表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
71/557

謀略の花が咲くまで

 紀元前670年


 三月、魯の荘公そうこうは魯の桓公かんこうの廟のたるきに彫刻を施そうとした。前年にも桓公の廟の柱を赤く乗っており、どちらの行為も諸侯としての礼に外れたものであった。


 そのため匠師(建築家)・けいがこれを諌めた。


「倹約とは徳の中で最も大切であり、奢侈とは悪の中で最もいらないものだと言います。古の聖王たちはそれを守ることで後世への規範を示し、人々を悪の道に陥らせないようにしていました。そのため後世の者たちは先人の教えを守り、それを維持するよう勤めてきました。そして、先君もまたそれを守り、倹約に勤めていました。されど、主は奢侈を求め先君の徳を失わせようとしました。それは人々を悪の道に誘うことでございます」


 荘公はむっとして言い返す。


「私は先君の廟を美しくすることで先君の徳を高めようとしただけだ」


「それこそ主にとって無益なことであり、先君の徳を損なわせることでございます。中止するべきです」


 彼の諌めを荘公は聞き入れなかった。


 夏、荘公は斉との婚姻を結ぶため哀姜あいきょうを斉から迎えるために斉に行き、八月に夫人と共に帰国した。


 荘公が夫人の謁見の際、大夫宗婦(同姓の大夫の夫人のこと)に命じて、玉帛を婚姻の礼物として哀姜に贈らせた。これは礼に背いた行いなので、夏父展かほてん御孫ぎょそんともいう)が諫言した。


「男が謁見する際の礼物は、大きければ玉帛、小さければ禽鳥と定められれいます。女の謁見の際に贈るのは榛(樹木の名)・栗・棗・脩(乾肉)となっており、これらで慎みを表します。しかるに今、男女が贈る物が同じであるのは、男女の区別がなくなることです。男女の区別は国の大節です。夫人のためにこれを乱すのは間違いです」


 荘公はこれも聞き入れなかった。



 晋では、士蔿しいが諸公子たちへの工作を続けていた。今度の標的は游氏ゆうしの二子とその一族である。彼らも桓叔かんしゅく荘伯そうはくの族で大きな存在であった。そのため彼としては己の主のためにも除きたい存在である。


「游氏はしゅう一帯を己の者にしているためにあのように勢力を持てているのだ」


「左様か」


 彼が諸公子の一人から聞かされ、使えると思った。


「確かにあの地を游氏だけが擁しているのは不公平であるな」


「そうであろう。まこと苦々しいことこの上ない」


(思った以上に游氏に対し、反感があるようだな。游氏を崩すためにはこれを利用しよう)


 そう考えた彼は諸公子たちと游氏に対立をもたらすために献公けんこうの元に行き、乞うた。


「諸公子たちにしゅうの地を与えることを許していただきたいのですが、許してもらえますか」


「それは諸公子たちを粛清する上で必要なことか」


「左様でございます」


「良し、わかった」


 献公の許しを得て、彼は諸公子たちに会い、游氏を中傷しながら言った。


「主は諸公子を粛清なさろうとしています」


「なんだと、どういうことか」


 慌てる相手を彼は宥めながら、続けて言う。


「落ち着いてください。確かに主は諸公子に対し、疑惑の目を向けています。しかし、それは游氏が己の権力を元に、主に対し逆らうような言動をしているためであるからです。そのために諸公子全体に警戒しているのです。もちろん。私は決してそのようなことがないことを知っています」


 諸公子たちのことを心の底から心配しているような表情を浮かべた後、彼は更に続ける。


「そこで私は主に対して、言いました。前年において、富子ふしを除く際、游氏は彼の宝物を己だけの物にしていました。游氏の強欲さは明らかです。游氏を除けば良く。他の諸公子に何の罪は有りましょうかと。すると主はこう申された。『そのとおりである。そのため私は游氏を除いた者には游氏が有する地を与えることとする』と申していました」


「それは真か」


「ええ、もちろんです」


 彼は笑みを浮かべ、内に秘めた思いを隠しながら言った。


「しかし、游氏は大きな一族だ。そう簡単には」


 不安に思う相手に彼は微笑む。


「何を恐れることがありましょう。確かに游氏は大族です。しかし、こちらには主がおります。それに富子の際と同じように諸公子が一致団結し、游氏を除けばよろしい」


「だがな」


「もしや、あなたは游氏が有する地を全て己のものにしたいのですか」


 彼が聞くと、相手は動揺する。


「おやめなさい。游氏は大きな地を持ちすぎたために恨まれたのです。得られる分だけで満足するべきです」


「そうだな」


「ええ、そうです」


 彼は笑みを絶やさず言うと相手に游氏を除く相談をして、また次の相手のものにも同様の話しを持ちかけ、諸公子たちと游氏の構図を作り上げた。


(そろそろ良かろう)


 彼は時が来たと見ると諸公子を煽り、游氏を攻めさせた。諸公子たちを相手に游氏は抵抗するも数の差を前に倒れ、一族は皆殺しにされた。


「これで主は我らにこの地を与えるのですな」


「ええ、左様でございます」


「ならば良い」


(さて、主の元に行くか)


 諸公子の一人が立ち去った後、彼は献公の元に行き、言った。


「二年も経たずに主の願いは叶うでしょう」


「そうか、頼んだぞ」


「御意」


 彼は献公に向かって深々と拝礼した。謀略の花が咲くまで後、少し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ