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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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鬻拳

 かつて、楚の武王ぶおうは権を占領し、大夫・闘緡とうびんをその地の尹に任命した。やがて、彼は権の遺民と共に謀反を起こした。それにより、楚は権を攻め、彼を殺し、権の民を那処だしょに移し、大夫・闘敖とうごうに監視させた。


 そして、武王が亡くなり、子の文王ぶんおうが継ぐと彼は申を攻めたがその際、巴もその戦に参加していた。文王は申を攻めるついでにとうを騙し討ちのような形で攻めた。そして、一昨年鄧を滅ぼした。


 それを見た巴の人々は自分たちに対しても同じように騙し討ちをするのではないかと思い始めた。巴と鄧は敵対していた国であった。しかし、そんな敵国が滅びたにも関わらず、そんな恐れを抱いたのは楚の文王ならやりかねないという考えからである。


 彼らは楚に叛した。彼らは那処だしょを攻めた。ここには以前から楚に反感を持っている権の民がいる。彼らが内部にいては守りきれるものも守りきれない。闘敖は那処から脱出し、涌水を泳いで逃げた。


 巴は那処を占領すると楚の首都まで侵攻し、その後退却した。


 闘敖は文王の元に逃れたが文王はこの度の事態は彼のせいであるとし、彼を処刑してしまった。巴が楚を攻めたのは文王への疑心故であり、彼のせいではない。闘敖の一族はそう考え、文王に対し、謀反を起こした。


 楚がこの対応に追われる中、冬、これに乗じて、巴が黄と共に楚に侵攻した。


 紀元前675年


 春、侵攻し続ける巴と黄に対し、文王は反撃に出たが津で大敗を喫した。文王は意気消沈し、退却した。彼が城門に至ったとき、城門が開かなかった。


「何故開かないのだ」


 文王は叫ぶと城門の上にここの管理を任されている鬻拳いくけんが現れた。彼はかつて、文王を強く諌めた際、文王はその諫言を聞き入れなかった。そのため彼は剣を出して脅迫し、無理やり従わせた。彼は剣を抜き、言った。


「私は君を剣で脅迫した。これほど大きい罪はないだろう」


 彼は剣で自ら自分の両足を切った。その行為を文王は忠臣であるとし、大閽(城門管理職)に任命した。


 そんな彼が城門の上から笑いながら文王に言った。


「何というお姿か。敗戦をするとかくも見窄らしく見えるものですな。王だとは到底見えません。そのようなお姿の方を城に入れるわけにはいきません」


 文王はこれにむっとした表情をした。しかし、内心は笑った。


(ぬけぬけと吐かしよって)


 文王は自分の姿を見た。確かに泥と埃まみれである。


(確かに王の姿とは思えないな)


 カラからと笑いながら彼を見る。彼は敗戦したまま引き下がるのは王としてどうなのか文王に対しそう言っている。


(確かにその通りである)


「今から黄を攻める」


 文王はそう言ったのを周りの臣下は驚いた。


「なりません。兵たちは此度の敗戦で疲弊しており、とても戦える状態では無く。王もお疲れでしょう休息するべきです」


 彼らは王を何とか諌めようとする。


「ならばこのまま負けたままで良いのか」


「しかし」


「黄の連中もお前たちのように考えているだろう。楚は戦えないと。そこに虚がある。その虚を突けば私たちは勝てる」


 文王は兵たちの元に行く。そして、彼らに向かって言う。


「楚の勇猛なる兵士諸君。このまま負けたままで良いだろうか」


「否」


「戦に死んでいった同胞の仇を伐たずして良いだろうか」


「否」


「楚がこのまま敗戦国として、巴や黄に頭を垂れるべきだろうか」


「否」


「ならば楚の勇猛なる兵士諸君。今こそ、屈辱を晴らす時である。出陣」


「応」


 兵士たちは皆、剣を天に向かって掲げ、声を上げる。文王が車に乗って、駆けさせると兵士たちはその後をついていく。楚軍の勢いは凄まじく、一気に黄に迫まった。


 楚がやって来るとは思っていなかった黄は慌てて、軍を出したが踖陵の地で楚に大敗した。


 勝利した楚は湧いた。


(やったぞ鬻拳。お前のおかげで勝てた)


 文王は天を仰いだ。黄色い鳥が飛んでるを見た。すると彼の身体は横によろけた。


「大丈夫ですか」


 配下が彼の身体を受け止める。


「大丈夫だ」


「きっとお疲れなのでしょう。楚に帰りましょう」


「あぁそうだな」


 楚は退却した。その途中の湫で文王は病に倒れた。


  「王よ。しっかりなさいませ」


 多数の臣下が楚の文王ぶんおうに向かって、涙を流しながら言った。


「父上。目を開けてください」


 息子で太子の熊囏ゆうかんも声をかける。


 文王は病で倒れたため臣下たちは急いで首都に戻ったが、彼は目を覚まさなかった。多くの者たちは心配し、国の名医を集めたりとするのだが、一向に回復する傾向が見れなかった。


「う、うんここは」


「王が目を開けられたぞ」


 病に倒れてから数日経った頃、目を覚ました。


「王よ。病で倒れられてから皆、心配していましたぞ」


 傍らで控えていた者が彼に病に倒れた後のことを語った。


「そうであったか鬻拳。しかし、身体が動かぬとはこれほど煩わしいとは思わなかった」


 文王が力なく笑うのを見て、鬻拳ら皆、一応に顔を下に向ける。皆、理解しているのだ。もう文王は長くないと。


「史官を呼べ。遺言を残す」


 彼は寝ながら、指を震わせ指示を出す。そして、史官が来ると話し始めた。


「後継者は太子で良い」


 指で熊囏を指し言う。そして、腕を下ろし続けて言う。


莧嘻ひゆきは度々義によって私に抵抗し、礼によって私に逆らった男である。彼と一緒にいると不愉快になることがあったが、時が経つにつれて得るものがあると私は知った。もし私が生きている間に彼に爵位を与えなければ、後世の者は私を謗るだろう」


 文王は莧嘻に五大夫の爵位を与えると言った。


「申侯・はくは私の意思を察することに長けており、私が欲しいと思った物を先に準備することができる男であった。彼と一緒にいると安心できるが、時が経つにつれて失うものがあると私は知った。もし私が生きている間に彼を疎遠にしなければ、後世の者は私を謗るだろう」


 文王は近くの臣下を呼び、申侯・伯を追放する旨を伝えるよう命じた。申侯・伯は鄭に出奔した。


「鬻拳よ。私は後世の者に何と言うだろうか」


 弱々しい声で彼は訪ねた。


「後世の者は楚の大業の基を築かれたのは貴方様であると称えるでしょう」


 彼は拝礼をしながら言った。


「かっかっか。いつも辛いお前が褒めてくれるとは……私の人生も悪くなかったな」


 笑いながら言うものの次第にその声は弱々しくなっていき、彼は息を引き取った。


 文王は夕室に安葬された。


「王よ。私も参ります」


 その場で鬻拳は自害した。殉死である。楚の人々は彼を文王の陵墓に造られた地下宮殿の前庭に埋葬した。人々から大伯と言われた彼の子孫は代々大閽の職を任じられたと言う。


 熊囏が即位した。これを堵敖とごうという。

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