる反応だなこれは。
ぐぬぬ……ユキヒトがこうなるには何をすれば良いのか?
「そういえば、トーヤは女の子と付き合ったことはあるのか? ちなみにわたしはない」
自分のことを先に言う。相手に話しにくいことを聞くためには、先に自分の話をしてハードルを下げた方が答えが得られやすくなるという。
「えっ!? オ、オレ!? いや、ないよ、ない」
意地悪過ぎる質問だったか。おそらく嘘はついてなさそう。となると。
これまたニコリと微笑んでわたしはユキヒトを向き直る。
「じゃあ、ユキヒトは?」
「ん~ 一人ある、と言えるかな。親戚だからあんまりカウントしないのかもしれんけど、キスはしたし胸ぐらいは触った……」
『ええーーっ!?』
わたしとトーヤがハモる。無いという回答を予想していたわけでもないけど、間違いなく期待はしていた。
「一人だけ抜け駆けか!?」
「いや、抜け駆けって、過去のことだし」
「マジかよ……羨ましい」
なるほど。ユキヒトが最後に残った理由は経験の差か。これは手ごわそうだ。
話は他愛もない少しエロい話に。なんとも高校生男子らしい会話。そんな会話を続けながら学校へと到着する。
漢字で出てきた名前はゲームやアニメのキャラクターとか声優さんです。
本作品の登場人物は基本的にカタカナ表記してます。
あのアニメは、はにゃーんってなりますよね〜