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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第四章 天命を受けし者
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首止の会

 夏、せい桓公かんこうの主導の元、僖公きこうそう桓公かんこうちん宣公せんこうえい文公ぶんこうてい文公ぶんこうきょ僖公きこうそう昭公しょうこう首止しゅししゅう恵王けいおうの太子・ていとを会見した。


 これは周王室の安定をもたらすためである。


 恵王は恵后けいこうとの間に太子・鄭と少子・たいを産んだ。


 恵后は少子・帯を寵愛し、恵王も彼を愛して太子・鄭を廃し、代わりに立てようとしていた。


 しかし、このようなことをすると後継者問題が起きるのが、歴史の摂理というものである。そこで斉の桓公は太子・鄭の王位継承権を確実なものにし、後継者問題が起きないようにしようと考えた。


「斉君よ。これで、父上は愚かな考えをもたなくなるだろうか?」


 疑問に思っている彼に対して、斉の桓公は拝礼しながら言った。


「そうなると思います。私ども諸侯にとって、王室の安定こそが大事でございますので、私どもは太子を奉戴致します」


 彼は斉の桓公に対して、上からものを言う。


「うむ、今後もそのように尽力してくれ」


 彼は馬車に乗り込み、立ち去った。その姿が見えなくなった頃、斉の桓公は管仲かんちゅうを見て、言った。


「王室には碌な奴がいないな」


 彼は太子・鄭の先ほどの態度に傲慢さを見た。


「王は無闇に後継者問題を引き起こそうとしておる。そして、太子は感謝の気持ちを持ってない」


 彼は太子・鄭のために会盟を主導したのである。それに心から感謝を述べることさえしない。今や、天下の主権を握っているのは自分であるという自負を持っている彼からして、それは腹立たしい部分があった。


「正直、王室に関わりたくないものだ」


「覇者として、王室に混乱が起きる可能性があるのであればそれを防がねばなりません。我慢なさってください」


「ふん。わかっている」


 彼に言われなくとも斉の桓公はわかっている。だが、この頃から彼は周王室を下に見るようになる。






 諸侯が集まっている中、陳の宣公に従って轅濤塗えんとうとがいた。


 彼は今、鄭の陣幕に出向いている。申侯・はくに会うためである。


(目にもの見せてやる)


 轅濤塗は以前、彼に騙されひどい目にあっている。その復讐を成し遂げようとしていたのである。


「おお、轅濤塗殿。良くぞ参られた」


(白々しい男だ)


 内心、唾を吐き捨てたい気持ちをぐっと堪え、彼は言った。


「いえいえ、あなた様が斉君から虎牢ころうの地を与えられたと聞き、祝福しに参りました」


「おお、左様でしたか。こちらへどうぞ」


 彼は轅濤塗を席に招き座らせる。


「あなた様は鄭君の寵愛厚く、虎牢の地を与えられている。羨ましい限りですなあ」


「はっははは、いやいや、そこまで羨ましいものではございませんよ」


 彼は酒を勧めながら、笑う。そんな彼を見て、轅濤塗は、


(この男。私への仕打ちを忘れているのか)


 かっと怒りを表しそうになったのを彼は必死に抑えた。他者に対して行った仕打ちは、受けた者はずっと覚えているものだが、やったほうは忘れていることも多い。


「あなた様の虎牢の地は素晴らしい土地でございますが、一つ残念なことがございます」


「なんだ?」


「虎牢の地には立派な城がございません。立派な城があればあなた様の名声は高くなり、子孫にまでその功績を伝えることができます。立派な城を築いてはどうですかな」


「しかし、城を築けるような資金も材も人も私にはない」


「大丈夫ですよ。ここには多くの兵がおります。諸侯たちに協力を仰げばよろしいのです」


 彼は申侯・伯の傍らに寄ると彼は続けて言う。


「あなた様は鄭君にも、斉君にも才を認められた方です。それに諸侯の説得は私に任せてください」


 酒に酔っていることもあり、彼は同意した。それから彼は諸侯たちを説得し、虎牢の地に城を築かせた。彼の弁舌の凄まじさがここにはある。


「おお、見事な城になりますな」


「左様ですな」


 申侯・伯は喜び、彼の手を取る。


「感謝致しますぞ。轅濤塗殿」


 そんな彼を見て、内心笑みを浮かべる。


(ああ、立派な城を築いているな。貴様の墓標という名のな)


 轅濤塗は彼から離れると、鄭の文公の元に行き、囁いた。


「自分の邑に立派な城を築くのは、恐らく野心があるためでしょう」


 彼の言葉を聞いてから、鄭の文公は彼に疑惑の目を向けるようになった。彼にはこういう疑り深い部分がある。轅濤塗はそれを利用したといっていい。


(これで毒は撒けた。後はどれだけ回るのかだ)


 彼は大いに笑った。






 秋、諸侯は首止で会盟を行った。この時、驚きの行動をした国がある。鄭である。


 なんと鄭の文公は密かに会盟から抜け出し、帰国したのである。


「鄭はどういうつもりか」


 斉の桓公は苛立ちを表わにする。


 実は、鄭の文公の元に恵王は周公・宰孔さいこうを派遣して、言わせた。


「あなたはに従いなさい。しんにも援助をさせる。そうすれば鄭は安定するだろう」


 恵王は太子・鄭を廃したいと考えており、斉の桓公が彼を立てようとしているのに反対していた。


 そこで鄭を斉から引き離そうとしたのである。


 鄭の文公はこの会盟を喜んだ。彼は斉よりも楚を恐れており、楚に従いたいと考えていたのである。しかし、その一方、彼は斉もまた恐れていた。彼にはこういった臆病さがある。


 そこで、会盟から密かに抜け出したのである。これを孔叔が止めた。


「国君たるもの軽率な行動を取ってはなりません。軽率な行為で親しい者を失い、親しい者を失えば、必ず禍が訪れます。禍を受けてから盟を請うても、失うものが多くなります。勝手に帰国すれば、後悔することになります」


 しかし、鄭の文公はそれを聞き入れなかった。それにより、斉ら諸侯の侵攻を受けることになる。






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