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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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斉の山戎討伐

 冬のある日、斉に燕の使者がやって来た。使者がやって来た理由は救援を求めるためである。


 燕は以前より山戎さんじゅうに攻められ困難に陥っていっており、その救援を求めたのだ。


 斉の桓公かんこうはこの救援に答えるために魯の協力を得るべく、魯済で魯の荘公そうこうと会った。


 荘公はこれに同意したのだが魯の群臣たちが反対した。


「数千里を進軍してやっと山戎の領域に入ります。無事に還ることは難しいでしょう」


 この頃、荘公の体調が優れていないことも魯の群臣たちが心配する理由の一つである。結局、魯は斉の山戎討伐への協力を断った。


「魯め、最初は同意しておきながら後になって断るとは」


 苛立ちながら桓公は言う。


「されど燕の救援をやめるわけにはいけません。我らだけで行うしかありません」


「くっ仕方ないか」


 管仲かんちゅうの言葉に忌々しそうにしながらも彼は言う。


「此度の戦は私と隰朋しゅうほうが従軍します」


「ほう、仲父と隰朋が従軍してくれるか。それは心強い」


 機嫌を良くしながら言う。


 桓公、管仲、隰朋は軍を率いて、山戎の地域へと進軍した。


 燕に辿り着いたのは年が明けた頃である。燕の荘公そうこうは彼らをもてなした。


「燕君にお伺いする。山戎に攻められているということだがどの国に攻められたのですかな」


 山戎には複数の国があり、それら国々の連合国家と言っていい。皆、小国といっていい国ばかりだが兵の強さは強国の強さである。


「令支と孤竹です」


「ほう、そうですか」


 この二カ国の中で孤竹は伯夷と叔斉の故事で有名である。


「主よ。雪解けになる前に攻めましょう」


 管仲の意見に従い、桓公は燕を出て、二カ国を攻めた。管仲の指揮の元、斉軍は二カ国を圧倒した。


 この二カ国を攻略に成功したのは翌年の紀元前663年である。


 この二カ国を攻略した後、少し困った事態になった。道に迷ったのである。


「如何にする仲父よ」


「老馬の知恵を借りましょう」


 管仲はそう言うと隰朋に軍中の老馬を集め、放った。老馬たちは最初はあたりをうろうろするばかりであったが、彼らは真っ直ぐ進みだした。


「付いて行きましょう」


 桓公は彼の言葉に従い、軍に老馬たちの後を追うよう命じた。老馬たちの後を追っていると道に出た。


「おお、この道には覚えがあるぞ」


「老馬というものは確かに若い馬には足などの速さでは敵いませんが経験が豊富で知識を持ちます」


「なるほど」


 しかし、また道中に問題が起きた。


「水が無いだと」


「はい」


 遠征を行う際、もっとも大切なのは物資の管理である。しかし、道に迷ったこともあり、水が足りなくなってしまった。すると隰朋が進言した。


「蟻というのは冬の季節は山の南に巣を作り、夏の季節には山の北に巣を作ると言います。もし蟻塚が一寸(約3.03m)あったら、八尺(一尺で約30メートル)の深さに水があるはずです」


 山を指しながら説明した。彼の意見に従い、斉軍が蟻の巣を探すと水を得ることができた。


「我が国にはこのような賢人が二人もいる。素晴らしいことだ」


 彼はそう言って、笑った。


 燕に凱旋すると燕の荘公は彼らを迎え入れ、宴に誘った。その後、斉に戻る際に彼は彼らに感謝して、自ら国外まで送り出した。その行為に対し、桓公は言った。


「天子でなければ諸侯を送って己の国を出てはならないもの。それが古の礼である。私は燕に対して礼を失うようなことはできない」


 すると彼は燕の荘公が来た場所までの土地を彼に与えた。これには燕の荘公は驚いた。かつて、このようなことをした人物がいただろうか。


(これが斉君か)


 彼は桓公という覇者の器に驚き、感服した。


 桓公は斉に帰還すると遠征に協力しなかった魯を攻めようとしたが、それを管仲が諌めた。


「遠方の国を討伐し、帰ったら隣国を誅する。これでは隣国が親しまず、覇王の道とはいえません。魯を攻めたら魯は楚に頼るようになりましょう。我が国の一挙により、二つの敵を作ることになります。此度の遠征で得た山戎の宝器は、中原では珍しいものばかり。周公の廟(魯)に献上しましょう。それにより、魯はこちらに親しむでしょう」


 彼は管仲の進言に従い、魯に遠征で得た宝器を渡した。


 その数ヵ月後、桓公は管仲と謀り、莒を攻めることにした。


 この出征のことは桓公と管仲だけで決定されており、国内には公開していなかったのだが、暫くすると国中が知るようになった。


 桓公はこれを怪しみ管仲に話すと、彼は言った。


「国内に聖人がいるのでしょう」


 それを聞くと彼は思い出した。


「少し前に労役従事している者が私を眺めていた。彼に違いない」


 彼はその日に服役していた者を臣下に調べさせ、報告に受けた者を再び労役を命じ、交代を禁止した。すると服役していた者の一人、東郭牙とうかくがが謁見を申し込んだ。


「彼に間違いないでしょう」


 管仲は宴席を用意し、彼をもてなし、問うた。


「莒討伐の話をしたのあなたでしょうか」


「そうです」


「私と主公は莒討伐を公言していないのにも関わらず、何故あなたはそれを知っているのでしょうか」


「君子というのは謀を善くし、小人は意(他者の意思を探ること)を善くすると言います。私は推測したに過ぎません」


「なぜ推測できたのですか」


 彼は指で三を表せながら、答える。


「君子には三色(三つの様子)があると申します。喜楽が明らかな時は鐘鼓を楽しんでいる時の色。清冷で静かな時は喪に服している色。怒気を満たして手足が落ち着かない時は戦争の色です。先日、私は主公が台上にいるのを見、その姿は戦争の色でした。また、主公は口を開いてからは閉じず、『莒』と言っていました。主公が腕を挙げ、指を指したのは莒でした。諸侯の中で斉に服していないのは恐らく莒でしょう。だから私は莒を討伐すると人々に話したのです。」


 桓公と管仲は東郭牙を賢者であるとし、厚遇した。


 斉が莒に兵を向けると、魯の荘公は国中の男を集め、斉に協力した。この魯の出兵は斉が山戎討伐で得た宝器を魯に譲ったためである。



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