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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第三章 天下の主宰者
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柯の会盟

 講和を行うため一旦斉軍は魯から撤退を始めた。それを見て、魯の荘公そうこうはほっと胸をなで下ろした。


「主よ。斉君へまた使者を出すべきです」


 曹沫そうかいが荘公に進言した。


「策のためか」


 荘公がそう言うと彼は頷いた。


「内容はどのようにする」


「私が言う通りに書簡に書いていただきたい」


 そう言うと荘公は配下の者を呼び、彼の言葉を聞かせ書簡に書かせた。その後荘公はその書簡を読んだ。


「これを読んで管仲かんちゅうに悟られるのではないか」


「可能性は大いにあります。しかし、斉君は彼の言葉を聞き入れないでしょう」


 荘公の疑問に彼は答える。それに彼は管仲にはできれば会盟に参加してもらいたいとも考えている。


「わかった。臧孫辰ぞうそんしんには悪いがまた行ってもらおう」


 荘公は配下の者に書簡を預け、臧孫辰に渡すよう命じた。そして、曹沫を心配するように言う。


「しかし、この策はお前が危険に晒されるぞ。本当に良いのか」


「もし、失敗すれば私を容赦無く切り捨ててください。それが最善でございます」


 淡々と曹沫は言う。


「成功を祈ることしかできないか」


 曹沫は静かに拝礼を行った。



 国に戻った桓公かんこうの元に臧孫辰が書簡を携えやって来た。


「魯は斉に比べ小国でございますので双方剣を帯びずに会盟に臨むべきと考えております。もし剣を持っておりますと、双方が未だ交戦状態にあることを他の諸侯に示してしまうので、我が国は剣を携えず会盟に臨みたいと考えます。そのため貴国も剣を持たずに参加していただきたい」


 彼は書簡に書かれた内容を読み、その後管仲に渡した。


 桓公は魯が此度の戦いで余程斉を恐れたと感じ、魯が斉に従うようになると思ったが管仲は逆の考えをもった。


(何か策があるのではないか)


 管仲はこの会盟で魯側が何かを仕掛けるのではないかと考えた。そのため彼は書簡の内容に同意しようとする桓公を止めた。


「いけません。魯は斉を怨んでいます。主はこの会盟を断るべきです。もしも会盟を利用して魯から奪った地を我が国の領地と認めさせ、隣国を弱体化させれば、諸侯たちは主を貪欲だと批難するでしょう。今後、小国は強硬に抵抗するようになり、大国も備えを強化してしまいます。この会盟は斉国の利益になりません。」


 しかし、桓公は彼の意見を受け入れない。


「どうしても行かれるのであれば剣を携えるべきです」


 魯が態々書簡に剣を携えないよう要求してきたところが一番怪しいと彼は考えている。


 だがこの諫言にも桓公は聞き入れなかった。彼としては魯は斉を恐れるあまりにこのようなことを書いていると考えている。


(あのような国に何ができようか)


「ならばこの会盟に私も同行させていただきたい」


「良かろう」


 桓公は管仲と隰朋しゅうほうを連れ、会盟に向かった。その道中を黄色い鳥が見つめていた。



 冬、寒さが身を震わせる時、斉の桓公と魯の荘公による会盟が柯で行われた。


「魯はこれよりの地を斉に与えるものとする」


 祭壇に登り、魯が斉に領土を割譲する旨を述べる。


「以後も斉と魯の関係より良くしたいものだ」


 桓公は魯の地を得られたためか嬉しそうに言う。


「左様ですな」


 荘公は彼の言葉に頷く。そして、盟約を結び、儀式を終えようとするその時であった。曹沫が祭壇を駆け上がった。


 斉の寺人たちはあっと驚く中、曹沫は匕首(小刀)を取り出し、桓公に迫った。


「貴様無礼であるぞ」


 桓公が怒鳴るものの曹沫はこの程度で怯まない。


「主をお助けしなくては」


 隰朋は兵と共に曹沫を桓公から引き離すために祭壇に向かおうとする。


 曹沫がそれを止めるため叫ぼうとした時、管仲が右手で制して隰朋たちを止める。


(あれが管仲か)


 彼がそう思うと同時に管仲も彼を見て、


(あれが曹沫だな)


 その後、荘公を見て動揺していないことを確認する。


(魯君も織り込み済みか)


 荘公は祭壇にいるため彼を人質にするのは無理だろう。


 管仲は彼を睨みながら言う。


「このような真似をして、何が望みだろうか」


「元々斉は強国で魯は弱国です。大国が小国を侵すのは度が過ぎています。今、魯の都城が一度崩れたら、その城壁は斉の国境に達してしまいます。この状況をよくお考えいただきたい」


 魯から奪った土地は魯の首都にあまりにも近づきすぎる。そこまで追い詰めるのは大国の長としていかがなものかと彼は言うのである。


 桓公は彼の言葉に直ぐ同意しなかった。このような脅しに屈したくはないのである。


「斉が奪った土地と魯の首都は五十里あまり。私と斉君との間はそれよりも近いですぞ」


 桓公は管仲を見た。彼は頷いた。


「わかった」


 彼は奪った全ての土地の返還に同意した。


 それを聞き、曹沫は持っていた匕首を投げ捨て、席に戻った。そして、祭壇で今の事を盟約した。


 儀式が終わった後、荘公は曹沫を招いた。


「これで斉君は土地を返すだろうか」


「返さなければ斉君は諸侯からの信を失うでしょう。返しても我らは土地を取り戻すことができますので我らには利しかありません」


 荘公は彼の言葉に大層喜んだ。


(管仲ならば返すよう述べるだろうが斉君にそれを受け入れる度量があるかどうか)


 曹沫はそのように考えた。



「おのれ、魯に渡してなるものか」


 桓公は苛立ちを表わにする。そんな彼を管仲が諌める。


「小さな利を求め、一時の喜びを得たら、諸侯からの信を棄て、覇者となる援けを失います。魯との約束の地を与えるべきです。」


「やつらは卑怯な手で私を脅して土地を奪ったのだぞ」


「その土地を先に奪ったのは私たちです」


 確かに魯が行った策は決して褒められたものではない。だが自分たちの起こした戦に正義があったわけでは無いのだ。それにも関わらず、一度約束したことを守らなければ土地だけでなく。諸侯からの信用。名声を失う。それは土地を失うことよりも大きい。


「武のみで取った土地は失いやすいものです」


「だが、管仲よ。武を示さなければ覇者とは言えないのではないか」


「武を示すには民の力が必要です。今は民を豊かにすることが先です」


 管仲の政治は「衣食足りて礼節を知る」というものである。先ずは何事も民を豊かにすることが先であるという主張である。


「そうか。何事も民からか」


 民を労らなければ覇者になれない。桓公は覇者足らんとしすぎるあまり、自分の下にいる民の存在を忘れていた。


「先ずは民に信頼される政治を行わなくてならないのだな」


 人は上の身分になればなるほど下の者の存在を忘れてしまうものである。


 桓公は魯に奪った土地を全て返還し、軍事よりも内政に務めるようになった。そのため諸侯は桓公を次第に信じるようになっていく。この時から桓公は真の覇者となっていくのである。

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