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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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晋の翟柤攻略

 魯はこの年の冬、大凶作に陥っていた。


 そこで臧孫辰ぞうそんしんは魯の荘公そうこうに請うた。


「四鄰の諸侯と友好を結び、互いを援け合い。諸侯の信を得て、婚姻によりその関係を強化し、誓いを交わし、それを固めるのは、国に困難があった時のためです。名器を鋳造して宝物を蓄える。これは民を苦しみから救うためです。今、国が困難に陥っているのになぜ主公は名器を斉に贈って糧食を求めないのですしょうか」


「誰を使者とするべきだろうか」


「国に飢饉が襲った時、卿の位にある者が国から出て糧食を求める。これが古の制度です。私は卿の立場にいますので、私を斉に派遣するよう命じてください」


 彼がそう言うので荘公は彼を送り出すことにした。


 臧孫辰が態々、使者になることを請うたことを疑問に思った彼の従者は彼に聞いた。


「君がお命じに為さっていなかったのに、何故あなた様は自ら困難な役目を請うたのでしょうか」


 臧孫辰は魯の重責を担っている人物であり、このような役目を態々引き受ける必要は無いのではないのか。すると彼はこう答える。


「賢者というのは自ら率先して難に臨み、容易な事は他者に譲るもの。官にいる者は事に臨むにあたって難から逃げないもの。高位を与えられている者は民を慈しみその禍患を憂いるもの。このようにあるため国というのはやっと安定するもの。今、私が斉に赴かなければ難を避けることになる。高位にいる者が下位にいる者を憐れまず、官にいる者が怠惰であっては、君に仕えることはできない。故に斉に赴くのだ」


 そうして、彼は斉に入り、斉の桓公かんこうに謁見し、鬯圭と玉磬(どちらも玉の宝器)を献上しながら、桓公に言った。


「天災が流行し、魯の村々を襲いました。それにより生じました飢饉のために民が痩せ衰えております。このままでは周公と太公の祭祀を継続は難しくなり、職貢(周王室への進貢)も困難となりましょう。これにより、罪を得る恐れがあります。このような状況のため、我が君は先君からの宝器を惜しまず、貴国で余っている食糧との交換を請うために私を派遣しました。この交換が成立すれば貴国の食糧を管理する官の負担を減らすことになって、村々の援けにもなり、正常に職を行うこともできるようになります。我が君と私ども臣下が貴君の恩恵を得るだけでなく、周公・太公および全ての神祇が祭祀を受けることができるようになりましょう」


「ふむ、あなたの言葉は万民を始め、上から下まで恩恵を与える言葉である。宝器をお返し致す。食料は貴国にお渡ししよう」


 桓公はそう言うと、宝器を彼に返し、食料を渡した。結果、彼は宝器を失わせず、食料を得ることができた。見事な人である。


 この頃、晋が翟柤てきさを攻めた。攻めた理由はこのようなことがあったのである。


 晋の献公けんこうが狩りを行っていた時、翟柤の方向で凶気を見つけた。それから陣に戻っても眠ることがなかった。


 そのことを郤叔虎げきしゅくここと郤豹げきひょうに話すと彼は献公に聞いた。


「床が合わないのですか。それとも驪姫りきが傍に居ないためでしょうか」


 献公は首を振るだけで答えなかった。


 退出すると彼は士蔿しいの元に訪れた。彼と士蔿は仲が良い。


「今晩、主公は眠りに就けないようなのだが、それは翟柤のためであろう。翟柤の君は利を独占しながらもそれを改めようとはぜず、その臣は争い、国君の耳目を塞ぎ、媚び諂う佞臣ばかりが出世し、国君の意思に逆らい諫める者は退けられる。上は貪欲で不義、下は現状に満足し、幸を欲する者ばかり。節度のない国君はいるものの諫臣はなく、貪欲な者は上にはいるが忠直な者は下にいない。君臣上下ともに私欲を満足させ好き放題をしている。これでは民の心は離散し、まとまることはないだろう。このような国に兵を向けようとも敗れることはない。これらのことは私が述べるよりも汝から主公に進言するほうが良いだろう」


 士蔿は献公にもっとも信頼を寄せられている。そんな彼が献公に進言したほうが良いと彼は考えたのである。


「そうだな。私から進言してみよう」


 そう言うと彼は献公の元に向かった。その足取りは少し、重い。


 翟柤攻略に不安があるわけではなく。郤豹の言う通り、翟柤の攻略は容易いだろう。また、自分が進言すれば主も同意するだろう。だが、


(申生様への態度を幾ら諌めても聞き入れてもらえない)


 献公は軍事の意見は積極的に取り入れるが、こと後継者については有耶無耶にしてしまう。もっとも信頼されている彼の意見も軍事面ではよく取り入れる。だが後継者についての意見を述べても彼の意見は取り入れない。


 そのようなことを考えていると献公の陣幕に来たので一言行ってから入った。


「何の用だ」


 士蔿は郤豹と話したことを伝えた。


「うむ、確かにその通りだ。翟柤を攻める。準備致せ」


「御意」


 このように献公は軍事に関しては決断力に優れ、知恵も回るが驪姫を得てからその他のことを軽んじるようになってしまった。願わくば、献公に名君としてその名を残してもらいたいと考えている。それが献公に見出された彼の願いである。


 晋は翟柤に攻め込んだ。翟柤側は晋の突然の襲来により、本城まで侵攻を許してしまう。


 矢が飛び交う中、積極的に攻勢を駆けるのは郤豹である。彼は盾で矢を防ぎながら城まで進み、城壁を登ろうとした。その行為に部下たちが慌てて止める。


「政治を棄て、戦闘に参加するのは貴方様の職務ではありません。このようなことは兵に任せるべきです」


 だが、これに郤豹が答える。


「私には謀を巡らす才がない。それにも関わらず、壮事(戦働き)にも加わらなかったら、どのようにして主に仕えることができようか」


 彼は城壁に手を掛け、城壁を登り始める。部下たちもその後に続く。彼が先頭に立って奮闘したこともあり、晋は翟柤の攻略に成功した。


 この郤豹の戦功を献公は褒め、彼もまた信頼を得るようになった。



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