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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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天の意思とは……

毎日更新を途絶えさせて申し訳ありません。今後も忙しいため毎日更新は難しいかもしれませんが、できる限り更新したいと思います。

「お前に皋落狄こうらくてき討伐を命ずる」


「謹んでお受けいたします」


 しん献公けんこうは太子・申生しんせいに皋落狄討伐を正式に命じた。そして、傍らに控えている大夫に従軍するものを挙げていく。


「上軍を太子が率い、狐突ことつは太子の戎車を御し、先友せんゆうを車右とする。下軍は罕夷かんいが率い、梁余子養りょうよしようをその御者に、先丹木せんたくぼくを車右とする。軍尉(軍において規律を守らせる職)を羊舌突ようぜつとつに任命する」


 名前を挙げられた者たちは拝礼しながら、その任命を受ける。


「また、太子にはこれらを身に付けることを命ずる」


 そう言うと使用人に偏衣(左右で色が異なる服)と金玦(円形で口が開いた玉の装飾品)を持ってこさせ、それを申生に身につけさせた。


(あれは……)


 それを見た狐突は献公の方を見た。献公には何の表情の変化は無い。


(君のご意志か)


 そう思うと彼はため息をつく。また、他の者たちも狐突と同じ心境なのかため息をついた。


「申生よ。敵は残らず、始末せよ」


「御意」


 申生は拝礼した。






 偏衣と金玦を身につけた申生に対し、先友が言った。


「太子のその衣服の半分は国君の服であり、上軍も預かっています。そのため太子は励まなければなりません。偏衣に悪意はなく。兵権を握ることで禍を遠ざけることができます。君と親しくなれば禍もなくなるのですから、心配はありません」


 先友の言葉は申生を励ます言葉であり、彼は献公の意思を理解しながらもそれを申生に伝えないことにしたのであろう。


 しかし、狐突は嘆息して言った。


「時というものは物事の本質を示し、衣服は己の身分を明らかにし、佩装は心を表す旗となるもの。遠征は春夏に行うものであり、衣服は一色にするもの、本心から人に命じようというのならば、佩飾の決まりを守るべきです。年末に出征を命じるのは、事態を順調に進行させないためでしょう」


 当時の考えでは十二月は一年の終わりであるから、行動しても順調にいかず道を閉ざされるという意味もある。


「衣服の色が統一されないのは遠ざけられたことを意味します。金玦を与えたのは太子を棄てるという本心を示しているのでしょう。色が純粋でないことをぼうと言い、涼に通じます。冬は殺、金は寒、玦は離(決別)を表します。これらに頼るのは無理です。例え努力しても、狄を全滅させることはできないでしょう」


 狐突という人は先友のように遠まわしの言葉を好まない。そのためはっきりとこのように言う。


 彼に続けて、梁餘子養、罕夷、先丹木が言う。


「軍を率いる者は、廟で命を受け、社で祭肉を与えられ、決められた服を着るもの。尨服を着るように命じた意図は明らかなのです。死しても不孝とされるだけ、早く逃げましょう」


「尨服は規則になく。金玦は決別を意味しております。もし、決別しなくとも何の意味があるでしょう。君の御心は決まっているのですから」


「このような服は狂人ですら断ります。君からは『敵を全て始末せよ』と命じておりましたが、敵を全て始末することがはたして可能でしょうか? 例えできたとしても、国には讒言が満ちています。君命を辞退するべきです」


 皆、晋の正当な後継者は申生であり、彼ならばより良い世を築くことのできる人であると思っている。しかし、そんな人を献公は始末したいと思うようになっている。


 自分たちを見出してくれた人が間違った道を行こうとしている。それを止めることができないならばせめて、申生だけは救いたいのである。


「私は君より命じられたことを果たせることに心を配るだけである。あなた方の言葉は嬉しく思うが聞けぬ」


 だが、申生という人は彼らの言葉を正しいと思いながらもそれを聞き入れようとはしない。


「どうする。太子は我らの言葉を受け取ろうとはしないぞ」


 彼らは申生と別れた後、集まり話し合った。


「君のご意志は恐らく、この戦いで死ぬか出奔することだろう」


 狐突はそう言った。彼は任命式の献公の様子を見て、そう判断したのである。


「ならばなんとしても出奔させるべきだ」


「しかし、太子に言っても聞き入れてはもらえぬぞ」


「ならば無理やりにも出奔させるしかない」


 狐突はそう言うと、詳しい話しをした。






 申生率いる軍が皋落狄の領内に向かう途中、申生の乗る車を狐突が御していた。


「後、どのくらいであろうか?」


「もうすぐでしょう」


 狐突がそう言うと車右の先友の方を向くと言った。


「地図を見て、確認してみましょう。先友、持ってきてくれないか」


「承知した」


 先友は車から降りた。すると狐突は馬に鞭を打ち、走らせた。


「狐突、何をする気か」


 珍しく、怒気を表す申生に対し、彼は言った。


「太子を他国にお連れします。捕まっていてください」


「私は他国に行く気などない」


「国に留まっていてば、そのうち君に始末されますよ。それでもよろしいのですか?」


「構わぬ」


 彼の言葉に申生ははっきりと答える。


「それが父上の願いであればな」


 申生という人は己の命よりも父に対し、孝を尽くす方を選ぶ人である。親に孝を尽くすという考えは古代中国での共通概念とはいえ、彼の場合は異常だ。


「太子……」


「太子、狐突殿、お待ちください」


 狐突が操る車に近づいてきたのは羊舌突である。


「止めるな羊舌突よ。私は太子を他国に出奔させなければならない」


「それは太子のご意志であろうか?」


 羊舌突はそう言うと申生を見る。


「太子、なりませんぞ。命に逆らうことは不孝、事を放棄するは不忠。寒(悪。難)を知るも、不幸と不忠を選ぶことはなりません。あなた様は戦いで死ぬべきです」


「貴様、太子にそのようなことを言うとは無礼ではないか。この方は晋を後に治める方だぞ」


「されど今の晋の主は君であり、太子ではない。私は君の意思に従う。それが私の忠である」


「忠とは呆れる。そのようなものは忠ではない。主が間違った道に行こうとするのを止めるのが忠であろうが」


「父に子は従い、主に臣が従う。それが世の常識ではないか。それを太子たる方が背けば、太子であることをそのほうが失うだろう」


 二人の考え方は思いっきり正反対であるためこのように言い争いになる。そして、申生という人はこの二人の考え方でどちらが共鳴するというと、


「羊舌突の言うとおりである」


「太子……」


 狐突は献公と申生という人を敬愛し、晋という国もまた愛している。晋という国がより良い方向に行くには申生が太子であり続けるべきなのだ。


「狐突よ。軍に戻るぞ。皋落狄と戦わなければならない」


「かつて、辛伯しんはくしゅう桓公かんこう黒肩こくけん)に『后が二人、嫡子が二人、宰相が二人、首都が二人というのは乱が起こるきっかけとなる。王からの申せはお断りすべき』と言いました。しかし周公は忠告を聞かず、その後禍難を招きました。今、晋でも乱が生まれようとしてます。太子はまだ後嗣に立てられるとお思いでしょうか。身を危険にさらし、罪を得る時を速めるよりも、孝を尽くして、太子の地位をあきらめて父を満足させることで民を安んじる方が大事です。どうするべきか善くお考えになるべきです」


「私は天の意思に従うだけだ」


 申生はまたもや彼の進言を聞き入れない。


(誠に天の意思なのか? それが……)


 彼は天を仰いだ。


(私は誠の天の意思を知っている。そう……だから、私はあの方に……)


 彼は天の意思を知っている。されど、それでも彼は申生という人を国君にしたかったのだ。それが申生という人の器量に価値を見出した彼の動きであった。だが、申生は彼の思いを受け入れることはなかった。


 彼は諦めて、申生を軍中に戻した。その後、軍は皋落狄を破り、帰国した。


 凱旋した申生は表向きは歓迎されたが、宮中では彼に対する讒言は増えていった。また、狐突はその後、病と称して、家に篭るようになった。






 この年、しんの国君が代替わりした。新君を秦の穆公ぼくこうという。時代の主役の一人となる人物である。

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