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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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衛、邢の再建

 紀元前659年


 春、えいに引き続き、この季節になるとてきが動く。


 彼らが次に狙ったのはけいである。


 邢はせいに救援を求めた。斉の桓公かんこうそう桓公かんこうそう昭公しょうこうと共に聶北しょうほくの地まで行き、救援しに行くが邢の都は狄に攻められ壊滅。人々は諸侯の陣に駆け込んだ。


「遅かったか」


 斉の桓公は悔しさを表すが管仲かんちゅうが進言する。


「それでも民が生き残っています。彼らが居れば国を復国できます。今は迫り来る敵を討ち果たさなければなりません」


「その通りである」


 斉の桓公は諸侯に号令し、狄と戦う。結果、諸侯は狄を破り、邢の宝器などや民を安全な場所に移した。


「彼らはどこに移すべきだろうか?」


夷儀いぎの地がよろしいかと思います。この地に城を立てれば外敵からの備えは万全となります」


「諸侯は城を立てることに協力してくれるだろうか?」


「他国のために君が積極的に勤めれば、自ずと従いましょう」


 六月、邢の人々を夷儀に遷し、斉、宋、曹の兵は邢のために城を築いた。邢の国境を定め、ここに邢は復国をさせた。邢の人々はここに移る時はまるで元の国に帰るように喜んだという。






 僖公きこう季友きゆうを相に任命し、汶陽ぶんようにある鄪邑を与えた。


 季友の子孫は以後、季孫氏を名乗り、慶父けいほの子孫も許され、孟孫氏を名乗り、叔牙しゅくがの叔孫氏を合わせて、三桓(桓は三人が魯の桓公かんこうから産まれたことから)と言われるようになり、魯の政権を握っていくようになる。


 七月、魯の内部を収めた魯は邾に逃れた哀姜あいきょうを連れ戻すことを願った。しかし、聞き入れられず、斉に頼んだ。斉の桓公はこれに同意し、彼女を連れ戻させた。


 ここで一つ、斉の桓公は勘違いをしていた。


 彼は魯が哀姜を連れ戻そうとしたのは魯で処刑するためと思ったのである。そこで彼は彼女の処刑を命じた。せめて、故郷で死なせたいという思いもあったのであろう。


 しかし、魯は決して彼女を処刑しようとは思ってはおらず、哀姜の処刑はやりすぎであると非難した。


 さすがの彼も魯のこの批難にはむっとしたのか彼女の遺体を魯に返還するのは十二月のことである。


 八月、ていに侵攻した。斉に従っていることを責めるためである。


 斉の桓公は魯の僖公、宋の桓公、曹の昭公、鄭の文公ぶんこうちゅ君が檉で会盟を行い、楚軍と対した。


 楚は諸侯たちとの争いを避け、撤退した。


 この会盟で魯の僖公は邾君に会い、魯が通告した時は哀姜を渡さなかったのに斉が通告した時はそれに従い、斉に渡したことを非難した。


 されど邾君は聞かなかった。


 邾は哀姜を匿っている間、邾と魯の国境沿いの虚丘きょきゅうに兵を置いていたが、哀姜がいなくなった後は兵を帰した。


 九月、その隙を突いて、魯は軍に攻めさせてえんで邾の軍を破った。


 十一月、一方、慶父をあっさりと渡したきょは魯に何度も賄賂を要求していた。そのため季友が軍を率いて、莒を攻めた。






 紀元前658年


 正月、年が明けた目出度い月であるものの、しんにはそのような空気はなかった。


「嫌な空気だ」


 晋の公子たる重耳ちょうじはそんな母国の空気を感じ、呟く。


「そうですね。我が国は色々抱えてますから」


 彼の後ろに付いて来ている少年いや、今は青年になった片方が言う。


「弟の言うとおりです。主公はまた、戦を起こすようですから」


 もうひとりが続けて言った。


「また戦か、嫌なもんだ」


 重耳は次男であること、兄の申生しんせいが有能のため彼は兄が即位した後は悠々自適な生活を送れれば良いと考えており、面倒事はごめんであると思っている。


「そういえば、狐毛こもう狐偃こえんのお父上はご病気か? 最近、家から出てないと聞いているが……」


「わかりません。父上は元々無口なので」


「まあ、大きな病気に掛かっているわけではないので、ご心配なさらなくとも大丈夫です」


 彼に付き従っている二人の兄弟の父は狐突ことつである。実のところ、彼は狐突とはあまり会話した事はない。


 狐突が父・献公けんこうの重臣であり、兄・申生に付き従っているため会話する機会が少ないのである。


(しかし、狐突殿は兄上に従っているのにこの二人を私につけたのだろうか?)


 彼は今まで、それを疑問に思っていた。本来ならば、自分の子は己の主に付き添わせるものではないのであろうか……


「聞きましたか? 公子」


「うん? なんだい?」


 考えことをしていた彼は狐偃に話しかけられ驚いた。


「なんでも、斉君が衛を復興させたそうです」


「ほう、斉君が」


 斉の桓公はこの年、諸侯を率いて、楚丘そきゅうに城を築き、衛の文公ぶんこうら衛の人々を住まわせた。


 衛の人々は楚丘に戻ると亡国の悲劇を忘れることができたという。


「斉君のなんと素晴らしい行いだろうか」


 彼は関心した。今は乱世、弱い国は強い国に淘汰される時代である。しかし、その中で斉に桓公は亡国の悲劇があった国を救っている。


「前年に邢も救っていますし、流石は斉君ですね」


「ああ、斉君は人を活かす人だ」


(斉君とはどのような方なのだろうか)


 彼は斉の桓公という人に興味を覚えた。


「斉君は良い耳をお持ちの方なのでしょう」


「狐偃、良い耳を持っているというのはどういう意味だろうか?」


 狐偃の言葉を不思議に思った彼は聞いた。


「君主とは天の声を聞く者のことを言います。天の声とは民の声でもあります。斉君は衛と邢の民の嘆きの声を聞き、彼らを哀れみ国を与えました。また、斉君は公子の時代に賢臣・鮑叔ほうしゅくの言葉を聞き、己を殺そうとした管仲かんちゅうの言葉にも耳を傾け、民の幸福をもたらしています」


 彼は重耳の目をじっと見ると拝礼して続ける。


「願わくは主にも斉君の耳をお持ちになって頂けれることが私たちの願いであります」


「私は君たちが思うような者ではない。されど努力をし続けようと思う」


 声を聞く者それが君主であるとするのであれば、


(父上にはどのような声が聞こえているのであろうか?)


 ふと、そのように思っていると彼らの元に使者がやって来たと使用人が知らせてきた。


「私が対応いたします」


「頼んだ」


 狐毛が使者に接しに行く。その後、すぐに戻ってくると彼は言った。


「主公は遠征を行うとのことです」


「どこを攻めるのだ」


「虢です」


 重耳と狐偃は驚いた。虢との間には虞という国がある。その国を通らなければ虢を攻めることができないはずである。


「兄上、どのようにして虢を攻めるのでしょうか?」


「わからぬ。だが、何かしらの策があるのだろう」


 兄弟の会話を聞きながら、重耳はまた、戦かと思い気分を落とした。


(戦、戦、戦ばかり、何とかならないものだろうか)


 彼はため息をついた。


 東の斉の桓公、西の秦の穆公ぼくこう、南の楚の成王せいおう。この時代、時代を象徴する名君が立ち並ぶ中、彼らを遥かに超える名を持つことになる男は戦ばかりの世に辟易していた。


 彼の名は未だ天下に鳴り響いてはいないが、その名が轟くのは後、少しのことである。

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