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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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士蔿

 紀元前669年


 春、陳の宣公せんこうは卿の女叔じょしょくを魯に送った。陳と魯の国交を結ぶためである。


 夏、衛の恵公けいこうが亡くなった。彼は衛君になるために謀を巡らし、兄と弟を死に追いやり、その座に就いた。そのために怒りを買い、国を追い出された。帰国するものの彼は己のことを反省することもなく、他者への八つ当たりに終始した人生であった。


 彼の後を継いだのは子の懿公いこうである。彼は春秋時代の中でも異彩を放つ暗君である。


 六月、日食があった日があった。魯の荘公そうこうは鼓を敲き、牲(いけにえに使う動物)を用いて社(土地神のこと)を祭った。


 日食のために社の祭祀を行う際、魯では牲ではなく幣(帛)を用いる決まりがあった。また、鼓を敲くのは周王朝の朝庭において許されていたことであったため、彼のこの祭祀は礼から外れたものである。


 秋、魯に洪水があった際、彼は鼓を敲き、牲を用いて社と門(城門の神)を祭った。


 洪水のような天災が起きた時は牲を用いるのは天子の礼であり、魯は幣を用いることになっていた。また、鼓を打つのは日食か月食の時の儀式である。これも礼から外れた行為であった。


 冬、魯の公子・季友きゆうが陳に答礼の使者として、陳に出向いた。


 彼は荘公の弟である。


 因みに古代で兄弟を表す際は伯(長男)、仲(二番目の男子)、叔(三番目の男子)、季(末子か四番目にも使う)幼(これも末子で使われるが季の後に弟が生まれた際に使わられる)で表される。また孟というのも長男で使わられるが主に家督を継がない子に使われる。


 季友は一番下の弟であるため、季が使われている。


 北に位置する晋では諸公子たちを粛清するため士蔿しいが動き出していた。


 彼らは游氏一門を滅ぼしたため献公からしゅうに城を築いた後に住宅を建てることを許されていた。そのため城ができるため彼らは待っていたが、士蔿は諸公子たち一人、一人に会って言った。


「実は貴方に与えられる地を独占しようとしている公子がいるそうです。配下を連れ、場所を抑えるべきです」


 彼の言葉に驚いた諸公子たちは皆、独占されては堪らないと自身の有する私兵に武器を与え、聚に向かった。


 次に士蔿は大夫たちの元に行き、言った。


「諸公子たちは乱を起こそうとしている。事実、聚に兵を集めている。主のためにも事を起こされる前に誅滅すべし」


 大夫たちは諸公子たちの動きを信じ、大夫たちは兵を集め始めた。


 彼は献公の元に向かい、会うと拝礼した。


「大夫たちが兵を集め、諸公子を滅ぼそうとします。これで諸公子たちを助けようとする者はいないでしょう。今こそ、号令をだし、彼らを誅滅しましょう」


「うむ、よくやった」


 献公は大夫たちと共に兵を率いて、聚に向かいこれを包囲した。


 諸公子たちは皆、聚に集まり、あまりにも多くの者が集まっていたため驚いていた。そして、外を見ると晋軍がここを包囲しているではないか。


 彼らは嵌められたことに気付いたが時、既に遅し、献公に全軍に命ぜられ攻め込んだ。


 状況を把握しきれない彼らは晋軍を前に次々と死んでいき、聚は彼らの血により、真っ赤に染まる。まるでそれは赤い大輪の花が咲いたようにも見えた。


 その後、一部の者は脱出し、逃れたがほとんどが死に絶えた。


「見事であったぞ」


「有り難きお言葉でございます」


 献公は高らかに笑い、聚を見る。


「まさかこれほどあっさり彼らを滅ぼせるとは思っていなかったぞ」


「これで主の権威は増したかと」


 つまり、献公の政略を阻むものがいなくなったということである。それにより、本当の彼の政略が行われ始めた。


 紀元前668年


 春、先ず彼が行ったのは士蔿を大司空(建築関係を司る役職)に任じることである。大司空は高位の役職であり、これは彼の功績を称えるだけでなく。人材の活性化でもある。


 献公は彼にこう(聚から改名された)の城壁を高くし、整備することを命じた。絳を新たな都とするためである。そして、夏、ここを晋の首都とした。


「赤く城を染めた本人が都にした」


 絳の城を郭偃かくえんは歩き、呟いた。


「大司空によって、ここはきれいにはされた。だが血は消えても恨みは消えないのではないか」


 歩き続けながら天を仰ぐ。


「赤く染められたことに大地は如何に思うのだろうか、黄泉に送られた者たちを宥めようとするのだろうか」


「何が赤いのですか」


 不意に後ろから声を掛けられた。彼は後ろを向くとそこには青年が立っていた。もちろんその青年の名は重耳ちょうじである。


「ここのことだ」


 絳の町並みを片手で示す。


「この地には多くの者が主の父によって死に、血を流した。その血の色のことさ」


「正確には大司空が行ったことではないのですか。また、主公の判断が間違っていたとは思いませんし、血は何処にも無いようですか」


 重耳の後ろに控えている二人の少年の片割れが彼の言葉に反論した。


「これえん、口を慎め。申し訳ありません」


「何故、謝るのですか兄上。この方の言葉は主公への不義に当たります」


 どうやらこの二人は兄弟のようである。


「大司空が行った。確かにな。実行者はそうだ。しかし、主公の意思が無ければ彼はこのような策を行わなかっただろう」


「父上は……間違っていたのか」


 重耳は彼の目をじっと見つめながら聞いた。


「間違っていたかどうかは見る者によって変わるものだ」


「私は間違っていないと思う」


 彼は重耳の言葉を聞いて、珍しく笑った。


「正直だな。一つだけ覚えておくと良い」


 今度は彼がじっと重耳の目を見た。


「例え、正しいことを行おうとも時に人の思いや誇り、尊厳を踏み躙ることがある。それは如何なる聖人であろうと同じことだ。」


「どういう意味ですか」


「踏み躙られた者は一体どのようにそれに報いようとするのだろうかな」


 郭偃はそう言うと彼の目から目を離す。そして、また歩き出した。その後ろ姿を重耳はじっと見ていた。


「どういう意味でしょうか」


「少なくとも我らが主がそのようなことをするわけないです。主よ行きましょう」


「ああ、そうだな」


二人の少年に急かられ、歩き出した。だが、頭の中では郭偃の言葉を考えていた。


(私はこれを忘れた時、その報いを受けるような気がする)


 彼はそう思った。


 冬、粛清から逃れることができた公子たちはかくに逃げ込んだ。


 虢は彼らのために晋を二度にわたり攻めた。献公はこのことを恨み、虢を滅ぼすことを考えるようになる。

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