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春秋遥かに  作者: 大田牛二
最終章 春秋終幕
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振り下ろされた鉞

 智瑤ちようは韓氏・魏氏の兵を率い、趙無恤ちょうむじゅつの篭る晋陽を攻撃したが、三カ月、経っても攻略できなかった。


 明らかに兵数では上であり、相手は援軍すらいない孤立無援状態にも関わらず、晋陽は落なかった。


 陥落しなかった理由としては趙無恤の力もあるが、晋陽の民たちの奮闘もあった。彼等は趙氏の兵と共に食料や武器の運送を行い、兵たちの戦いを支えていた。


 彼等と共に戦えるのは、趙氏が紡いで来た徳のおかげである。そんな中、趙無恤は智瑤の戦を見ながら、


(思った通り、あの男は城攻めが上手くない)


 そう思った。


 智瑤の戦は高い士気と装備の統一による意思統一によって強い軍を作っている。しかしながら城攻めは兵の質以上に将の采配が重要になる。


(智瑤の采配は城攻めに向いてない)


 そう考えたために彼は晋陽に篭ることにしたのである。


 智瑤自身も城攻めがあまり得意でないことをわかっていた。また、彼は自分の軍を美しい軍であり、他の軍は美しくないと思っていることから、自軍の兵による城攻めの被害を他の軍にやらせようとするところがある。


 現に彼は韓氏、魏氏の兵に晋陽攻めを任せている。しかしながら彼等は元々智氏に反感を抱きながらも仕方なく従っているだけに士気は低い。やがて彼等に我慢の限界は出てくるだろう。


 これではこの城は落とせない。趙無恤は断言した。


 城攻めは戦術の勝負であると同時に我慢比べでもある。この我慢比べで勝てば、逆転ができると彼は考えたのだ。







 一方、智瑤は晋陽を陥落できな現状に苛立っていた。だが、こういったことは何度もあったその度に打開したのが自分のやり方である。


「周辺の民を集めよ」


 彼は臣下にそう命じた。そして、民衆の中から高齢なものたちを選出し、晋陽の前に並べた。


「あれは、私の父だ」


「俺の父もいる」


 晋陽の城壁の上にいる兵たちは口々に言った。


 智瑤は城内にもいる兵士の親を人質にし、城内から背くようにしたのである。そして、彼等に城内の息子らに背くように訴えさせるよう言い含めている。


「我が愚息よ」


 一人の老人が城に向かって叫んだ。


「お前が趙氏の兵となったおかげで、このような目にあっている」


 老人はそこまで言ってからにやりと笑った。


「流石は我が息子だ。お前が私の息子であったことを誇りに思う。最後まで趙氏に仕えよ」


 智瑤は激怒し、剣を持って老人を斬り殺そうとしたその時、彼の前に立って止めた男がいた。


「それは駄目です。主よ」


 止めたのは、豫譲よじょうである。


「このような場で殺すのは駄目です。ここでこの民を斬り殺すことがあなたの美学でしょうか。あなたが斬るべきものはあの城の中にいるものです。その者の首を得るまであなた様の剣は余計な血で汚すべきではないです」


 彼はそう言って、智瑤を止めた。智瑤は彼を見据えながら、剣を鞘に入れ、元の場所に戻った。







 その様子を趙無恤は見ていた。


「智瑤を止めたのは誰か?」


「豫譲という男です」


 張孟談ちょうもうだんが答えた。


「豫譲……聞いたことのない男だ」


 趙無恤は自身の髭を撫でながら呟いた。


「それで、さっき城に向かって叫んだ男はお前の手の者か?」


「どういうことでしょうかな?」


 張孟談を横目で見ながら趙無恤は言った。


「叫んでいた男の言葉に反応している兵がいなかった。あれの息子が兵にいるというのは嘘であろう」


 彼はそう言いながらも肩をすくめる。


「まあ、良い。つくづく思うな。家を継ぐということはこれほど残酷にならねばならぬのかとな」


 趙無恤は目を細めた。


 その後も晋陽の包囲は続いた。






 紀元前453年


 智氏、韓氏、魏氏による晋陽包囲は三年経っても続いていた。


「意外に我慢強いことだ」


 趙無恤はまさかこれほど包囲が長くなるとは思っていなかっただけに智瑤への評価を改めた。


 その時、聞いたことのない轟音が轟いた。


「何事だ」


「大変です。大量の水が城内に……」


「何だと」


 晋陽に揺るぎない大木に智瑤によって巨大な鉞が振り下ろされた。


 智瑤は城攻めを続ける間、韓氏、魏氏の兵を使って、国人を率いて汾水の水を引かせていたのである。


「やられた。これはきつい」


 晋陽はこの水攻めによって城は三版(「二尺で一版。三版は六尺」もしくは「八尺で一版」)を残して水没してしまった。


 しかし、この水攻めによって竃が沈み、鼃(蛙)が生まれるほどであったが、民は叛意を持ちことなく、耐えていた。


「まだ、民の動揺は抑えられているか」


 歴代の趙氏の徳がここでも自分を助けている。趙無恤は大いに感謝した。


 だが、この時、彼に脅威が近づこうとしていた。






 水攻めがされてから夜になった頃、一人の男が城内を歩いていた。


「おい」


 男に向かって声がかかった。


「お前、どこに行くつもりだ?」


 男の後ろから大男が現れた。男は答えた。


「至急、主に報告があり、参上したのです」


 そう言った瞬間、大男は手に持っていた矛で振り下ろした。男はそれを素早い動きで避ける。


「何をなさるのか」


「ふん、それほどの動きをしながら何をなさるってか。てめぇ趙氏の者ではないな。名を言いな」


 男は彼の言葉に舌打ちしながら無言で、剣を抜く。するとそこに月の光が差し込んできた。


「ああ、てめぇの顔は確か、豫譲と言ったか。なるほど主への刺客ということだ。なおさらここで殺さないとな。趙氏一の武人、延陵王えんりょうおうがお前の命、もらうとしよう」


 二人の武器が激突した。



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