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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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美女が悪女になる時

 晋には絶世の美女がいる。その美女の名を驪姫りきという。


 彼女は晋の献公けんこうの側室である。そして、その男こそ自分の国を滅ぼじた張本人である。


 自分の国を妹と共に滅ぼじた男の側室となり、抱かれる。それによって生じる感情とは屈辱であろうか。戦乱の時代に生まれた故に悟り、諦めるのか。それとも怒りを抱くだろうか。または悲しみに暮れるのだろうか。


 そのような感情が混じりに混じりあったまま、国を失ってから、時が過ぎていった。


 男より与えられる様々な芸術品、嗜好品などはどれも自分の国にあったものよりも高価であり、毎夜による男より与えられる快楽。男から彼女へ様々なものを与えられる。


 それだけではない。男の寵愛を受けていることを知って、商人や臣下の者たちが近づき、彼女にこれまた様々な物を与え、言うことを聞く。


 何もかも、自分の国にいた事よりも遥かに素晴らしいことであった。妹も最初こそ、恐怖の感情が強かったが、それも今では薄らいでいる。彼女とてそうである。


 彼女は今の生活に慣れた。そして、彼女は男の子を産んだ。


 生まれた子を見て、彼女は初めての感情を得た。子供のことを愛おしいと思ったのである。それは母としての母性の誕生を意味する。


 彼女は侍女から赤ん坊を預かり、手で抱き抱える。この赤ん坊を奚斉けいせいという。また彼女の妹も子を産んだ。その子のことを卓子たくしという。


 奚斉を産んだ彼女の元に多くの者が訪れ、祝賀を述べていく。そんな中で申生しんせい重耳ちょうじ夷吾いごら公子たちがやってきた。つまり、奚斉の異母兄弟に当たるのだが彼らを見て、彼女は敵であると思った。


 彼らは必ず我が子と自分を害する。そう直感したのである。今はまだ献公がいる。彼の寵愛がある限り、子と自分の居場所は守られる。しかし、献公はもう年である。彼が死ねば、彼らは我が子と自分の居場所を奪う。そう考えた彼女は我が子と自分の居場所を守りたいと考え始めた。そして、自分の子が太子となり、国を得れば良いと考えた。


 だが、そのための障害として、申生、重耳、夷吾の三人がいる。申生は他者への仁愛を持ち、礼儀正しい。非の打ち所の無い人物であり、夷吾は才気に溢れている。重耳は一見、凡庸ながらも人に慕われる徳がある。


 そんな三人を除かなければならない。彼女の母性は子のためにそう考えた。


 彼女が相談相手に選んだのは優施ゆうしという芸者である。彼は顔が整っており、彼女の愛人であった。


 彼女は確かに当初こそ献公に毎夜抱かれていたが彼はもう年であり、最近では抱く回数も減った。しかし、若くして快楽を与えれた彼女は夜を一人で過ごせなくなっていた。そんな時に出会ったのが優施であった。


 彼に対し、彼女は献公に対しては違う感情を抱いた。そして、彼を自分の寝室に入れ、交わるようになった。その交わりには快楽だけでは無いものを感じ、彼女は彼に夢中になり、また、彼は頭も切れる人物であったため彼の知恵を度々借りるようになった。


 彼女が彼に抱いた感情を人は恋と言う。そんな風に愛し、信頼している彼を彼女は相談相手に選び、寝室に呼んだ。


「私は大事を成したいと思っています。されど三公子の一党がいるため動こうにも動けません。どうすればいいのでしょう」


 優施は彼女の寵愛を得るために彼女の歓心を得るために知恵を絞ってきた男である。頭の回転は早い。


「それならば早く彼らの地位を固めることで彼らの地位が既に極まったことを知らせましょう。人は自分の地位が極まったと知ると、人というのはそれ以上のことを求めなくなります。例え欲をもったとしても、簡単に失敗するでしょう」


「誰から始めればいいでしょう」


「公子・申生です。彼は精錬潔白で慎重です。しかも公子たちの中で年長者で穏重です。また、人を害す行いができない人です。精錬潔白な者は辱めを受けやすく、穏重すぎて敏捷さに欠ける者ほど欠点を探しやすい。人を害することができない者というのは必ず自らを害すことになります。最近の彼の行動を利用して辱めれば良いのです」


 そうだろうか。彼の言う通りの人間であるのでは申生を害するのは逆に難しいのではないのか。そう思った彼女は彼に聞いた。


「穏重な者は動かしにくいと聞きますが」


「それは違います。人というものは羞恥を知っているために辱めることはできます。また、辱めることができればその者を動かすことができます。もしも羞恥を知らないようなら、自分の信念を持つことができないために容易に動かすことができましょう」


 人は他者から受ける辱めを受け、羞恥を覚える。しかし、そういった辱めを受けても羞恥を覚えない者がいる。しかし、人は信念があるためにそれを笑われ、羞恥を覚えるものでそれを見返そうとするもの。その行為は決して綺麗なものでは無いがそれが人である。ある意味、申生という人はそういった一般の人とはかけ離れた人である。


「今、貴方様は君の寵愛を受けており、貴方様が申生の善悪を語れば君は貴方様を必ず信じるでしょう。貴方様は外見上、太子と善くしながら君に対して讒言すれば、必ず彼を動かすことができましょう。過度に聡明な者は愚者に近くなるもの。聡明な者ほど容易に辱めを受けながらも、愚かにも難を避けることができないのです」


「おほほほっ。なるほど、流石ですね」


 彼女は微笑みながら彼の傍らに寄り添う。彼はそんな彼女の肩を持つと耳元に口を近づけ言う。


「全ては貴方様のためですよ」


 彼は彼女に口付けすると彼女を押し倒した。

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